2018年10月21日日曜日

創価批判コピペ集‐⑦(「創価学会と法華経」他)

創価学会と法華経

鎌倉時代の僧侶・日蓮は、法華経こそが仏教のすべての経典の中で最も優れたものと考え、
「南無妙法蓮華経」と唱えれば救われると説いた(法華経の正式名称は「妙法蓮華経」)。

創価学会は、日蓮の教えを正しく受け継ぐ唯一の教団と自称し、その教義では、学会員は
法華経を広める「地涌の菩薩」とされている(これが学会員の選民意識の根拠でもある)。

しかし、ほとんどの創価学会員は、法華経の内容について知らない(興味も持ってない)。
法華経は大乗仏教の重要経典であり、日蓮系だけでなく多くの伝統宗派で重視されている。

その教えも、仏像を供養すると仏道を成じる、修行すれば来世で阿弥陀仏の浄土に生れる、
観音菩薩を拝むとご利益があるといった、多くの仏教徒にとって、なじみ深いものである。

創価学会は、上に挙げた法華経の教えをすべて否定している。日蓮は「善に付け悪につけ
法華経をすつるは地獄の業」と説いた。日蓮が正しいなら、学会員の堕地獄は確定である。

 ※ 「善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業」の出典は『開目抄』(創価学会版
  『日蓮大聖人御書全集』232ページに当該の記述あり)。



創価学会の「御書」

創価学会では『日蓮大聖人御書全集』を出版し、聖典としている(単に「御書」と呼ぶ
ことが多い)。その一番最初に収録されている『唱法華題目抄』に、以下の記述がある。

「仏の遺言に依法不依人と説かせ給いて候へば 経の如くに説かざるをば 何にいみじき
人なりとも御信用あるべからず」(『日蓮大聖人御書全集』9ページ)

「依法不依人(法に依って人に依らざれ)」とは、涅槃経にある教えで、仏教であれば、
国・宗派を問わず重視されている(日本の伝統宗派だけでなく、上座部仏教でも同様)。

創価学会では、名誉会長の池田大作を生き仏のように崇めているが、池田は搾取的な金
集めを実施して贅沢三昧の生活をし、女性学会員に手をつけまくった醜悪な俗物である。

池田は「うんと人を誤魔化して、警察に捕まらないように」と述べたが、そんな反社会
思想を説いた経典など存在せず、池田への個人崇拝は日蓮の教えに明白に違背している。

 ※ 「創価学会の『御書』」は「池田崇拝の何が問題か」後半部分の要約。



解説

 たいていの創価学会員は、「法華経こそが唯一の正しい経典であり、法華経のとおりに
信仰を実践しているのは、創価学会だけだ」と思い込んでいながら、法華経にどのような
教えが説かれているか知らないという、奇妙な人々である。

 当ブログで何度も取り上げてきたが、創価学会の教義は法華経の教えと大きく違うし、
日蓮の教えに忠実だとも言い難い(創価学会が日蓮正宗から受け継いだ日蓮本仏論は、大
石寺26世法主・日寛が体系化したもので、本来の日蓮の教えではない)。

 法華経についての知識は、創価学会員のマインドコントロールを説くためにも、しつこ
く折伏されて迷惑している方にも有用ではないかと思われる。
 法華経は岩波文庫に収録されており、誰でも気軽に読むことができる。

 岩波文庫版法華経には、漢訳(白文)とその書き下し文だけでなく、サンスクリット原
典からの翻訳も収録されているほか、注解も充実しており、予備知識がない読者にも配慮
されている。

 「創価学会と法華経」で挙げた創価学会の教義との矛盾点が、岩波文庫版法華経のどこ
に該当するかを参考までに以下に記す。


 ・仏像について
  仏像を礼拝供養すると仏道を成じるという記述は方便品にある。
  岩波文庫『法華経(上)』114~117ページが該当する。
  なお、当ブログでも「仏像を拝むのは謗法か?」で、一部を引用した。


 ・阿弥陀如来の浄土について
  法華経では薬王菩薩本事品に説かれている。 
  岩波文庫『法華経(下)』204~205ページが該当する。

  漢訳法華経では「極楽浄土」ではなく、「安楽世界」と訳されているが、どちらも原
 語はサンスクリット語の「スカーヴァティー」である。


 ・観音菩薩について
  東アジアの仏教の特色とも言える観音信仰であるが、その根拠となったの経典は法華
 経である。観音菩薩の功徳を説いたお経といえば観音経だと思っておられる方もいらっ
 しゃるであろうが、観音経は独立した経典ではなく、法華経の観世音菩薩普門品の通称
 である。

  観世音菩薩普門品は、岩波文庫『法華経(下)』242~271ページに収められている。
  観音菩薩は、勢至菩薩とともに阿弥陀如来の脇侍とされ、法華経サンスクリット原典
 の観世音菩薩普門品にも極楽浄土についての記述がある。


 「創価学会の『御書』」で引いた『唱法華題目抄』の一節、「仏の遺言に依法不依人と
説かせ給いて候へば 経の如くに説かざるをば 何にいみじき人なりとも御信用あるべから
ず」と、上述の法華経の記述とを組み合わせれば、ほとんどの創価学会員は論破できるの
ではないだろうか。

