2020年3月30日月曜日

創価批判コピペ集‐⑰(「創価学会の信心で病気が治る!?」他)

◇◆◇ 創価学会の信心で病気が治る!? ◇◆◇

創価学会は入信すれば病気が治ると宣伝してきた。第二代会長・戸田城聖は、昭和30年
前後の数年間、「この本尊に南無妙法蓮華経と唱えれば祈りとして叶わざるなし。創価
学会に入って信心すれば、手術せずともガンも結核も治る」と説き多くの信者を集めた。

戸田の弟子・池田大作も「護符」と称するマジナイを考案、さらに多くの信者を集めた。
このマジナイはただの紙切れを飲めば病気が治るというもので、何の根拠も効果もない。
戸田や池田のデタラメを信じたために適切な医療を受けられず、寿命を縮めた者は多い。

創価学会は今年2月、新型コロナウィルス禍に際して、当面の間、座談会などの会合を
中止するとの方針を打ち出した。21世紀に入って20年目にして、信心では病魔には対抗
できないと認めたのである。過去に主張してきた世迷言はウソだったと認めたに等しい。

※ 創価学会とは、非科学的なたわ言で多くの人を不幸にしてきたインチキ宗教である。


◇◆◇ 日蓮と法然 ◇◆◇

両者ともに鎌倉時代の僧侶だが、その教えは大きく違う。法然が来世での救済を説いた
のに対し、日蓮は現世利益を説いた。病と信仰の関係についての主張もまったく異なる。

日蓮「此の曼茶羅能く能く信じさせ給ふべし。南無妙法蓮華経は師子吼の如し。いかな
  る病さはりをなすべきや」(『経王殿御返事』)

法然「宿業かぎりありて、うくべからん病は、いかなるもろもろのほとけかみに祈ると
  も、それによるまじき事也。祈るによりて病もやみ、命ものぶる事あらば、たれか
  は一人として病み死ぬる人あらん」(『浄土宗略抄』)

今般のコロナウィルス禍にあたって、創価学会の本部は、唱題会を含む会合を中止した。
日蓮の教えに従い南無妙法蓮華経を唱えても、病魔に勝つことはできないと認めたのだ。

※ 現在の創価学会本部は、病気に関する限り日蓮よりも法然に近い考えを取っている。


解説

 創価学会は今般の新型コロナウィルス禍への対応として、座談会・唱題会等の会合を中
止する措置をとっている。

 韓国で宗教団体の会合が原因となって、感染拡大が起こった事例があることから、創価
学会の決定が時宜にかなった適切なものであることは、私も否定しない。

 しかし、彼らが「信心で病気が治る」と主張して、適切な医療を受ける機会を学会員た
ちから奪い、その結果、死なずに済んだはずの人びとの寿命を縮めてきた過去がある以上、
創価学会を手放しで称賛するわけにはいかない。

 ※ こうした悪弊の犠牲になった者の中には、池田大作の次男も含まれていることは以
  前に述べた(「池田城久の死」参照)。

 創価学会の第二代会長・戸田城聖は、医学的根拠など何もない無責任きわまる指導を行
っていた。その一例を以下に示す。

(『聖教新聞』昭和29年〔1954年〕11月28日付掲載の質問会の一部)

 ※ 「護秘符」とは日蓮正宗に伝わるマジナイで、大石寺法主の祈念が込められた食紅
  を飲むものである。池田大作はこれに着想を得て、後に「護符」というマジナイを独
  自に作り出した。

 言うまでもないことだが、ガン治療においては再発や転移をいかに防ぐかが重視される。
 「再発する度に軽くなり完全に治る」などという論外のデタラメを、宗教団体の指導者
として行った戸田も、それをそのまま掲載した聖教新聞も、常軌を逸していると言わざる
を得ない。

 また、この当時の聖教新聞には、「信心で病気が治った」という特集記事が頻繁に掲載
されていた。

(『聖教新聞』昭和29年〔1954年〕12月5日付)

 こうした記事にどれ程の真実が含まれているかは不明だが、戸田センセイの与太話を大
真面目に取り上げていたことから考えると、「手術せずに胃ガンが治った」等の体験談は
相当に胡散臭い。

 戸田の弟子である池田大作もこうした非科学的な体質を受け継ぎ、「護符」と称する紙
切れを飲むマジナイを考案し、学会員たちはそれを有難がって飲んでいた(護符について
は、これまでに何度か取り上げているので今回は詳述しない)。

 創価学会は「科学的な宗教」を自称し、「他の宗教は非科学的だ」と主張しているが、
彼らにそんなことを言う資格など、あろうはずがないのだ。


補足 「日蓮と法然」について

 誤解のないように申し添えるが、私の目的は創価学会の悪質な実態を一人でも多くの方
に知ってもらうことであり、特定の宗教を布教したり、宣揚したりすることではない。

 しかし、創価学会が日蓮仏法を標榜し、その日蓮が法然への批判を原点としていた史実
がある以上、両者の思想を比較することには意義がある。

 学会員の皆さんも、この際に合理主義と信仰との適切な関係を、考えてみられてはいか
がだろうか。

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2020年3月1日日曜日

職員による内部告発

 既にご存知の方も多いでしょうが、創価学会の職員による内部告発が、YOUTUBEに投稿
されています。興味深い内容でしたので、リンクを貼っておきます。


 ※ 現在、この動画は非公開になっている。

 この告発が事実か否かについては、私は断定できる立場にありませんので、視聴した方
それぞれに判断していただくしかありません。本稿では、一応、事実であると仮定の上で
論じます。

 告発者は説明があまり得意ではないようです。また、チャンネル開設者のシバター氏も、
創価学会についての知識が乏しいため、適切な質問ができていません。

 そこで、告発の背景にある事情について、私なりに推測したことを含めて、簡単にです
が解説を加えたいと思います。


解説

主な登場人物

Sさん
 動画に出演している告発者。某支部の職員とのことなので、地域の拠点である会館に勤
務しているものと考えられる。

上司
 Sさんの上司。Sさんいわく「神様のような人」。不祥事を起こした張本人。


告発1
 Sさんは上司から命令により、一月あたり35~40人というノルマを課され、折伏を強要
されていた。明らかに実現できない目標であり、立場を悪用したパワハラである。

