2019年9月29日日曜日

創価批判コピペ集‐⑮(「創価学会員や顕正会員が強引な勧誘をする理由」他)

◇◆◇ 創価学会員や顕正会員が強引な勧誘をする理由 ◇◆◇

創価学会と顕正会は、何人もの信者を動員し、一人の標的を取り囲んで入信を迫るなど
の強引な勧誘を行ってきた。どちらとも日蓮正宗の信徒団体だったが、破門されている。

強引な勧誘を行うのも、両教団に共通した教義に理由がある。どちらとも「自分たちだ
けが唯一の正しい仏法なので、それを広めることは功徳になり、ご利益をもたらす」と
信者に教えている。両教団とも以下の宗教用語を用い、独善的な布教を正当化している。

聞法下種・・・信仰のない人に「正しい仏法」を説き聞かせること。平たく言えば勧誘。
発心下種・・・勧誘を受けた人が発心する(信仰に目覚める)こと。平たく言えば入信。

勧誘だけでも功徳になるが、入信させると更に大きなご利益があるとされる。要するに、
学会員も顕正会員も自分が得をすると信じ込んでいるから、強引な勧誘を行うのである。

※ どちらも独善的で相手の迷惑や常識に配慮することはない、超危険なカルトである。



◇◆◇ 創価学会の独善性 ◇◆◇

創価学会の教義では、「創価学会だけが正しい宗教で、ほかの宗教はすべて邪教であり、
その信者や無宗教の人は地獄に落ちる。救済されるのは創価学会員だけ」とされている。

そして学会員は「自分たちは唯一の正しい宗教を信じているから、そうでない人よりも
高い境涯にある。創価学会以外の考え方はすべて無価値で間違っている」と信じている。

だから彼らは、学会員でない者に対して「地獄に落ちるとも知らずに、間違ったことを
信じていて、何が正しいかも分からない愚かで哀れな連中」と考え、見下す態度をとる。

創価学会の幹部は、こうした教義で信者を洗脳して「唯一の正しい宗教を広めるために
勧誘すればご利益があるし、相手を救うことにもなる。感謝されて当然」と教えている。

学会員が相手の迷惑を顧みることなく強引な勧誘をするのには、このような背景がある。
洗脳を受けた者が覚醒することは少ない。カルトとは関わらないのが無難な対応である。



解説

 顕正会の正式な名称は「冨士大石寺顕正会」である。かつては創価学会と同じく、日蓮
正宗の在家信者団体であり、当時は「妙信講」と称した。

 創価学会も妙信講も、ともに国会の議決を得て国立戒壇を設置することを目指していた。
 国立戒壇が実現した暁には、日蓮正宗総本山大石寺の大御本尊がそこに安置される予定
になっていた。

 しかし、創価学会は世間のバッシングを受けたために、国立戒壇の設置を目指すという
教義を取り下げ、日蓮正宗も最大の信徒団体であった創価学会を支持する見解を出した。

 妙信講はこれに異議を唱え、あくまでも国立戒壇の実現を目指すべきだと主張し続けた
ために、昭和49年(1974年)、日蓮正宗から信徒除名処分を受けた。

 その後、妙信講は顕正会と名を改めた。彼らは現在も国立戒壇の実現を主張している。
 顕正会から見れば、創価学会は当初の理想を捨てた裏切り者であるため、激しく憎悪し
ている。創価学会も顕正会を敵視している。

 一般市民にとっては、どちらも大差ない、迷惑千万なカルトである。
 顕正会員も「創価学会の独善性」で述べた学会員の特徴とまったく同じように、独善的
な教義を信奉している。

 国立戒壇以外の両者の違いとしては、創価学会は池田大作、顕正会は浅井昭衛を「先生」
と呼ぶこと、創価学会員は全国に分布しているのに対して、顕正会員は関東地方に集中し
ていることくらいである(公明党を擁して公権力に食いこんでいる分だけ、創価学会の方
がより有害ではある)。

 笑止なことに、学会員には「顕正会はカルトだけど、自分たちはそうではない」と主張
する者が少なくない。両者は鏡写しのようにそっくりであるにもかかわらず……。

 上述したように、創価学会員や顕正会員は自分たちだけが正しいと信じ、強引な勧誘を
行う連中である。不愉快な目に遭いたくないのであれば、どちらとも関わりにならない方
がよい。平穏無事な人生には、カルトは不必要な存在である。