 ただし、学会員の中には議論に負けると嫌がらせしてくる者も少なくない。創価学会は
危険なカルトであり、学会員とは最初から関わりにならない方が無難であることは、十分
に留意していただきたい。


追記

 創価学会員の中には、宗教の論理で言い負かされそうになると、今度は「科学的根拠を
示せ」と言いだす者もいる。

 「創価学会は法華経に基づいているから正しい宗教だ」と主張しておきながら、創価学
会の教義と法華経の記述とが矛盾していることを指摘されると、「(法華経の教えには)
科学的根拠がないから認められない」と言うのは、ダブルスタンダード以外の何ものでも
ない。創価学会員というのは本来、卑怯な連中なのである。

 結局のところ、創価学会にとっては、日蓮にしろ法華経にしろ、宗教としての正統性を
粉飾するためのアクセサリーに過ぎず、「勝つためなら手段を選ばない」という常軌を逸
した勝他思想こそが本質なのであろう。

 さて、実際に学会員から「科学的根拠うんぬん」言われた場合、どう切り返すべきかだ
が、これが存外に難しい。

 もちろん「南無妙法蓮華経と書いてあるビニールシート製のインチキ本尊に、南無妙法
蓮華経と唱えれば『願いとして叶わざるなし』という、おまエラの教義の一体どこに科学
的根拠があるのか」等の指摘をするのは簡単なことだが、そうした場合、連中は高確率で
嫌がらせをしてくるので、それは避けた方がいい。

 「科学的根拠がないことは認められないという、あなたの言い分はよく分かった。また
法華経、つまり妙法蓮華経の教えに科学的根拠がないということも認めざるを得ない。だ
から、南無妙法蓮華経と唱えるような宗教には、たとえ何があろうと絶対に入らない」と
いった言い方で、言いくるめた方がいいかもしれない。

 しつこいようだが、創価学会の教義は矛盾しているので、ある程度の知識がある者にと
って、それを指摘するのは簡単なことだが、学会員には常識など通じないことが多いので、
関わりにならないのがベストである。

 たとえ勝てる自信があったとしても、学会員との議論に応じるのは、ほかに選択肢がな
い場合に限るべきだと思う。

2018年10月14日日曜日

創価批判コピペ集‐⑥(「創価学会の『財務』」他)

創価学会の「財務」

創価学会は様々な名目で信者から金を集めているが、特に金額が大きいのが年末に実施
される「財務」である。その総額は毎年一千億円~二千億円以上に及ぶとの推定もある。

その金額は一口一万円からで上限はない。十万円以上の財務を「二ケタ」、百万円以上
を「三ケタ」、千万円以上を「四ケタ」と言い、高額ほど功徳も大きいとされている。

財務に向けては決起集会が開かれ、地元の幹部が「財務をすると倍になって福をもたら
す」「財務の金額が少ないと罰を受ける」などと煽り、高額財務をするように仕向ける。
一方、本部に勤務する職業幹部の財務は、二万円程度でいいという慣例になっている。

本部職員が少額の財務でいいのは、「池田先生の近くにいる福運」だと説明されている。
多くの末端学会員は「財務が福をもたらす」と信じて大金を供出し続け、疲弊している。

※ 末端信者から搾取した金から職業幹部が高給を得る、これが創価学会の実態である。



創価学会の特権階級

創価学会の本部には約3000人強の専従職員が在職している。公明党や民主音楽協会等
の関連団体を含めると、約5000人の職員が創価学会から給与を得てメシを食っている。

かつての本部職員は薄給だったが、それに耐えかねてマスコミに内部情報をリークする
者が相次いだこともあり、次第に改善されて現在では一流企業並みになっているという。

中でも約三百人いる副会長になると、その年収は少なくて一千万円、主任副会長などの
上席の者になるとその数倍にもなる。本部職員の総人件費は、年間数百億円にも達する。

創価学会員の中には、生活保護受給者など貧しい者も少なくないが、そうした会員であ
っても聖教新聞を何部もとり、「財務」と称するお布施を無理してすることはままある。

経済的に苦しい者が少なくない末端学会員たちが供出した新聞購読料や財務から、高給
を受け取る創価学会の本部職員は、貴族的な特権階級といっても過言ではないだろう。



解説

 創価学会員にとっては毎年恒例となっている年末の金集め、それが「財務」である。上
記の財務に向けた決起集会とは、正しくは「広布部員会」という。

 広布部員とは財務納金する学会員のことであるが、だいぶ前から、ほとんどすべての学
会員が広布部員になるようになっている(もっとも入信一年目は、財務は免除されるらし
い)。

 広布部員になった学会員は、財務の目標金額を各地域の幹部に報告させられる。例えば
「今年はボーナスから20万円を財務します」といった具合である。

 しかし、勤務先の経営状況が悪く、あてにしていたボーナスが大幅に減額されたり、出
なかったりすることもある。かつての創価学会では、それでも財務が免除になることはな
かった。

 そのような場合、たいていの地域幹部は当該学会員に対して、サラ金等から借金してで
も目標額どおり納金するよう指導していたという。

 最近の財務の取り立ては、かつてほどではないらしいが、それでも生活保護受給者にも
財務をさせることは多いそうである。その背景には、地域レベルの幹部に多い年金生活者
よりも、生活保護受給世帯の方が経済的余力があることがままあるからであろう。