告発2
 職員がお布施を横領している。お布施の金額は各会員の自由であることから、経理担当
者が不正をはたらいても発覚しにくい。Sさんの上司は、実際に横領していた。

 ※ 創価学会には教団に対する寄付として、「財務」と「広布基金」の2つがある。

 財務・・・年一回、年末に実施。金融機関での振込。金額は一万円以上が原則。
 広布基金・・・地域の会館で年に数回、行事の際に現金で徴収。金額の指定はない。

 財務は振込なので、末端の職員は手を出せない。一方で広布基金は、創価学会の会館で
現金を集めるものなので、Sさんの上司のような立場にある者ならば、不正を働くことも
できるのだろう。
 
 女優で元学会員の杉田かおる氏も、個人で不審な金集めをしたり、「会のお金を騙し取
ったり」する学会員がいたことを、著書で暴露している(「創価学会の金集め③」参照)。

 創価学会の体質から言って、現在でも同じようなことが起こっても不自然ではないと考
えられる。


追記

 シバター氏が別の動画で、告発動画を非公開にした理由を明らかにしている。

裁判沙汰になり、動画を非公開にしました

 これによると職員による横領を暴露した男性――つまりSさん――が、動画を公開して
からひどい嫌がらせを受けるようになったため、シバター氏に動画を非公開にしてほしい
と依頼したとのこと。

 動画のタイトルに「訴訟沙汰」とあるのは、Sさんが嫌がらせを行った相手に対して民
事訴訟を準備中であることを指しているようである。Sさんやシバター氏が、創価学会側
から名誉毀損で訴えられたわけではないようだ。

 不都合な告発に対して正々堂々と反論するのではなく、卑劣な嫌がらせで沈黙を強いる。
これが創価学会のやり方なのだ。まさにカルトの所業である。

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2020年2月16日日曜日

書評『創価学会よ、大改革を断行せよ!』

 本書を執筆したのは「創価学会の明日を考える有志の会」を自称する、耳慣れない団体
である。本書の書きぶりでは複数の学会員が所属しているようであるが、実際のところは
不明(本稿では複数の著者がいる前提で論じる)。

 著者らは池田大作を不世出の偉人として尊敬し、創価学会は世界平和を実現して人類を
救う偉大な使命を帯びた宗教団体だと信じる、末端ではあるが熱心な学会員らしい。

 その著者らが本書を世に問うことにしたのは、創価学会の組織が疲弊している現状を憂
い、改革の必要性を痛感しているものの、本部にそれを訴えるツテがないことから、一念
発起したからだという。

 本書によると、現在の創価学会では以下のような問題が顕在化しているらしい。

1 末端組織である「地区」の運営マニュアルが存在しないことから、責任者である地区
 部長・婦人部長の資質によって、組織がうまく機能するか否かが大きく左右される。
  リーダーシップに欠ける地区部長のために、機能不全に陥っている例もある。

2 学会員の個人情報の把握が不十分であるために、それぞれの個性や悩みに合わせた指
 導を実施できていない。

3 勤行・唱題を行っていない学会員が多い。著者らの調査によると、ある地区では勤行・
 唱題を行っていない者が70%余りもいた。こうした学会員は座談会にも出席しないこと
 が多いものの、選挙の際、公明党に投票する割合はある程度に達していることから、こ
 れまで問題が表面化していなかっただけなのだという。

4 親から子への信仰の継承が必ずしも上手くいっていない。子供の頃は勤行・唱題して
 いた者でも、自立するとやらなくなることが多い。

5 折伏で成果を上げるた者は脚光を浴びるが、その後の教育は重視されていないため、
 せっかくの新規入会者が人材として育ちにくい。

 その他にも、創価学会内部での人間関係のトラブルが非常に多いとの指摘もあった(私
個人としては、この点に非常に興味をひかれるのだが、残念ながら本書では詳述されてい
ない)。

 上記の問題に対して本書で提示されている処方箋の一つは、折伏を強力に推し進めるこ
とである。

 著者らは〈幹部たちが広宣流布の使命を忘れてしまったために、組織全体が無気力にな
ってしまった。もう一度、戦後間もない頃の折伏精神を取り戻すべきだ〉(大意)と、訴
える。


>  無駄な会合をしないで、折伏を推進したり、折伏法を学ぶ勉強会を数多く開催して、
> 朝起きても「折伏」、夜寝る時も「折伏」と、明けても暮れても「折伏」一辺倒の流
> れを作ります。折伏は青年部を中心に推進し、若者をターゲットにして、三〇〇万人
> ~四〇〇万人の折伏の目標を立て、積極的に推進していきます。


 この目標を実現するために、本部に折伏のサポートを専門に行う部署を立ち上げ、ノウ
ハウの開発や学会員への教育を行うべきだとも提言している。

 昭和20~30年代の折伏大行進を、もう一度やるべきだと言わんばかりである。熱意は伝
わってくるが、学会員から何回も折伏を受け、さんざん迷惑をかけられた経験がある私と
しては、このようなカルト信者の悪しき目論見は、断固として粉砕すべきだと考える。

 著者らのもう一つの提案は、「外部のコンサルティング会社に依頼すること」である。


>  現在の実態からは、間違いなく、創価学会には最新の経営理論と組織論を学び、経
> 験した人材は皆無に等しいことが見てとれます。
>  創価学会の経営層は、時代遅れのままで大きな組織を運営していることに気づかな
> ければなりません。創価学会の経営層は最新の経営理論をマスターしておかなければ
> ならないのです。(中略)一刻も早く最新の経営理論に精通した人材を多数採用し、
> 然るべき専門のコンサルティング会社などに依頼して、広宣流布と世界平和への戦略
> を作り、最新の経営戦略を導入することをお勧めします。


