2018年12月30日日曜日

平成30年をふりかえって

 今年一年を振り返って見ると、池田大作というカリスマが不在となったことによる創価
学会の混迷ぶりを裏付ける出来事が二つあったと思う。

 その一つは、7月13日から16日まで実施された靖国神社の「みたままつり」で、「創価
学会」と書かれた提灯が飾られたことによる騒動である。

 この提灯は、靖国神社に所定の金額を納めると祭りの期間中に掲げられるもので、大型
のものの料金は1万2千円とのことである。

 前回も少しふれたが、かつての創価学会は「神社・仏閣は魔のすみか」などと主張し、
強い敵意を向けていた。

 しかし近年では、伝統的な祭りなどに宥和的な姿勢を示すこともあり、学会本部も「仏
法には『随方毘尼』という、風習には従うべきという考え方もあるので、他の宗教の本尊
等を拝むのでなければ祭りに参加しても差し支えない」と指導している。

 こうした変化は、選挙で公明党候補を当選させるために、外部の人間、特に連立を組む
自民党の支持者の協力が必要なことによると思われる(創価学会員であるにもかかわらず、
神社の祭りの役員まで務める者もいるそうだが、それも「F取り」の一環なのだろう)。

 自民党支持者には古くから地域に根づき、伝統的な信仰を尊重してきた人が多い。
 従って、創価学会員が地域の祭り等を邪教呼ばわりし続けていたのでは、いくら自民党
候補が「比例は公明党」と訴えても、さしたる効果は期待できない。

 創価学会にとっては、教義の一貫性よりも選挙での勝利の方が大事なのだ(とはいうも
のの、依然として寺社を敵視し、近づこうとしない学会員も少なくない。背に腹は代えら
れないので、しぶしぶ妥協したというのが実際のところなのだろう)。

 靖国神社への献灯問題はネットで大きな話題となり、学会本部には問い合わせが相次い
だという。この事態への対応として、聖教新聞に「『創価学会」の名称を騙った提灯献灯
警視庁に告訴申し立て」と題した記事が掲載された。


>  創価学会は靖国神社主催の「みたままつり」(7月13~16日)において、学会を勝
> 手に騙り、「創価学会」の名称入りの大型提灯を陳列させた氏名不詳者を23日、偽計
> 業務妨害罪及び名誉毀損罪で、警視庁(麴町警察署)に告訴の申し立てを行った。
>  提灯を献灯するためには同神社に所定の費用を支払う必要があるが、学会は献灯の
> 申し込みなど一切行っていない。にもかかわらず、「みたままつり」で学会の名称が
> 入った大型提灯が陳列されたため、これを見た関係各方面から学会に問い合わせがあ
> り、日常の法人及び宗教業務が妨害された。
>  また告訴状では、学会の名称入り提灯が陳列されることは、「謗法厳誡」を旨とす
> る学会が謗法を容認したとの印象を与えるものであり、学会の名誉毀損すると指摘。
> 悪質な犯罪行為の再発防止のため、厳重な捜査と、被告訴人に対する厳重な処罰を求
> めている。
 (『聖教新聞』平成30年〔2018年〕8月24日付)


 この記事は上記が全文である。創価学会が警視庁に対し、告訴の申し立てをしたという
事実は述べられているが、それが受理されたのか、具体的な捜査がなされたのかは一切述
べられていない。

 また、その後どうなったのかも続報も聞かない。ネット上では様々な憶測が飛びかった
が、真相は不明のままである。

 個人的には、創価学会が本気で怒り、何としてでも真犯人を厳罰に処したいと考えたの
だとしたら、顧問弁護士を押し立て、警察ではなく検察庁に告訴状を提出するというパフ
ォーマンスを行ったのではないかと思うのだが……。

 さて、先に述べたように近年の創価学会は「随方毘尼」と称して、学会員が神社の祭り
等の役員を務めることを容認してきた。だが、この件では一転して、靖国神社に提灯を献
灯することは、「謗法厳誡」に抵触するのだという。

 創価学会では初代会長・牧口常三郎を「反戦平和を唱えて国家神道と戦った殉教者」に
祭り上げてきた(これは大ウソである)。池田大作も総理大臣の靖国参拝に反対している。

 今回の件に関する聖教記事は、近年の主張と一貫性がないように見えるが、「池田平和
思想」に心酔し、内心では今でも神社を敵視している学会員たちの動揺が大きかったため、
「創価学会を騙って提灯献灯した者への厳罰を求め告訴した」と発表したのだろう。


 創価学会の混迷を示したもう一つの出来事は、沖縄知事選挙(9月30日投開票)である。
 この選挙では、死去した翁長知事の後継候補であり、名護市辺野古への米軍基地移設に
反対する玉城デニー氏と、自民党・公明党が推薦する佐喜眞淳氏の事実上の一騎打ちで争
われ、周知のように玉城氏が大差で勝利した。

 創価学会はこの選挙に本腰で取り組み、原田会長をはじめとする幹部が沖縄入りしたほ
か、本土から5千人もの学会員を動員したという。

 創価学会がそこまでしたのは、この選挙で自民党に恩を売ることで、来年の参院選での
選挙協力をより確固たるものにしたいとの思惑があったからだといわれる。

 佐喜氏の敗因の一つとして、学会本部の指示に反して玉城氏に投票した学会員が少なか
らずいたことがあるという。

 沖縄の学会員たちの造反を正当化したのも、「池田平和思想」だった。「池田先生が基
地なき沖縄を目指されていた以上、基地容認の候補に投票するのは『師敵対』にあたる」
というわけだ。

 以前も述べたが、私は池田大作が本心からの平和主義者だとは思わない(「池田大作は
本当に平和主義者か?」参照)。彼の「平和主義」は、見せかけだけだ。

 だが、池田センセイが海外で要人と面会したり、様々な顕彰を受けたり、近ごろ創価学
会が熱心に取り組んでいる対外イメージを改善したりに、たいへん便利だった「平和主義」
的なセンセイの言動は、池田センセイがご不在の現在、創価学会にとって時に「重荷」に
なっているようにも見える。

 池田センセイの過去の「名言」を金科玉条の如く振りかざし、学会本部や公明党を批判
する一部の学会員は、少数とはいえ、本部の幹部たちにとっては悩みのタネであろう。

 熱心に選挙運動を行う学会員がそうしてきたのは、「池田先生が選んだ人に投票すると、
功徳(ご利益)があるから」だった。だが、それも過去のことになりつつある。

 池田大作が8年以上も公に姿をみせなくなったことから、学会本部の解釈によらずに池
田の言葉を自分なりに理解し、行動に移す学会員まで現れている現状を見る限り、池田の
カリスマ抜きで学会本部が求心力を維持し続けられるか疑わしい。沖縄知事選の結果は、
その証左であろう。

 もちろん、創価学会のような反社会的なカルトが衰退していくことは、社会にとっては
よいことである。

 そして、日本全体を上回るスピードで少子高齢化が進んでいる創価学会には、未来など
ないのだろう。

 私としては、創価学会の瓦解を一日でも早めることに、わずかなりとも貢献できるよう、
来年もブログを続けていくつもりである。

2018年12月23日日曜日

ふたたび「財務」について

 創価学会では、年末に「財務」と称して金を集めることが定例行事になっている。財務
は「広宣流布のためのご供養」とされ、学会員たちは「広宣流布の指導者」である池田セ
ンセイに使っていただくために金をさし出せば、ご利益を得られると信じ、指定された銀
行口座に一口一万円からの金を振り込むのである。

 このように、すっかり「金のかかる宗教」になりおおせてしまった現在の創価学会だが、
かつては「金のかからない宗教」を標榜し、他の宗教を「金取り宗教」などと批判してい
た時期もあった。

 特に批判の矛先を向けられたのは、天理教と立正佼成会だった。創価学会は、これらの
教団が会費を集めていることを口を極めて非難する一方で、「学会は会費を取らない」と
宣伝し、こうした新興宗教の信者に対して折伏を行ったのである。

 確かに創価学会は現在に至るまで、「会費」という名目では金を集めてはいない。だが、
創価学会に入信した者は、もれなく聖教新聞を購読させられる。「新聞購読料」という名
目で、事実上の会費を集めているのと変わらない。

 こうした欺瞞に疑問を感じない人が、騙されて創価学会に入信したしたのであろう。詐
欺同然ではないかと思うのは、私一人ではないはずである。

 さて、聖教新聞に掲載された池田センセイのご指導にも、「創価学会は金集めをしない」
との趣旨の発言が一度ならずあった。その一例を以下に挙げる。

『聖教新聞』昭和37年(1962)年6月16日付

 ※ 「寺院・神社は魔縁のすみか」とある。かつての聖教新聞には、日本の伝統宗教
  を邪宗呼ばわりする記事が頻繁に掲載されていた。


 この講義の中で、池田センセイは創価学会における「ご供養」のあり方について、以下
のような見解を述べられている。


>  邪宗などは、みんなうまいことをいって金を巻き上げて、教祖のために、それから
> 教団の勢力のために、それも、本当に人々が救えるならば許せるけれども、ぜんぶが
> 地獄に落ち、民衆は教祖にだまされて、そして、教祖はりっぱな家ばかりつくり、
> 民衆は最後には、コジキみたいになってしまう。これが邪宗教団の姿です。
>  日蓮正宗創価学会においては、日蓮正宗を守っていくことは私どもの役目です。
> 「御供養してはいけない」ということは、御書に照らして、私は申し上げることはで
> きませんが、日蓮正宗総本山に、日達猊下に対したてまつる一切のご奉公、御供養に
> 対しては、皆さん方を代表して、いっさいご奉公申し上げますから、安心していただ
> きたいと思うのであります。(拍手)
>  その功徳はぜんぶ皆さん方に回向(えこう)されます。これを私は確信しておりま
> す。したがって、創価学会としては、永久に皆さん方から、ただの一銭も寄付を願っ
> たり、供養願うようなことはいたしません。


 池田センセイは、学会員の代わりに会長であるご自身が供養し、しかもその功徳はすべ
て学会員に回向してくださるのだという。
 
 たいへんご立派なことをおっしゃっているようだが、創価学会は、この前年(昭和36年)
に大石寺に大客殿を建立するためと称して、金集めをしたばかりである。

 また、三年後の昭和40年(1965年)には、正本堂建立のためという名目で、数百億円も
の巨額を学会員から集めている(「創価学会の金集め①」参照)。

 どうやら創価学会の信心には、若くして健忘症になるという「現証」があるらしい。誤
った信仰の恐ろしさと言うべきであろうか。

 ただ、当時の聖教新聞を読むと、大客殿建立を名目として寄付金を募った時は、現在よ
りもずっと良心的だったようである。

『聖教新聞』昭和36年(1961)年6月14日付

 上の紙面は「大客殿の御供養をめぐって」と題した座談会。出席者は原島宏治、柏原ヤ
ス、秋谷城栄(栄之助)、藤井富雄など。興味深い発言があるので、一部引用する。


> 藤井 それから実際の取り扱いの点ですが「だれそれさんは十万円御供養するそうよ」
>  って話したらしいのです。片方は五百円しようと思っていたのですよ。それを聞い
>  たとたんに恐れをなしちゃって、うっかり持っていけないというわけですよ。です
>  から幹部は不注意なことばには気をつけなければなりませんね。
> 柏原 言わないのがあたりまえだわね。
> 田中 必ず、班長からお宅は一万円やりなさいといわれたと憤慨する声があるのです
>  ね。
> 秋谷 金額ではなくて、何人参加させられたかということが問題なのじゃないですか。
 (中略)
> 司会 一円玉や五円玉をためてやったという人もいますね。
> 中村 自炊している青年などこまかい釣り銭をためているのがありますね。
> 柏原 ためたお金の持って行き方ですよね。ためたバラ銭を千円札に替えるのが惜し
>  いのですね。なにか、一円玉の一つ一つに功徳があるような。(笑い)


 柏原氏は、後に創価学会が狂ったように高額財務を煽るようになってから、「百万出せ」
と絶叫する指導をして物議をかもした(「創価学会仏の金口直説」参照)。同じ人間とは
思えない変わり様である。

 昨今の創価学会でも、「最低でも一万円以上」との学会本部の指導に反して、財務の振
り込みを一円とか十円とかの小額ですます向きもおられるそうである。

 私個人としては、創価学会のようなカルト教団には一円たりとも貢ぎたくはないが、か
つては学会幹部たちも「一円玉の一つ一つに功徳がある」と述べていたのだから、学会員
の皆さんがそうしたいのなら、一円財務をするのもありなのかもしれない。

 それに池田センセイも、御供養は会長自らがするので、学会員の皆さんからは「永久に
一銭も寄付を願ったりしない」と確言しておられたのだから、広宣流布に必要な費用は、
原田会長や年収一千万円以上も多数いるという本部職員に捻出してもらえばよいのではな
いだろうか。

 池田センセイとの「師弟不二」の忠実な実践者である彼らならば、それに異議を唱える
こともあるまいと思うのだが、いかがだろうか。

2018年12月16日日曜日

創価学会と韓国

 「世界宗教」を自称し、海外での布教活動にも熱心な創価学会。彼らが日本以外で最も
多くの信者を獲得しているのが、ほとんどの日本人にとって近くて遠い国、韓国である。

 もともと創価学会は、日本がまだ貧しかった戦後間もない頃に「病気が治る」「商売が
繁昌する」などのご利益を説いて急拡大した新興宗教である。

 その当時、現世利益を重視し、しかも日本の伝統宗教を敵視する教義に惹かれて、多く
の在日韓国人・朝鮮人が創価学会に入信した。

 そうした在日の中から祖国に帰国した者が、かの地でも熱心に布教活動に取り組んだこ
ともあって、多くの入信者を獲得した。現在では一時期と較べると減少したものの、それ
でも約50万人の勢力を擁しているという。

 だが、そこにいたる道筋は平坦ではなかった。反日が「国是」とまでいわれる韓国で、
日本発祥の創価学会もまた、激しい敵意を向けられ、軍事政権から禁教扱いをされた時期
もあった。

 弾圧を受けたことへの対応としてか、創価学会はかの国の国民感情をくみ、極端なまで
の低姿勢を取るようになった。

 創価学会の機関紙、聖教新聞では「日本と韓国」について言及する場合、「日韓」では
なく「韓日」という表現が長らく用いられてきた。これは、日本国内の学会員の中に多く
いる在日韓国人への配慮だったのであろうが、本国の韓国人の歓心を買いたいという思惑
もあったはずである。そうした例を以下に示す。

 
『聖教新聞』平成10年(1998年)5月20日付

 記事は創価学会が「韓日友好の碑」を九州に、「韓日友好研修道場」を韓国の済州島に
建設すると述べている。

 済州島に建設予定の「韓日友好研修道場」が「韓日」なのは分かるが、福岡県糸島市に
ある創価学会福岡研修道場に設置の「友好の碑」までもが「韓日」なのは異様である。

 平成12年(2000年)に開かれた、日本と韓国の創価学会の代表者の会合について述べた
記事も「韓日」なのは一貫している。

『聖教新聞』平成12年(2000年)5月22日付

 この会合は、一応、日本発祥の宗教である創価学会が本邦で開催し、日本国内で発行さ
れた聖教新聞がそれを報じたものである。それでも「韓日友好代表者会議」なのである。

 この会議の席で池田大作が行ったスピーチは、学会員ではない者も含め、多くの韓国人
を感激させたという。一部を引用する。


>  韓国は、日本にとって「文化大恩」の「兄の国」である。「師匠の国」なのである。
> その大恩を踏みにじり、貴国を侵略したのが日本であった。ゆえに、私は、永遠に貴
> 国に罪滅ぼしをしていく決心である。最大限の礼をもって、永遠に貴国と友情を結び、
> 貴国の発展に尽くしていく決心である。 


 池田大作の韓国への媚びへつらいは、言葉だけに留まるものではなかった。
 創価学会・公明党は、在日韓国人への参政権付与に熱心に取り組んでいるが、そのこと
についての「創価学会関係者」の証言を、週刊新潮から引用する。


> 「もともと、学会には在日韓国人が多い。戦後、差別意識が強かった時代、彼らは貧
> しい生活を強いられていて、入信も多かったんです。在日学会員に参政権が与えられ
> れば、当然、公明票も増える。熱心になるわけですよ」
>  特に池田大作名誉会長はこの問題に力を入れていたという。
> 「98年に金大中大統領が来日した時、韓国SGI(創価学会インタナショナル)の当
> 地での布教活動を許してくれるように学会側が頼み、その引き換えに在日韓国人の地
> 位向上と参政権法案の実現を約束したといわれています。それだけにSGIの会長で
> もある池田名誉会長は、なみなみならぬ熱意をもってやってきたんです」
 (『週刊新潮』2009年2月19日号より引用)


 この他にも韓国SGIは、慰安婦問題や竹島問題での署名運動などの反日活動にも熱心
に取り組み、それが評価されて韓国内に根を張るようになった。

 その結果、日本の小選挙区と同様に、かの地でも選挙においてキャスティングボート的
な影響力を行使しうるまでになったという。再び週刊新潮から、韓国の宗教事情に詳しい
という釜山の東西大学教授、李元範氏の証言を引用する。


> 「過去の大統領選を見ると、金大中は三十九万票差、盧武鉉は五十七万票差、朴槿恵
> でも百八万票差での勝利でした。つまり、『学会員五十万人』の票が動けば、大きな
> 影響力を発揮できる。地域間の対立が根深い韓国において、全国一律の強い結束力を
> 持つ宗教はSGI以外にありません。日本で公明党を成功させたノウハウもあるので、
> 韓国でも選挙のプロはSGIの動向を常に注視しています」
 (『週刊新潮』2014年9月11日号より引用)  


 韓国SGIは最盛期には百万人近い会員がいたものの、創価学会が日蓮正宗から破門さ
れたことによる混乱から、大きく信者数を減らしたが、それでも重要な国政選挙において
無視できない勢力であり続けているのである。

 韓国においても小さからぬ政治力を持つようになったことに慢心してか、池田大作は彼
の数ある問題発言の中でも、屈指の妄言を吐いている。


> 「実は、韓国の大統領は、私が決めるんです」
>  一九九五(平成7)年十月十四日、イギリスの国営放送・BBCは、人気ニュース
> ドキュメンタリー番組『アサイメント』で、「THE CHANTING MILLIONS(百万遍
> の題目)」と題して日本の創価学会を特集し、池田大作創価学会名誉会長のインタビ
> ューを放映した。
>  この池田インタビューは、同年七月六日、東京・信濃町にある聖教新聞社で行われ
> たもの。その席上、池田氏はBBCのスタッフに対し、突然、「これはオフレコです
> が」と前置きした上で、韓国の大統領は自分が決めると豪語し、一同を驚かせたとい
> う。
 (『現代』2000年10月号より引用)

 ※ 1995年時点で直近の韓国大統領選挙は1992年に実施されており、金泳三が次点の
  金大中に193万票あまりの差をつけて当選している。
   この時点では、韓国SGIの信者数は最盛期の百万に近かったと見られる。これは
  推測になるが、どちらか、あるいは両陣営から、創価学会に対して選挙協力の打診が
  あり、それが池田に過剰な自信を抱かせたのかもしれない。


 表では韓国を「兄の国」「師匠の国」と呼んでおきながら、裏では「韓国の大統領は私
が決める」とのたまう。いかにも池田センセイらしい逸話である。

 下手に出ることで人の好意を得ることを得意としているという池田だが、学会員たちに
自らを「本仏」として崇拝させるように仕向けてきたことからも明らかなように、本心で
は自分以外の人間すべてを見下しているのであろう。

 このような人物が支配してきた創価学会が政治的影響力を発揮し、日韓関係にも悪影響
を及ぼしていることは、日本にとっても、韓国にとっても不幸なことではないだろうか。


参考文献
乙骨正生著「池田大作・創価学会 韓国折伏四十年史」(『現代』2000年10月号所収)
常井健一著「韓国創価学会『反日活動』の記録」(『週刊新潮』2014年9月11日号所収)