 創価学会の熱心な活動家の中には、「財務をすれば何倍にもなって福をもたらす。金を
ケチると仏罰を受ける」という幹部の指導を信じ、老後の生活設計のことなど何も考えず、
まともな経済感覚の持ち主であれば貯蓄に回す資金を、すべて財務などの創価学会への寄
付につぎ込んでしまった者も少なくない。

 自分の頭で先々のことを考えず、カルトの言いなりなってきたことが苦境を招いたのだ
から自業自得の面もあるが、騙されやすい人々をマインドコントロールしてきた池田大作
をはじめとする幹部たちの悪辣さは、許しがたいものがある。

 愚昧な末端信者を搾取してきた職業幹部は、少しはその罪深さを自覚するべきだが、高
給を受け取る本部職員たちの多くは、自分たちが厚遇を受けられるのは「信心による福運」
と言って憚らないらしい。カルトの構成員というのは、上から下まで度し難い連中という
ほかない。 

 「創価学会の特権階級」で述べた本部職員の中でも特に恵まれている、副会長等の上位
役職者の「年収は少なくて一千万円」という記述は、『システムとしての創価学会=公明
党』(古川利明著)によったものだが、この本の初版は平成11年(1999年)で、やや古い
情報であることは否めない。

 近年の創価学会本部では、副会長等の役職者でなくとも40代で年収一千万円に届くらし
い。『週刊東洋経済』(9月1日号)の特集記事「宗教 カネと権力」から、本部職員の実
情について言及した箇所を引用する。


>  そして彼らは好待遇だ。前出報告書は平均標準報酬月額を男性で46万9020円(賞与
> は不明)としているが、元本部職員は「40代後半で大抵、年収1000万円を超える」と
> 打ち明ける。退職後の保障も手厚い。

 ※ 「前出報告書」とは、創価学会の本部職員が加入する創聖健康保険組合の2016年度
  事業報告書。


 創価学会の本部職員は、給与所得者の中でも恵まれた部類に入るのは間違いないだろう。
そして彼らが享受している厚遇が、末端学会員が供出した財務や広布基金、聖教新聞の購
読料によっていることもまた、間違いのない事実である。

2018年10月7日日曜日

創価批判コピペ集‐⑤(「創価学会の『人間革命』」他)

◇◆◇ 創価学会の『人間革命』◇◆◇

・『人間革命』とは、創価学会名誉会長池田大作の小説である。創価学会では、日蓮遺文を
 「御書」と呼び聖典としているが、『人間革命』も「現代の御書」とされ重視されている。

・創価学会は平成3年(1991年)に破門されるまでは日蓮正宗の信徒団体だった。日蓮正宗
 ではその総本山大石寺の大御本尊を唯一絶対とし、創価学会も大御本尊を神聖視していた。

・『人間革命』のほとんどは、破門前に執筆されたため、現在の信仰とは齟齬が生じている。
 「時代の進展によって変更しなければならない教義や、矛盾に満ちた宗教は、誤れる宗教
 と断定すべきである」(『人間革命』第二巻)
 「なにがどうあろうと、なにがどう起きようと、日蓮正宗の信仰だけは、絶対に疑っては
 ならぬ」(『人間革命』第六巻)

・創価学会は平成26年(2014年)11月18日、大石寺の大御本尊は〈謗法の地にあるので受持
 の対象にしない〉と聖教新聞で宣言した。教義を変更し日蓮正宗の信仰を全否定したのだ。
 このような、「矛盾に満ちた宗教は、誤れる宗教と断定すべき」ではないのだろうか。


創価学会の教義には根拠がない

創価学会は平成三年に破門されるまでは、日蓮正宗という日蓮系宗教の在家信者団体だった。
破門の理由は、池田大作名誉会長が暴言を吐いたり、僧侶を軽視したりしたことなどである。

日蓮正宗の教義では、その総本山大石寺の大御本尊を、日蓮が「出世の本懐」として作った、
唯一の正統な本尊と主張し、この大御本尊及びその写しのみを正しい信仰の対象としている。

創価学会もかつては、「大御本尊を拝まない者は地獄に堕ちる」と言って信者を集めていた。
現在、学会が信仰の対象としている本尊も、大石寺の大御本尊の写しを量産したものである。

しかし、大石寺の大御本尊は、実は日蓮がその弟子、日禅に与えた紙の本尊をもとに、後世、
木彫された贋作だと判明している(大石寺の前法主、阿部日顕氏もこの事実を認めている)。

つまり、日蓮正宗はニセ本尊を「唯一正しい」と主張してきたのであり、学会もニセ本尊の
複製品を拝んでいるにすぎない。創価学会の正統性の根拠は、最初からウソだったのである。