 創価学会がかつて、外資系コンサルのアクセンチュアに依頼して機構改革を行ったこと
は著者らも承知しているものの、彼らの考えではその時の改革は不十分であり、外部から
の助言を得て、より徹底した改革を実施すべきなのだという。

 具体的には、多国籍企業が行っているようなマーケティングや顧客管理、ガバナンスの
ノウハウを、包括的に創価学会に導入すべきだと主張している。

 巨大組織を効率的に運営するために、大企業を参照して先端の経営ノウハウを取り入れ
るという案は、一理あるようではあるが、違和感を感じないでもない。

 著者らは「信者を増やすことは、顧客を増やして売上を伸ばすことと同じ」とまで言い
切っている。確かに創価学会の本部職員にとってはそうなのかもしれない。

 だが、本書の著者らは末端の信者であり、信濃町の本部職員と違って、創価学会から給
料をもらっているわけではない。

 信仰上の問題の解決策を営利企業の経営ノウハウに短絡的に求める著者らの姿勢には、
信心による功徳(ご利益)を、企業が営業活動で収益を得ることと同じように見なす、創
価学会員に特有の思考様式が影を落としているものと考えられる。

 さて、斯界では世界最大手のアクセンチュアでは不足だというのなら、著者らはどのコ
ンサルティングファームを見込んでいるのであろうか。

 「改革への具体的な提案」と題された本書の最終章で、著者らは学会本部の幹部に向け
て以下のように訴える。


>  まずは日本最大の広告代理店の「電通」に相談してみてください。そして私たちの
> 書いた本を提示して、この本の主張が正しいか否かを調べてもらってください。そし
> て私たちの指摘事項について、具体的にどのように進めたら良いか提案してもらって
> みてください。


 電通といえば、数年前、長時間残業に追いつめられた女性社員が過労自殺し、大きな社
会問題になったことは記憶に新しい。

 その後、改革はなされたであろうが、それでも著者らがいうような「最新の経営理論」
を実践しているエクセレントカンパニーと世間から見做されているとは言い難く、旧態依
然とした体質を残した企業というイメージは拭い難い。

 学会員たちを寝ても覚めても折伏一辺倒の人間に仕立てて、折伏大行進のような暴挙を
再びやらかそうと考える著者らのことだから、「鬼十則」でも学会員たちに仕込むつもり
なのかもしれないが……。

 創価学会は宗教法人であって株式会社ではない。だからこそ、学会本部は財務の使途等
の経営情報の公開を、頑なに拒み続けることができるのだ。

 上場企業が株主に対して負っているような説明責任を回避している創価学会に、著者ら
が主張するような経営ノウハウを導入したところで、その効果を検証することはできない。

 本気で学会本部に改革を促したいのであれば、まず財務の使途を公表することを迫るべ
きではないかと、私には思われる。

 本書は創価学会員を対象として執筆されているものの、創価学会の衰退と信仰の形骸化
の実態について、内部の観察者の視点で語られているという点で、私のような外部の批判
者にとっても興味深い内容であった(提案されている改革案は、首をかしげたくなるもの
ばかりだったが)。

 創価学会になど興味のない大部分の方にとっては無用の本であろうが、カルト信者の奇
妙な思考形態に関心がある方ならば、手に取ってみるのもアリかもしれない。

 ※ 『創価学会よ、大改革を断行せよ!』は、2020年2月4日付で発行された。


追記

 ヤフオクに『支部活動のために―組織実務の手引き―』なる、創価学会の組織運営用マ
ニュアルが出品されていたようである(おそらくは本物)。

 創価学会で「支部」とは、「地区」より一段階上の組織単位である。支部長以上の役職
に就くためには、こうしたマニュアルを理解し、下の者に適切な指示を出せる能力が求め
られるのだろう。


 「『地区』の運営マニュアルがない」と本書の著者らは主張しているが、マニュアルに
準拠した組織運営ができない者でも、地区部長にまでならなれるということだと思われる。

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2020年1月5日日曜日

おすすめの記事&これまでのまとめ

おすすめの記事


ピアノと写真、そして執筆活動
 平成22年(2010年)に脳梗塞で倒れたにもかかわらず、まるで何事もなかったかのよう
に、旺盛な執筆活動を続けられている池田センセイ。天が彼に与えたものは文才だけでは
なかった。ピアノ・写真の腕もプロ級なのだ。池田センセイの多芸多才の秘密とは……!?

池田城久の死
 「信心すれば病気が治る」をうたい文句に信者を集めてきた創価学会。だが、池田大作
名誉会長の御令息・池田城久氏は、29歳の若さで胃穿孔で死去していた。文字どおり「胃
に穴が開く」ほどの城久氏の苦悩とは……!?

第四代会長・北条浩氏について
 戦国大名北条氏の末裔にして、旧華族でありながらも創価学会に入会し、第四代会長に
まで上り詰めた北条浩氏。池田名誉会長との「師弟不二」を貫いた彼の生涯は、池田セン
セイのお人柄を物語る数々のエピソードで彩られていた。

日蓮と真言宗と池田大作
 創価学会では、入信すると次は家族を折伏することが求められる。しかし、信心の師匠
であるはずの池田センセイは、親族の折伏に失敗していた。師としてふがいないようにも
思えるこの件だが、その真相は、池田センセイが真実の日蓮大聖人の仏法を貫こうとされ
たことにあった。センセイが悟った日蓮仏法の真髄とは……!?

本部職員の待遇と創価学会の財力
池田大作のぜいたく
 毎年、年末に実施される財務だけでも一千億円以上を集めるといわれる創価学会。集め
た金の使途については、一貫して非公開とされている。巨額の金は、いったい何に使われ
ているのだろうか?

狂信者の心理
 創価学会員から入信勧誘等を受け、彼らのあまりの話の通じなさ加減に辟易した経験が
ある人は現在でも少なくない。創価学会をはじめとするカルトの狂信は、いかなる心理に
より成り立っているのだろうか?