2018年12月9日日曜日

外国人労働者受け入れ拡大と創価学会・公明党

 国会で審議が進められていた、外国人労働者の受け入れ拡大を可能にする出入国管理法
の改正案が、自民党・公明党・日本維新の会の賛成により、先ごろ可決、成立した。

 人口減少・少子高齢化を背景として、現在、多くの業界で人手不足に陥っており、その
解消は必要なことであろうが、事実上の移民受け入れは、社会のあり方を大きく変えるこ
とになりかねない。

 経営者にとっては、当面の労働力を確保できるというメリットがあるのだろうが、外国
人労働者やその家族も社会保障や教育等の受益者になるのであり、そのコストは広く国民
全体で負担することになる。

 残念ながら、今国会でこうした問題を含めて、十分な議論が尽くされたとは言い難い。
 法律の施行の詳細は、政令で定められるとのことなので、将来に禍根を残すことのない
よう、関係省庁には慎重な運用を求めたい。

 自民党がこの法案の成立を目指したのは、経済界からの強い要望に基づくものであろう
が、公明党が賛成した理由は、連立を組む自民党に同調したというだけではないようであ
る。公明党の山口代表は、移民政策について、過去に以下のように述べている。


> 佐藤 労働力不足に悩む地域があります。かたや外国人がたくさん移住してくる地域
> も日本にはあるわけですが、山口代表は移民問題についてどうお考えですか。
> 山口 難しい面がありますが、受け入れ方を工夫すれば移民は受け入れてもいいと思
> っています。私の考えは、移民受け入れについて消極的ではありません。
 (佐藤優・山口那津男 共著『いま、公明党が考えていること』より引用)


 当然のことながら、公明党の党首が創価学会にとって不利益になる政策を推進する事な
どあり得ない。

 つまり、創価学会も移民を容認していると考えられる。そして、その理由も前掲書には
記されている。


> 佐藤 (前略)すでにフィリピンからは日本へ事実上の移民がたくさんやって来てい
> ます。驚いたことに、日本のフィリピン人はカトリック信者が多いのですが、日本で
> はカトリック教会に通わずに、創価学会に入会する在日フィリピン人が増えていると
> いう話を聞きました。
>  日本に移民を積極的に受け入れる雰囲気づくりは、創価学会が世界宗教であるはず
> のカトリック教会より先に進めているのです。移民と日本人との間の軋轢を克服する
> ノウハウは、すでに創価学会の中でたくさん蓄積されているのではないでしょうか。
 (前掲書より引用)


 佐藤氏は、創価学会が「日本に移民を積極的に受け入れる雰囲気づくり」を進めている
と述べ、そのためのノウハウも蓄積されているのではないかという。

 同書には、創価学会が具体的にどのようなノウハウを持っているのか、詳しく書かれて
はいないが、連中が日頃やっていることを見れば、おおよその推測はできる。

 創価学会は公明党の政治力を使って、学会員が生活保護や公営住宅の申請をする際に便
宜を図ってきた(「創価学会・公明党と生活保護」「公明党による口利きの代価」参照)。

 こうした「現世利益」をエサとして、外国人を新規信者として取り込もうとしているの
ではないか。

 行政サービスにおいて、特定の宗教の信者が優先されるなど、あってはならない不公正
だし、ましてや「子飼い」の宗教政党の議員の口利きでそのようなことをしているのであ
れば、政教分離に抵触することは明白である。

 しかも、創価学会には日本の伝統宗教すべてを「邪教」呼ばわりし、否定してきた過去
がある。

 外国人労働者を取り込むことで教勢拡大できれば、創価学会にとっては結構なことなの
であろうが、日本の伝統文化に侮蔑的態度を取る定住外国人が増加したりすれば、新たな
社会問題の火種となりかねない。

 先に述べたように、外国人労働者の受け入れには、当面の人手不足を緩和できるという
メリットがある。

 しかしその対価が、国民の税金を私物化するという不正で「ご利益」を実現、それをエ
サに外国人を新規信者にし、しかもその外国人に日本文化を敵視する教義を教え込む創価
学会の勢力拡大ということになったら、シャレにならない。

 外国人労働者の受け入れ拡大は、時代の趨勢なのかもしれない。
 だが、「自分たちさえよければ、日本がどうなろうと関係ない」というカルトが、時勢
に乗じて勢力を拡大することのないよう、一人ひとりの日本国民が注視してゆく必要があ
ると、私は考える。

2018年12月2日日曜日

創価批判コピペ集‐⑫(「創価学会の『総体革命』」他)

創価学会の「総体革命」

創価学会は、「総体革命」と称する権力への浸透工作を組織的に進めている。この工作
は第二代会長・戸田城聖が発案し、第三代会長・池田大作が継承、現在まで続いている。
ある時「一番とりにくい所はどこですか」と部下に聞かれた戸田は、こう答えたという。

「官庁だな。それには、優秀な人を抜擢して、先輩が自分より出世させ、出世した者が
また後輩を引き立ててゆくしかないな。(中略)将来、二万の青年が各官庁や会社の重
要ポストを占めるようになれば、その仲間同士でなんでもできる」(『水滸会記録』)

この指針に基づき、創価学会は中央省庁や自治体、法曹界、警察、マスコミなど、あら
ゆる所に学会員を送り込み、自分たちが有利になるように工作してきた。彼らは、その
財力・政治力と各所に浸透した学会員の影響力で、社会を意のままにしようとしている。

※ 創価学会は、公権力の私物化、乗っ取りを企てる危険なカルト、反社会集団である。



◇◆◇ 公明党が外国人参政権を推進する理由 ◇◆◇

公明党は外国人参政権の実現を目指しており、そのための法案を何度も国会に提出して
きた。公明党がこの問題に熱心なのは、創価学会からの働きかけがあるからだという。

元公明党参院議員・福本潤一氏は著書『創価学会公明党「金と品位」』で、当時、国土
交通大臣を務めていた冬柴鉄三氏と共に創価学会の本部幹部会に出席した際、以下のや
り取りがあったと述べ、外国人参政権は池田大作からの「特命」だったと証言している。

> 「冬柴! 外国人の参政権の問題はいつになったら(国会を)通すんだ」
>  と、池田名誉会長が冬柴鉄三国土交通相に問いただしたのです。さらに続けて、
> 「『通す、通す』と言って、いつまでに通すんだ」
>  と、池田名誉会長はさらに畳みかけていました。冬柴国交相は、
> 「はい、すぐにやります」と、平身低頭で受け答えをしていました。

※ 選挙で支持されるだけでなく政策まで指示されており、政教分離違反は明白である。



解説

 創価学会が世間一般から薄気味悪く思われている大きな理由の一つとして、彼らが「総
体革命」と称して、権力への浸透工作を進めていることが挙げられる。

 総体革命の構想は、第二代会長・戸田城聖が「水滸会」と称する、若手学会員との会合
において示したという。

 水滸会とは昭和27年(1952年)、創価学会の次世代リーダーを養成するために立ち上げ
られたもので、若き日の池田大作や秋谷栄之助なども所属していた。

 戸田は水滸会で、様々な薫陶を将来の幹部候補である若手学会員に対して行ったわけで
ある。「創価学会の『総体革命』」に記した発言も、その席でなされた。
 再びになるが、戸田の言葉を前後も含めて中略なしで引用する。

> 「我々が将来、一番とりにくい所はどこですか」
> という出席者の質問に、戸田城聖は、 
> 「官庁だな。それには、優秀な人を抜擢して、先輩が自分より出世させ、出世した者
> がまた後輩を引き立ててゆくしかないな。
>  警察などの場合、警部補、部課長クラスを占めてしまえば強いものだ。将来、二万
> の青年が各官庁や会社の重要ポストを占めるようになれば、その仲間同士でなんでも
> できる。
>  だから青年に国家改革を頼む以外にないのだ」
 (山崎正友著『創価学会と「水滸会記録」』より引用)


 創価学会は、官公庁や企業の要路に学会員を送り込めば、「その仲間同士でなんでもで
きる」という野心をまだ弱小教団でしかなかった頃から抱き、その後、公明党や創価大学
を設立し、それを実行に移してきたのだ。恐るべき周到さである。

 水滸会において戸田は、創価学会が具体的に何を目的として、権力の掌握を目指すのか
も語っていた。


>  水滸会では、また、政界官界を支配する「閥」についての討議が行われた。
>  その中で、
> 「東大閥はなくせないものでしょうか」
> という問題提起に対して、戸田城聖は、
> 「東大へ入るようなのは頭がよいのだから折伏するのもよい。
>  しかし、閥についての考え方はちょっと違う。
>  学会は一つの大きな閥になる。しかも官僚だけでなく、魚屋も議員も肩を組んだ閥
> だから一番強い。二十年後にはすごいことになる。(当時の会員数の)三分の二ずつ
> 一年に折伏しても十二万になる。十二万人の人が本当に動いたら日本の一切が動く。
> その他家族もいることだから、国家的な閥だ。これが学会だ。閥が悪いとはいわん方
> が良い」
> と答えている。
 (前掲書より引用)


 学閥・閨閥・派閥など、社会には様々な「閥」がある。排他的な体質を批判する文脈で
使われることが多い言葉である。

 若者らしい正義感から、学閥をなくせないものかと問題提起した者に対する戸田の答え
は、「学会は一つの大きな閥になる。閥が悪いとはいわん方が良い」という、慈悲の精神
で迷える者を救済することを目指す、本来の仏教のあり方からはかけ離れたものだった。

 この戸田の言葉には、創価学会の本質が表れている。権力を私物化することで、創価学
会への利益誘導を図ることこそが、彼らの目的であり、存在理由なのである。

 「平和」や「人権」などのキレイな言葉で自らを飾る裏にある、利己的で欲望に満ちた
本性がよくわかる。

 実際、公明党がやっていることといったら、地方公務員に圧力をかけて創価学会員が生
活保護を受給しやすくしたり、公営住宅に入れるように口利きしたりといった、身びいき
の利益誘導ばかりだし、末端の学会員にも「創価学会以外のことには大して価値がない。
創価学会さえよければ、他のことはどうなろうが関係ない」と考え、それを独善的で他人
の迷惑を顧みない態度で示して顰蹙を買っている連中が実に多い。

 公明党が外国人参政権を推進している理由も、学会員の中に多い在日朝鮮人・韓国人が
選挙権を手にすれば、選挙で有利になるという短絡的な考えからであろう。

 その結果、日本社会がどうなろうが、彼らにとっては「どうでもいいこと」なのである。
 こんな連中が政権与党にまで入り込んでいる現状には、多少なりとも良識を備えている
者ならば、誰しもが憂慮を禁じえないことだろう。

2018年11月25日日曜日

創価批判コピペ集‐⑪(「創価学会の『学会活動』」他)

◇◆◇ 創価学会の「学会活動」 ◇◆◇

創価学会では「学会活動」と称して、各種の集会等の行事を毎日のように実施している。
活動に熱心な学会員を「活動家」といい、逆に不熱心な者は「未活・非活」と呼ばれる。

・座談会・・・地域の学会員が集合して、信心により得られたご利益について報告する。
 一般人を誘い込み、集団で取り囲んで「地獄に堕ちる」と脅し入信を迫ることもある。

・唱題会・・・大勢で集まり「南無妙法蓮華経」を唱える。一人より効果があるらしい。
・勉強会・・・『人間革命』や『日蓮大聖人御書全集』を参照して、教義の勉強をする。

・新聞啓蒙・・・聖教新聞の拡販活動。ノルマを達成できず、自腹で複数とる者も多い。
・家庭訪問・・・未活・非活の学会員宅を訪問し、学会活動に参加するよう執拗に促す。

選挙前は、選挙運動にも動員される。学会活動の主な担い手は婦人部だが、家事や育児
そこのけで活動に没頭する者もおり、学会員の家庭に問題児童が多い原因となっている。



創価学会の非公然活動部隊

創価学会には「教宣部」「広宣部」という、脱会者への尾行・監視などの、非公然活動を
行う組織が存在する。これらは表向き以下のような活動に従事していることになっている。

教宣部・・・脱会を希望する学会員や、脱会して日蓮正宗へ移った元学会員への説得工作
広宣部・・・顕正会や日蓮正宗との法論(創価学会・顕正会は元々、日蓮正宗の信者団体)

※ 日蓮正宗や顕正会と創価学会とは教義が似ているので、互いに信者を奪い合っている。
教宣部・広宣部とも表向きの顔とは異なる裏の顔があり、そちらが本当の存在理由である。

教宣部・・・日蓮正宗の情報収集、仏敵への軽微な嫌がらせ(法に触れない程度のもの)
広宣部・・・顕正会・共産党の情報収集、仏敵への嫌がらせ(時として違法行為も行う)

創価学会は批判的なジャーナリスト、一般市民、脱会者などを「仏敵」認定し、上記組織
に所属する信者を動員し、陰湿な嫌がらせを行なっている。これは明白な人権侵害である。



解説

 信教の自由は、憲法が保障する基本的人権であり、すべての人に認められている権利で
ある。当然、創価学会員にも認められている。

 だから、学会員が第三者の迷惑にならない唱題会や勉強会を、「学会活動」の一環とし
て行っているだけならば、それを非難することは適切ではないだろう。

 しかしながら、上述したように「学会活動」の主要な担い手である専業主婦が、それに
忙殺され、家事や育児をおざなりにしがちなことが、学会員の家庭に問題児童が多い一因
となっているとの指摘もある(この点については、別の機会に論じる予定である)。

 「学会活動」には他にも問題点がある。「学会活動」の中には、強引な折伏やしつこい
投票依頼も含まれており、そうした行為の標的とされた人のほとんどが迷惑に感じている。

 創価学会員は「唯一の正しい宗教」を標榜しているだけあって、独善的な態度を取る者
が多く、他者の信教の自由・投票の自由を尊重しようとする姿勢が希薄と言わざるを得な
い。創価学会が嫌われるのは、故なきことではないのである。

 はた迷惑な「学会活動」の中でも、特に問題なのが広宣部・教宣部という非公然活動部
隊が行っているスパイまがいの行動である。

 広宣部・教宣部については、創価学会が厳重に秘匿しているため、不明な点が多いが、
批判本や学会員が開設したブログ等によって、その実態は少しづつだが明らかになってき
ている。そうした記述の一部を引用する。


>  フリージャーナリストの乙骨正生氏が創価学会と同青年部幹部を名誉棄損で訴えた
> 裁判(乙骨氏勝訴、2011年)ではこんなことがあった。青年部は日常的に乙骨氏ら学
> 会に批判的な人の経歴や動静を調査・把握し部員に周知させているのかという原告側
> 弁護士の質問に、証人として出廷した聖教新聞記者は「原告に限らずやっている」と
> 胸を張って証言をしたのだ。世間ではこれを「スパイ行為」と呼ぶ。
 (柿田睦夫著『創価学会の〝変貌〟』より引用)


 他の批判本から得た情報によると、実際に批判的なジャーナリストに対する監視等を行
っているのは、青年部――成年かつ学生を除く40歳未満の学会員をいう――の中から選抜
された広宣部らしいが、一般の学会員の中にはそのような組織があることじたい知らず、
「創価学会がスパイやストーカーのようなことをするはずない」と信じている者もいる。

 創価学会で地区婦人部長を務めていたという、まあちさんのブログ「創価学会やめたる
ぞー!」によると、「創価学会はストーカー組織」と言われていることに対し、まあちさ
んは「んなわけないじゃん! そんな暇ないわ!」と思っていたが、実際に自分の夫が男
子部の活動として、日蓮正宗寺院の監視をさせられていることを知り、「この男子部の行
為は日蓮正宗側からしたらストーカーですわ」と認識を改めたという。

 たいていの学会員は「たとえ何があろうとも、創価学会は絶対に正しい」とマインドコ
ントロールされ、思考停止に陥っているため、創価学会の反社会的実態について知っても、
無理に「そんなのウソ」と思い込もうとするか、「創価学会に敵対する奴は懲らしめられ
て当然」と考えるかのどちらかである。

 残念ながら、まあちさんのような方は少数派であろう。創価学会とは、まともな神経を
持った人間にとっては、耐えがたい組織なのである。 

 創価学会員であっても常識のある人は、その異常性に気づいて活動を止めたり、脱会し
たりする一方、創価学会の中だけで純粋培養され、一般社会からどのように見られている
か意に介しない者ほど学会活動にのめり込み、当人も組織もより非常識になってゆく。ま
さに悪循環である。

 だからといって、この循環を断ち切ろうとすれば、組織そのものが成り立たなくなるだ
ろう。創価学会の非常識さは、かくも根深いものなのである。

 すべての創価学会員が、マインドコントロールから覚醒し、自らの迷惑行為を反省する
日が来ることがあり得るのだろうか。そう考えると暗澹とせざるを得ない……。


 ※ 広宣部・教宣部については、批判本から知り得た情報を以前まとめている。興味が
  ある方は以下もご覧いただきたい。

  広宣部と教宣部

  広宣部・教宣部が連携した嫌がらせの手口

  教宣部創設の経緯

  広宣部の実態

2018年11月18日日曜日

創価学会の創立記念日

 創価学会は11月18日を創立記念日としている。学会員はこうした記念日には、学会施設
に集まり、「広布基金」と称する寄付金を納め、唱題勤行を行う。

 来月には「財務」という大規模な金集めがあり、再来月の新年勤行会でも広布基金は徴
収される。まったくもって、金のかかる宗教である。

 さて、11月18日が創立記念日とされている所以は、創価学会の初代会長・牧口常三郎と
後に第二代会長となる戸田城聖とが、昭和5年(1930年)のこの日に『創価教育学体系』第一
巻を出版したことによるという。


(出所:秋谷栄之助編『旭日の創価学会70年』)

 しかし、この本が出版された日付については異説もある。高橋篤史著『創価学会秘史』
に掲載されている、『創価教育学体系』第一巻の奥付では、発行日は昭和5年11月23日と
なっている。

(出所:高橋篤史著『創価学会秘史』)

 その理由として高橋氏は、当時は検閲があったことを挙げている。
 『創価学会秘史』に収録されている『創価教育学体系』奥付写真は、国立国会図書館の
所蔵本のものである。

 戦前、本を出版する者は、その本を内務省に納本し、検閲を受けることになっていた。
現在、国会図書館が所蔵している『創価教育学体系』も、元をたどれば検閲のために内務
省に納本されたものだという。

 高橋氏は、『創価教育学体系』の出版は当初11月18日を予定していたが、何らかの理由
によりスケジュールに後れが生じ、内務省に提出するもの、即ち現在、国会図書館が所蔵
しているものについては、正確な日付に修正したのであろうと推測し、「今日、創価学会
が創立日に関し唯一の拠り所とする『創価教育学体系』第一巻だが、十一月十八日の時点
ではまだこの世に存在していなかったのかもしれない」と述べている。

 のっけから胡散臭くなってきたが、首をかしげたくなる話はまだ続く。
 何らかの組織を創立する場合、構成員が集まって設立総会等のイベントを行うのが通例
であるが、牧口・戸田が昭和5年(1930年)にやったことは、「創価教育学会」を名乗っ
て本を出版したことだけで、その頃は組織としての活動実態はほぼなかった。

 ようやく総会等が開かれるようになったのは、昭和11年(1936年)以降だという。


>  一九三六年四月三十日、創価教育学会は一ツ橋の教育会館で総会を開いている。史
> 料に明確に記されたものでは、これは組織としておこなった初の総会と位置づけてよ
> い。
 (高橋篤史著『創価学会秘史』より引用)


>  昭和十二年(一九三七)には、創価教育学会の正式の発会式が麻布の菊水亭という
> 料亭であげられた。あつまった会員は約六十名、古島一雄、秋月左都夫が顧問となり、
> 牧口が会長、戸田が理事長である。
 (日隈威徳著『戸田城聖 ―創価学会ー』より引用)


 また、戦後に戸田城聖が中心となって再建された創価学会においても、当初は昭和5年
に創立されたという認識は持っていなかった。

 創価学会が出版している月刊誌『大白蓮華』創刊号(昭和24年7月号)の巻末に掲載さ
れている「誌上問答」には、以下の記述がある。


> 【問】―創価学会とはどんな会ですか。
> 【答】―日蓮正宗(総本山富士大石寺)の信者が中心となって、自然発生的にできた
>   会です。
> 【問】―何時頃出来たのですか。
> 【答】昭和十年頃牧口常三郎先生が創価教育学研究会を結成され、戦時中には官憲の
>   弾圧によって自然消滅のような状態になりましたが、敗戦とともに出獄された戸
>   田城聖先生が中心となって再発足し現在に到っています。