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2019年9月22日日曜日

「言論部」と「ネットリスク対策室」

 当ブログでもこれまで何回か言及してきたが、昭和55年(1980年)、池田大作の側近中
の側近だった原島嵩氏が造反し、創価学会の実態について週刊誌等での告発を開始した。

 それらの暴露の中に、聖教新聞の紙面には、池田大作による「作り記事」が頻繁に掲載
され、時には1面から7面までが池田が指示したとおりの記事で埋められることもあった
というものがあった。それに加えて原島氏は、こうも述べている。


> 「作り記事」はそれだけではありません。『寸鉄』などを使って池田氏が言いたいこ
> とを書くのはまだいい方です。問題は「声」の欄です。本当は、読者(会員)の声の
> すべてがそのまま反映されるべきページですが、ここには多くの作り記事があるので
> す。
 (中略)
>  池田氏自身が“読者の投書”を作ったこともありますし、多くの作り投書も、池田氏
> の指示でなされます。池田氏自身の“投書”で、私が最も印象に残っているのは、昭和
> 四十五年の、あの言論出版妨害事件で創価学会が社会の批判を受けていた当時のもの
> です。それは、他宗派(確か真言宗だったと記憶しています)の僧侶と名乗って書か
> れたもので、内容は、
> 「これだけ社会から学会員がいじめられている中で、創価学会が前進していることに
> 敬意を表する」
>  という趣旨のものでした。
 (『週刊サンケイ』1980年10月30日号)


 この記事で原島氏は、池田が聖教新聞に力を注いだ理由として「最大の関心事は自己の
“本仏化”と部数の伸びにあったように思います」とも述べている。

 私は原島氏が述べている「池田大作による投稿の自作自演」に興味を引かれ、当時の聖
教新聞を確認してみたところ、該当すると思われる記事を見つけた。

(『聖教新聞』昭和45年〔1970年〕3月2日付)

 ※ 池田センセイが真言宗の僧侶を名乗られたのは、以前にも述べたように「真言はい
  みじかりけり」との、日蓮大聖人の御金言に信服されていたからであろう(「日蓮と
  真言宗と池田大作」参照)。

 これは推測だが、池田大作は平成22年(2010年)に脳梗塞で倒れるまで、聖教新聞の編
集方針に口を出し続けたのではないかと思われる(独裁者が自らのパブリックイメージを
コントロールしようとするのは当然のことだ)。

 前置きが長くなったが、池田センセイを「師匠」として仰ぐ学会員たちが、彼を模範と
して行っていた活動として「言論部」というものがあった。


>  この昭和四十四年の言論妨害時には組織内に言論部という部門があり、学会批判者
> などへひどいイヤガラセをする担当者まで準備されていた。全国の各地域から一定の
> 役職以上の婦人部幹部、あるいは筆の立つ一般学会員を抜擢して言論部員に任命して
> おき、何か問題が生じるたびに各地の創価学会会館などへ招集をかけるのだ。なにし
> ろ七百万世帯を数える巨大集団だから、その言論部員は五人や十人ではない。本部か
> ら指示が出るたびに各地の部員たちは葉書を持ち寄り、多い場所では一ヵ所百人、百
> 五十人単位で集まった。
>  現場の一室では言論部担当の学会幹部から部員一人ひとりに具体的なテーマ、宛先
> までがふり分けられる。それぞれがせっせとイヤガラセの手紙や投書を書き、その場
> で書き上げるまで帰宅させない。これを全国数十ヵ所、数百ヵ所の各支部、各会館で
> いっせいにやるわけだから、標的にされた相手はたまらない。文字どおり、イヤガラ
> セの手紙が洪水のように流れこんでくることになる。
>  たとえばこの出版妨害事件の際、学会側から相手の弘達氏の自宅に投げ込まれたイ
> ヤガラセの投書類は優にミカン箱十箱分はあったろう。
>  この投書作戦のほかに電話作戦も強烈だった。やはり本部が学会員を総動員して、
> 学会批判をやったテレビ局やラジオ局、雑誌編集部をめがけどんどん電話をかけさせ
> た。個人宅にも「家に火をつけるゾ」「夜道に気をつけろ」といった脅迫電話が殺到
> したり、散々なイヤガラセ戦術が展開されたものである。
 (藤原行正著『池田大作の素顔』)