「南無妙法蓮華経」の根拠(古文からの引用多め)
 日蓮の教えの核心は、題目をひたすらに唱えることで救われるという、専修唱題である。
創価学会はその理由を「南無妙法蓮華経は宇宙と生命を貫く根源の法」と説明しているが、
日蓮はそんなことを書き残してはいない。御書をひもとき、題目の根拠を探る。


これまでのまとめ


◎ 広宣部・教宣部と嫌がらせの実態

  広宣部と教宣部

  広宣部・教宣部が連携した嫌がらせの手口

  教宣部創設の経緯

  広宣部の実態

  「脱会者は自殺に追い込め」①

  「脱会者は自殺に追い込め」②

  「集団ストーカー」は実在するか? 1 ― 「張りつき」と「取り囲み折伏」 ―

  「集団ストーカー」は実在するか? 2 ― 町内会・PTA等への浸透 ―

  「言論部」と「ネットリスク対策室」


◎ 創価学会は反日団体か

  池田大作在日説について

  外国人労働者受け入れ拡大と創価学会・公明党

  創価学会と韓国


◎ 池田本仏論

  池田本仏論について①

  池田本仏論について②

  「会長先生はお父様のような存在」

  「700年ぶりだねぇ」の真偽

  池田大作の食べ残しを食うと「福運」がつく!?

  数珠さすりと弟子分帳

  池田大作への個人崇拝の実態

  虚仏への供物

  「娘に仏様の手がついた」


◎ 池田大作の人となり

  ピアノと写真、そして執筆活動

  池田センセイの話術

  池田大作 唱題伝説

  池田センセイのご指導

  清貧の人? 池田大作

  金満家・池田大作

  池田大作のぜいたく

  名誉学位・名誉市民等について

  池田センセイの「ご友人」

  池田大作は本当に平和主義者か?

  創価学会員はなぜ池田大作を崇拝するのか?

  池田崇拝の何が問題か

  創価学会の「大勝利」

  懲りない男・池田大作

  池田大作はバカではない


◎ 創価学会員とはどのような人々か

  「福子」として育てられるということ

  創価学会の二枚舌

  折伏(しゃくぶく)について

  創価学会員の選民思想

  反社会的な教義

  創価学会員のルサンチマン

  創価学会の光と影

  功徳とバチ

  狂信者の心理

  「学会活動できるじゃない!」

  統監と家庭訪問

  新聞啓蒙とマイ聖教

  肩書と成果主義

  仏敵撲滅唱題について

  婦人部と「無冠の友」

  創価学会員の話術

  どのような人々が創価学会に引き寄せられたのか?

  創価学会と軍国主義


◎ 収奪的な金集めの手口

  創価学会の金集め①

  金庫事件(金集め①-補足)

  創価学会の金集め②

  「牛乳ビンの念珠」とは?(金集め②-補足)

  創価学会の金集め③

  財務督促あるいは「創価学会仏」の金口直説

  財務をすれば万札が降ってくる?

  財務に苦しめられる末端学会員

  学会幹部に良心はないのか?

  ふたたび「財務」について

  三たび「財務」について


◎ 創価学会と公明党

  創価学会・公明党と生活保護

  公明党による口利きの代価

  誰が公明党に投票しているか?

  公明党の選挙運動について

  F取りの実態1 ― 人脈台帳 ―

  F取りの実態2 ― 戸別訪問 ―

  F取りの実態3 ― 公明党の票田 ―


◎ 『人間革命』の欺瞞

  創価学会の信心の現証について

  そもそも『人間革命』とは

  『人間革命』と結核

  紙を飲む宗教①

  紙を飲む宗教②

  紙を飲む宗教③

  「狸祭り事件」について

  セックス&バイオレンス

  創価学会常住の本尊について

  「日蓮」を名乗る前の日蓮

  『人間革命』の執筆体制と長期休載

  大阪事件

  「長男はツギオで、次男はダイサク」

  エレベーター相承のウソ

  池田大作と戸田城聖の〝遺品の刀〟


◎ 人物

  戸田城聖のビジネス(戦前・戦中編)

  戸田城聖のビジネス(戦後編‐①)

  戸田城聖のビジネス(戦後編‐②)

  戸田城聖のビジネス(戦後編‐③)

  アル中・戸田城聖

  池田城久の死

  福島源次郎氏について

  藤原行正氏について

  藤井富雄氏について

  第四代会長・北条浩氏について

  幹部の本音

  幹部の役得


◎ 創価学会と他のカルトとの関係

  憧れの池田センセイ

  創価学会とオウム真理教

  信心の血脈

  日蓮正宗はカルトです

  大石寺について

  相承疑惑について

  大御本尊と池田大作(近年の教義変更について)

  川邊メモ・教学部レポート・遠藤文書


◎ 教義の矛盾(折伏の被害にあっている方はお役立てください)

  私説「五重相対」(創価学会の矛盾)①

  私説「五重相対」(創価学会の矛盾)②

  私説「五重相対」(創価学会の矛盾)③

  私説「五重相対」(創価学会の矛盾)④

  仏像を拝むのは謗法か?

  蔵の財、心の財

  創価学会は仏教ではない①

  創価学会は仏教ではない②

  創価学会は本当に「御書根本」か? ①

  創価学会は本当に「御書根本」か? ②

  日蓮と真言宗と池田大作

  御書講義について(偽書『御義口伝』)


◎ 日蓮と鎌倉仏教

  「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」

  「南無妙法蓮華経」の根拠

  日蓮と念仏①

  日蓮と念仏②

  日蓮と禅①

  日蓮と禅②

  日蓮と禅③

  日蓮と真言

  日蓮と律

  日蓮と良観房忍性

  日蓮と神祇信仰

  日蓮遺文の真偽問題

  佐前・佐後

  「日蓮本仏論」について


◎ 創価学会 基礎知識

  5chスレ立て用テンプレ1~5(創価学会がカルトである理由①)

  5chスレ立て用テンプレ6~9(創価学会がカルトである理由②)

  創価用語の基礎知識①

  創価用語の基礎知識②

  創価学会の財力

  折伏大行進の実態

  折伏成果の水増しについて

  創価学会の実世帯数

  本部職員の待遇と創価学会の財力

  創価学会はなぜ会館建設を続けるのか?