『大白蓮華』創刊号 巻末
※ 発行人は当時、理事だった
矢島周平氏となっている。

同上 拡大

 戦後間もない頃は「昭和10年頃に結成された」と自称していた創価学会が、いつから発
足時期を5年サバ読みするようになったのかは、今回確認できなかったが、その理由につい
ては、『創価学会秘史』で明らかにされているので、以下、同書に基づいて概説する。

 創価学会は、強引きわまりない折伏で規模を急拡大させてきた。かつては、不幸にして
標的とされた人の家に押し入って、神棚や仏壇を破壊するといった狼藉までまで働いてい
た(「折伏大行進の実態」参照)。

 それに加えて、昭和44年(1969年)には言論出版妨害事件まで引き起こし、世間から厳
しい批判を受けることになった。

 「暴力的で反社会的な新興宗教」というイメージを払拭するために、創価学会が打ち出
したのが、現在まで続いている「反戦平和」で外面を飾る、上辺だけのソフト路線だった。

 そのために利用されたのが、初代会長・牧口常三郎だった。牧口は、治安維持法違反で
逮捕され、昭和19年(1944年)11月18日、つまり『創価教育学体系』第一巻の発行日と
同じ日に死去した。

 牧口の主著が出版され、そして彼が獄死した日を創立記念日としたことは、創価学会が
最初から平和を志向していたという、虚偽の宣伝を広める上で役に立ったのだろう。

 事実、言論問題で批判を浴びた翌年の昭和45年(1970年)11月18日付の聖教新聞は、
前年までとは大きく様相が変わっている。

『聖教新聞』昭和44年(1969年)11月18日付 一面
※ 創立記念日にも牧口にも、まったく触れられていない。

『聖教新聞』昭和45年(1970年)11月18日付 一面

 昭和45年(1970年)11月18日の聖教新聞は、前年とは打って変わって「創立40周年」
をうたい、牧口常三郎の功績を讃える記事を一面トップに載せている。

 しかし、その内容は牧口が反戦平和の闘士であったかのように描く、欺瞞に満ちたもの
である。一部引用する。


>  学会の誕生は、昭和維新の不気味な鳴動が背後にしのびより、日本の軍国主義への
> 傾斜が著しくなっていた暗黒の時と符節する。以来戦前は、エスカレートの一途を辿
> る、この軍国ファッショの狂気の嵐のなかで、それと正面から対決し、牧口初代会長
> は、その壮図の途上、獄死した。


 実際の牧口常三郎は、「日本の軍国主義への傾斜が著しくなっていた暗黒の時」を、折
伏の好機ととらえ、ある時期まで特高警察とも協力していたことは、『創価学会秘史』に
より暴かれており、軍国ファッショと「正面から対決」したなどというのは、ウソ八百に
過ぎない。

 以上に挙げた11月18日の創立記念日に関わる事実もまた、他の多くの事例と同様に、創
価学会がインチキ宗教、エセ平和団体であることを雄弁に示していると言えるだろう。


 ※ 読めばわかる通り、本稿は高橋篤史氏の『創価学会秘史』に大きく依拠している。
   この本は創価学会の創立記念日に際して、初代会長・牧口常三郎の事績や人となり
  を偲ぶのに格好の内容と思う。この機会に学会員の皆さんにも、是非手に取っていた
  だきたい一冊である。

2018年11月11日日曜日

創価批判コピペ集‐⑩(「創価学会の『折伏(しゃくぶく)』」他)

創価学会の「折伏(しゃくぶく)」

創価学会員は、その強引な勧誘(彼らの言葉では「折伏」)に際し、「存在を証明できない
神仏を信仰するのは間違い」「科学的根拠がないことは認めない」と、他の宗教を批判する。

そして、相手がそれに答えられないと「負けを認めて創価学会に入れ」と強要する。しかし、
存在を証明できないもの、科学的根拠がないことを信仰しているのは創価学会も同じである。

創価学会は日蓮を「末法の御本仏」とするが、七百年前に没した日蓮が、現在も「御本仏」
として存在していることなど証明できないし、創価の量産品の本尊に「南無妙法蓮華経」と
唱えれば「祈りとして叶わざるなし」という教義にも、科学的根拠など一切存在していない。

「信教の自由」は憲法が保障する基本的人権であり、強引な宗教勧誘は、これを侵す行為で
ある。脅迫や暴行を伴う場合には、刑法が規定する強要罪(三年以下の懲役)にも該当する。

※ 創価学会は人権侵害団体であり、現在なお、強引な勧誘を続ける反社会的カルトである。



◇◆◇ 創価学会の「護符」 ◇◆◇

創価学会は現世利益を重視する宗教であり、病気平癒などの様々な効果があると称する
マジナイが行われている。池田大作名誉会長の発案になるという「護符」がそれである。

「護符」とは「池田先生が日頃拝んでいる板本尊を拭いた和紙を小さく刻んだもの」と
され、それを飲むことで、病気が治ったり選挙で当選したりのご利益があるのだという。

池田大作の代表作『人間革命』には、「われわれの哲学は、〈略〉世界の一切の科学を
指導する、最高にして、しかも未来の哲学であります」(第七巻)という記述がある。

池田は、上記のような大言壮語をしておきながら、ただの紙切れに過ぎない「護符」を
飲めば病気が治るとかぬかす非科学的な呪術を、20世紀後半にもなって考え出したのだ。

創価学会は他の宗教を「科学的根拠がない」といって否定する一方で、「護符」のよう
なインチキなマジナイを、21世紀の今日もなお続けている、頭がおかしいカルトである。



解説

 当ブログをご覧の方の中にも、創価学会員から折伏を受けた経験のある方は、少なから
ずいらっしゃることと思う。かく言う私も、何回か折伏を受けたことがある。

 折伏に際して学会員は、あの手この手で入信させようと色々なことを言ってくるが、そ
の多くについて言えることは、卑怯卑劣だということである。

 宗教には多かれ少なかれ非合理的、非科学的な面があるものだが、上述のように、創価
学会員の論法は、他の宗教は非科学的だの迷信だのと言い立て、その一方で創価学会の非
科学的な面には頬かむりするという、ダブルスタンダードそのものである。

 創価学会の非科学性を表す典型例が「護符」である。その原型は、創価学会がかつて属
していた日蓮正宗の「御秘符」――総本山大石寺法主の祈念が込められた食紅を飲むとい
うもの――であり、「護符」はその劣化コピーといっても差し支えないだろう。

 ※ 御秘符は『人間革命』にも「護秘符」という呼称で登場していたが、現在市販され
  ている『人間革命』第二版からは、護秘符の記述は削除されている。

 「護符」の発案者は、創価学会員にとっての永遠の師匠・池田センセイであり、かつて
は彼の身内が「製造」していたという話もある。


>  これはある行事の折に、猊下が化儀にのっとって大御本尊様を和紙を用いてお掃除
> し奉ったその紙をたまたま登山していた池田前会長が猊下から戴いて帰ったことがあ
> ります。
>  それからしばらくして学会内に「護符」と称するものが出回り始めたのです。ちな
> みに正宗には「御秘符」はありますが護符などというものは存在しません。(中略)
> あたかも秘薬の如き錯覚をさせる指導をしていたのです。(中略)ある時など前会長
> (池田氏)の身内のK・S氏が一日中ハサミを持って「製造」していたことも確認さ
> れているのです。
 (創価学会脱会者の会 編著『私はこうして創価学会をヤメた』より引用)

 ※ 「猊下」とは大石寺法主のことである。


 池田大作の妻かねの旧姓は「白木」である。K・S氏とは、池田の妻の親族と考えてよ
いだろう。

 かつての創価学会では、大きなイベントの際には、しばしば「護符」が配られたという。
学会員たちは、それを有難がって飲んでいたのである。

 現在の創価学会では、大々的に「護符」を配布することはなくなったようだが、それで
も希望する者には、信濃町の本部で「池田先生が日頃拝んでいる板本尊を拭いた和紙を小
さく刻んだもの」という触れ込みの、「護符」を渡しているそうである。

 私個人は本来、「護符」のような紙切れを飲みたいとは思わないが、毒にも薬にもなら
ない程度のマジナイに目くじらを立てようとも思わない方である。他人に迷惑をかけない
のであれば、誰が何を信じようと勝手なのだから。

 だが、自分たちがやってきたタワけたマジナイを棚に上げて、他の宗教を「科学的な根
拠がない」などと批判し、強引かつ人権侵害そのものの勧誘を行ってきた創価学会は、厳
しく指弾されるべきであろう。

2018年11月4日日曜日

創価批判コピペ集‐⑨(「創価学会と平和主義」他)

創価学会と平和主義

創価学会は初代牧口会長以来、反戦平和団体だったと自称しているが、それは事実だろうか?
戦時中、幹部が治安維持法違反で逮捕されたのは事実だが、その理由は反戦平和を訴えたか
らではなく、日蓮を仏として戦勝祈願すべきと主張し神札の受け取りを拒否したからだった。

第二代会長・戸田城聖は「戦争では勝ちたかった。負けるとは思っていなかった。初代会長
は勝つといっていた」と語っている。彼らの集会では、昭和30年代まで軍歌をうたっていた。

第三代会長・池田大作は、暴力団と癒着した地上げで墓苑開発を進めた。日蓮正宗から破門
され脱会者が相次いだ際、幹部は「脱会者は自殺に追い込め」と末端学会員に指示していた。

「青年よ、仏敵を打ち砕け。学会迫害の悪人は厳罰で野たれ死ぬまで攻め抜け」(『聖教新
聞』平成16年11月18日付)このアジテーションが、創価学会の真の姿を雄弁に物語っている。

※ 創価学会の「平和主義」は口先だけ見せかけだけで、池田大作はエセ平和主義者である。



創価学会の「仏敵撲滅唱題会」

創価学会は、彼らにとって都合の悪い人間を「仏敵」と呼び、様々な嫌がらせを行って
きた。元顧問弁護士で批判者に転じた山崎正友氏、創価学会を破門した日蓮正宗前法主
の阿部日顕氏、元公明党委員長の竹入義勝氏、矢野絢也氏などが「仏敵」とされてきた。

創価学会は「仏敵」に対して、聖教新聞などで悪口雑言の限りを尽くしてきたが、それ
だけでなく、学会員を動員して呪いの儀式のようなことまでやっていた。それが「仏敵
撲滅唱題会」である(「唱題」とは南無妙法蓮華経という、題目を唱えることである)。

「仏敵撲滅唱題会」の実態は、創価学会の会館等に多数の学会員を集め、仏敵の名を記
した「撲滅祈念表」を仏壇に貼り、「憎しみをこめて」題目を唱えるというものである。
「仏敵撲滅唱題会」は何回も行われた。多くの学会員が呪いの儀式に熱狂してきたのだ。

※ 創価学会は信者達に憎悪を植え付けてきた。彼らのいう「平和」は偽りに過ぎない。



解説

 御多分にもれず、創価学会も「平和」とか「人権」とかのキレイな言葉で自らを飾るこ
とを好み、そうしたイメージを世間に根づかせようと試みてはいるが、それにも関わらず
世間の良識ある人々から胡乱な目で見られ続けているのは、彼らが歴史を改竄して、最初
から平和団体であったかのように偽ったり、学会員が時折り、独善的で敵愾心に満ちた素
顔を見せたりするからであろう。

 「創価学会と平和主義」で引用した戸田城聖の言葉は、宗教学者・小口偉一氏の『宗教
と信仰の心理学』が出典である。

 『宗教と信仰の心理学』の初版は昭和31年(1956年)で、当時、世間を騒がせていた新
興宗教の教祖や信者へのインタビューが収録されており、戸田城聖や池田大作の発言も含
まれている。その中で戸田は、戦争について次のように述べている。


> 「戦争では勝ちたかった。負けるとは思っていなかった。私の今もっている信念は、
> 当時はなかった。私には教学もなかったし、勉強もしていなかったからなんだ。初代
> 会長は勝つと言っていた。教線が延びたのは日本の戦勝と一致していたし、学会の弾
> 圧と敗戦への方向が一致し、初代会長の獄死と共に本土空襲がはじまったので、その
> 結びつきは考えた。」


 牧口にしろ、戸田にしろ、戦時中は当時の多くの日本人と同じように、素朴に祖国の勝
利を願っていたのである。私はこの点について批判しようとは思わない。

 だが、「永遠の師匠」であるはずの牧口・戸田の言行を、不都合になったからといって、
無かったことにしようとする創価学会の姿勢は、不誠実そのものと言わねばならない。

 創価学会は、脱会しようとする者を「地獄に堕ちる」などと脅したり、彼らの独善的な
体質を批判する者を「仏敵」と呼んで嫌がらせしたりと、会員に対して裏切り者や批判者
に対する敵意や、自分が裏切り者と見られるようになることへの恐怖心を植え付けること
で、求心力を維持してきた。

 そうした敵意が表出したものこそ、「仏敵撲滅唱題会」であろう。
 元公明党委員長・矢野絢也氏が自著の、自身が創価学会内部で吊し上げを受ける立場に
なったいきさつを述べている一節で、この仏敵撲滅唱題について言及している。


>  青年部から吊るし上げられている最中、過去に創価学会から糾弾された人々の顔と
> 彼らに対する学会の執拗で激しい攻撃が脳裏を掠めた。
>  とりわけ竹入義勝・元公明党委員長、山崎正友・元創価学会顧問弁護士、阿部日顕・
> 日蓮正宗前管長、藤原行正・元公明党都議への凄まじいバッシングは、忘れようにも
> 忘れられなかった。聖教新聞などで連載記事、特集記事を組んで批判を長期にわたっ
> て展開し、とくに紙面での幹部座談会記事では、およそ宗教団体、宗教人の言葉とは
> 思えない汚い口調の誹謗を掲載していた。
 (中略)
>  学会会合の会場の入り口には、それらの人の名を書いた色紙様の紙を置き、会員た
> ちにあたかも踏み絵のように土足で踏み躙らせた。こうすることによって会員の憎悪
> 心を掻き立てただけでなく、躊躇する者は異心ありとして学会への忠誠心を確かめた
> のだった。
>  また、会合では仏壇に彼らの名を記した色紙様の紙を置き、呪い殺さんかのように
> 会員に指導した。
 (『黒い手帳 創価学会「日本占領計画」の全記録』より引用)


 矢野氏は、彼が裁判で創価学会と争うようになって以降、撲滅唱題は取りやめになった
との伝聞も記してはいるが、そう遠くない過去に、踏み絵や呪詛の儀式のようなことを組
織を挙げて行っていた創価学会が、人権や平和を標榜している欺瞞には、唖然とするほか
ない。

 創価学会と軍国主義との関わりや、仏敵撲滅唱題会については、より詳細に論じる意義
があると思うので、いずれ機会を見て再度取り上げるつもりである

 ※ 池田大作は「平和主義者」ということになっているが、彼がそのように振る舞った
  のは海外で政治家や著名人と面会したり、顕彰を受けたりするために、「宗教団体の
  指導者で平和主義者」という肩書が便利だったからであろう。池田が本心からの絶対
  平和主義者だったとは、とても思えない。この点については以前論じたので、興味が
  ある方は以下をご覧いただきたい。

  池田大作は本当に平和主義者か?

2018年10月28日日曜日

創価批判コピペ集‐⑧(「創価学会の『不都合な真実』」他)

◇◆◇ 創価学会の「不都合な真実」 ◇◆◇

十数年ほど前、創価学会は外資系のコンサルティング会社・アクセンチュアと契約して、
今後の布教活動の方針等について助言を求めた(高橋篤史著『創価学会秘史』による)。

それに対するアクセンチュアの提案は、「三代の会長」即ち、初代・牧口常三郎、第二
代・戸田城聖、第三代・池田大作への個人崇拝を教義の中核とし、創価学会にとって不
都合な過去を「無かったこと」にすることで、教団の正統性を訴えるというものだった。

創価学会が無かったことにしたい過去とは、牧口常三郎が戦争に賛成し、特高警察とも
協力していたこと、戸田城聖の詐欺まがいのビジネス、池田大作が高利貸しだったこと
や女性スキャンダル、「護符」と称するマジナイを大々的に行っていたことなどである。

こうした過去を封印するため、創価学会は「精神の正史」と位置づけている『人間革命』
を改訂したり、戦時中に発行していた機関誌を『牧口常三郎全集』から削除したりした。
不都合な真実を隠すことで正統性を偽装する宗教が「正しい信仰」と呼べるのだろうか?



創価学会と「大蔵商事」

大蔵商事とは、創価学会第二代会長・戸田城聖が作った金融会社である。この会社は経
済力のある学会員から資金を集め、貧しい会員に貸し付けていた。要は高利貸しである。

池田大作はこの会社の稼ぎ頭で、20代で取締役営業部長を務めたほどだった。池田の取
り立てには容赦がなく、債権回収のために病人が寝ている布団をはぎ取ることまでした。
ここでの働きが認められたことが、彼が後に第三代会長に上り詰めるきっかけとなった。

その後、創価学会は金を貸して利ザヤを稼ぐような回りくどいことはやめた。宗教のお
布施ならば、元手はほとんどかからず、しかも税金までかからないのだから当然である。
しかし、高利貸しの経験はお布施の集金にも役立った(創価学会では「財務」という)。

かつては「身ぐるみはいで御供養しなさい、金とケチると仏罰を受けます」が財務納金
を呼びかける際、学会幹部の決まり文句だった。また「貧しいものほど、宿命転換する
ために多く金を出すべき」とも指導していた。金貸し根性は相変わらずだったのである。



解説

 高橋篤史氏は、創価学会がアクセンチュアから受けた提案について、『創価学会秘史』
以外でも述べている。『文藝春秋』2018年4月号に掲載された「創価学会『極秘資料』が
暴く負の歴史」から、当該箇所を引く。


>  創価学会はもともと日蓮正宗の在家信徒団体だったが、1990年代に宗門と決別した
> ため、その信仰を学会員の求心力とすることはもはやない。それにかわるものを学会
> が何に求めようとしているのか知ることができる格好の内部資料がある。08年6月に
> 外資系コンサルティング会社のアクセンチュアが学会の内部組織「ビジョン会議」に
> 宛てた提案資料がそれだ。
 (中略)
>  アクセンチュアの提案資料はそうした3代会長の事績を新聞・雑誌やインターネット、
> 展示イベントなど様々な経路を通じて学会員や社会に送り届けることを現代の広宣流
> 布と位置づけていた。そして、そのためのアーカイブ事業を確立することが取り組む
> べき大きな眼目とされた。ただ、そこには巧妙な仕掛けも用意される。「永遠の規範」
> や「歴史の証明」となるアーカイブ資料は「正当性を担保する仕組み」として認定委
> 員会の承認を経なければならず、そこでは「歴史を歪める資料」は却下されるのであ
> る。要は都合の悪いものは闇に葬るわけだ。

 ※ 「創価学会『極秘資料』が暴く負の歴史」は、『創価学会秘史』の要約にもなって
  いる。インターネットで全文を閲覧できる。


 高橋氏のレポートは興味深い内容だが、アクセンチュアの提案により、具体的にどうよ
うな歴史の改竄や、運営方針の転換を創価学会が行ったか、そのすべてが記されているわ
けではない。

 また、創価学会が都合の悪い歴史をなかったことにするのは昔からのことで、何もアク
センチュアから指南を受けたことで、はじめて悪知恵を身につけた訳ではない。

 だが、創価学会が平成25年(2013年)に、日蓮正宗を賛美する記述が削除された『人間
革命』第二版を刊行し、その翌年に日蓮正宗総本山大石寺の大御本尊を神聖視する教義を
取り下げ、さらに平成27年(2015年)、「三代の会長」を「永遠の師匠」とする会則変更
を行った件や、近年テレビで目にすることが増えた「ヒューマンな」イメージを前面に押
し出した聖教新聞のテレビCM等に、アクセンチュアの影響があったのではないかという
ことは、十分に考えられる。