 ※ ここで言及されているのは、評論家の藤原弘達氏が『創価学会を斬る』を出版した
  際、創価学会が引き起こした騒動についてである。


 藤原弘達氏が平成11年(1999年)に逝去した際にも、「おめでとうございます」という
嫌がらせの電話がひっきりなしにかかってきたという。

 近年ではさすがにこれほどひどい話は聞かないが、創価学会の体質は本当に変わったの
だろうか。

 私見を述べると、彼らの体質が変わったのではなく、今のご時世にそんなことをすれば、
すぐにインターネットにさらされてしまうから、やらなくなっただけだと思う。

 「取り囲み折伏」のような迷惑行為を続けていることからも明らかなように、創価学会
の独善的で他者への思いやりに欠ける在り方は、現在でも昭和40年代と変わらないが、自
分の首を絞めるような愚行は避けるようになったということではないだろうか。

 また、どこまで組織的なものかは判断し難いのだが、5ch等ネット上の匿名掲示板では
創価学会への批判者を中傷する書き込みは珍しくない。

 「『創価学会員から嫌がらせをされた』と言っているのは、被害妄想に陥った統合失調
症患者」などと決めつける書き込みまである(「集団ストーカー」被害を訴えている人の
中には、実際に精神疾患のため被害妄想に陥っている人も、一定数いると推測されるのが
厄介ではあるが)。

 池田センセイの精神を受け継ぎ、匿名掲示板でかつての「言論部」と同様の活動を続け
ている学会員が少なからずいると考えられる。

 信濃町の学会本部にも、インターネット対策を専門とする部署があるとの情報もある。
 創価学会から除名処分を受けた元本部職員3人組が開設しているブログに、「私たちが
職員に在籍していた時にはすでに、青年職員が10数名ほど配属された“ネットリスク対
策室”のようなプロジェクトがあった」との記述がある。

 残念ながら情報が乏しいため、信濃町の「ネットリスク対策室」の活動実態には不明な
点が多い(この名称が正式なものかさえも分からない)。

 だが、3人組のブログにある「反学会的なツイッターやブログへの監視、荒らし行為な
どを行っているのではないか」という推測には説得力がある。

 ネットリスク対策室は、その他にも「検索エンジン最適化」なども手掛けていると考え
られる。「検索エンジン最適化」とは、Google等で検索した際、上位に表示されるように
ウェブサイトを最適化することで、主としてマーケティングを目的として行われる。

 創価学会は、学会員に見られたくないサイト――創価学会に対して批判的なブログ等―
―が、検索結果の上位に表示されないように工作しているのではないかと疑われる。

 一例を挙げると、しばらく前までは「創価学会」で検索すると、最も代表的な批判ブロ
グである「対話を求めて」が10位以内に表示されていたが、現在では「創価学会」で検索
しただけでは、このブログを見つけることは困難になっている(「対話を求めて」は、個
人運営にもかかわらず、900万以上という驚異的なアクセス数を達成したブログである)。
 
 繰り返しになるが、創価学会の反社会的体質は現在でもほとんど変わっていない。より
狡猾で目立ちにくい手法を取るようになっただけである。

 創価学会に関するマスコミの報道が減ってしまったため、現状についての情報を得るこ
とも難しくなった面もあるが、彼らが過去に何をやってきたかを知ることで、現在の在り
方についても推測することはできる。

 「言論部」が行ってきた嫌がらせ行為を、何十年も昔の問題として片づけるのではなく、
過去にそのような反社会行為に手を染め、現在も同様の体質を濃厚に受け継いでいる創価
学会が、今後も何らかのトラブルを起こすリスクは小さくないことを鑑み、警戒し続ける
べきだと私は考える。

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2019年9月15日日曜日

婦人部と「無冠の友」

 創価学会の活動において、中核的な役割を担っているのが婦人部である。
 婦人部の活動家は、座談会などの頻繁に開かれる創価学会の会合に参加し、会合がない
日も未活・非活――活動家ではない学会員――への家庭訪問や、聖教新聞の拡販活動など
に飛び回っている(「学会活動できるじゃない!」参照)。

 彼女たちは、敬愛する池田センセイの著書は必ず購入するが、学会活動があまりにも忙
しいため、それらの本を読む暇もないほどだという(婦人部に限らず、創価学会の活動家
の大部分には読書をする習慣はない)。