◎ 書評

  書評『内側から見る創価学会と公明党』

  書評『「人間革命」の読み方』

  書評『創価学会秘史』

  書評『創価学会』(田原総一朗著)

  書評『親が創価学会』(島田裕巳著)

  おすすめの本


◎ 創価批判コピペ集

  ①(「創価学会とはどんな宗教か」他)

  ②(「創価学会が嫌われる理由」他)

  ③(「創価学会の教え」他)

  ④(「池田大作ってどんな人?」他)

  ⑤(「創価学会の『人間革命』」他)

  ⑥(「創価学会の『財務』」他)

  ⑦(「創価学会と法華経」他)

  ⑧(「創価学会の『不都合な真実』」他)

  ⑨(「創価学会と平和主義」他)

  ⑩(「創価学会の『折伏(しゃくぶく)』」他)

  ⑪(「創価学会の『学会活動』」他)

  ⑫(「創価学会の『総体革命』」他)

  ⑬(「創価学会の迷惑行為」他)

  ⑭(「池田大作の女性スキャンダル」他)

  ⑮(「創価学会員や顕正会員が強引な勧誘をする理由」他)

  ⑯(「創価学会と韓国」他)


◎ その他

  「はじめに」および5ch(旧2ch)過去スレ

  創価学会が社会から受け入れられない理由

  変わらない創価学会

  都議会選挙(2017年)の結果について

  衆議院総選挙(2017年)の結果について

  平成29年をふりかえって

  創価学会の創立記念日

  平成30年をふりかえって

  統一地方選挙(平成31年4月)の結果について

  創価学会の行く末

  第25回参議院議員通常選挙(令和元年)の結果について

  エア本MADについて

  令和元年をふりかえって


お知らせ

 明けましておめでとうございます。
 今年は年初から何かと忙しく、毎週定期的にブログを更新することができません。

 昨年末に次回のテーマとして予告した「言論出版妨害事件について」も、来週の投稿は
難しい状況です。今年のできるだけ早い時期に掲載したいとは思っていますが、いつとは
断言できません。

 恐縮ですが、当面はブログの更新は不定期といたします。
 悪しからず、ご了承ください。

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2019年12月29日日曜日

令和元年をふりかえって

 創価学会・公明党をめぐっては、今年一年の間にも様々な出来事があった。
 4月の統一地方選、7月の参議院選という大きな選挙もあり、多くの学会員がF取りに
励んだことだろう(獲得議席だけを見れば、公明党はおおむね健闘した)。

 9月には創価学会を破門した日蓮正宗の先代法主・阿部日顕氏が逝去した。
 11月には、原田会長の再任が決まった(下馬評では次期会長との噂もあった、谷川氏が
任命されることはなかった)。

 こうした出来事の中で、私が最も重要だと考えるのは、参議院選挙の比例区で公明党の
獲得票数が約654万票と、前回より100万以上も減少したことである。創価学会の組織力の
低下を、議論の余地なく示した結果である。

 この選挙にはもう一点、関心をひかれたことがある。それは選挙前の6月5日、公明党が
東京ドームで決起集会を開催し、昼夜2回で10万人を集めたことだ。

 「公明フォーラム」と称するこの集会は、ネット上では事前に何の情報もなかった。
 にもかかわらず、1日で10万人を集め、最寄り駅は大根混雑となり、事情を知らない多
くの利用客を困惑させたのである。

 そして、東京選挙区から立候補した公明党の山口代表は、前回よりも得票を増やして当
選した。

 この事実を見ると、創価学会は全体としては退潮傾向にあるものの、大都市部では依然
として侮れない組織力を保っていると言わざるを得ない。

 どう受け止めるかは人それぞれだろうが、私にとっては、創価学会の反社会性を訴え続
けることの意義を再確認させられた出来事だった(一個人の影響力など微々たるもの過ぎ
ないことは、百も承知しているが)。

 閑話休題。

 話は飛ぶが、当ブログの方針についても併せて述べさせていただく。
 このブログでは、『人間革命』などの創価学会による出版物や、創価学会ウォッチャー
と称される批判的なジャーナリストの書籍に依拠することが多い。

 それらの出版物の多くは20年以上も前に世に出たものであり、もっと新しい情報や、現
在の創価学会について取り上げるべきではないか、という方も少なくないかと思う。

 私もできることなら、そうしたいと思うのだが、それは困難だというのが正直なところ
である。

 私は過去に学会員であったことがないので、自分の経験を参照することができない。
 情報提供してくれる親しい学会員がいるわけでもない(まさか、過去に私を折伏しよう
とした学会員に「創価学会を批判するために必要なので、内情を教えてくれ」と頼むわけ
にもいかない)。

 もちろん、元学会員による批判ブログの中には、近年の創価学会の実情を物語る内容の
ものもあるが、人様のブログの引き写しばかりの記事を投稿するのは、流石に躊躇われる。

 ブログ以外にも、ネット上には興味深い情報もあるにはある。
 例えば、先日、5chの創価・公明板を閲覧していて、以下の書き込みを見つけた。


> 財務は強要「と感じる」のではなく、現場では完全に「強要している」のは、活動家
> 2世3世や元活動家なら知ってるはずだよ。

> 広布部員の申し込み書が提出されていなければ、昼夜問わず訪問攻撃、訪問者も一人
> が2人、3人と増え、来る人の役職が上がっていき、長時間一方的に説得、その場で書
> かせ、書くまで居座る。