解説

 上記のコピペの内容についてだが、ある程度の予備知識がないと分かりにくいと思われ
るので、創価学会員であったことのない方のために、簡単にだが解説を添える。

 創価学会の代名詞といっても過言ではないほど、題名だけはよく知られている『人間革
命』だが、実際に読んだことがある方は少ないのではないだろうか。

 そんな方のために、大まかな説明を以前当ブログに掲載しているので、興味がある方は、
そちらをご覧いただきたい(「そもそも『人間革命』とは」参照)。

 なお、『人間革命』を「現代の御書」――「御書」とは日蓮遺文を指す――と喧伝した
のは元副会長の福島源次郎氏だったが、彼の失脚以後、創価学会は日蓮正宗から「現代の
御書という表現は、日蓮と池田大作を同格視するものであり問題だ」と批判されたことも
あり、そうした表現を使わなくなった。

 近年の創価学会は、『人間革命』を「精神の正史」「信心の教科書」と位置づけている。
とはいえ、末端の学会員には今でも「『人間革命』は現代の御書」という者も多い。

 日蓮正宗(ニチレンショウシュウ)については、一般にはご存知ない方も多く、日蓮宗
と混同している向きも少なくないので、少し詳しく説明したい。

 日蓮正宗とは、富士大石寺を総本山とする日蓮系の小宗派である。身延山久遠寺を総本
山とする日蓮宗とは、同じ日蓮系と言っても教義がだいぶ違う。

 例えば、日蓮宗では仏像を礼拝するし神社にも参拝するが、日蓮正宗の教義では、どち
らも禁じられている。

 日蓮正宗では、宗祖日蓮を「末法の御本仏」という至高の存在にまで祭り上げ、大石寺
に安置されている「大御本尊」を、日蓮が「出世の本懐」として作った特別な本尊だとし
ている(日蓮宗の教義では「本仏」は釈迦如来である。当然だが、大石寺の大御本尊を特
別視することもない)。

 そして、「大御本尊」と大石寺の法主によるその複製だけが、正しい信仰の対象であり、
それ以外を拝むのは謗法(ホウボウ)――正法誹謗の略語だが、誤った信仰という意味だ
と理解してよい――とされている。

 創価学会も日蓮正宗から破門される前は、「富士大石寺の大御本尊を拝まない者はすべ
て謗法である」と主張しており、「登山会」と称して大石寺に参詣し、大御本尊を拝むこ
とが定例行事になっていた。

 大石寺の大御本尊については、実際には日蓮が作ったものではなく、後世に複製された
ものと見られている。この点については、犀角独歩氏をはじめとして、説得力ある論考が
少なくないことから、当ブログではこれ以上は立ち入らない。

 私の個人的な印象では、日蓮宗はいくらか排他的なところがあるとはいえ、他の日本の
伝統宗派と、それほど大きな違いはないという感じを受ける。

 対して日蓮正宗は、仏教というよりも一神教に近く、大石寺法主に特別な権威を認める
教義も、ローマ法王を「神の代理人」と見做すカトリックに似ているとも言える。

 さて、創価学会は平成3年(1991年)にその日蓮正宗から破門され、大石寺の大御本尊を
拝むことはできなくなったわけだが、教義を変更して「大御本尊を拝む必要はない」とし
たのは、ようやく平成26年(2014年)になってのことだった。

 それに合わせるため、『人間革命』の記述も書き改められた。「精神の正史」の内容を
都合が悪くなったからといって変更するのは、歴史の改竄ではないかと思われるが、創価
学会の幹部連中は、そんなことに頓着するようなタマではない。

 インチキ宗教の面目躍如といったところであろうか。参考までにコピペで引用した部分
がどう変わったかを示すので、比較していただきたい。


『人間革命』第二巻 初版:昭和41年(1966年)4月15日
>  戸田はまた、こう考えていた。
 (中略)
>  仏教といえば、往々にして高遠で霧に包まれたような、難解なものとされてきた。
> しかし、正法である妙法の眼をひらいて見れば、最も身近な、絶対の幸福確立法であ
> ることが、はっきりとわかる。時代の進展によって変更しなければならない教義や、
> 矛盾に満ちた宗教は、誤れる宗教と断定すべきである。


『人間革命』第2巻(第二版)初版:2013年2月11日
 彼はまた、こう考えていた。
(中略)
>  仏教といえば、往々にして高遠で霧に包まれたような、難解なものとされてきた。
> しかし、正法である妙法の眼をひらいて見れば、最も身近な、絶対の幸福確立法であ
> ることが、はっきりとわかる。


 現在、新刊で入手できる『人間革命』は、聖教ワイド文庫に収録されている第二版であ
る。そちらの方では、「時代の進展によって変更しなければならない教義や、矛盾に満ち
た宗教は、誤れる宗教と断定すべきである」という文章が削除されている。


『人間革命』第六巻 初版:昭和46年(1971年)2月11日
>  私が今、願うことは、なにがどうあろうと、なにがどう起きようと、日蓮正宗の信
> 仰だけは、絶対に疑ってはならぬということであります。

 ※ この一節は、昭和27年(1952年)7月8日の臨時幹部会における、戸田城聖の講演の一
  部である。


『人間革命』第6巻(第二版)初版:2013年6月6日
>  私が、今、願うことは、何がどうあろうと、なにがどう起きようと、この信心だけ
> は、絶対に疑ってはならぬということであります。


 第二版では、「日蓮正宗の信仰」が「この信心」に変更されている。
 『人間革命』第二版の変更点は、ここに挙げただけにとどまらない。はっきり言って、
キリがないほどある。

 『人間革命』の改変を見ても明らかなように、創価学会は、都合の悪い過去をなかった
ことにすることで、正統性を偽装してきたのであり、そうした誤魔化しなしでは成り立た
ない宗教である。

 「教義を変更するのは誤った宗教」と主張しておきながら、都合が悪くなると教義を変
更するなど、まともな思考力を持つ者から見れば、誰がどう考えてもインチキであろう。

2018年9月30日日曜日

創価批判コピペ集‐④(「池田大作ってどんな人?」他)

池田大作ってどんな人?