 学会員の中には、聖教新聞を一家で何部も取っているにもかかわらず、その紙面にはほ
とんど目を通さない者までいる。そんな人でも、数日に一度、必ず一面トップで掲載され
る、池田大作が海外から顕彰を受けたという記事は、ほぼ確実に目にしているはずである。

 聖教新聞しか購読していない学会員は、「池田先生は世界中から称賛されている。それ
は新聞でもよく取り上げられている、間違いのない事実」信じるようになるのだ。

 また、創価学会の会合でも、幹部は「池田先生は素晴しい方」「池田先生は学会員の幸
せのために、毎日、祈ってくださっている」と話す。学会員はそれを聞いて、「責任ある
立場の人も池田先生を称えている。先生はやっぱりすごい! そんな先生からご指導いた
だける私たちは幸せだ」などと、ますます思い込む。

 このようなマインドコントロールの結果、少なくない数の学会員が「池田先生は世界的
な偉人であり、その指導に従うことが正しい生き方だ」と盲信するようになっている。

 特に婦人部には、池田への崇拝がはなはだしい者が多く、創価学会の教義では表向きは
日蓮が「本仏」とされているものの、「現在では、日蓮大聖人の生まれ変わりである、池
田先生が末法の御本仏」とまで信じている者も少なくない(男性の学会員だと、そこまで
池田を崇める者は、婦人部と比較すると少ないようである)。

 池田センセイが健在だった頃は、彼と「特別な関係になりたい」と願う婦人部員も多か
ったそうである。


>  元青年部(男子部)の学会員は言う。
>  「そもそも創価学会という組織が内側で閉じているので、世界が狭いのだが、それ
> に輪をかけるように婦人部のメンバーは専業主婦が多い。まあ、学会サイドとしては、
> 毎日、会合だ何だって動き回るわけだから、もちろん外で仕事をしていない方が都合
> がいいわけだが、そういう女性たちは、現実の社会を知らないから、さらにもっと世
> 界が狭い。そんなんで『池田先生のためなら……』と邁進している人たちだからね。
> そういう人たちに、もし、『池田先生だって、間違うことだってある』なんて言った
> 日には、総スカンですよ。まあ、婦人部の十人中九人は池田の“お手つき”になりたい
> と思っている連中ですから」
>  ちなみに、この「十人中九人」という割合について、別の元学会幹部にぶつけたと
> ころ、「ちょっとその数字はオーバーですが、まあ、そういう女性が婦人部には多い
> ことは間違いありません」とのことだった。
 (古川利明 著『システムとしての創価学会=公明党』)


>  その一方で女性会員の中には、池田崇拝が高じて、池田と握手をすればその手を洗
> わないとか、池田が死んだら自分の命もないんだと思い込んでいる人さえ実際にいる
> のである。婦人部幹部などでも、とくに、創価学会が絶頂期へ向かっていた昭和四十
> 年前後は滅茶苦茶だった。池田大作を宗教上の師匠として尊敬すると同時に魅力あふ
> れる男という視線で凝視し心ときめかせるタイプが少なくなかったのである。
>  彼女たちは池田の目にとまりたいと願い、池田との親しさを競いあい誇示する。
> 「お手付きになりたい」との声まで出る始末だった。あげくに、その念願をはたした
> 当人たちは池田会長との特別の関係をほのめかして他に威張り、周りは「いいですね
> え」と羨ましがった。いってみれば人気スターと熱狂的ファンの関係、世間流にいう
> とそうなる。
 (藤原行正 著『池田大作の素顔』)


 池田センセイは身長160センチ足らずで、贅沢三昧の結果として、でっぷりと肥え太っ
ていた。お世辞にも女性からモテそうではないが、文字どおりの狂信で目が曇っていた婦
人部員にとっては、魅力的だったのである。

 当ブログでも何度も取り上げてきたように、池田大作は週刊誌等で何度も女性スキャン
ダルを報じられたが、池田と直に接する機会のない、末端の婦人部員たちは「池田先生が
ふしだらなことをするはずがない。週刊詩に書いてあることは全部デマ」として、一顧だ
にしなかった。

 「池田先生のお手つきになりたい」と願いながら、同時に「池田先生がふしだらなこと
をするはずがない」と信じるのは矛盾しているようだが、藤原氏が述べているように、婦
人部員にとって池田センセイは偶像(アイドル)だったのだろう。