> 申し込み書を出して振り込まないと、また訪問攻撃で、銀行まで同行される。
> 居留守なんてしようものなら、近所で待ち伏せされる。

> これは「強要」だよ。嫌ならしない選択肢はなく、この嫌がらせに屈して渋々財務が、
> ずいぶんたくさんいるよ。
 (5ch 創価・公明板「創価学会員の皆さん、今年の「財務」どうしますか?」)


 具体的な記述であり、それなりの信憑性があるように思える。
 近年は財務の総額もかつてよりは減っていると伝えられてはいるが、依然として強制を
伴う搾取的な実態が、創価学会にはあるのだと思いたくなる。

 だが、匿名掲示板の書き込みを、信用できる確たる証言というわけにはいかない。
 裏を取るべきだが、私は残念ながらジャーナリストとしての訓練を受けたことはない。

 私にできることは、図書館で文献をあさることくらいだ。
 なので、忸怩たる思いはあるが、これからも現在の創価学会がなかったことにしようと
している、後ろ暗い過去に光をあて続けたいと思う。


お知らせ

 本文でも書いた通り、当ブログでは今後も創価学会の過去を取り上げるつもりです。
 次々回からは、言論出版妨害事件について書く予定です。

 そして、その後は思うところがあり、しばらくブログを休もうと考えています。
 活動を止めるわけではなく、あり方を検討する必要があると考えたからです。

 悪しからず、ご了承ください。

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2019年12月22日日曜日

創価学会と軍国主義

 創価学会が急速に拡大できた理由の一つとして多くの論者が指摘していることに、第二
代会長・戸田城聖が軍隊式の組織運営を導入した点が挙げられる。

 入信してさほど日を経ずして聖教新聞の編集主幹に抜擢されるなど、戸田から何かと目
を掛けられてきた石田次男氏を押しのけて、池田大作が第三代会長に就任できたのも、池
田が「参謀室長」という役職についており、青年部を掌握していたことが大きかった。

 参謀室長に就任した際、池田は以下のように語っている。


>(前略)参謀室の任務はあくまでも広宣流布成就の青年部の立法機関であり、十五部隊
> は行政機関である、又参謀室は大本営であり、各部隊長は武将であり将軍である。新
> しき闘争は民衆を相手とするものであり、広宣流布遂行途上に起る大衆性の問題政治
> 経済等あらゆる一切の源泉の命令は参謀室より発せられる。

(『聖教新聞』昭和29年4月11日付)

 また、創価学会は昭和30年代まで、軍歌を学会歌として用いていた。昭和32年(1957年)、
10歳の時に母親と同時に入信した女性の証言を引く。


>  そのころ夜には座談会に一時間位歩いて会場に行き、ついたら寝て学会歌が始まる
> と起きるという子供時代でした。今では覚えている人も少ないですが、当時の学会歌
> は軍歌で、“貴様と俺とは同期の桜”で壮年部が扇子を振って指揮を執るものでした。
 (創価学会・公明党を糾すOB有志の会 編著『サヨナラ私の池田大作』)


 それだけでなく、創価学会が多数の青年部員を「部隊」と称する組織に編成し、大挙し
て大石寺に結集して閲兵式もどきの大集会を行ったりしたことから、当時のマスコミから
も「新手の右翼団体か?」と警戒された。

 『週刊読売』(昭和30年10月30日号)に掲載された「“軍旗”のある新興宗教」という特
集記事は、創価学会の強引な折伏の事例とともに、その組織が軍隊と酷似していることや、
「部隊旗」と称して軍旗に似た旗を用いていることなどを伝えている。

 創価学会のこうした体質については、前述のように多くの方が論じているが、それらの
中で私がもっとも的確だと感じたのは、哲学者・鶴見俊輔氏の以下の論考である。


>  敗戦によって日本の文化に欠落が生じた。軍隊がない。天皇が人間宣言を出したの
> で、戦前の現人神信仰を、もはや支えとすることができない。教育勅語がなくなって、
> それまでの倫理的背骨とされたものが失われた。子供のしつけをどうするか。親が年
> 老いてから子供をたよりにできるか。あふれるエネルギーを持つ少年少女を、どのよ
> うに調教できるか。金の価値がなくなったり、たのみにしていた会社がつぶれたり、
> そういう不安定な状況の中で、しかも、戦争中まで残っていた親類や隣近所の助け合
> いの慣習が薄れた。こうした不安に悩む人びとのあいだに、創価学会は急速にのびて
> いった。それは仲間の助け合いの習慣をつくり、青少年を訓練する道場をつくった。
> 天皇が戦前スタイルの観兵式をやめているその時期に、戸田城聖は白馬にまたがって、
> 青年団男女の観兵式をおこなった。そこにあったのは、自衛隊にも増して戦力なき軍
> 隊であった。目標は平和日本の建設であるとされたが、この団体訓練でとられた方式
> は、旧軍隊でとられたものと瓜ふたつである。軍人勅諭のかわりに、与えられたお経
> のテキストの暗誦。そのテキストの文句についての問答。たえず要求される集団への
> 参加。規則的な昇進。かつて軍隊において身分や学歴にかかわらず、軍務そのものに
> よる公平な競争をとおして昇進がおこなわれたとおなじように、ここでも、身分や富
> や学歴にかかわらず、努力と才能に対して公平な昇進が約束された。まさにおなじ時
> に、外の社会においては資本の独占化が進み、会社は系列化され、学歴なく一流会社
> から外れた人びとにとっては公平な昇進の希望は失われつつあった。
>  独占資本主義下に安定した社会において、不安的な状態にさらされるのは、中小企
> 業、農業、炭鉱労働に属する人びとである。それらの階層が、創価学会信者の急速に
> 膨張する部分だった。
>  今日の創価学会は、戦前日本の軍隊、在郷軍人会、青年団、少年団、さらにそれら
> を最終的に一本に編みあげた体制翼賛運動の思想から多くのものをゆずり受けた。そ
> の共同体信仰。行動力。論争形式。それらは、戦後直後、誰もゆずり受けて住もうと
> しない廃屋として、誰も利用しようとはしないが、しかし依然として存在する国民的
> 慣性としてそこにあった。その国民的遺産をそっくりそのまま、創価学会がゆずり受
> けたのである。
 (『鶴見俊輔著作集』第三巻所収 「牧口常三郎と戸田城聖」)