 改訂前の『人間革命』にも事実を歪める記述が多数あったことは、当ブログで指摘して
きたとおりであるが、外資系コンサルタントの助言により、それがより洗練されたものに
なったということはありそうである。


 戸田城聖は、戦時下にあっても醤油を塩水で薄めたり、酒に水を混ぜたりして売るとい
った阿漕なやり方で利ザヤを稼ぎ、ビジネスを拡大していた。

 その戸田が戦後になって設立した高利貸し・大蔵商事で頭角を現したことで、創価学会
内部での地位を固め、若くして第三代会長に上り詰めたのが池田大作である。

 創価学会の不都合な過去については、高橋氏の『創価学会秘史』以外にも、『池田大作
「権力者」の構造』(溝口敦著)や、『戸田城聖―創価学会― 復刻版』(日隈威徳著)
など、優れた内容の本が入手可能なので、創価学会員の皆さんも『人間革命』の内容をよ
り深く理解するためのサブテキストとして、手に取って見られてはいかがだろうか。


 ※ 戸田城聖のインチキ商法や、池田大作がそのノウハウを創価学会の運営に持ち込ん
  だことについては、当ブログでも記事にしている。興味がある方はそちらもご覧いた
  だきたい。






2018年10月21日日曜日

創価批判コピペ集‐⑦(「創価学会と法華経」他)

創価学会と法華経

鎌倉時代の僧侶・日蓮は、法華経こそが仏教のすべての経典の中で最も優れたものと考え、
「南無妙法蓮華経」と唱えれば救われると説いた(法華経の正式名称は「妙法蓮華経」)。

創価学会は、日蓮の教えを正しく受け継ぐ唯一の教団と自称し、その教義では、学会員は
法華経を広める「地涌の菩薩」とされている(これが学会員の選民意識の根拠でもある)。

しかし、ほとんどの創価学会員は、法華経の内容について知らない(興味も持ってない)。
法華経は大乗仏教の重要経典であり、日蓮系だけでなく多くの伝統宗派で重視されている。

その教えも、仏像を供養すると仏道を成じる、修行すれば来世で阿弥陀仏の浄土に生れる、
観音菩薩を拝むとご利益があるといった、多くの仏教徒にとって、なじみ深いものである。

創価学会は、上に挙げた法華経の教えをすべて否定している。日蓮は「善に付け悪につけ
法華経をすつるは地獄の業」と説いた。日蓮が正しいなら、学会員の堕地獄は確定である。

 ※ 「善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業」の出典は『開目抄』(創価学会版
  『日蓮大聖人御書全集』232ページに当該の記述あり)。



創価学会の「御書」

創価学会では『日蓮大聖人御書全集』を出版し、聖典としている(単に「御書」と呼ぶ
ことが多い)。その一番最初に収録されている『唱法華題目抄』に、以下の記述がある。

「仏の遺言に依法不依人と説かせ給いて候へば 経の如くに説かざるをば 何にいみじき
人なりとも御信用あるべからず」(『日蓮大聖人御書全集』9ページ)

「依法不依人(法に依って人に依らざれ)」とは、涅槃経にある教えで、仏教であれば、
国・宗派を問わず重視されている(日本の伝統宗派だけでなく、上座部仏教でも同様)。

創価学会では、名誉会長の池田大作を生き仏のように崇めているが、池田は搾取的な金
集めを実施して贅沢三昧の生活をし、女性学会員に手をつけまくった醜悪な俗物である。

池田は「うんと人を誤魔化して、警察に捕まらないように」と述べたが、そんな反社会
思想を説いた経典など存在せず、池田への個人崇拝は日蓮の教えに明白に違背している。

 ※ 「創価学会の『御書』」は「池田崇拝の何が問題か」後半部分の要約。



解説

 たいていの創価学会員は、「法華経こそが唯一の正しい経典であり、法華経のとおりに
信仰を実践しているのは、創価学会だけだ」と思い込んでいながら、法華経にどのような
教えが説かれているか知らないという、奇妙な人々である。

 当ブログで何度も取り上げてきたが、創価学会の教義は法華経の教えと大きく違うし、
日蓮の教えに忠実だとも言い難い(創価学会が日蓮正宗から受け継いだ日蓮本仏論は、大
石寺26世法主・日寛が体系化したもので、本来の日蓮の教えではない)。

 法華経についての知識は、創価学会員のマインドコントロールを説くためにも、しつこ
く折伏されて迷惑している方にも有用ではないかと思われる。
 法華経は岩波文庫に収録されており、誰でも気軽に読むことができる。

 岩波文庫版法華経には、漢訳(白文)とその書き下し文だけでなく、サンスクリット原
典からの翻訳も収録されているほか、注解も充実しており、予備知識がない読者にも配慮
されている。

 「創価学会と法華経」で挙げた創価学会の教義との矛盾点が、岩波文庫版法華経のどこ
に該当するかを参考までに以下に記す。


 ・仏像について
  仏像を礼拝供養すると仏道を成じるという記述は方便品にある。
  岩波文庫『法華経(上)』114~117ページが該当する。
  なお、当ブログでも「仏像を拝むのは謗法か?」で、一部を引用した。


 ・阿弥陀如来の浄土について
  法華経では薬王菩薩本事品に説かれている。 
  岩波文庫『法華経(下)』204~205ページが該当する。

  漢訳法華経では「極楽浄土」ではなく、「安楽世界」と訳されているが、どちらも原
 語はサンスクリット語の「スカーヴァティー」である。


 ・観音菩薩について
  東アジアの仏教の特色とも言える観音信仰であるが、その根拠となったの経典は法華
 経である。観音菩薩の功徳を説いたお経といえば観音経だと思っておられる方もいらっ
 しゃるであろうが、観音経は独立した経典ではなく、法華経の観世音菩薩普門品の通称
 である。

  観世音菩薩普門品は、岩波文庫『法華経(下)』242~271ページに収められている。
  観音菩薩は、勢至菩薩とともに阿弥陀如来の脇侍とされ、法華経サンスクリット原典
 の観世音菩薩普門品にも極楽浄土についての記述がある。


 「創価学会の『御書』」で引いた『唱法華題目抄』の一節、「仏の遺言に依法不依人と
説かせ給いて候へば 経の如くに説かざるをば 何にいみじき人なりとも御信用あるべから
ず」と、上述の法華経の記述とを組み合わせれば、ほとんどの創価学会員は論破できるの
ではないだろうか。

 ただし、学会員の中には議論に負けると嫌がらせしてくる者も少なくない。創価学会は
危険なカルトであり、学会員とは最初から関わりにならない方が無難であることは、十分
に留意していただきたい。


追記

 創価学会員の中には、宗教の論理で言い負かされそうになると、今度は「科学的根拠を
示せ」と言いだす者もいる。

 「創価学会は法華経に基づいているから正しい宗教だ」と主張しておきながら、創価学
会の教義と法華経の記述とが矛盾していることを指摘されると、「(法華経の教えには)
科学的根拠がないから認められない」と言うのは、ダブルスタンダード以外の何ものでも
ない。創価学会員というのは本来、卑怯な連中なのである。

 結局のところ、創価学会にとっては、日蓮にしろ法華経にしろ、宗教としての正統性を
粉飾するためのアクセサリーに過ぎず、「勝つためなら手段を選ばない」という常軌を逸
した勝他思想こそが本質なのであろう。

 さて、実際に学会員から「科学的根拠うんぬん」言われた場合、どう切り返すべきかだ
が、これが存外に難しい。

 もちろん「南無妙法蓮華経と書いてあるビニールシート製のインチキ本尊に、南無妙法
蓮華経と唱えれば『願いとして叶わざるなし』という、おまエラの教義の一体どこに科学
的根拠があるのか」等の指摘をするのは簡単なことだが、そうした場合、連中は高確率で
嫌がらせをしてくるので、それは避けた方がいい。

 「科学的根拠がないことは認められないという、あなたの言い分はよく分かった。また
法華経、つまり妙法蓮華経の教えに科学的根拠がないということも認めざるを得ない。だ
から、南無妙法蓮華経と唱えるような宗教には、たとえ何があろうと絶対に入らない」と
いった言い方で、言いくるめた方がいいかもしれない。

 しつこいようだが、創価学会の教義は矛盾しているので、ある程度の知識がある者にと
って、それを指摘するのは簡単なことだが、学会員には常識など通じないことが多いので、
関わりにならないのがベストである。

 たとえ勝てる自信があったとしても、学会員との議論に応じるのは、ほかに選択肢がな
い場合に限るべきだと思う。

2018年10月14日日曜日

創価批判コピペ集‐⑥(「創価学会の『財務』」他)

創価学会の「財務」

創価学会は様々な名目で信者から金を集めているが、特に金額が大きいのが年末に実施
される「財務」である。その総額は毎年一千億円~二千億円以上に及ぶとの推定もある。

その金額は一口一万円からで上限はない。十万円以上の財務を「二ケタ」、百万円以上
を「三ケタ」、千万円以上を「四ケタ」と言い、高額ほど功徳も大きいとされている。

財務に向けては決起集会が開かれ、地元の幹部が「財務をすると倍になって福をもたら
す」「財務の金額が少ないと罰を受ける」などと煽り、高額財務をするように仕向ける。
一方、本部に勤務する職業幹部の財務は、二万円程度でいいという慣例になっている。

本部職員が少額の財務でいいのは、「池田先生の近くにいる福運」だと説明されている。
多くの末端学会員は「財務が福をもたらす」と信じて大金を供出し続け、疲弊している。

※ 末端信者から搾取した金から職業幹部が高給を得る、これが創価学会の実態である。



創価学会の特権階級

創価学会の本部には約3000人強の専従職員が在職している。公明党や民主音楽協会等
の関連団体を含めると、約5000人の職員が創価学会から給与を得てメシを食っている。

かつての本部職員は薄給だったが、それに耐えかねてマスコミに内部情報をリークする
者が相次いだこともあり、次第に改善されて現在では一流企業並みになっているという。

中でも約三百人いる副会長になると、その年収は少なくて一千万円、主任副会長などの
上席の者になるとその数倍にもなる。本部職員の総人件費は、年間数百億円にも達する。

創価学会員の中には、生活保護受給者など貧しい者も少なくないが、そうした会員であ
っても聖教新聞を何部もとり、「財務」と称するお布施を無理してすることはままある。

経済的に苦しい者が少なくない末端学会員たちが供出した新聞購読料や財務から、高給
を受け取る創価学会の本部職員は、貴族的な特権階級といっても過言ではないだろう。



解説

 創価学会員にとっては毎年恒例となっている年末の金集め、それが「財務」である。上
記の財務に向けた決起集会とは、正しくは「広布部員会」という。

 広布部員とは財務納金する学会員のことであるが、だいぶ前から、ほとんどすべての学
会員が広布部員になるようになっている(もっとも入信一年目は、財務は免除されるらし
い)。

 広布部員になった学会員は、財務の目標金額を各地域の幹部に報告させられる。例えば
「今年はボーナスから20万円を財務します」といった具合である。

 しかし、勤務先の経営状況が悪く、あてにしていたボーナスが大幅に減額されたり、出
なかったりすることもある。かつての創価学会では、それでも財務が免除になることはな
かった。

 そのような場合、たいていの地域幹部は当該学会員に対して、サラ金等から借金してで
も目標額どおり納金するよう指導していたという。

 最近の財務の取り立ては、かつてほどではないらしいが、それでも生活保護受給者にも
財務をさせることは多いそうである。その背景には、地域レベルの幹部に多い年金生活者
よりも、生活保護受給世帯の方が経済的余力があることがままあるからであろう。

 創価学会の熱心な活動家の中には、「財務をすれば何倍にもなって福をもたらす。金を
ケチると仏罰を受ける」という幹部の指導を信じ、老後の生活設計のことなど何も考えず、
まともな経済感覚の持ち主であれば貯蓄に回す資金を、すべて財務などの創価学会への寄
付につぎ込んでしまった者も少なくない。

 自分の頭で先々のことを考えず、カルトの言いなりなってきたことが苦境を招いたのだ
から自業自得の面もあるが、騙されやすい人々をマインドコントロールしてきた池田大作
をはじめとする幹部たちの悪辣さは、許しがたいものがある。

 愚昧な末端信者を搾取してきた職業幹部は、少しはその罪深さを自覚するべきだが、高
給を受け取る本部職員たちの多くは、自分たちが厚遇を受けられるのは「信心による福運」
と言って憚らないらしい。カルトの構成員というのは、上から下まで度し難い連中という
ほかない。 

 「創価学会の特権階級」で述べた本部職員の中でも特に恵まれている、副会長等の上位
役職者の「年収は少なくて一千万円」という記述は、『システムとしての創価学会=公明
党』(古川利明著)によったものだが、この本の初版は平成11年(1999年)で、やや古い
情報であることは否めない。

 近年の創価学会本部では、副会長等の役職者でなくとも40代で年収一千万円に届くらし
い。『週刊東洋経済』(9月1日号)の特集記事「宗教 カネと権力」から、本部職員の実
情について言及した箇所を引用する。


>  そして彼らは好待遇だ。前出報告書は平均標準報酬月額を男性で46万9020円(賞与
> は不明)としているが、元本部職員は「40代後半で大抵、年収1000万円を超える」と
> 打ち明ける。退職後の保障も手厚い。

 ※ 「前出報告書」とは、創価学会の本部職員が加入する創聖健康保険組合の2016年度
  事業報告書。


 創価学会の本部職員は、給与所得者の中でも恵まれた部類に入るのは間違いないだろう。
そして彼らが享受している厚遇が、末端学会員が供出した財務や広布基金、聖教新聞の購
読料によっていることもまた、間違いのない事実である。

2018年10月7日日曜日

創価批判コピペ集‐⑤(「創価学会の『人間革命』」他)

◇◆◇ 創価学会の『人間革命』◇◆◇

・『人間革命』とは、創価学会名誉会長池田大作の小説である。創価学会では、日蓮遺文を
 「御書」と呼び聖典としているが、『人間革命』も「現代の御書」とされ重視されている。

・創価学会は平成3年(1991年)に破門されるまでは日蓮正宗の信徒団体だった。日蓮正宗
 ではその総本山大石寺の大御本尊を唯一絶対とし、創価学会も大御本尊を神聖視していた。

・『人間革命』のほとんどは、破門前に執筆されたため、現在の信仰とは齟齬が生じている。
 「時代の進展によって変更しなければならない教義や、矛盾に満ちた宗教は、誤れる宗教
 と断定すべきである」(『人間革命』第二巻)
 「なにがどうあろうと、なにがどう起きようと、日蓮正宗の信仰だけは、絶対に疑っては
 ならぬ」(『人間革命』第六巻)

・創価学会は平成26年(2014年)11月18日、大石寺の大御本尊は〈謗法の地にあるので受持
 の対象にしない〉と聖教新聞で宣言した。教義を変更し日蓮正宗の信仰を全否定したのだ。
 このような、「矛盾に満ちた宗教は、誤れる宗教と断定すべき」ではないのだろうか。


創価学会の教義には根拠がない

創価学会は平成三年に破門されるまでは、日蓮正宗という日蓮系宗教の在家信者団体だった。
破門の理由は、池田大作名誉会長が暴言を吐いたり、僧侶を軽視したりしたことなどである。

日蓮正宗の教義では、その総本山大石寺の大御本尊を、日蓮が「出世の本懐」として作った、
唯一の正統な本尊と主張し、この大御本尊及びその写しのみを正しい信仰の対象としている。

創価学会もかつては、「大御本尊を拝まない者は地獄に堕ちる」と言って信者を集めていた。
現在、学会が信仰の対象としている本尊も、大石寺の大御本尊の写しを量産したものである。

しかし、大石寺の大御本尊は、実は日蓮がその弟子、日禅に与えた紙の本尊をもとに、後世、
木彫された贋作だと判明している(大石寺の前法主、阿部日顕氏もこの事実を認めている)。

つまり、日蓮正宗はニセ本尊を「唯一正しい」と主張してきたのであり、学会もニセ本尊の
複製品を拝んでいるにすぎない。創価学会の正統性の根拠は、最初からウソだったのである。



解説

 上記のコピペの内容についてだが、ある程度の予備知識がないと分かりにくいと思われ
るので、創価学会員であったことのない方のために、簡単にだが解説を添える。

 創価学会の代名詞といっても過言ではないほど、題名だけはよく知られている『人間革
命』だが、実際に読んだことがある方は少ないのではないだろうか。

 そんな方のために、大まかな説明を以前当ブログに掲載しているので、興味がある方は、
そちらをご覧いただきたい(「そもそも『人間革命』とは」参照)。

 なお、『人間革命』を「現代の御書」――「御書」とは日蓮遺文を指す――と喧伝した
のは元副会長の福島源次郎氏だったが、彼の失脚以後、創価学会は日蓮正宗から「現代の
御書という表現は、日蓮と池田大作を同格視するものであり問題だ」と批判されたことも
あり、そうした表現を使わなくなった。

 近年の創価学会は、『人間革命』を「精神の正史」「信心の教科書」と位置づけている。
とはいえ、末端の学会員には今でも「『人間革命』は現代の御書」という者も多い。

 日蓮正宗(ニチレンショウシュウ)については、一般にはご存知ない方も多く、日蓮宗
と混同している向きも少なくないので、少し詳しく説明したい。

 日蓮正宗とは、富士大石寺を総本山とする日蓮系の小宗派である。身延山久遠寺を総本
山とする日蓮宗とは、同じ日蓮系と言っても教義がだいぶ違う。

 例えば、日蓮宗では仏像を礼拝するし神社にも参拝するが、日蓮正宗の教義では、どち
らも禁じられている。

 日蓮正宗では、宗祖日蓮を「末法の御本仏」という至高の存在にまで祭り上げ、大石寺
に安置されている「大御本尊」を、日蓮が「出世の本懐」として作った特別な本尊だとし
ている(日蓮宗の教義では「本仏」は釈迦如来である。当然だが、大石寺の大御本尊を特
別視することもない)。

 そして、「大御本尊」と大石寺の法主によるその複製だけが、正しい信仰の対象であり、
それ以外を拝むのは謗法(ホウボウ)――正法誹謗の略語だが、誤った信仰という意味だ
と理解してよい――とされている。

 創価学会も日蓮正宗から破門される前は、「富士大石寺の大御本尊を拝まない者はすべ
て謗法である」と主張しており、「登山会」と称して大石寺に参詣し、大御本尊を拝むこ
とが定例行事になっていた。

 大石寺の大御本尊については、実際には日蓮が作ったものではなく、後世に複製された
ものと見られている。この点については、犀角独歩氏をはじめとして、説得力ある論考が
少なくないことから、当ブログではこれ以上は立ち入らない。

 私の個人的な印象では、日蓮宗はいくらか排他的なところがあるとはいえ、他の日本の
伝統宗派と、それほど大きな違いはないという感じを受ける。

 対して日蓮正宗は、仏教というよりも一神教に近く、大石寺法主に特別な権威を認める
教義も、ローマ法王を「神の代理人」と見做すカトリックに似ているとも言える。

 さて、創価学会は平成3年(1991年)にその日蓮正宗から破門され、大石寺の大御本尊を
拝むことはできなくなったわけだが、教義を変更して「大御本尊を拝む必要はない」とし
たのは、ようやく平成26年(2014年)になってのことだった。

 それに合わせるため、『人間革命』の記述も書き改められた。「精神の正史」の内容を
都合が悪くなったからといって変更するのは、歴史の改竄ではないかと思われるが、創価
学会の幹部連中は、そんなことに頓着するようなタマではない。

 インチキ宗教の面目躍如といったところであろうか。参考までにコピペで引用した部分
がどう変わったかを示すので、比較していただきたい。


『人間革命』第二巻 初版:昭和41年(1966年)4月15日
>  戸田はまた、こう考えていた。
 (中略)
>  仏教といえば、往々にして高遠で霧に包まれたような、難解なものとされてきた。
> しかし、正法である妙法の眼をひらいて見れば、最も身近な、絶対の幸福確立法であ
> ることが、はっきりとわかる。時代の進展によって変更しなければならない教義や、
> 矛盾に満ちた宗教は、誤れる宗教と断定すべきである。


『人間革命』第2巻(第二版)初版:2013年2月11日
 彼はまた、こう考えていた。
(中略)
>  仏教といえば、往々にして高遠で霧に包まれたような、難解なものとされてきた。
> しかし、正法である妙法の眼をひらいて見れば、最も身近な、絶対の幸福確立法であ
> ることが、はっきりとわかる。


 現在、新刊で入手できる『人間革命』は、聖教ワイド文庫に収録されている第二版であ
る。そちらの方では、「時代の進展によって変更しなければならない教義や、矛盾に満ち
た宗教は、誤れる宗教と断定すべきである」という文章が削除されている。


『人間革命』第六巻 初版:昭和46年(1971年)2月11日
>  私が今、願うことは、なにがどうあろうと、なにがどう起きようと、日蓮正宗の信
> 仰だけは、絶対に疑ってはならぬということであります。

 ※ この一節は、昭和27年(1952年)7月8日の臨時幹部会における、戸田城聖の講演の一
  部である。


『人間革命』第6巻(第二版)初版:2013年6月6日
>  私が、今、願うことは、何がどうあろうと、なにがどう起きようと、この信心だけ
> は、絶対に疑ってはならぬということであります。


 第二版では、「日蓮正宗の信仰」が「この信心」に変更されている。
 『人間革命』第二版の変更点は、ここに挙げただけにとどまらない。はっきり言って、
キリがないほどある。

 『人間革命』の改変を見ても明らかなように、創価学会は、都合の悪い過去をなかった
ことにすることで、正統性を偽装してきたのであり、そうした誤魔化しなしでは成り立た
ない宗教である。

 「教義を変更するのは誤った宗教」と主張しておきながら、都合が悪くなると教義を変
更するなど、まともな思考力を持つ者から見れば、誰がどう考えてもインチキであろう。

2018年9月30日日曜日

創価批判コピペ集‐④(「池田大作ってどんな人?」他)

池田大作ってどんな人?