 聖教新聞の配達員を創価学会では「無冠の友」と呼ぶが、その多くは婦人部員である。
 池田を崇拝する彼女たちは、「池田先生のお手紙」である聖教新聞を配達することこそ、
何よりも功徳になると信じているのだ。


> 「私はずっと無給で聖教新聞の配達をしてきました。会長先生の御手紙を配達させて
> いただいているんだ、むしろ感謝しなさい、朝日新聞を撲滅しようといわれ、すっか
> りその気になっていました」
>  聖教新聞の配達員を十五年間余り続け、地区幹部でもあった東京都内の元学会員M・
> Eさんはそう話し始めた。
> 「でも、妊娠したので辞めさせてくれと申し出たら、当時の販売店主に『とんでもな
> い、そんなことしたら功徳がなくなる、続けることがたいせつだ』といわれ、ついに
> 流産してしまったときはつらかった。罰があたったといわれました。何かまずいこと
> があると、それは全部こちらの罰。いいことは全部、池田先生のおかげ……集金でき
> ない場合は、不信心扱いされるので自腹を切るのがあたりまえ。引っ越す人が出たら、
> そのぶんを、広宣流布に役立つと思い自分が引き受けます。だから、トータルの販売
> 部数も収益も絶対に減らない、そんなしくみになっているんです。
>  配達料が出ても、みんな広布(広布基金)へまわしてしまう。みんなもっていかれ
> てしまう。以前は新聞を廃品回収に出せばいくらかの金をくれましたが、その金すら
> カンパへまわします。また、選挙になればF闘争(賛同者の獲得運動、Fはフレンド
> の略)の費用は自分持ち、おまけに候補者へもカンパ。いつも金、金、金の世界です、
> あそこは。私は聖教新聞を三~五部とっていたし、それに公明新聞、創価新報(隔週
> 刊)、大白蓮華(月刊)聖教グラフ(現・グラフSGI)なども随時とっていたので、
> 一か月の持ち出し金額は万単位にのぼっていました。私は幸せになりたかった、でも、
> 逆にどんどん吸収されてしまい、池田だけ幸せになった……いまでもにえくり返る思
> いがしますが、脱会して本当の心底からの喜びを知りました」
 (野田峯雄 著『増補新版 池田大作 金脈の研究』)


 引用した実態を表現するのに、「搾取」以上に適切な言葉を私は思い浮かべることがで
きない。妊娠した女性に対して「やめたら功徳がなくなる」と脅して働き続けさせ、それ
で流産すれば、今度は「罰があたった」と貶す。あまりにもひど過ぎる話である。

 女子高生を妊娠させたりレイプ事件を起こしたりと、下劣なスキャンダルに事欠かない
池田大作を、「末法の御本仏」として崇拝する創価学会の信仰は、滑稽としか言いようが
ない(「個人崇拝の実態」参照)。

 だが、愚劣な個人崇拝を利用して「無冠の友」と称する搾取的な労働を押しつけ、さら
にわずかばかりの配達料までも広布基金等で吸い上げるという創価学会のやり方は、あま
りにも悪辣であり、先の引用のような目に遭った人までいる事実を笑うわけにはいかない。

 池田大作がいなくなれば、マインドコントロールから覚醒する学会員も増えるであろう
が、創価学会側もそれを阻止しようと池田の神格化を図ると予想される。

 バカげたカルトの被害者を減らすためにも、創価学会の悪質な実態を広め続けることに
は意義がある。私としても、今後とも微力ながら社会貢献できるよう努めたいと思う。

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2019年9月8日日曜日

「集団ストーカー」は実在するか? 2 ― 町内会・PTA等への浸透 ―

 前々回、創価学会のF取りにおいて、標的とされた人の情報を関係する学会員の間で共
有する場合があると述べた。

 こうした情報の共有は、折伏に際しても行われている。「取り囲み折伏」の場合、事前
準備としての情報共有は当然なされるだろうが、一対一の折伏の場合でも、標的の情報を
他の学会員にも教えることが多いようである。


>  学会員のメイン活動の一つは折伏(非学会員を、正しき法である日蓮仏法を実践し
> ている創価学会に入信させること)だが、実際に折伏する前、入信させたい人の名前
> を書いた紙を仏壇に備えて祈りまくる。地域のメンバーが拠点の家にきて、一緒に仏
> 壇に向き合い、折伏が決まることを祈るのは日常茶飯事。勧誘された人が、いろんな
> 学会のメンバーを紹介されると、なぜかすでに自分の名前をばっちり覚えられている。
> それは事前に祈り込みされているからだ。とはいえ、勧誘される人が学会員宅にきて、
> 仏壇に自分の名前が書かれた紙が供えられているとさすがにビックリするだろうから、
> 訪問前に仏壇から取り外すことが多い。
 (創価学会ルール研究所 著『創価学会あるある』)