 ※ 引用にある「戸田城聖は白馬にまたがって、青年団男女の観兵式をおこなった」と
  は、昭和29年(1954年)10月31日、創価学会が1万人を結集して、大石寺への登山を
  行った時のことを指す(この出来事は『人間革命』第八巻にも描かれている)。


 現在でも大半の人は軍国主義には反対だろうが、 昭和20年代から30年代にかけての日
本では、戦争の傷跡がまだ生々しかったことや、新憲法のもとで民主的な社会を築こうと
いう機運が強かったことから、軍国主義との決別はより切実な問題だった(軍閥の復活を
策動する者もいたという)。

 こうした時勢にあったにもかかわらず、創価学会は軍隊式の組織運営を行い、大規模な
集会でそれを誇示しさえしたのだ。

 世間の反感を買った面もあるにせよ、それを意に介さず創価学会に入信した者が多数い
たこともまた事実である。軍隊方式の何が人を惹きつけたのだろうか。

 軍隊には厳しい規律があり、上官の命令には絶対に服従しなければならない。窮屈な組
織なのは確かである。

 一方で軍隊においては、何が正しいか、いかに生きるべきかを自分で考える必要はない。
上官の指示に従い、敵と戦うことが正しいのだ(士官には作戦立案能力が求められるが、
一兵卒にはそんな能力は必要ない)。

 戦後の日本は自由な社会になった。
 しかし、何が正しいか、いかに生きるべきかを各人が自己責任で考え、実践しなければ
ならなくなった。

 この自由を重荷に感じる人にとって、「絶対に正しい」生きる指針や、同じ目標を共有
する同志を与えてくれる創価学会は、魅力的に見えたのかもしれない。

 軍隊からの復員者の中には、従うべき命令が何もない状況で、与えられた自由を前にし
て途方に暮れていた人もいただろう。そんな人にとっては、なおさらのことそうだったの
ではないか。

 自分から進んで自由を投げ出し、盲信を選ぶ人はいつの時代にもいた。
 そして、「自分には大衆を導く使命がある」と自称する、ペテン師のような連中も……。

 多くの学会員にとって、そして日本にとって不幸だったことは、長年にわたって創価学
会の意思を担ってきたのが、池田大作という邪悪な俗物だったことである。

 公明党の政策に異を唱える学会員を軍法会議さながらの査問にかけ、恭順しない者には
除名処分を下していることから明らかなように、池田が表舞台から去った現在も、創価学
会の体質は変わっていない。自分の頭で考えることは、末端の学会員には期待されていな
いのだ。

 今でも学会員の大部分は、何も考えずに上意下達に従い、「自分たちは地涌の菩薩で、
学会員でない人より格上の存在なのだ」という選民思想に酔い痴れて、満足しているのだ
ろう。

 そのような学会員たちによる組織的な投票が、現在でも日本の国政に小さくない影響を
与えているのである(良識あるマスコミはなぜ問題視しないのだろう)。

 学会員から折伏などで迷惑をかけられた経験のある人なら、こうしたことは許しがたい
と思うだろうし、そうでない人でもおかしいと感じている方は少なくないはずである。

 そうした人々が一斉に声を上げれば、現状を少しでも変えられるのではないかと私は考
えるのだが、いかがだろうか……。


補足 『週刊読売』(昭和30年10月30日号)の創価学会特集記事について

 本文でも触れたとおり、週刊読売はこの号で創価学会についての特集記事を掲載した。
その概略を述べる。

 まず冒頭で、強引な勧誘の事例として、静岡県沼津市に住む仏立宗――日蓮系宗派の一
つ――の信者である女性のもとに、二人組の学会員が折伏に訪れ、女性が創価学会への入
信を拒んだところ、学会員たちが仏壇に祭られていた日蓮像を奪い去り、ドブ川に投げ捨
てたという事件が報じられている。

 また、別の事例として、福島県相馬郡で地元の人から信仰されていた観音堂を複数の学
会員が打ちこわし、安置されていた観音菩薩像を焼き払ったことも伝えられている。

 創価学会の実態にも言及されており、「会費を取らない」と言いながら新聞購読料や書
籍の購入代金などで、かなり稼いでいるとも述べられている。

 その後、青年部の組織と軍隊との類似性が論じられ、各部隊が「部隊歌」と称して軍歌
の替え歌を用いていることを述べ、そのことについて後に第五代会長となる秋谷城栄(栄
之助)が記者の質問に答えている。

>  部隊長クラスになると戦後、大学を出た若いインテリが主だが、第五部隊長秋谷城
> 栄君(二五)(早大仏文卒)はこういう。
>  「私どもの教えの中に“依義判文”というのがある。例えば戦陣訓の歌でも、日本男
> 子と生れきて戦の場にたつならば――とあるのは、邪宗との戦いの場と解釈する。散
> るべきとき清く散れ――は、弾圧にひるむなであれ、御国にかおれ桜花――は日蓮正
> 宗はサクラのようにかおれであると解釈するから、少しも右翼とは思わない」
>  教義のためには、宗教戦争も辞せずといった表情である。

 現在の創価学会は、外面を取り繕う知恵を身につけはしたものの、実態としてはこの記
事で述べられている折伏大行進の頃と、そう変わらない体質を少なからず残していると見
てもよいのではないかと思われる。


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2019年12月15日日曜日

どのような人々が創価学会に引き寄せられたのか?