・池田大作は創価学会の第三代会長、名誉会長を務め、今の教団を作り上げた事実上の教祖。
・「広布のため」と称して信者から集めた大金の相当額を、池田大作は自分の贅沢に使った。

・創価学会は、全国に千以上の施設を保有するが、その中には池田大作専用別荘も多数ある。
・『人間革命』などの、池田大作名義の著作のほとんどは、実はゴーストライターが書いた。

・池田大作は「処女の入った風呂は健康に良い」「処女と関係すると寿命が延びる」と主張
 して、多数の美人学会員と関係を持ち、週刊誌等で何度も女性スキャンダルを報道された。

・実はあまり信心には熱心ではない。その一方で権謀術数に長け権力への執念は異常に強い。
 「信仰心はゼロだけど政治家の資質は百パーセント」とは元公明党代表・太田昭宏氏の評。

・平成22年(2010年)5月頃、脳梗塞で倒れ、現在は半身不随との噂もあるが、池田本人が、
 昔から「病気になるのは信心がおかしいから」と主張してきたので、公表できないらしい。



創価学会における池田大作名誉会長への個人崇拝

創価学会の公式の教義では日蓮が「末法の御本仏」とされているが、一般の学会員には、
池田大作を「日蓮大聖人の再誕で末法の御本仏」と、生き仏のように崇拝する者が多い。

池田は全国各地の学会施設をたびたび訪問したが、その際には「末法の御本仏」の顕現
にふさわしい様々な“奇瑞”が、当地の学会員の手により人為的に引き起こされてきた。

例えば池田が訪れる会場周辺の桜が、時ならぬ花をつけるなどである。この“奇蹟”を
引き起こすため、地元の学会員が何週間も前から、ドライヤーで桜を暖め続けたという。

また、魚など一匹もいないドブ池に事前に鯉を放し、池田にエサを撒かせて「ここには
魚はいないのに、池田先生が餌づけすると鯉が現れた」という、“奇蹟”も演出された。

多くの学会員がこうした“池田センセイが起こした奇蹟”を見て、涙を流して感激した。
ほとんどの学会員は、このバカげた個人崇拝を「唯一の正しい宗教」と信じ込んでいる。



解説

 何度も述べてきたように、池田大作ほど虚像と実像の乖離が甚だしい人物は、そうザラ
にはいない。

 聖教新聞に登場する池田大作は、宗教家としてだけでなく、平和運動家、小説家、詩人
として、世界各国から惜しみない賛辞と顕彰を受けてきた偉人であり、唯一の正統な仏法
を広める使命を帯びた偉大な「師匠」である。

 しかし、実際の池田は、学会員から搾取した金で贅沢三昧の暮らしをし、気に入った女
性に欲望のおもむくままに手をつけまくり、唱題勤行もロクにせず、自分名義の著作も部
下に書かせているインチキ野郎でしかない。

 池田の本性は脱会した元幹部、それも側近中の側近だった、福島源次郎氏や原島嵩氏ら
によって週刊誌や書籍で何度となく暴露されており、取り繕いようがない。

 週刊誌に書いてあることはすべてウソと洗脳されている学会員たちは、外部からの批判
は「創価学会が唯一の正しい宗教で、池田先生があまりにも偉大なので、嫉妬した奴らが
悪口を言っているだけ」と、本気で思い込んでいる。

 さらに学会員の中には、「池田先生は末法の御本仏」と信じている者まで多数いる(そ
うなるように仕向けたのは、池田本人なのだが)。

 その一方で、池田への個人崇拝が、創価学会が世間から白い目で見られる一因であるこ
とは自覚しているようで、対外的には「めちゃめちゃスゴい、尊敬できる人」などといっ
た表現で、お茶を濁すこともあるようである。

 池田大作のような頭がおかしいレベルの色キチガイ、ペテン師を「尊敬」している時点
で、カルト呼ばわりされて当然だと私は思うのだが……。

 創価学会ほど異様なカルトは、現在の日本には他にない。その異常性の核心は、池田に
対する個人崇拝なのは間違いないだろう。

 ※ 池田大作の悪行の数々や、彼に対する異常な個人崇拝の実態については、当ブログ
  でもその一部だが取り上げてきた。興味がある方は以下もご覧いただきたい。

  池田大作の食べ残しを食うと「福運」がつく!?

  池田大作への個人崇拝の実態

  「娘に仏様の手がついた」

  池田大作のぜいたく

  池田センセイの「ご友人」

2018年9月23日日曜日

創価批判コピペ集‐③(「創価学会の教え」他)

創価学会の教え

・祈りとして叶わざるなし・・・功徳を積んで御本尊に南無妙法蓮華経と唱えれば、どんな
 願いでも叶うと説く。あくまでも現世での幸せを願う現世利益への強い志向が学会の特徴。

・功徳・・・仏教用語では、功徳とは「死後やこの世で幸福をもたらす善行」を意味する。
 創価学会では、財務や広布基金などの学会への寄付、聖教新聞の複数部購読、池田大作
 の著書(『人間革命』など)購入、公明党の選挙運動、折伏などが功徳になるとされる。

・転重軽受・・・来世で地獄に堕ちるほどの重い罪を信心の功徳により転じて、現世で軽い
 難として受けること。信心をしても起こる不幸を、来世を持ち出すことで正当化する詭弁。

◎入信して功徳を積めば何でも願いが叶うと言って勧誘し、功徳になると称して金を出させ、
 不幸にあっても、お陰で来世で地獄に堕ちずにすむのだから有難く思えというわけである。

※ 創価学会は「疑うと地獄に堕ちる」と信者を洗脳し、搾取し続ける悪質なインチキ宗教。



◇◆◇ 創価学会の「功徳」にはとても金がかかる ◇◆◇

創価学会は様々な名目で信者に金銭を供出させている。学会員は多額の金を教団に貢ぐほど、
より大きな現世利益が得られると、洗脳されて金を出しているが、その実態は搾取的である。

・ 財務・・・毎年年末に実施される。一口一万円からで上限はない。高額であるほど称賛
  され、学会内での立場が良くなる。そのため一度に一千万円以上、財務する者もいる。

・ 広布基金・・・新年勤行会などの行事の際、年に数回集められる。金額の指定はない。
・ 書籍購入・・・『人間革命』などの池田大作の著書を「功徳になるから」と買わされる。

・ 新聞購読・・・聖教新聞、創価新報、大白蓮華、公明新聞などの機関紙をとらされる。
  中でも聖教新聞は「池田先生からのお手紙」なので複数部とると功徳があるとされる。

・ 民音チケット・・・学会の外郭団体、民主音楽協会が主催するコンサートチケット購入。
  地域ごとにノルマがあり、担当に選ばれた学会員が自腹を切って買わされることもある。



補足

 上述のように創価学会は現世利益を極端に重視しているが、信心したからといって、人
の一生に起こり得る様々な禍福を自由にできるわけもなく、期待したようなご利益が得ら
れるとは限らない。

 「他の宗教はすべて邪教で、祈りを叶える力がある信仰は創価学会だけ」と主張してい
る彼らにとって、ご利益がないというのは困った問題である。

 そこで持ち出されるのが「転重軽受」である。『人間革命』第八巻には、学会員が鉄道
事故で死亡した出来事が描かれているが、呆れたことに『人間革命』では、その事故死も
転重軽受なのだと強弁されている(「紙を飲む宗教②」参照)。

 創価学会は、これ以外にもご利益が得られないことを正当化するために、様々な詭弁を
弄してきた。代表的なものを示す。


>  芳人がバットを手にすれば、女房は箒で応戦した。バットと箒の対戦は、仲間たち
> のあいだで有名になり、「題目も強いが、喧嘩も強い」と、もっぱらの噂であった。
>  この姿を見て、近所、親類のものたちは、誰も信心などしようとはしなかった。―
> ―長年、使用しなかったホースに水を流すと、最初は赤い濁った水しか出てこない。
> が、そのうちに清水が滾々と流れてくるものだ。彼らは、このような功徳の本質を知
> らずに、ただ表面だけを見ていたのである。
 (『人間革命』第三巻より引用)

 ※ 喧嘩が絶えない夫婦が、創価学会に入信したことを描いた一節。


 創価学会員は、入信するとすぐにでもご利益があるかのように言って勧誘してくること
が多い(「初信の功徳」という)。

 しかし、そう上手くいくとは限らない。入信したのに何もいいことがないと苦情を申し
立てる者をいなす時によく使われるのが、引用のホースの例え話である。

 池田大作はかつて、婦人部の活動家が交通事故で死亡した際に、「福運の瑞相として喜
ぶべきこと」とぬかす、ふざけた弔電を送ったことがあった(「池田センセイのご指導
参照)。

 事故死までもが、「福運」やら「功徳」で通るのなら、どんな不幸な出来事や災難でも
ご利益ということになる由である。

 マインドコントロールされた学会員たちは、こうしたことをおかしいと思わないのであ
る。すべてを失うまで、カルトに騙されていたと気づくことはできないのだろうか……。

 インターネット上には、長年、創価学会の信仰を続けたにもかかわらず、幸せになるど
ころか、財産を失い不幸になったという怨嗟の声があふれている。

 今、創価学会員である方は早く気づくべきだろう。また、勧誘を受けている方は、出来
るだけ角が立たない言い方で断り、その学会員とは距離を置いた方がいい(迷惑している
からといって、キツい言葉ではねつけると、連中は逆恨みして嫌がらせしてくることがあ
るので要注意)。

 創価学会は悪質なカルトであり、学会員は詭弁・ダブルスタンダードを駆使して自己正
当化を図り、他人の迷惑を意に介さず、勧誘や投票依頼をしてくる。バカげた話が多いか
らといって、決して甘くみてはならない。

2018年9月16日日曜日

書評『創価学会』(田原総一朗著)

 結論から述べる。この本は池田大作礼賛本であり、はっきり言ってほとんど読む価値は
ない。まず、この本のダメさ加減がよくわかる箇所を引用する。


> 田原 その池田さんは、2010(平成22)年6月以降、幹部総会など公の場には出られ
> ていませんが、特に体調を崩されているというわけではないんですよね。
> 原田 もちろん、お元気ですよ。いまは執筆などを主な活動とされています。


 これは巻末に収録されている原田会長へのインタビューでのやり取りだが、田原氏は池
田は健在だという原田会長の説明にいっさい疑問を差し挟まず、諾々と聞き入れるばかり
である。

 池田大作の健康問題があれだけ騒がれ、重病説まで報じられたにもかかわらずである。
ジャーナリストとしての声望を、自ら地に落としているのに等しいだらしなさである。

 創価学会について何の知識もない人がこの本を読んだならば、「創価学会は、かつては
強引な折伏や言論出版妨害などの問題を引き起こしたが、それは若い組織であるが故の未
熟さが原因だったのであり、現在ではそうした短所は是正され、世界宗教として発展して
いる。また、日蓮正宗と抗争して破門されるまでに至った件についても、山崎正友や阿部
日顕が悪いのであり、創価学会に落ち度はない」という印象を受けることだろう。

 あまりにも創価学会にとって都合のよすぎる内容であり、はなはだしい偏向と言わざる
を得ない(それでも学会員ならば、「過去の件についても邪宗の奴らが悪い」と言うのだ
ろうが)。

 この本にも同意できる箇所がないわけでもない。
 創価学会が他の宗教を邪教呼ばわりしてきたことについては批判し、言論問題について
は「どう考えても言論弾圧」と指摘している。

 だが、それらはあくまでも「過去の問題」という扱いで、今の創価学会には何の問題も
ないのだと言わんばかり論調である。特に池田大作の数々の悪行については、まったく触
れられておらず、冒頭で述べたように、池田礼賛本としか言いようがない。

 具体的な問題点をいくつか指摘してみる。
 田原氏は、過去に2回、池田大作と面会したことがあると述べ、その際に受けた印象を
こう書いている。


>  もう一つ、私が池田に感じたのは、自分をよく見せようという下心がまったくなく、
> 誠実で相手のことを気遣うことのできる、きめ細やかな神経の持ち主だということだ。
> 〝私心がない〟、つまり無私なのだ。


 池田大作は「自分をよく見せようという下心」の塊のような俗物である。『人間革命』
をはじめ、池田名義で出版された書籍のほとんどは、実際には部下が代筆したものに過ぎ
ないことは、多くの脱会した元幹部が暴露している。「私心がない」高潔な人物が、そん
なことをするはずがないではないか。

 また、二度の宗門問題についての記述は、全面的に創価学会側の視点に立っており、ま
ったく公平性を欠いている。

 本書では昭和52年(1977年)の第一次抗争について、当時、創価学会の顧問弁護士だっ
た山崎正友氏が「経済的な野心」から、創価学会についてウソを宗門側に吹き込んだこと
が事態を悪化させた最大の原因だとしている。

 創価学会が破門された平成2年(1990年)から翌年にかけての第二次抗争についても、
当時の大石寺法主、阿部日顕氏が池田大作に嫉妬したことが理由だとされている。


>  では、宗門がここまで創価学会を攻撃しようとした動機は何だったのか。まずは、
> 先の谷川に事の経緯を問うた。
> 「創価学会としては当座当初から日顕を非常に立てていました。ところが、学会員た
> ちが本当に尊敬しているのは名誉会長なので、それが正直に態度に表れるわけです。
> 例えば、文化祭などで名誉会長が登場するとわっと歓声が上がる。しかし日顕に対し
> てはそうはならない。それが宗門側としては面白くなかった。要するに嫉妬していた
> わけですね」


 田原氏は谷川副会長の説明をそのまま聞き入れており、本書には、もう一方の当事者で
あった日蓮正宗側の言い分は、ほとんど記載されていない。

 山崎正友氏は様々な謀略に加担してきた人物であり、策を弄する面があったのは事実で
あろう。阿部日顕氏にしても、その人間性を疑いたくなる話もある。

 だが、日蓮正宗との抗争については、私は創価学会側の非の方が大きかったと考える。
 宗門の僧侶たちが池田大作を問題視したのは、彼が学会員たちから人気があることに嫉
妬したからだとも思わない。

 宗門が創価学会を批判し続け、破門までした最大の理由は、「池田本仏論」であろう。
 池田のような下劣な俗物を宗祖日蓮と同格視するなど、僧侶にとっては許しがたい冒涜
だったはずである。

 そして、池田が起こしてきた女性問題等の数々の騒動や、池田本仏論などの教義からの
逸脱については、本書ではまったく触れられていない。

 本書の帯には「創価学会論の決定版!」という自賛があるが、トンデモ本と言われても
仕方ない出来である。

 田原氏ほどの著名なジャーナリストが、このような駄本を執筆した理由はなんであろう
か。この本の真の目的が露見していると思われる箇所を示す。


>  私はテレビ番組などで公明党の山口那津男代表に会う機会が多い。会うたびに彼に
> は、「ハト派を代表して自民党のブレーキ役になってほしい」と伝えている。
> 「それこそが本来の中道派の役目だと思います」
>  山口は力強くうなずいた。


 要するに田原氏は、現在の自公連立政権の枠組みが維持されることが望ましいと考え、
創価学会・公明党をヨイショしたわけである。

 田原氏は実績あるジャーナリストであり、池田大作のようなペテン師とは比べものにな
らないが、それでも彼らには共通点があると私は思う。

 それは「大衆とは操作可能なものであり、自分にはそれをなす資格があるのだ」という
思い上がりである。本書は一貫して池田に好意的だが、それは著者が自らと相通じるもの
を嗅ぎ取ったからなのかも知れない。


 ※ 『創価学会』(毎日新聞出版)は、2018年9月8日付で発行された。
   毎日新聞社は、聖教新聞の印刷を請け負っており、それなしでは経営が成り立たな
  いと言われている。その100%子会社である毎日新聞出版から出版される本だという
  時点で、偏った内容になるのではないかと危惧していたのだが、正直、ここまで酷い
  とは予想していなかった。

2018年9月9日日曜日

創価批判コピペ集‐②(「創価学会が嫌われる理由」他)

創価学会が嫌われる理由

・ 強引な布教活動・折伏(シャクブク)・・・創価学会は「唯一の正しい宗教」を自称し、
 折伏と称する強引な布教を行っている。創価学会は昭和20~30年代にかけて急拡大したが、
 この頃は特に暴力的で、他人の住居に押し入り仏壇や神棚を謗法払い(ホウボウバライ)
 と称して破壊していた。創価学会は危険な集団というイメージは、この頃に定着した。

・ 池田名誉会長への個人崇拝・・・学会員は事実上の教祖、池田名誉会長を「永遠の師匠」
 と呼び、生き仏のように崇拝している。創価学会の会館の中には、池田専用の豪華施設も
 多数つくられている。また池田名義の著作のほぼ全てが、ゴーストライターによるもので
 あり、しかも数多くの女性学会員(美人ばかり)と関係を持つなど、スキャンダルも多い。

・ 多額の金銭負担・・・創価は金のかかる宗教である。例えば機関紙の聖教新聞について
 「池田先生からのお手紙」なので、複数とると功徳になるという理由で、一世帯で何部も
 購読する学会員は多い。その他、年に何回もの寄付金や関連書籍の購入なども要求される。
 多額の金銭負担や繁忙な学会活動が原因で、家庭不和や生活苦に陥る学会員も少なくない。



◇◆◇ 創価学会の「三大悲法」 ◇◆◇

日蓮遺文の一つに『三大秘法抄』というものがあり、創価学会では教義上、重視されている。
一方、学会の末端信者の間では、この遺文に倣って「三大悲法」と呼ばれる慣行が存在する。

1、財務・・・毎年恒例の金集め、高額を出すほど福運(現世利益のこと)がつくとされる。
  冬のボーナスの頃に実施され、ボーナス全額を出す者、借金してでも納金する者も多い。

2、新聞啓蒙・・・創価学会の機関紙『聖教新聞』の新規契約者を開拓すること。新聞販売
  店のみならず一般会員も貢献が求められる。ノルマを達成できず、自分で複数購読する
  末端学会員も多い。いわゆる自爆営業だが、創価学会では「マイ聖教」と呼ばれている。

3、F取り・・・公明党の選挙運動。「F」とはフレンドの略、創価学会員以外で公明党に
  投票してくれる協力者をいう。一度でもF取りに協力すると、データベースに登録され、
  それ以降も協力を求められたり、信者勧誘のターゲットになったりする破目になる。