 知らない間に、自分の名前を書いた紙を創価学会の仏壇に供えられ、しかも折伏の成功
を願って祈られるというのは、かなり薄気味悪い話である。

 実を言うと、私も折伏を受けた際に、相手の学会員から「お前が創価学会に入るように、
みんなで祈ったんだぞ」と言われたことがある。

 以前も述べたとおり、私はこれまでに何度も学会員から折伏を受けたことがあるが、す
べて退けてきた。言うまでもなく、その時も断った。

 私を折伏しようとした学会員は、久しぶりに会った学生時代の知人だったが、数日後、
同じ職場で働いてはいるが、部署が違うために一度も話したことがない人から唐突に話し
かけられて、「あなたは何故、創価学会に入らないのか」となじるように言われ、驚いた
経験がある(その人が学会員であることも、それで知った)。

 おそらく創価学会では、折伏について祈願する際に、氏名等の標的の個人情報を共有す
るだけでなく、作戦会議のようなことも行っているのであろう。

 創価学会では、折伏により新たな信者を獲得することは何よりの功徳であり、ご利益を
もたらすと信じられている。ご利益ほしさに相手の迷惑を顧みず、強引な折伏をする学会
員も少なくない。

 そうした学会員は、「創価学会だけが正しい信仰であり、他の宗教の人は地獄に堕ちて
当然なのだから、折伏を受けた人は感謝して創価学会に入るべきなのだ」などという、自
己中心的な考え方をしている。

 このような妄念を持った連中が、折伏を断られた時、どんな反応をするかは想像に難く
ない。

 創価学会において信仰の指針とされている聖教新聞には、数年ほど前まで、他の宗教や
脱会して批判者に転じた元学会員に対する口汚い誹謗中傷が、ほとんど毎日のように掲載
されていた。学会員にとって、敵対者に罵詈雑言をぶつけることは信仰なのである。

 折伏を拒んだ者は、即ち創価学会を認めない者であり、学会員がそのような人をよく言
うわけがないのだ(折伏の成功を祈願をしていた場合、「何時間も祈ってやったのに!」
という憤りもあって、なおさらのことそうだろう)。

 学会員たちが彼らの間だけで、勧誘を断った人を悪しざまに言うのであれば、さしたる
実害はないかもしれないが、「仏敵撲滅唱題」などという呪詛を喜々として行う連中が、
そんなに甘いわけがない。外部の人にも悪口を言いふらすだろう。

 もちろん、一般の人に対して「誰それは創価学会への入信を断ったから悪人だ」などと
は言わないだろう。「素行に問題がある」等の外部の人間にも聞き入れられ易い言い方を
するはずである。

 厄介なことに学会員は、自治会・町内会やPTAなどの地域コミュニティーにも浸透し
ている。

 創価学会は平成11年(1999年)、「地域本部」を設置し地域社会への「友好活動」を重
視することとした。


>  「友好活動」を広範囲にという「地域本部」設立の目的は、布教と同時に選挙活動
> の拡充にほかならない。その地域本部・地域部が、各方面区地域幹部を対象に配布し
> たのが、以下の内部文書である。
>  「今後の地域部のあり方
>  地域部員は以下の地域役職を有する人で、圏(区)地域部長が認定した人とする。
>  (1)地光会 町会・自治会(これに準ずる地域組織)の三役クラス
>  (2)盛光会 商店街の三役クラス
>  (3)寿光会 老人会の三役以上
>  (4)福光会 民生委員・保護司
>  (5)学光会 PTAの三役クラス
>  (6)勇光会 消防団
>  (7)慈光会 青少年委員、交通安全委員、体育委員など公的ボランティア
>   ★原則として現職。OBについては人によって可。」
>  商店会、老人会、民生委員、PTA,消防団、青少年委員会、交通安全委員会、体
> 育委員……いずれも地域住民の快適な生活をサポートする、公共組織としての色が濃
> い機関である。そうした地域のリーダー格である各機関の三役クラスを、学会は、
> 「地域部員」として認定しようという内部文書だ。
>  全国地域の公共機関をここまで細分化、浸透させ、「友好活動」を推進しようとす
> る創価学会の緻密な地方戦略には、目を見張るものがある。
 (乙骨正生+フォーラム21 編『公明党=創価学会の深層「自・創」野合政権を撃つⅢ』
  所収 段勲 著「集票に貢献する『地域本部』と『芸術部』」)