・池田大作は創価学会の第三代会長、名誉会長を務め、今の教団を作り上げた事実上の教祖。
・「広布のため」と称して信者から集めた大金の相当額を、池田大作は自分の贅沢に使った。

・創価学会は、全国に千以上の施設を保有するが、その中には池田大作専用別荘も多数ある。
・『人間革命』などの、池田大作名義の著作のほとんどは、実はゴーストライターが書いた。

・池田大作は「処女の入った風呂は健康に良い」「処女と関係すると寿命が延びる」と主張
 して、多数の美人学会員と関係を持ち、週刊誌等で何度も女性スキャンダルを報道された。

・実はあまり信心には熱心ではない。その一方で権謀術数に長け権力への執念は異常に強い。
 「信仰心はゼロだけど政治家の資質は百パーセント」とは元公明党代表・太田昭宏氏の評。

・平成22年(2010年)5月頃、脳梗塞で倒れ、現在は半身不随との噂もあるが、池田本人が、
 昔から「病気になるのは信心がおかしいから」と主張してきたので、公表できないらしい。



創価学会における池田大作名誉会長への個人崇拝

創価学会の公式の教義では日蓮が「末法の御本仏」とされているが、一般の学会員には、
池田大作を「日蓮大聖人の再誕で末法の御本仏」と、生き仏のように崇拝する者が多い。

池田は全国各地の学会施設をたびたび訪問したが、その際には「末法の御本仏」の顕現
にふさわしい様々な“奇瑞”が、当地の学会員の手により人為的に引き起こされてきた。

例えば池田が訪れる会場周辺の桜が、時ならぬ花をつけるなどである。この“奇蹟”を
引き起こすため、地元の学会員が何週間も前から、ドライヤーで桜を暖め続けたという。

また、魚など一匹もいないドブ池に事前に鯉を放し、池田にエサを撒かせて「ここには
魚はいないのに、池田先生が餌づけすると鯉が現れた」という、“奇蹟”も演出された。

多くの学会員がこうした“池田センセイが起こした奇蹟”を見て、涙を流して感激した。
ほとんどの学会員は、このバカげた個人崇拝を「唯一の正しい宗教」と信じ込んでいる。



解説

 何度も述べてきたように、池田大作ほど虚像と実像の乖離が甚だしい人物は、そうザラ
にはいない。

 聖教新聞に登場する池田大作は、宗教家としてだけでなく、平和運動家、小説家、詩人
として、世界各国から惜しみない賛辞と顕彰を受けてきた偉人であり、唯一の正統な仏法
を広める使命を帯びた偉大な「師匠」である。

 しかし、実際の池田は、学会員から搾取した金で贅沢三昧の暮らしをし、気に入った女
性に欲望のおもむくままに手をつけまくり、唱題勤行もロクにせず、自分名義の著作も部
下に書かせているインチキ野郎でしかない。

 池田の本性は脱会した元幹部、それも側近中の側近だった、福島源次郎氏や原島嵩氏ら
によって週刊誌や書籍で何度となく暴露されており、取り繕いようがない。

 週刊誌に書いてあることはすべてウソと洗脳されている学会員たちは、外部からの批判
は「創価学会が唯一の正しい宗教で、池田先生があまりにも偉大なので、嫉妬した奴らが
悪口を言っているだけ」と、本気で思い込んでいる。

 さらに学会員の中には、「池田先生は末法の御本仏」と信じている者まで多数いる(そ
うなるように仕向けたのは、池田本人なのだが)。

 その一方で、池田への個人崇拝が、創価学会が世間から白い目で見られる一因であるこ
とは自覚しているようで、対外的には「めちゃめちゃスゴい、尊敬できる人」などといっ
た表現で、お茶を濁すこともあるようである。

 池田大作のような頭がおかしいレベルの色キチガイ、ペテン師を「尊敬」している時点
で、カルト呼ばわりされて当然だと私は思うのだが……。

 創価学会ほど異様なカルトは、現在の日本には他にない。その異常性の核心は、池田に
対する個人崇拝なのは間違いないだろう。

 ※ 池田大作の悪行の数々や、彼に対する異常な個人崇拝の実態については、当ブログ
  でもその一部だが取り上げてきた。興味がある方は以下もご覧いただきたい。

  池田大作の食べ残しを食うと「福運」がつく!?