※ 創価学会は「入信すると幸せになれる」というが、末端は「三大悲法」で疲弊している。



補足 『三大秘法抄』について

 正式な名称は『三大秘法稟承事』。弘安5年(1282年)、最晩年の日蓮が執筆したとさ
れる(日蓮はこの年の10月13日、没している)。真蹟・古写本ともに現存しない。

 この遺文に「勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒
壇を建立すべき」との文言があることから、かつての国柱会が「国立戒壇」を設置すべき
と主張したことはよく知られている。

 その影響を受けた日蓮正宗・創価学会も国立戒壇の建立を目指していた。そもそも公明
党も、日蓮正宗を国教化し、その総本山大石寺の大御本尊を安置した国立戒壇建立を実現
することを目指して創立されたのである。

 現在の日蓮正宗や創価学会は、国立戒壇を目指す教義を取り下げたが、顕正会は今なお
この教義を掲げ続けている(顕正会が日蓮正宗から破門されたのも、国立戒壇についての
見解の相違による)。

 鎌倉時代の古文書が、現代社会にこのような騒動を引き起こす原因になったというのは、
なかなか興味深いことではあるが、『三大秘法抄』は日蓮宗では偽書という見方が有力で
ある。この遺文が本物であると主張しているのは、日蓮正宗系の教団くらいのようである。

 私としては、公明党や顕正会と創価学会との関わりについても、いずれは論じたいと考
えてはいるのだが、以前も述べたように当面は多忙につき、資料を漁ってまとまった量の
文章を書くのは難しい状況である。重ねてになるが、悪しからずご了承いただきたい。

2018年9月2日日曜日

創価批判コピペ集‐①(「創価学会とはどんな宗教か」他)

創価学会とはどんな宗教か

・ 「入るだけで幸せになれる」「病気が治る」しかも「お金はかからない」等、耳ざわりの
  いい言葉で勧誘するが、すべてウソで、実際には信者を洗脳し、様々な形で搾取している。

・ 池田大作名誉会長を「日蓮大聖人の生まれ変わりで末法の御本仏」という異常な個人崇拝
・ その池田の息子は、29歳で胃穿孔により早逝、池田本人も脳梗塞で半身不随になっている。

・ 学会員は、聖教新聞の複数部購読や「財務」と称するお布施を強制され、搾取されている。
  幹部の所得は高額だが、末端の学会員には「財務が大変で生活が苦しい」という者も多い。

・ 学会員は、公明党の選挙運動に無報酬で動員される。しかも交通費などの経費は全額自腹。
・ 脱会者や批判した者などを「仏敵」と決めつけ、組織ぐるみで陰湿な嫌がらせをしている。

※ 創価学会の実態は銭ゲバカルト、典型的なインチキ宗教



◇◆◇ 創価学会の勧誘に注意! ◇◆◇

創価学会は閉鎖的な組織であり、彼らだけのネットワークを持っている。近年はSNS
等を活用し、大学入学や就職に際しても、学会員どうしで事前に連絡を取ることが多い。

そして素早く徒党を組み、周囲より優位な立場を築く。創価学会員であることを周囲に
隠して、一般人とある程度親しくなったところで、一対複数で勧誘してくることがある。

その際も、最初は創価だと明かさず「○○宗は邪教、地獄に落ちる」とか「△△の存在
を証明できるのか、証明できない信仰は間違っている」と、相手の宗教を否定してくる。

それに言い負かされると「議論に負けたのだから、創価に入れ」と強要する。その勧誘
を断ると、今度は悪い噂を広めて陥れようとするなどの嫌がらせをしてくることが多い。

自分からは勧誘を行わない学会員もいるが、そうした者でも「創価学会は唯一の正しい
信仰、勧誘を断る奴は懲らしめるべき」と考え、嫌がらせに加担する場合が少なくない。



お詫び

 「創価学会の勧誘に注意!」は、最初の形から修正したものです。当初は「創価学会員
がお互いを識別するための符牒として、数珠に似たブレスレット――正しくは『腕輪念珠
――を用いることがある」という趣旨を述べていましたが、書き換えました。

 上記のようなことを書いたのは、学会員がそのような行動を取っている場面を何度か目
撃したことがあったことなどによるのですが、腕輪念珠は伝統仏教でも用いられるもので
あり、短慮のそしりは免れ得ないものと思います。

 私の軽率な文章のために、不快な思いをされた方がいらっしゃったのであれば、本当に
申し訳ございません。

 この件を頂門の一針とし、今後、軽率な文章で再びご迷惑をお掛けすることのないよう、
これまで以上に配慮する所存です。

2018年8月26日日曜日

おすすめの記事・お知らせ

 当ブログも開設してから1年半が経ち、Google等の検索でたどり着く方も増えてきてい
るようです。

 そのような方の便宜を考えて、記事を内容によって分類した「これまでのまとめ」を数
ヵ月ごとに掲載してきましたが、記事の数が増えたこともあり、どれから読むべきか迷う
方、あるいは量が多いのですべて読む気にならないという方もいらっしゃることと思いま
す。

 そこで今回は、当ブログの記事の中から創価学会がどのような存在かを理解する上で、
特に役立つと思うもの数本を自薦し、あわせて概略も記すことにしました。

 学会員の方には、創価学会が外部の人間からどのように見られているか、学会員でない
方には、創価学会の実態がどのようなものか、一人でも多くに知っていただきたいと思い
ます。


広宣部・教宣部が連携した嫌がらせの手口
 創価学会員であっても、その実態をよく知らない者が多いと言われる広宣部・教宣部。
日夜「仏敵」と戦い続ける、広宣部員・教宣部員の「学会活動」の一端に迫る。


ピアノと写真、そして執筆活動
 平成22年(2010年)に脳梗塞で倒れたにもかかわらず、まるで何事もなかったかのよう
に、旺盛な執筆活動を続けられている池田センセイ。天が彼に与えたものは文才だけでは
なかった。ピアノ・写真の腕もプロ級なのだ。池田センセイの多芸多才の秘密とは……!?


池田城久の死
 「信心すれば病気が治る」をうたい文句に信者を集めてきた創価学会。だが、池田大作
名誉会長の御令息・池田城久氏は、29歳の若さで胃穿孔で死去していた。文字どおり「胃
に穴が開く」ほどの城久氏の苦悩とは?


第四代会長・北条浩氏について
 戦国大名北条氏の末裔にして旧華族でありながも創価学会に入会し、第四代会長にまで
上り詰めた北条浩氏。池田名誉会長との「子弟不二」を貫いた彼の生涯は、池田センセイ
のお人柄を物語る数々のエピソードで彩られていた。


日蓮と真言宗と池田大作
 創価学会では、入信すると次は家族を折伏することが求められる。しかし、信心の師匠
であるはずの池田センセイは、親族の折伏に失敗していた。一見すると師としてふがいな
いように見えるこの件だが、その真相は、池田センセイが真実の日蓮大聖人の仏法を貫こ
うとされたことにあった。池田センセイが悟った日蓮仏法の真髄とは……!?


本部職員の待遇と創価学会の財力
池田大作のぜいたく
 毎年、年末に実施される財務だけでも一千億円以上を集めるといわれる創価学会。集め
た金の使途については、一貫して非公開とされている。巨額の金は、いったい何に使われ
ているのだろうか?



お知らせ

 「日蓮と念仏」「日蓮と禅」を取り上げたからには、次は「日蓮と真言」ではないかと
予想しておられた方もいらっしゃることと思います。私もそのつもりでいました。

 しかし、残念なことに急に何かと忙しくなり、これまでのような形でブログの更新を続
けることが難しくなりました。

 去年のように、長期間更新を滞らせることは避けたいので、来週以降、当面は以前別の
ところに書き込んだ、短めの文章を再掲する予定です。悪しからずご了承ください。

2018年8月19日日曜日

日蓮と禅③

 ※ 今回は日蓮遺文に加えて、道元の著述も引用する。

4.道元と曹洞宗

 曹洞宗を日本に伝えた道元は、日蓮と生きていた時代が重なっており、執権・北条時頼
に招かれて一時期、鎌倉に滞在したこともある。

 その頃の日蓮は比叡山等に遊学していたので、二人が顔を合わせることはなかった。そ
のためか、日蓮の遺文には、道元について言及した箇所はない。

 直接の関わりがなかったとはいえ、道元と日蓮には共通点もある。二人とも比叡山で修
行した時期があること、法華経を重視したことなどである。道元は法華経について、以下
のように述べている。


>  法華経は、諸仏如来一大事の因縁なり。大師釈尊所説の諸経のなかには、法華経こ
> れ大王なり、大師なり。餘経・餘法は、みなこれ法華経の臣民なり、眷属なり。法華
> 経中の所説これまことなり、餘経中の所説みな方便を帯せり、ほとけの本意にあらず。
> 餘経中の説をきたして法華に比校したてまつらん、これ逆なるべし。法華の功徳力を
> かうぶらざれば餘経あるべからず、餘経はみな法華に帰投したてつまらんことをまつ
> なり。
 (岩波文庫『正法眼蔵(四)』より引用)


 日蓮が書いたと言われても違和感がない程に、法華経を賛美した文章である。
 だが、道元と日蓮とでは、法華経の教えの実践においては違いがあった。

 先に述べたとおり、道元は北条時頼の招きで鎌倉に滞在したことがあった。その際、時
頼は領地の寄進や寺院の建立を打診したらしいが、道元は固辞して永平寺に帰ったという。

 道元の言行を弟子たちがまとめた『永平広録』には、道元が仏道修行の在り方について
「聚落を経歴せず、国王に親近せず、山に入りて道を求むるなり」と述べたとある。

 法華経の安楽行品には「菩薩・摩訶薩は、国王・王子・大臣・官長に親近せざれ」「常
に坐禅を好み、閑(しずか)なる処に在りて、その心を摂(おさ)むることを修え」との
記述がある。

 道元は、北条時頼からの教えを説いてほしいとの要請には応えたが、必要以上に権力と
関わりを持とうとはしなかった。
 道元の行動や弟子たちへの指導は、法華経の教えを踏まえたものだったのである。

 それに対して、日蓮はどうだっただろうか。
 日蓮は文永5年(1268年)に蒙古からの使者が到来したことを、『立正安国論』での予
言が的中したものと考え、次のようなことを述べている。


>  去ぬる文永五年後の正月十八日、西戎大蒙古国より日本国ををそうべきよし牒状を
> わたす。日蓮が去ぬる文応元年に勘へたりし立正安国論すこしもたがわず符合しぬ。
> 此の書は白楽天が楽府にも越へ、仏の未来記にもをとらず、末代の不思議なに事かこ
> れにすぎん。賢王聖主の御世ならば、日本第一の権状にもをこなわれ、現身に大師号
> もあるべし。定んで御たずねありて、いくさの僉議をもいゐあわせ、調伏なんども申
> しつけられぬらんとをもひしに、其の義なかりしかば、其の年の末十月に十一通の状
> をかきてかたがたへをどろかし申す。
 (『種々御振舞御書』〔真蹟 身延曾存〕より引用)


 日蓮は、自身の予言的中について「仏の未来記にも劣らず」と自賛し、「賢王聖主の御
世ならば、日本第一と顕彰され、存命中に大師号が贈られてもいいほどだ」と自負し、さ
らに「戦の詮議に参加したり、敵国調伏の祈祷を申し付けられてもいいはずだと思った」
と述べている。

 日蓮の言葉からは、権力に近づくことを躊躇する姿勢は読み取れない。
 この点に関していえば、日蓮よりも道元の方がはるかに法華経の教えに忠実である。

 日蓮は、佐渡島への流罪から許されて、鎌倉に戻った後、三度目の諌暁を幕府に対して
行い、その後は身延に隠棲した。

 だから、日蓮については、まだ擁護の余地はあるともいえる。
 しかし、公明党から大臣が出ている事実がある以上、その公明党と事実上、一体の組織
である創価学会が、法華経の教えに違背していることは明白である。

 創価学会は「広宣流布」を目指しているそうだが、この言葉は法華経の薬王菩薩本事品
に由来するものである。

 法華経に何が書いてあるかも知らず、権力を私物化することばかり考えている創価学会
員に、法華経の教えを広宣流布できる道理など、あろうはずがない。

 話が脇へそれてしまったが、曹洞宗は現在も法華経を読誦し、「南無釈迦牟尼仏」と唱
える宗派である(以前も述べたが、法華経には「南無釈迦牟尼仏」という言葉はあるが、
「南無妙法蓮華経」という記述はない)。

 日蓮が禅宗を批判した理由の一つは、法華経を軽視しているからというものだったが、
これは曹洞宗にはまったく当てはまらないと思う(日蓮は曹洞宗のことを知らなかったよ
うだから、これは仕方ないことではあるが)。

 創価学会員には「唯一の正しい仏法」を僭称し、伝統仏教など頭からバカにしている者
が多いが、他の宗教について知ろうともせず否定してかかる姿勢は、増上慢としか言いよ
うがない。

 創価学会の強引かつ悪質な布教活動のせいで、法華経にまで悪いイメージを持っている
日本人は少なくないのだ。

 法華経の教えが広宣流布することを妨げる存在を「魔」というのであれば、創価学会こ
そが魔であろう。



補足 「曹洞宗」という呼称について

 本文中で「曹洞宗」という呼び名を用いたが、道元自身は「曹洞宗」とか「禅宗」とい
う言い方を否定している。

 しかし、道元の死後、弟子たちが「曹洞宗」を称するようになった。宗派の存続のため
には、やむを得なかったのであろう。

2018年8月12日日曜日

日蓮と禅②

 ※ 今回も日蓮遺文に加えて、栄西の『興禅護国論』を引用する。

2.蘭渓道隆について

 蘭渓道隆は、寛元4年(1246年)に南宋から渡来した臨済宗楊岐派の僧である。その後、
当時の鎌倉幕府執権・北条時頼の招きにより、建長寺の開山となった。

 文永5年(1268年)、蒙古からの使者が来日し通好を求めると、日蓮はこれを『立正安
国論』の予言が的中したものと考え、北条時宗や鎌倉の有力寺院に手紙を送った。建長寺
の蘭渓道隆に送ったとされる書状の一部を引く。


>  夫れ仏閣軒を並べ法門屋に拒る仏法の繁栄は身毒支那に超過し僧宝の形儀は六通の
> 羅漢の如し、然りと雖も一代諸経に於て未だ勝劣・浅深を知らず併がら禽獣に同じ忽
> ち三徳の釈迦如来を抛つて、他方の仏・菩薩を信ず是豈逆路伽耶陀の者に非ずや、念
> 仏は無間地獄の業・禅宗は天魔の所為・真言は亡国の悪法・律宗は国賊の妄説と云云、
> 爰に日蓮去ぬる文応元年の比勘えたるの書を立正安国論と名け宿屋入道を以て故最明
> 寺殿に奉りぬ、此の書の所詮は念仏・真言・禅・律等の悪法を信ずる故に天下に災難
> 頻りに起り剰え他国より此の国責めらる可きの由之を勘えたり、然るに去ぬる正月十
> 八日牒状到来すと日蓮が勘えたる所に少しも違わず普合せしむ
 (『建長寺道隆への御状』より引用)


〈大意〉
 寺院は軒を連ね、仏法はインド・中国に負けないほど反映し、僧侶の行儀は六神通力を
備えた阿羅漢の如きである。しかしながら釈尊一代の諸経の優劣を知らない。禽獣と同じ
ように主・師・親の三徳を備えた釈迦如来をなげうって、他方の仏・菩薩を信じているの
は、世間に背く外道と何ら変わらないのではないか。念仏は無間地獄の業、禅宗は天魔の
所為、真言は亡国の悪法、律宗は国賊の妄説である。
 日蓮は文応元年(1260年)ころ考えた書を『立正安国論』と名づけ、宿屋入道を通して
故最明寺殿(北条時頼)に奉った。この書は、念仏・真言・禅・律等の悪法を信ずる故に
天下に災難がしきりに起こり、あまつさえ外国からこの国が攻められるであろうことの理
由を考えたものである。しかるに去る正月18日、蒙古からの牒状が到来した。日蓮が考え
たことと少しも違わず符合している。

 道隆がこの手紙を読んで、どのように対応したかは定かではない。後で述べるように、
日蓮が本当にこの文面の手紙を送ったかも断定できない。

 道隆は一人で来日したのではなく、少なからぬ宋人を伴ってきており、彼らも建長寺に
住まったので、その雰囲気は異国的なものだったらしい。

 元寇という未曾有の国難もあって、道隆は元のスパイなのではないかと疑われ、一時期
甲斐に流されたが、疑いが晴れた後、建長寺に戻りそこで没した。

 荼毘に付された道隆が舎利を残したと身延山で伝え聞いた日蓮は、本当の舎利ならば金
剛の金づちでも砕けないはずなので、「一くだきして見よかし、あらやすし、あらやすし」
と弟子への手紙で述べている(『弥源太入道殿御消息』。

 ※ 「舎利」とは本来、釈尊の遺骨のことであるが、当時は徳の高い僧も死後、舎利を
  残すと信じられていた。

 また、同じ手紙で、道隆が「弘通するところの説法は共に本権教より起りて候しを、今
は教外別伝と申して物にくるひて我と外道の法と云うか」などと悪しざまに言ってもいる。

 ただし、上に挙げた遺文は両方とも真蹟・古写本ともに現存しない。つまり、偽書であ
る可能性も排除できない。

 特に『建長寺道隆への御状』に、『立正安国論』で「念仏・真言・禅・律等の悪法を信
ずる故に天下に災難頻りに起り」と書かれているのは不審である(『立正安国論』には念
仏への批判は書かれているが、真言・禅・律には触れられていない)。

 蘭渓道隆は鎌倉幕府から帰依を受け、高僧として尊敬されていた。仏法の上で正しいの
は己ひとりだと自負していた日蓮にとっては、それが気に入らなかったのであろう。

 上記引用の通りの手紙を送りつけたとは言い切れないが、挑発的言動を繰り返すことに
よって、道隆との公の場での法論に持ちこもうとしていたのは確かである。

 日蓮の過激な言動に憤った僧侶たちは、「故最明寺入道殿・極楽寺入道殿を無間地獄に
堕ちたりと申し、建長寺・寿福寺・極楽寺・長楽寺・大仏寺等をやきはらへと申し、道隆
上人・良観上人等を頸をはねよと申す。御評定になにとなくとも日蓮が罪禍まぬがれがた
し」と訴えた(『種種御振舞御書』真蹟 身延曾存)。

 ※ 「極楽寺入道殿」とは北条重時のこと。熱心な念仏信者だった。

 評定所に召し出された日蓮は、尋問に対し「上件の事一言もたがはず申す。但し最明寺
殿・極楽寺殿を地獄といふ事はそらごとなり。此の法門は最明寺殿・極楽寺殿御存生の時
より申せし詮ずるところ、上件の事どもは此の国ををもひて申す事なれば、世を安穏にた
もたんとをぼさば、彼の法師ばらを召し合はせてきこしめせ」と答えたという(同上)。

 「彼の法師ばらを召し合はせてきこしめせ」つまり、蘭渓道隆らとの公場対決に持ち込
むことが日蓮の狙いだったわけだが、それは実現しなかった。

 日蓮が禅宗を批判した理由は、「教外別伝」を唱えて経典、特に法華経を軽視している
ところにあったことは、『開目抄』等の真蹟遺文からも明白である。

 「日蓮大聖人直結」を称して、現在も四箇格言に基づいた強引な布教活動を続ける創価
学会だが、はたして彼らに「教外別伝を掲げる禅宗は天魔」などという資格があるのだろ
うか。


3.臨済宗は法華経を否定しているか?