 退潮傾向にあるとはいえ、創価学会は現在でも日本最大の新興宗教である。それのみな
らず、公明党の支持母体として、多くの票を集める力を持っている。

 創価学会がこれほど発展できた理由は、宗教学・社会学の研究対象となっており、戦後
の高度経済成長と関係づけて論じられることが多い。

 宗教学者・島田裕巳氏は、「なぜ創価学会が高度経済成長の時代に成長したのかという
謎を解く鍵」となるとして、昭和37年(1962年)に福岡市在住の創価学会員を対象として
実施された調査研究を参照し、以下のように述べている。


>  調査によれば、福岡市の学会員は、学歴が低く、高卒以上は全体の三割を占めるに
> すぎない。多くは小学校や中学校しか出ていない。職業の面では、「零細商業・サー
> ビス業の業主・従業員と、零細工場・建設業の工員・単純労働者など」が中心である。
> つかり、創価学会はたんに都市型組織であるというだけでなく、論文の副題にもあっ
> たように、都市下層のための宗教組織なのである。
 (中略)
>  つまり、学会員となった人間たちは、福岡市に生まれ育ったわけではなく、最近に
> なって、農村や漁村、山村から福岡市に出てきたばかりの人間たちであった。彼らは、
> 学歴が低く、そのため、大企業に就職することもできない。労働者ではあっても、労
> 働組合の恩恵にあずかることができず、未組織の労働者として不安定な生活を送らざ
> るを得ない境遇にあった。
 (島田裕巳著『創価学会』)

 ※ 島田氏は社会学者・鈴木広氏の論文「都市下層の宗教集団――福岡市における創価
  学会」に準拠している。


 戦後の日本での都市部への人口集中が、創価学会発展の下地となった。都市は新たな産
業の労働力を求めていた。一方で地方においては、重要な産業が衰退しつつあった。

 近代以前の日本社会では、燃料と言えば木炭であった。山村において炭焼きは、現金収
入を得られる重要な産業だった。

 しかし、昭和30年代になると電気や化石燃料が普及したことにより、燃料としての木炭
需要は急速に減少していった。

 地方では収入を得られる仕事が失われていく一方、都市部では製造業やサービス業での
労働需要が急速に伸びていたのだから、地方の過疎化、都市部の過密化が同時並行して進
むことになったのは当然である。

 創価学会は、こうして新たに都市住民となった人々を信者として取り込んでいった。
 これらの人々の多くは、誇るべき家柄も学歴もなく、専門的な技能を身につけていたわ
けでもなかった。

 故郷にいても家計の足しになる収入を得ることは難しく、生家にとどまったところで、
厄介者あつかいされかねない者も少なくなかっただろう。

 故郷から離れ、頼るべきものも心の支えも持たなかった人々が、創価学会の信仰に拠り
所を見出したのはなぜだろうか。

 その理由としては、創価学会が相互扶助的で密度の濃い人間関係を構築していたこと、
御書講義などの教学重視の在り方に、教育を補完する作用があったこと等が挙げられるだ
ろうが、創価学会の教義にも、ある種の人々を引き付ける要素があったと考えられる。

 創価学会の教義の特色は、その極端な独善性・排他性にある。


>  実際に、神道にはなんら教えらしいものはなく、神主の家など、決して幸福な生活
> をしていない。代々、浄土宗、浄土真宗、禅宗、真言宗の家の檀家総代をしている家
> は、家族に病人が絶えなかったり、不幸が続いたり、どんな財産家も三、四代すると
> つぶれるのが多い。仏教各派が釈尊の教えと違ったことを教えていることや、いわゆ
> る日蓮宗が日蓮大聖人の教義と違反していることは、別の項で説き尽くされているか
> ら、ここでは、教義のことは省略するが、俗にいう日蓮宗を代々やっていると家族に
> 不具者ができたり、知能の足りない子供が生まれたり、はては発狂する者ができたり
> して、四代法華、五代法華と誇っている家ほど悲惨な生活をしているのである。この
> ようにして、先祖代々の宗教は皆、人を不幸にする力をもっているゆえに捨てなけれ
> ばならないのである。
 (創価学会教学部 編『折伏経典』改訂29版)

 ※ 「いわゆる日蓮宗が日蓮大聖人の教義と違反していること」とは、日蓮宗が日蓮正
  宗総本山大石寺の大御本尊の権威を認めていないこと等を指す(「大御本尊と池田大
  作」参照)。


 常軌を逸していると言っていいほど、一方的で差別的な記述である。
 世の中の大部分の人は、その信仰心の程度によらず、先祖代々のやり方で葬式等を行う
が、創価学会はそれを「人を不幸にする力をもっているゆえに捨てなければならない」と
いうのだ。

 もちろん『折伏教典』の独善的な主張のほとんどは、根拠がなかったり矛盾していたり
するたわ言ばかりである(「創価学会の信心の現証について」参照。)

 人間は誰しも、自分の存在を肯定できる根拠を求めるものだ。創価学会の荒っぽい主張
が一部の人の心をつかんだのは、粗雑ながらも心をひかれる要素があったからだろう。

 「自分には何もない」と感じざるを得なかった人にとっては、「自分たち以外は間違っ
ている」という根拠のない独善性が、心地よかったのではないか。

 世間の成功している人、権威ある家柄の人、それ以外の平凡ではあってもそれなりに幸
福な生活を送っている人、そうした人々の信仰はすべて間違っているのであり、正しいの
は自分たちだけなのだ、という創価学会の主張が、渇いた土地が水を吸い込むように劣等
感に苛まれた心にしみ入ったのである。

 私はこれまでに何回も折伏を受けたことがあるが、現在でも学会員の中には、「創価学
会は絶対に正しい。これは決まっていることだ」と言い張るだけで、その根拠など示せな
い者が少なくない。

 根拠がないことを信じることに不安を感じないのかという疑問を、かつては私も抱いた
ものだが、実は彼らは根拠など必要としていないのだ。

 正当性の根拠を追求することは、それなりの知的能力を必要とする。知性が欠如した者
は、そんな面倒なことなど御免蒙りたいのである(「狂信者の心理」参照)。

 つまるところ、おツムの出来があまりいいとは言い難い人々が創価学会に入り、その後、
強引な勧誘や悪質な選挙違反等を行って、社会に迷惑をかけたのである。

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