  池田大作への個人崇拝の実態

  「娘に仏様の手がついた」

  池田大作のぜいたく

  池田センセイの「ご友人」

2018年9月23日日曜日

創価批判コピペ集‐③(「創価学会の教え」他)

創価学会の教え

・祈りとして叶わざるなし・・・功徳を積んで御本尊に南無妙法蓮華経と唱えれば、どんな
 願いでも叶うと説く。あくまでも現世での幸せを願う現世利益への強い志向が学会の特徴。

・功徳・・・仏教用語では、功徳とは「死後やこの世で幸福をもたらす善行」を意味する。
 創価学会では、財務や広布基金などの学会への寄付、聖教新聞の複数部購読、池田大作
 の著書(『人間革命』など)購入、公明党の選挙運動、折伏などが功徳になるとされる。

・転重軽受・・・来世で地獄に堕ちるほどの重い罪を信心の功徳により転じて、現世で軽い
 難として受けること。信心をしても起こる不幸を、来世を持ち出すことで正当化する詭弁。

◎入信して功徳を積めば何でも願いが叶うと言って勧誘し、功徳になると称して金を出させ、
 不幸にあっても、お陰で来世で地獄に堕ちずにすむのだから有難く思えというわけである。

※ 創価学会は「疑うと地獄に堕ちる」と信者を洗脳し、搾取し続ける悪質なインチキ宗教。



◇◆◇ 創価学会の「功徳」にはとても金がかかる ◇◆◇

創価学会は様々な名目で信者に金銭を供出させている。学会員は多額の金を教団に貢ぐほど、
より大きな現世利益が得られると、洗脳されて金を出しているが、その実態は搾取的である。

・ 財務・・・毎年年末に実施される。一口一万円からで上限はない。高額であるほど称賛
  され、学会内での立場が良くなる。そのため一度に一千万円以上、財務する者もいる。

・ 広布基金・・・新年勤行会などの行事の際、年に数回集められる。金額の指定はない。
・ 書籍購入・・・『人間革命』などの池田大作の著書を「功徳になるから」と買わされる。

・ 新聞購読・・・聖教新聞、創価新報、大白蓮華、公明新聞などの機関紙をとらされる。
  中でも聖教新聞は「池田先生からのお手紙」なので複数部とると功徳があるとされる。

・ 民音チケット・・・学会の外郭団体、民主音楽協会が主催するコンサートチケット購入。
  地域ごとにノルマがあり、担当に選ばれた学会員が自腹を切って買わされることもある。



補足

 上述のように創価学会は現世利益を極端に重視しているが、信心したからといって、人
の一生に起こり得る様々な禍福を自由にできるわけもなく、期待したようなご利益が得ら
れるとは限らない。

 「他の宗教はすべて邪教で、祈りを叶える力がある信仰は創価学会だけ」と主張してい
る彼らにとって、ご利益がないというのは困った問題である。

 そこで持ち出されるのが「転重軽受」である。『人間革命』第八巻には、学会員が鉄道
事故で死亡した出来事が描かれているが、呆れたことに『人間革命』では、その事故死も
転重軽受なのだと強弁されている(「紙を飲む宗教②」参照)。

 創価学会は、これ以外にもご利益が得られないことを正当化するために、様々な詭弁を
弄してきた。代表的なものを示す。


>  芳人がバットを手にすれば、女房は箒で応戦した。バットと箒の対戦は、仲間たち
> のあいだで有名になり、「題目も強いが、喧嘩も強い」と、もっぱらの噂であった。
>  この姿を見て、近所、親類のものたちは、誰も信心などしようとはしなかった。―
> ―長年、使用しなかったホースに水を流すと、最初は赤い濁った水しか出てこない。
> が、そのうちに清水が滾々と流れてくるものだ。彼らは、このような功徳の本質を知
> らずに、ただ表面だけを見ていたのである。
 (『人間革命』第三巻より引用)

 ※ 喧嘩が絶えない夫婦が、創価学会に入信したことを描いた一節。


 創価学会員は、入信するとすぐにでもご利益があるかのように言って勧誘してくること
が多い(「初信の功徳」という)。

 しかし、そう上手くいくとは限らない。入信したのに何もいいことがないと苦情を申し
立てる者をいなす時によく使われるのが、引用のホースの例え話である。

 池田大作はかつて、婦人部の活動家が交通事故で死亡した際に、「福運の瑞相として喜
ぶべきこと」とぬかす、ふざけた弔電を送ったことがあった(「池田センセイのご指導
参照)。

 事故死までもが、「福運」やら「功徳」で通るのなら、どんな不幸な出来事や災難でも
ご利益ということになる由である。

 マインドコントロールされた学会員たちは、こうしたことをおかしいと思わないのであ
る。すべてを失うまで、カルトに騙されていたと気づくことはできないのだろうか……。

 インターネット上には、長年、創価学会の信仰を続けたにもかかわらず、幸せになるど
ころか、財産を失い不幸になったという怨嗟の声があふれている。

 今、創価学会員である方は早く気づくべきだろう。また、勧誘を受けている方は、出来
るだけ角が立たない言い方で断り、その学会員とは距離を置いた方がいい(迷惑している
からといって、キツい言葉ではねつけると、連中は逆恨みして嫌がらせしてくることがあ
るので要注意)。

 創価学会は悪質なカルトであり、学会員は詭弁・ダブルスタンダードを駆使して自己正
当化を図り、他人の迷惑を意に介さず、勧誘や投票依頼をしてくる。バカげた話が多いか
らといって、決して甘くみてはならない。

2018年9月16日日曜日

書評『創価学会』(田原総一朗著)