 臨済宗の教義は「不立文字、教外別伝」であり、特定の経典に最高の教えが説かれてい
るという立場を取らない。だが、経典を否定しているわけではない。
 臨済宗を伝えた栄西は、『興禅護国論』において以下のように述べている。


【書き下し文】
>  法華経に云く、「後の悪世に於て乃至、閑処に在つて其の心を修摂し、一切法は空
> なり、如実相なりと観ぜよ、乃至、常に楽(ねご)うて是の如き法相を観じ、安住不
> 動にして須弥山の如くせよ」と。
 (中略)
>  此の四行の文は皆後の末世の時と言ふなり。
>  然れば、即ち般若・法華・涅槃の三経を案ずるに、皆末世の坐禅観行の法要を説く。
> 若し末代に機縁無く可くば、仏は此等を説くべからざるなり。

【現代語訳】
>  法華経にいう、「後の悪世において、この経を説こうというのであれば、閑かなと
> ころにあって心を統一して動揺しないようにし、すべての存在は空であり、如実の相
> であると観ぜよ。またつねにねがってこのようにすべてのありとあらゆる存在の相を
> 観じ、心安らかにして動かないこと須弥山の如くせよ」と。
 (中略)
>  この身・口・意・誓願の四安楽行の文は、いずれも仏が入滅して後の末法の時の世
> にといっている。
>  よって、前引の般若・法華・涅槃の三経を思うに、すべての末法の世の坐禅観行の
> 法要を説かせ給うているのである。もし末代にあって人々の機根に因縁のない教えで
> あるというのであるならば、仏がこれらの教えを説かれるはずはない。
 (古田紹欽著『禅入門1 栄西』より引用)


 栄西は、法華経を根拠として「坐禅は末法にふさわしい法要である」と主張している。
 また、臨済宗中興の祖と呼ばれる白隠も、法華経を読んで大悟したという。

 現在の臨済宗も法事の際には法華経を読経している。「教外別伝」を掲げているからと
言って、法華経を否定しているわけではない。

 もちろん、日蓮と臨済宗の法華経に対する考え方は同じではない。
 だが、現代において、仏法を称しながら法華経をはじめとする経典を否定している教団
があるとすれば、それは創価学会ではないのか。

 創価学会がかつて教義書として出版していた『折伏教典』には、以下の文言がある。


>  しかし、上野殿御返事(御書一五四六ページ)に「今末法に入りぬれば余経も法華
> 経もせんなし、但南無妙法蓮華経なるべし」と仰せのように、釈尊出世の本懐である
> 法華経でさえも、末法の今日にはまったく力がなく、三大秘法の御本尊を受持するよ
> りほかに、幸せになる道はないのである。
 (『折伏教典』改訂29版〔昭和43年発行〕より引用)


 現在の創価学会も、以下のように主張している。


>  日蓮大聖人は、釈尊の法華経28品、天台大師が説いた『摩訶止観』、大聖人御自身
> の南無妙法蓮華経を、いずれも成仏の根本法を示すものであると捉えられています。
>  戸田先生は、それぞれ、釈尊の法華経28品を「正法時代の法華経」、『摩訶止観』
> を「像法時代の法華経」、南無妙法蓮華経を「末法の法華経」と位置づけて、「三種
> の法華経」と呼んでいました。
 (創価学会教学部編『教学入門』より引用)


 法華経には、仏像を拝めば仏道を成じる、修行すれば来世に阿弥陀仏の浄土に生れる、
といった記述がある。そして創価学会は、こうした教えを否定している。

 戸田城聖は、日蓮が『上野殿御返事』で「今末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし、
但南無妙法蓮華経なるべし」と述べていることに基づき、それを正当化した。

 だが、日蓮は以下のようにも述べているのである。
 「善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし」(『開目抄』)

 日蓮の主張には矛盾があるようにも見えるが、どう判断すべきだろうか。
 『開目抄』は真蹟曾存で、しかも三大部として古来重視されてきた。
 『上野殿御返事』の真蹟は現存しないが、日興写本が残っている。

 私には、日蓮の真意がどこにあるかを論じるだけの見識はないが、法華経の教えを否定
する宗教が邪教であるというならば、創価学会こそがそう呼ばれるべきであろう。

2018年8月5日日曜日

日蓮と禅①

 ※ 今回は日蓮遺文に加えて、栄西の『興禅護国論』、道元の『正法眼蔵』も引用する。

 日蓮は、禅宗を「天魔の所為」と非難した。彼が名指しで非難している禅僧としては、
大日房能忍と蘭渓道隆が挙げられるが、様々な理由から、この両者を一括りにして論じる
訳にはいかない。今回は、大日房能忍について論じたい。

1.大日房能忍について

 大日房能忍は、達磨宗と称する一派を立てた僧である。達磨宗が廃れたこともあって、
その事績については不明な点が多く、生没年すら不詳であるが、日蓮よりも数十年ほど前、
法然と同時代に活躍したのは確かなようである。


>  然るに後鳥羽院の御宇・建仁年中に法然・大日とて二人の増上慢の者有り悪鬼其の
> 身に入つて国中の上下を誑惑し代を挙げて念仏者と成り人毎に禅宗に趣く、存の外に
> 山門の御帰依浅薄なり国中の法華真言の学者棄て置かれ了んぬ、故に叡山守護の天照
> 太神・正八幡宮・山王七社・国中守護の諸大善神法味を飱わずして威光を失い国土を
> 捨て去り了んぬ、悪鬼便りを得て災難を致し結句他国より此の国を破る可き先相勘う
> る所なり
 (『安国論御勘由来』〔真蹟 中山法華経寺〕より引用)


>  建仁年中に、法然・大日の二人出来して、念仏宗・禅宗を興行す。法然云はく「法
> 華経は末法に入っては、未有一人得者・千中無一」等云云。大日云はく「教外別伝」
> 等云云。此の両義、国土に充満せり。天台・真言の学者等、念仏・禅の檀那をへつら
> いをそるる事、犬の主にををふり、ねづみの猫ををそるるがごとし。国王、将軍にみ
> やつかひ、破仏法の因縁、破国の因縁を能く説き能くかたるなり。
 (『開目抄』〔真蹟 身延曾存〕より引用)


 日蓮は、法然と能忍を「二人の増上慢の者」として、一緒に批判している。日蓮が存命
中の頃は、法然と能忍の影響が双方とも大きく残っており、日蓮は両者を正法である法華
経の敵として論難したのであろう。

 法然が開いた浄土宗は現在も残っており、また法然の弟子・親鸞が開いた浄土真宗、法
然の孫弟子のさらに弟子にあたる一遍が開いた時宗も、現在に伝わっている。

 だから日蓮が法然を非難したことに基づいて、創価学会員や日蓮正宗の法華講員が、浄
土系伝統宗派を批判することは、まったく故なきことではない(私としては前々回前回
述べたとおり、日蓮の主張には賛成できないが)。

 だが、先に述べたとおり、大日房能忍が開いた達磨宗は現存しない。日蓮が能忍の宗旨
を天魔呼ばわりしたからといって、それをそのまま現存する禅宗である臨済宗・曹洞宗へ
適用するのは無理筋というものである。

 なぜなら、臨済宗・曹洞宗とも法華経を重視する宗派だし、しかも、その祖師である栄
西・道元ともに、能忍に対しては批判的だったからである。
 栄西は主著『興禅護国論』で、達磨宗について以下のような批判を加えている。


【書き下し文】
>  問うて曰く、「或人、妄りに禅宗を称して名づけて達磨宗と曰ふ。而して自ら云ふ、
> 無行無修、本より煩悩無く、元より是れ菩提、是の故に事戒を用ひず、事行を用ひず、
> 只応に偃臥を用ふべし。何ぞ念仏を修し、舎利に供し、長斎節食することを労せんや、
> と云云。是の義は如何」。
>  答へて曰く、「其の人は悪として造らざること無きの類なり。聖教の中、空見と言
> ふ者の如き是れなり。此の人と共に語り同座すべからず。応に百由旬を避くべし。
 (中略)
>  是れ即ち淮北河北に昔、狂人有りて、僅に禅法の殊勝なるを聞くを、其の作法を知
> らず、只自恣に坐禅して事理の行を廃し、以て邪見の網に繫るの人なり。此の人を号
> し悪取空の師と為す。是は仏法中の死屍なり。
>  宗鏡録に一百二十見を破する中に云く、「或いは無礙に傚ひて修行を放捨し、或い
> は結使随つて本性空なるを恃む。並に是れ宗に迷ひ旨を失ひ、湛に背き真に乖き、氷
> を敲いて火を索め、木に縁つて以て魚を求むる者なり」と。
>  此は即ち無行の人を悪むなり。況や禅戒を捐て真智を非とするの人をや。

【現代語訳】
>  問うていう、「ある人が妄りに禅宗を称し名づけて達磨宗という。そうしてその者
> は自らいうのに、この宗は仏行をなすことも学修をなすこともせず、もとより煩悩は
> なく、もともと菩提を得ているものである、であるから行動をいましめる制戒を用い
> ることがなく、なさなくてはならぬ行為をなすことがなく、ただ身を横たえて眠って
> いればよい。どうして念仏を修したり、仏舎利の供養をしたり、長く持斎をし、食量
> を節することにつとめたりしようか云云。
>  答えていう、「その人は悪として造らざることのない類のものである。聖教のうち
> に空見にとらわれたものといっているものの如きがこれである。このようなことをい
> うものと共に語り、共に座すべきではない。まさに百由旬も間を隔て避けるべきであ
> る。
 (中略)
>  これすなわち河南、河北に昔、無知のものがあり、わずかばかりの禅法の殊勝なこ
> とを聞くには聞いたが、その修行の教えを知らず、ただ勝手に坐禅し、事としてのあ
> るいは理としての修行をすることがなかった。このものはもって邪見の網にひっかか
> った人である。この人を名づけて悪取空の邪師となすのである。このような人は死屍
> でしかなく、正法海にとどめるべきものではない。
>  宗鏡録に百二十種の見解を破している文のうちにいう、「あるいは無礙自在という
> ことにならって修行を投げやりにし、あるいは煩悩をそのままに認めてそれで本来空
> といったりする。これらすべて根本の教えに迷い、教えの旨を失い、心に安らかな落
> ちつきを得ず、真実にそむき、あたかもそのしていることは、氷をたたいて火をもと
> め、木にのぼって魚をもとめるような愚かしいことである」と。
>  このようにいっていることの意味は、すなわち修行をゆるがせにする人をにくむこ
> とであり、まして禅戒をすてて守らず、真実の智恵を非とする人においてをやである。
 (古田紹欽著『禅入門1 栄西』より引用)


 栄西の記述を信じるならば、達磨宗は書物で得た禅の知識と、当時、比叡山にはびこっ
ていた本覚思想――人は誰しも仏性を備えており、元から悟っているのだから、修行した
り戒律を守ったりする必要などないという思想――を混ぜこぜにしたようなものだったよ
うである。

 本格的な禅を日本に導入することを志していた栄西にとって、このような堕落した宗旨
は、許すことのできないものだったのであろう。

 道元も達磨宗を批判しているが、栄西のような歯に衣を着せない激しいものではなく、
間接的なものである。道元の主張を理解するには、まずその背景を知る必要がある。

 大日房能忍については、ウィキペディアにも記事があるので、まずそれをご覧いただき
たい。


>  能忍の禅は独修によるものであり嗣法(禅宗での法統を受けること)すべき師僧を
> 持たなかった。この事は釈尊以来の嗣法を重視する禅宗においては極めて異例であり、
> 能忍の禅が紛い物であるとする非難や中傷に悩まされた。このため文治5年(1189年)、
> 練中、勝弁の二人の弟子を宋に派遣し阿育王寺の拙庵徳光に自分の禅行が誤っていな
> いか文書で問いあわせた。徳光は禅門未開の地で独修した能忍の努力に同情し、練中
> らに達磨像、自讃頂相などを与え印可の証とした。これを根拠に能忍の教えは臨済宗
> 大慧派に連なる正統な禅と認められ名望は一気に高まった。


 能忍亡き後、その弟子の多くは曹洞宗を伝えた道元に入門した。曹洞宗第二祖・孤雲懐
奘も道元門下になる前は達磨宗の僧侶だった。

 先に引用したウィキペディアの記事に、能忍が弟子を宋に派遣し、拙庵徳光から印可の
証を授けられたとあるが、それを踏まえて以下をお読みいただきたい。


>  某甲そのかみ径山に掛錫するに、光仏照そのときの粥飯頭なりき。上堂していはく、
> 「仏法禅道かならずしも他人の言句をもとむべからず。たゞ各自理会」。かくのごと
> くいひて、僧堂裏都不管なりき。雲来兄弟也都不管なり。祇管与官客相見追尋《祇管
> に官客と相見追尋》するのみなり。仏照、ことに仏法の機関をしらず。ひとへに貪名
> 愛利のみなり。仏法もし各自理会ならば、いかでか尋師訪道の老古錘あらん。真箇是
> 光仏照、不曾参禅也《真箇是れ光仏照、曾て参禅せざるなり》。
 (岩波文庫『正法眼蔵(一)』より引用)

 ※ 文中の「光仏照」とは、拙庵徳光のことである。

〈大意〉
 私がかつて径山に錫杖を掛け(雲水として仏道修行のために一時的に逗留し)た時、拙
庵徳光が住持職だった。彼が上堂していうには「仏法禅道には必ずしも他人の言葉を求め
る必要はない。ただ各自で理解すればよい」このように言って、坐禅修行の場である僧堂
のことには一切関与しない。雲水たちとも関わりを持たない。ひたすら官吏の客の相手ば
かりする。拙庵徳光は仏法において大切なことを知らない。ひたすらに功名心と利を求め
るばかりである。仏法がもし各自で理解すればよいものなら、すぐれた師を尋ねる必要が
あるだろうか。拙庵徳光はかつて参禅したことがないのだ。


 この一節は道元が宋で修行した折に、師であった如浄から聞かされた言葉である。如浄
がこの言葉を述べた時、その場には拙庵徳光の弟子も多くいたが、恨むものはいなかった
という。

 道元がこの文章を書いた時期は、達磨宗の僧たちが多く入門してきたしばらく後のこと
である。

 道元が言わんとするところは、「拙庵徳光は坐禅もしないし、仏法などわかっていない
人物だった。その拙庵徳光から印可を受けた大日房能忍の禅も正統な禅ではない。自分が
如浄から学び伝えた禅こそが正統なのだ」ということなのである。

 本稿で述べた事情を踏まえずに、日蓮の禅批判を単純に臨済宗や曹洞宗に適用すること
は、例えていうなら、「顕正会はいかがわしい本尊を拝んでいるくせに、他人の迷惑にな
る強引な折伏をしてけしからん。従って創価学会は邪教である」というようなものである。

 以上をお読みいただければ、日蓮が大日房能忍を批判しているからと言って、その批判
を他の禅宗の宗派にそのまま当てはまることは不適切であることを、お分かりいただける
ことと思う。

 ただ、日蓮が批判する「教外別伝」については、臨済宗の教義でもあるし、日蓮が批判
したもう一人の禅僧・蘭渓道隆は、その臨済宗の僧侶だった。こうした点については、次
回に論じたい。

2018年7月29日日曜日

日蓮と念仏②

 ※ 今回は日蓮遺文だけでなく、法然の『選択本願念仏集』等も引用する。

2.法然の独創、日蓮の模倣

 歴史学者・家永三郎氏は「親鸞と日蓮」と題した小論で、法然・親鸞と比較した上で、
日蓮について以下のような評価を下している。


>  日蓮もまた、親鸞と同様に東国でその新しい宗教を創造した。しかし、あえて率直
> に私見を言わせてもらうが、日蓮は、法然や親鸞のようにきっぱりと古い仏教の因襲
> のキズナを断ち切ろうとしなかったし、人間本質の自省においても、親鸞ほどの深刻
> さを欠いていた。何よりもその宗教が、法然の浄土教との対抗意識に駆られての所産
> であったから。法然・親鸞に見られない積極的・戦闘的態度などにおいて、独自の特
> 色を発揮しているとはいうものの、大局的にみて二番せんじのうらみを免れるもので
> ない。
 (日本古典文学大系『親鸞集 日蓮集』より引用)


 「古い仏教の因襲のキズナを断ち切ろうとしなかった」というのは、日蓮が「五時八教
の教判」等の天台教学をそのまま踏襲したことを指すと思われる。

 だが、家永氏は日蓮のどこが二番煎じであったのか、この小論で具体的に指摘している
わけではない。

 家永氏が日蓮を二番煎じ呼ばわりした理由を知るためには、日蓮が対抗意識に駆られた
という、法然の独創性を理解する必要がある。

 歴史の授業で、鎌倉新仏教について習ったことを覚えておいでの方も多いことと思う。
法然はその鎌倉新仏教の嚆矢とされているが、法然の主張のどこが新しかったのだろうか。

 法然が「南無阿弥陀仏」と唱えると救われるという念仏信仰を説いたことは、ほとんど
の方がご存知であろうが、念仏は別に法然が始めた訳ではない。
 また、本来、念仏というのは「南無阿弥陀仏」を唱えることだけをいうのではない。

 単に「南無阿弥陀仏」を唱えることを称名念仏というが、それ以外にも阿弥陀仏像の周
りを歩きながら仏を念じる修行や、極楽浄土と阿弥陀如来の姿を心に念じる観想念仏など、
念仏に含まれる仏道修行はいくつもあった。

 観想念仏の修行法を説いた経典が『観無量寿経』だが、現在のような視覚的イメージを
喚起する映像技術などない時代に、経典の文言だけによって極楽浄土の姿を想いうかべる
のは困難だったはずである。

 それ故に極楽浄土に似せた寺院まで作られた。十円青銅貨の表に刻まれている平等院鳳
凰堂がそれである。

 念仏の修行法としては、観想念仏こそが優れた方法であり、称名念仏は「劣機のための
劣行」としか見なされていなかった。「劣機」とは機根――悟りを開く資質――に劣る者
を意味する。称名念仏は、救いに遠い者のための劣った修行法でしかなかったのである。

 法然の革新性は、その称名念仏を「極善最上の法」と言い切ったところにある。法然の
主要な主張は『選択本願念仏集』にまとめられているので、当該部分を引用する。


>  故に極悪最下の人の為に極善最上の法を説く所、例せば彼の無明淵源の病は、中道
> 府蔵の薬に非ざれば、すなわち治すること能わざるがごとし。今この五逆は重病の淵
> 源なり。またこの念仏は、霊薬府蔵なり。この薬に非ざれば、何ぞこの病を治せん。


 ここでいう「極悪最下の人」とは五逆――父母を殺すことなど、仏教で最も重い罪とさ
れる五つの悪行――を犯した人のことである。念仏はそのような極悪人でも救う「霊薬」
だというのである。

 法然はこの記述の次の章で、『観無量寿経』が説く観想念仏について触れた上で「念仏
とは、専ら弥陀仏の名を称するこれなり」とし、称名念仏こそが本来あるべき念仏である
としている。

 『選択本願念仏集』には、称名念仏の一行を選び取る理由として、「仏像を作ったり、
智慧に優れていたり、厳しい戒律を守ったりしなければ救われないというのであれば、貧
しい者、愚かな者、戒律を守れない者は救いの望みを絶たれることになる。それは一切衆
生を平等に救済しようという、阿弥陀如来の慈悲に反する。誰にでもできる称名念仏こそ
が、阿弥陀如来の本願である」との趣旨が述べられている(原文は補足1で引用)。

 日蓮は『守護国家論』の中で、「中昔邪智の上人有りて末代の愚人の為に一切の宗義を
破して選択集一巻を造る」と述べているが、それはこの一節を踏まえての記述であろう。

 『選択本願念仏集』は法然の死後、弟子たちによって出版された。その結果、多くの批
判がなされることとなった。

 修行して悟りを得ようとする本来の仏教を軽視するものだというものや、念仏の修行は
『観無量寿経』が説くとおり観想念仏を重視すべきだというものが、批判の主なものだっ
た。

 また、どんな悪人であっても救われるという教えをいいことに悪事を働く者も現れた。
法然はそれを懸念していたからこそ、『選択本願念仏集』の末尾を以下の言葉で締めくく
っていたのであるが。


>  庶幾(こいねが)わくは一たび高覧を経てのち、壁底に埋めて窓前に遺すこと莫れ。
> 恐らくは破法の人をして、悪道に堕せしめんことを。

 ※ 『選択本願念仏集』は、前関白・九条兼実の要請により執筆された。この言葉は九
  条公に宛てたものだったのだろうが、法然の弟子たちは、師が没するとすぐに出版に
  踏み切り、前述のように批判を招くことになった。