 結論から述べる。この本は池田大作礼賛本であり、はっきり言ってほとんど読む価値は
ない。まず、この本のダメさ加減がよくわかる箇所を引用する。


> 田原 その池田さんは、2010(平成22)年6月以降、幹部総会など公の場には出られ
> ていませんが、特に体調を崩されているというわけではないんですよね。
> 原田 もちろん、お元気ですよ。いまは執筆などを主な活動とされています。


 これは巻末に収録されている原田会長へのインタビューでのやり取りだが、田原氏は池
田は健在だという原田会長の説明にいっさい疑問を差し挟まず、諾々と聞き入れるばかり
である。

 池田大作の健康問題があれだけ騒がれ、重病説まで報じられたにもかかわらずである。
ジャーナリストとしての声望を、自ら地に落としているのに等しいだらしなさである。

 創価学会について何の知識もない人がこの本を読んだならば、「創価学会は、かつては
強引な折伏や言論出版妨害などの問題を引き起こしたが、それは若い組織であるが故の未
熟さが原因だったのであり、現在ではそうした短所は是正され、世界宗教として発展して
いる。また、日蓮正宗と抗争して破門されるまでに至った件についても、山崎正友や阿部
日顕が悪いのであり、創価学会に落ち度はない」という印象を受けることだろう。

 あまりにも創価学会にとって都合のよすぎる内容であり、はなはだしい偏向と言わざる
を得ない(それでも学会員ならば、「過去の件についても邪宗の奴らが悪い」と言うのだ
ろうが)。

 この本にも同意できる箇所がないわけでもない。
 創価学会が他の宗教を邪教呼ばわりしてきたことについては批判し、言論問題について
は「どう考えても言論弾圧」と指摘している。

 だが、それらはあくまでも「過去の問題」という扱いで、今の創価学会には何の問題も
ないのだと言わんばかり論調である。特に池田大作の数々の悪行については、まったく触
れられておらず、冒頭で述べたように、池田礼賛本としか言いようがない。

 具体的な問題点をいくつか指摘してみる。
 田原氏は、過去に2回、池田大作と面会したことがあると述べ、その際に受けた印象を
こう書いている。


>  もう一つ、私が池田に感じたのは、自分をよく見せようという下心がまったくなく、
> 誠実で相手のことを気遣うことのできる、きめ細やかな神経の持ち主だということだ。
> 〝私心がない〟、つまり無私なのだ。


 池田大作は「自分をよく見せようという下心」の塊のような俗物である。『人間革命』
をはじめ、池田名義で出版された書籍のほとんどは、実際には部下が代筆したものに過ぎ
ないことは、多くの脱会した元幹部が暴露している。「私心がない」高潔な人物が、そん
なことをするはずがないではないか。

 また、二度の宗門問題についての記述は、全面的に創価学会側の視点に立っており、ま
ったく公平性を欠いている。

 本書では昭和52年(1977年)の第一次抗争について、当時、創価学会の顧問弁護士だっ
た山崎正友氏が「経済的な野心」から、創価学会についてウソを宗門側に吹き込んだこと
が事態を悪化させた最大の原因だとしている。

 創価学会が破門された平成2年(1990年)から翌年にかけての第二次抗争についても、
当時の大石寺法主、阿部日顕氏が池田大作に嫉妬したことが理由だとされている。


>  では、宗門がここまで創価学会を攻撃しようとした動機は何だったのか。まずは、
> 先の谷川に事の経緯を問うた。
> 「創価学会としては当座当初から日顕を非常に立てていました。ところが、学会員た
> ちが本当に尊敬しているのは名誉会長なので、それが正直に態度に表れるわけです。
> 例えば、文化祭などで名誉会長が登場するとわっと歓声が上がる。しかし日顕に対し
> てはそうはならない。それが宗門側としては面白くなかった。要するに嫉妬していた
> わけですね」


 田原氏は谷川副会長の説明をそのまま聞き入れており、本書には、もう一方の当事者で
あった日蓮正宗側の言い分は、ほとんど記載されていない。

 山崎正友氏は様々な謀略に加担してきた人物であり、策を弄する面があったのは事実で
あろう。阿部日顕氏にしても、その人間性を疑いたくなる話もある。

 だが、日蓮正宗との抗争については、私は創価学会側の非の方が大きかったと考える。
 宗門の僧侶たちが池田大作を問題視したのは、彼が学会員たちから人気があることに嫉
妬したからだとも思わない。

 宗門が創価学会を批判し続け、破門までした最大の理由は、「池田本仏論」であろう。
 池田のような下劣な俗物を宗祖日蓮と同格視するなど、僧侶にとっては許しがたい冒涜
だったはずである。

 そして、池田が起こしてきた女性問題等の数々の騒動や、池田本仏論などの教義からの
逸脱については、本書ではまったく触れられていない。

 本書の帯には「創価学会論の決定版!」という自賛があるが、トンデモ本と言われても
仕方ない出来である。

 田原氏ほどの著名なジャーナリストが、このような駄本を執筆した理由はなんであろう
か。この本の真の目的が露見していると思われる箇所を示す。


>  私はテレビ番組などで公明党の山口那津男代表に会う機会が多い。会うたびに彼に
> は、「ハト派を代表して自民党のブレーキ役になってほしい」と伝えている。
> 「それこそが本来の中道派の役目だと思います」
>  山口は力強くうなずいた。