 念仏のせいで世が乱れているという日蓮の指摘は、まったく根拠がなかったとは言えな
いのである。

 念仏者の狼藉が、ある種の社会問題になっていたことを日蓮は指摘しており、『撰時抄』
などには、当時、寺院に寄進されていた荘園を奪い取り、念仏堂に寄進する者が後を絶た
なかったとの記述がある(当該の記述は補足2で引用)。

 鎌倉時代当時、大寺院は広大な寺領を有する荘園領主であり、僧侶はその統治者だった。
漢文で書かれた経典を読みこなすなどの高度な識字能力を備え、厳しい修行を実践し、そ
の他にも様々な専門技能――医療や建築など――を有する僧侶の社会的地位は現在よりも
ずっと高かった。

 要するに「お坊さんはエラい。だから支配者になる資格がある」と、思われていたので
ある。

 だが法然は、誰にでも実践できる称名念仏を「極善最上の法」とした。そうなると、難
しい修行をする僧侶が「エラい」とは言えなくなってしまう。

 この権威破壊性が、新興の武士階級にとって都合がよかったのであろう。日本の中世は、
武士階級が貴族や寺院等の旧勢力の荘園を蚕食する過程でもあった。念仏信仰の隆盛は、
そうした傾向と軌を一にする面もあったのである。

 「念仏信仰の流行が世を乱している」という日蓮の指摘は、一面で的を得ていた。だが
その理由は、日蓮が主張するように「念仏を唱えることが正法である法華経を誹謗するこ
とになるから」ではない。繰返しになるが、称名念仏の易行性には、僧侶や寺院の権威を
否定する面があったからである。

 そして日蓮は、称名念仏の易行性をそのまま模倣した。
 『観心本尊抄』の末尾には、こう書かれている。


>  一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を裹み、末代幼稚
> の頸に懸けさしめたまふ。

 ※ 「五字」とは無論「妙法蓮華経」のことである。


 「南無妙法蓮華経」を唱えることは、称名念仏と同じく誰にでもできる。日蓮没後に増
えたその教えを奉じる人々が法華一揆を引き起し、一向一揆と同様の社会的混乱をもたら
したのは当然の成り行きだった。

 法然や日蓮をどう評価するかは、人によって違うであろう。誰にでも実践できる平易な
教えを説き、宗教的救済を万人に開かれたものとし、貧しく虐げられていた人々の結束を
促したと肯定的に評価することもできるし、仏教を堕落させ、社会秩序を乱したという批
判的な評価もあるだろう。

 だが、誰でも実践できる易行をもって「極善最上の法」とする革新性・独創性は、法然
一人に帰せられるものである。

 そして、現在もその教えを奉じると称する連中――創価学会や顕正会――が社会を乱し
ているのは、日本の伝統宗派の祖師の中では日蓮だけである(この点については、戸田城
聖や池田大作のようなエセ宗教家の責任が大きく、日蓮はその教えを悪用された面もある
が、日蓮の思想が本来的に独善性・戦闘性を内包していたことは否定できない)。

 さて、日蓮の教えは法然の模倣に留まるものではなかった。その点も指摘しなければ不
公平だろう。

 法然は現世利益については否定的で、「神仏に祈って病気が治るのならば、誰か病気で
死ぬ人がいるだろうか」と述べている。


>  又宿業かぎりありて、うくべからん病は、いかなるもろもろのほとけかみにいのる
> とも、それによるまじき事也。いのるによりて病もやみ、いのちものぶる事あらば、
> たれかは一人として病み死ぬる人あらん。
 (『浄土宗略抄』より引用)


 それに対して日蓮は、現世利益肯定派である。前回も引用した元念仏信者・南条兵衛七
郎に宛てた手紙で、「法華経は念仏と違って今生の祈りともなる」と述べている(原文は
補足3で引用)。

 ※ もっと端的に「南無妙法蓮華経は師子吼の如し。いかなる病さはりをなすべきや」
  と述べている遺文もある(『経王殿御返事』)。この遺文は「日蓮がたましひをすみ
  にそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ」の一文でも知られているが、真蹟・古写
  本ともに現存していない。

 私個人の考え方は法然に近いが、効果的な医療が存在しなかった鎌倉時代の人々が、日
蓮の教えに惹かれたのは自然なことだったとも思う。

 また「病は気から」ということもあるので、適切な医療を受けた上で信仰を心の支えに
するのは、現在でも悪いことではないだろう。

 だが、「科学的な根拠がない」と言って他の宗教を批判しながら、「護符」のようなイ
ンチキなマジナイや、「仏敵撲滅唱題」を行ってきた創価学会に弁護の余地はない。彼ら
と比べれば、鎌倉時代の法然の方がまだずっと合理的である。

 これは蛇足かも知れないが、日蓮が61歳で没したのに対し、法然は78歳、その弟子の親
鸞は90歳まで生きた。題目の方が念仏よりも優れていると主張したい方には、この史実も
ご一考いただきたいものである。



補足1

>  もしそれ造像起塔を以て、本願としたまわば、すなわち貧窮困乏の類は定んで往生
> の望を絶たん。然るに富貴の者は少なく、貧賤の者ははなはだ多し。もし智慧高才を
> 以て本願としたまわば、愚鈍下智の者は定んで往生の望を絶たん。然るに智慧ある者
> は少なく、愚癡なる者ははなはだ多し。もし多聞多見を以て本願としたまわば、少聞
> 少見の輩は定んで往生の望を絶たん。然るに多聞の者は少なく、少聞の者ははなはだ
> 多し。もし持戒持律を以て本願としたまわば、破戒無戒の人は定んで往生の望を絶た
> ん。然るに持戒の者は少なく、破戒の者ははなはだ多し。自余の諸行これに准じてま
> さに知るべし。まさに知るべし、上の諸行等を以て本願としたまわば、往生を得る者
> は少なく、往生せざる者は多からん。然ればすなわち弥陀如来、法蔵比丘の昔、平等
> の慈悲に催され、普く一切を摂せんが為に、造像起塔等の諸行を以て、往生の本願と
> したまわず。ただ称名念仏の一行を 以て、その本願としたまえる。
 (『選択本願念仏集』第三章段より引用)

 ※ 『選択本願念仏集』は浄土宗のサイトで全文を閲覧可能。
   ちなみに「選択」は浄土宗では「せんちゃく」、浄土真宗では「せんぢゃく」と読
  む慣例となっている。


補足2

>  日本国の法然が料簡して云はく、今日本国に流布する法華経・華厳経並びに大日経・
> 諸の小乗経、天台・真言・律等の諸宗は、大集経の記文の正像二千年の白法なり。末
> 法に入っては彼等の白法は皆滅尽すべし。設ひ行ずる人ありとも一人も生死をはなる
> べからず。十住毘婆沙論と曇鸞法師の難行道、道綽の未有一人得者、善導の千中無一
> これなり。彼等の白法隠没の次には浄土の三部経・弥陀称名の一行計り大白法として
> 出現すべし。此を行ぜん人々はいかなる悪人愚人なりとも、十即十生・百即百生、唯
> 浄土の一門のみ有って通入すべき路なりとはこれなり。されば後世を願はん人々は叡
> 山・東寺・園城・七大寺等の日本一州の諸寺諸山の御帰依をとどめて、彼の寺山によ
> せをける田畠郡郷を奪いとて念仏堂につけば、決定往生南無阿弥陀仏とすすめければ、
> 我が朝一同に其の義になりて今に五十余年なり。
(『撰時抄』より引用)


 法然の説いた易行で救われるという信仰には、結果として既存の寺院・僧侶の権威を否
定する面があったことは、本文で述べたとおりである。

 だが、「大寺院の寺領を奪って念仏堂に寄進すれば、『決定往生南無阿弥陀仏』と法然
が勧めた」などという史実はなく、この一節は日蓮による誹謗中傷であるが、法然の意図
に反して念仏信仰を寺領侵略の正当化に用いる輩は、実際にいたのであろうと思われる。


補足3

>  もしさきにたたせ給はば、梵天・帝釈・四大天王・閻魔大王等にも申させ給ふべし。
> 日本第一の法華経の行者日蓮房の弟子なりとなのらせ給へ。よもはうしんなき事は候
> はじ。但一度は念仏、一度は法華経となへつ、二心ましまし、人の聞にはばかりなん
> どだにも候はば、よも日蓮が弟子と申すとも御用ゐ候はじ。後にうらみさせ給ふな。
> 但し又法華経は今生のいのりとも成り候なれば、もしやとしていきさせ給ひ候はば、
> あはれとくとく見参して、みづから申しひらかばや。
(『南条兵衛七郎殿御書』より引用)

2018年7月22日日曜日

日蓮と念仏①

 ※ 今回は日蓮遺文だけでなく、親鸞の『教行信証』も引用する。

1.念仏批判の根拠

 「南無阿弥陀仏」という念仏を唱える浄土系宗派の檀信徒は、日本の伝統宗派の中でも
最も多く、創価学会員から折伏を受けた際に「念仏無間」と言われて、宗教的感情を害さ
れた経験をお持ちの方も多いことと思う(伝統宗派の中では浄土真宗が最大である)。

 実際、学会員の中には、念仏を一度でも唱えると地獄に堕ちると思い込んでいる者も少
なくない。
 だが、実は日蓮遺文には、若かりし頃の日蓮も念仏を唱えていたとの記述もある。


>  日蓮も過去の種子已に謗法の者なれば今生に念仏者にて数年が間法華経の行者を見
> ては未有一人得者千中無一等と笑しなり今謗法の酔さめて見れば酒に酔る者父母を打
> て悦しが酔さめて後歎しが如し歎けども甲斐なし此罪消がたし、何に況や過去の謗法
> の心中にそみけんをや
 (『佐渡御書』より引用)


>  而るに日蓮は日本国安房の国と申す国に生れて候しが、民の家より出でて頭をそり
> 袈裟をきたり、此の度いかにもして仏種をもうへ生死を離るる身とならんと思いて候
> し程に、皆人の願わせ給う事なれば阿弥陀仏をたのみ奉り幼少より名号を唱え候し程
> に、いささかの事ありて、此の事を疑いし故に一の願をおこす
 (『妙法比丘尼御返事』より引用)


 日蓮は周りの人が皆そうしていたので、「阿弥陀仏をたのみ奉り幼少より名号を唱え」
ていたが、やがてそれを疑うようになったのだと述べている(『妙法比丘尼御返事』には
その後の日蓮が、正しい仏法を求めて比叡山や高野山等を巡ったことが記されている)。

 幼少時は念仏を唱えてた日蓮が、なぜ「念仏無間」などと主張するようになったのだろ
うか。「南無阿弥陀仏」と唱えることが、無間地獄に堕ちなければならないほどの悪行だ
という根拠は何なのだろうか。

 日蓮は『立正安国論』で、法然の『選択本願念仏集』の問題点を指摘し、経文を引いて
「念仏無間」の理由を説明している。


>  之に就いて之を見るに、曇鸞・道綽・善導の謬釈を引いて聖道浄土・難行易行の旨
> を建て、法華・真言総じて一代の大乗六百三十七部二千八百八十三巻、一切の諸仏菩
> 薩及び諸の世天等を以て、皆聖道・難行・雑行等に摂して、或は捨て、或は閉じ、或
> は閣き、或は抛つ。此の四字を以て多く一切を迷はし、剰へ三国の聖僧・十方の仏弟
> を以て皆群賊と号し、併せて罵詈せしむ。近くは所依の浄土の三部経の「唯五逆と誹
> 謗正法を除く」の誓文に背き、遠くは一代五時の肝心たる法華経の第二の「若し人信
> ぜずして此の経を毀謗せば、乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」の誡文に迷ふ者な
> り。


 「之に就いて之を見るに」から始まる一文は、『選択本願念仏集』への批判である。法
然が法華・真言等の教えを、「皆聖道・難行・雑行等」に含め、それらの教えについて、
あるいは捨て、あるいは閉じ、あるいは閣(さしお)き、あるいは抛(なげう)つべきだ
と主張していることを指摘している。

 そして、それが経文に違背しているとし、法然が所依としている浄土三部経の「唯五逆
と誹謗正法を除く」と、法華経の第二の「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば、乃至其の
人命終して阿鼻獄に入らん」を挙げている。

 「唯五逆と誹謗正法を除く」の一節は、無量寿経にある阿弥陀四十八願の中でも最も有
名な第十八願による。無量寿経の当該部分について、書き下し文を引用する。


>  たとい、われ仏となるをえんとき、十方の衆生、至心に信楽して、わが国に生れん
> と欲して、乃至十念せん。もし、生れずんば、正覚を取らじ。ただ、五逆(の罪を犯
> すもの)と正法を誹謗するものを除かん。
 (岩波文庫『浄土三部経(上)』より引用)


 「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば、乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」とは、法
華経の譬喩品にある言葉で、「阿鼻獄」とは無間地獄のことである。

 日蓮は法華経こそが正法であると考え、それを誹謗する者は、たとえ念仏を唱えたとし
ても阿弥陀如来の救済から漏れ、それだけなく無間地獄に堕ちるのだと主張しているので
ある。

 法華経こそが正法とした根拠は、「一代五時の肝心たる法華経」という言葉から明らか
なように、天台教学の「五時八教の教判」である。

 日蓮が在家信者に宛てた手紙の中には、念仏が救済とならない理由について、末法思想
に基づき、もう少し丁寧な説明をしているものがある。

 日蓮の在家の弟子に、南条兵衛七郎という者がいた。この人はもとは念仏信仰をしてい
た。この南条兵衛七郎に宛てた手紙で、日蓮は念仏の非を説明している。


>  仏入滅の次の日より千年をば正法と申す、持戒の人多く又得道の人これあり。正法
> 千年の後は像法千年なり、破戒者は多く得道すくなし。像法千年の後は末法万年、持
> 戒もなし破戒もなし、無戒者のみ国に充満せん。而も濁世と申してみだれたる世なり。
 (中略)
>  今の世は末法のはじめなり、小乗経の機・権大乗経の機みなうせはててただ実大乗
> 経の機のみあり。小船には大石をのせず。悪人愚者は大石のごとし。小乗経並びに権
> 大乗経念仏等は小船なり。大悪瘡の湯治等は病大なれば小治およばず。末代濁世の我
> 等には念仏等はたとへば冬田を作れるが如し。時があはざるなり。
 (『南条兵衛七郎殿御書』〔真蹟 若狭長源寺外〕より引用)

〈大意〉
 今の世は末法であり、小乗経や権大乗経――大乗経典の中でも方便の教え――で救われ
る資質の者はおらず、最も優れた教えである実大乗経、つまり法華経でなければ救われな
い。末法濁世を生きる我々にとって、念仏を唱えるのは冬に田を作るようなもので、時が
合わないのである。


>  而るを此の五十余年に法然といふ大謗法の者いできたりて、一切衆生をすかして、
> 珠に似たる石をのべて珠を投げさせ石をとらせたるなり。止観の五に云はく「瓦礫を
> 貴んで明珠なりとす」と申すは是なり。一切衆生石をにぎりて珠とおもふ。念仏を申
> して法華経をすてたる是なり。此の事をば申せば還ってはらをたち、法華経の行者を
> のりて、ことに無間の業をますなり。
 (同上)

〈大意〉
 それなのにこの五十余年に法然という大謗法の者が現れて、一切衆生を騙して、宝石に
似た石を差し出して、宝石を投げ捨てさせ石を取らせた。一切衆生は石を握りしめて宝石
だと思っている。念仏を唱えて法華経を捨てたのはこれである。このことを指摘すると、
かえって腹を立て、法華経の行者を罵って、ことに無間地獄の業を増している。


 日蓮が「念仏無間」と主張する根拠は以上である。
 以前にも述べたが、日蓮が自説の根拠としているのは、法華経を最も優れた経典とする
天台教学の「五時八教の教判」と、末法思想であることが見て取れる。

 なお「五時八教の教判」については、以前その概略を説明したので、興味がある方はそ
ちらもご覧いただきたい(「私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)③」参照)。

 上記はあくまでも日蓮の見解である。当然のことながら、当時の念仏者たちは、念仏が
無間地獄に堕ちる因となるとは考えていなかった。日蓮が手ひどく論難している法然の弟
子であった親鸞が、興味深い主張をしているので引用する。


>  このゆえに『涅槃経』に云わく、「仏、迦葉菩薩に告げたまわく、もし善男子・善
> 女人ありて、常によく心を至し専ら念仏する者は、もしは山林にもあれ、もしは聚落
> にもあれ、もしは昼・もしは夜、もしは座・もしは臥、諸仏世尊、常にこの人を見そ
> なわすこと、目の前に現ぜるがごとし、恒にこの人のためにして受施を作さん」と。
 (『教行信証』信巻より引用)


 親鸞も日蓮と同じく比叡山で修行した天台僧であり、天台教学を修めていた。「五時八
教の教判」の教判では、涅槃経を法華経と同じく、釈尊が人生の最後の時期に説いた最も
優れた経典と考える。

 親鸞は念仏を唱えることが、正法を誹謗することになるとは考えなかったのである。
 さらに親鸞は、天台教学の大成者である智顗の故事も引いている。


>  律宗の元照師の云わく、ああ、教観に明らかなること、熟か智者に如かんや。終わ
> りに臨みて『観経』を挙し、浄土を讃じて長く逝きんき。
 (同上)


 「智者」とは、天台智者大師と敬われた智顗のことである。天台宗の祖が臨終に際して
『観無量寿経』を手にし、浄土を讃えたという故事を親鸞が引いたのは、念仏信仰が天台
教学に反するものではないと訴えんがためであろう。

 ※ 『観無量寿経』は念仏信仰の依経である浄土三部経の一つ。『観経』とも呼ばれる。
  法然の『選択本願念仏集』における主張の多くは、その注釈書である『観経疏』に依
  っている。

 誤解のないように申し添えるが、『教行信証』における親鸞の主張は、日蓮への反論と
してなされたものではない(日蓮と親鸞は同時代人ではあるが、お互いのことは知らなか
った)。

 日蓮と親鸞の主張のどちらに説得力を感じるかは、人によって違うだろうが、創価学会
のように他人に迷惑をかけないのであれば、信教は自由なのだから、自分が正しいと思う
ことを信じればよいはずである。

 私の個人的見解を述べさせてもらえば、現在の仏教学では、法華経や浄土三部経を含む
大乗経典のすべては、釈尊滅後、数百年も後の創作だと判明しているので、その大乗経典
の中のどれが真実の教えかなどという論争には意味がないと思う。

 その上で、先祖代々「南無阿弥陀仏」や「南無妙法蓮華経」を唱えてきた人が、そうし
た信仰を受け継ぎたいと思うのは、自然な感情だと思うし、尊重されるべきだと考える。

 もちろん、「南無大師遍照金剛」や祝詞を唱える信仰、それ以外の信仰も他人に迷惑を
かけず、社会の害にならない限り尊重されるべきである。

 日蓮と念仏については、まだ論じるべき点があるので、次回も引き続きこの主題で投稿
する予定である。



補足

 冒頭で引用した『佐渡御書』『妙法比丘尼御返事』には、日蓮真蹟も古写本も存在しな
い。よって確実に日蓮が書いたものだとは断定できない。

 だが、多くの日蓮伝記がこれらの記述に依っているのも事実である。
 専門家が信頼できると見做しているので、敢えて偽書として排斥する必要はないのかも
しれない。


蛇足

 本文で、大乗経典の中でどの経典が正しいか論じることは、現在では意味がないと書い
たが、敢えて鎌倉時代の状況であったなら、私ならどう考えるかを述べてみる。

 法華経の方便品には、「南無仏」と唱える者は仏道を成じるという記述がある。
 また、薬王菩薩本事品には、この経に説かれているように修行すれば、来世には阿弥陀
仏の浄土に生まれるとの記述もある。

 ここでいう「この経」とは、もちろん法華経のことだが、その法華経に「『南無仏』と
唱える者は仏道を成じる」と書かれているのだから、念仏を唱えることが法華経を誹謗し
たことになり、無間地獄に堕ちる業だというのは、少々無理のある主張ではないかと思わ
ないでもない。