 要するに田原氏は、現在の自公連立政権の枠組みが維持されることが望ましいと考え、
創価学会・公明党をヨイショしたわけである。

 田原氏は実績あるジャーナリストであり、池田大作のようなペテン師とは比べものにな
らないが、それでも彼らには共通点があると私は思う。

 それは「大衆とは操作可能なものであり、自分にはそれをなす資格があるのだ」という
思い上がりである。本書は一貫して池田に好意的だが、それは著者が自らと相通じるもの
を嗅ぎ取ったからなのかも知れない。


 ※ 『創価学会』(毎日新聞出版)は、2018年9月8日付で発行された。
   毎日新聞社は、聖教新聞の印刷を請け負っており、それなしでは経営が成り立たな
  いと言われている。その100%子会社である毎日新聞出版から出版される本だという
  時点で、偏った内容になるのではないかと危惧していたのだが、正直、ここまで酷い
  とは予想していなかった。

2018年9月9日日曜日

創価批判コピペ集‐②(「創価学会が嫌われる理由」他)

創価学会が嫌われる理由

・ 強引な布教活動・折伏(シャクブク)・・・創価学会は「唯一の正しい宗教」を自称し、
 折伏と称する強引な布教を行っている。創価学会は昭和20~30年代にかけて急拡大したが、
 この頃は特に暴力的で、他人の住居に押し入り仏壇や神棚を謗法払い(ホウボウバライ)
 と称して破壊していた。創価学会は危険な集団というイメージは、この頃に定着した。

・ 池田名誉会長への個人崇拝・・・学会員は事実上の教祖、池田名誉会長を「永遠の師匠」
 と呼び、生き仏のように崇拝している。創価学会の会館の中には、池田専用の豪華施設も
 多数つくられている。また池田名義の著作のほぼ全てが、ゴーストライターによるもので
 あり、しかも数多くの女性学会員(美人ばかり)と関係を持つなど、スキャンダルも多い。

・ 多額の金銭負担・・・創価は金のかかる宗教である。例えば機関紙の聖教新聞について
 「池田先生からのお手紙」なので、複数とると功徳になるという理由で、一世帯で何部も
 購読する学会員は多い。その他、年に何回もの寄付金や関連書籍の購入なども要求される。
 多額の金銭負担や繁忙な学会活動が原因で、家庭不和や生活苦に陥る学会員も少なくない。



◇◆◇ 創価学会の「三大悲法」 ◇◆◇

日蓮遺文の一つに『三大秘法抄』というものがあり、創価学会では教義上、重視されている。
一方、学会の末端信者の間では、この遺文に倣って「三大悲法」と呼ばれる慣行が存在する。

1、財務・・・毎年恒例の金集め、高額を出すほど福運(現世利益のこと)がつくとされる。
  冬のボーナスの頃に実施され、ボーナス全額を出す者、借金してでも納金する者も多い。

2、新聞啓蒙・・・創価学会の機関紙『聖教新聞』の新規契約者を開拓すること。新聞販売
  店のみならず一般会員も貢献が求められる。ノルマを達成できず、自分で複数購読する
  末端学会員も多い。いわゆる自爆営業だが、創価学会では「マイ聖教」と呼ばれている。

3、F取り・・・公明党の選挙運動。「F」とはフレンドの略、創価学会員以外で公明党に
  投票してくれる協力者をいう。一度でもF取りに協力すると、データベースに登録され、
  それ以降も協力を求められたり、信者勧誘のターゲットになったりする破目になる。

※ 創価学会は「入信すると幸せになれる」というが、末端は「三大悲法」で疲弊している。



補足 『三大秘法抄』について

 正式な名称は『三大秘法稟承事』。弘安5年(1282年)、最晩年の日蓮が執筆したとさ
れる(日蓮はこの年の10月13日、没している)。真蹟・古写本ともに現存しない。

 この遺文に「勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒
壇を建立すべき」との文言があることから、かつての国柱会が「国立戒壇」を設置すべき
と主張したことはよく知られている。

 その影響を受けた日蓮正宗・創価学会も国立戒壇の建立を目指していた。そもそも公明
党も、日蓮正宗を国教化し、その総本山大石寺の大御本尊を安置した国立戒壇建立を実現
することを目指して創立されたのである。

 現在の日蓮正宗や創価学会は、国立戒壇を目指す教義を取り下げたが、顕正会は今なお
この教義を掲げ続けている(顕正会が日蓮正宗から破門されたのも、国立戒壇についての
見解の相違による)。

 鎌倉時代の古文書が、現代社会にこのような騒動を引き起こす原因になったというのは、
なかなか興味深いことではあるが、『三大秘法抄』は日蓮宗では偽書という見方が有力で
ある。この遺文が本物であると主張しているのは、日蓮正宗系の教団くらいのようである。

 私としては、公明党や顕正会と創価学会との関わりについても、いずれは論じたいと考
えてはいるのだが、以前も述べたように当面は多忙につき、資料を漁ってまとまった量の
文章を書くのは難しい状況である。重ねてになるが、悪しからずご了承いただきたい。