 町内会・自治会やPTA等は地域にとって重要なものではあるが、その役員になると活
動のために少なからぬ時間と労力を割かなければならない。そのため、こうした地域活動
の役職に就くことを忌避する人も多い。

 このような背景につけ込んで、創価学会員は地域活動の役職等を積極的に引き受け、折
伏やF取りに利用しようとしているのだ。

 地域にもよるだろうが、創価学会の座談会に町内会やPTAの役員が勢揃いしていると
いう、笑えない状況になっているところもあるのではないかと思われる。

 そうした地位にある者たちが結託して悪い噂を流せば、その標的にされた人の評判を、
極めて効果的に失墜せしめることが可能だろう。

 創価学会員は「仏法(=創価学会)は、国法や世法(常識・道徳)に優先する」という
教義を信奉している連中である(「反社会的な教義」参照)。

 地域のために責任を負うべき立場にあったとしても、その者が学会員であった場合、信
仰の論理を優先させ、立場を悪用して折伏に応じなかった者を貶めようとすることは、大
いにあり得ることなのだ。

 心を病んだ人が「特に悪いことをしたわけでもないのに、周りの人が自分の悪口を言っ
ている」という被害妄想を抱くことがあるが、創価学会から敵視されてしまった人の場合、
妄想でも何でもなく、実際にそのような苦境に立たされかねないのである。

 これまでの人生で、創価学会員からF取りや折伏を受けた経験がないという幸運な方に
は想像できないかもしれないが、学会員は常識では考えられないような言動をする連中で
ある。

 何度でも繰り返すが、創価学会は邪悪なカルトである。しかも、学会員は今なお数百万
人もいる。事実上、日本中いたるところにいるのだ。その危険性に対しては、他のカルト
以上の警戒が必要であろう。


追記

 評論家の佐高信氏とテリー伊藤氏との共著『お笑い創価学会 信じる者は救われない』
が出版された際、版元には多数の読者からの手紙が寄せられたという(七割が賛同で、三
割が批判だったとのこと)。

 同書は後に文庫化されたが、佐高氏は文庫版あとがきで読者からの手紙のいくつかを紹
介している。その中に、次のようなものがあった。

>  また都の教員をやっている人は、「勇気ある著書、ありがとうございました」とい
> う書き出しで、学会員の教員の比率が着実に増えていることに言い知れない恐怖を抱
> いてきた、と訴えてきた。
>  同じ職場に必ず数名の学会員職員がおり、軽く話したことでも、あっという間に、
> 地域の学会員保護者を巻き込んでそれが広がるという実感があるとか。
 (佐高信・テリー伊藤 著『お笑い創価学会 信じる者は救われない』文庫版)

 地域社会の中に創価学会員だけのコミュニティーが別にあり、それを介して様々な情報
が共有されていることに不安を感じている人が、それなりの数いるのだと思われる。

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2019年9月1日日曜日

エア本MADについて

 表題については既にほとんどの方がご存知のため、説明は不要かもしれないが、簡単に
述べると「エア本」とは、創価学会の外郭企業・シナノ企画が作成した信者勧誘用のビデ
オ『すばらしきわが人生』『Future』等を元ネタとしたMAD動画のことである。

 2007年(平成19年)11月30日、「久本雅美の頭がカービィのBGMに合わせて爆発し
たようです」がニコニコ動画に投稿されたことをきっかけとして、創価学会をネタにした
動画が次々に公開された。

 しかし、2012年(平成24年)、創価学会員である星野康二氏がニコニコ動画を運営する
株式会社ドワンゴの社外取締役に就任して以降、創価学会側の著作権に基づく要請により、
こうした動画が大量に削除された(エアコースト事件)。

 エアコースト以後、削除を避けるために、シナノ企画の動画をモチーフとした手書きの
イラスト等を用いてMAD動画を作る動きが広まり、現在に至っている。

 以下、エア本MADについての私見を述べる。
 端的に言って、これらの動画は創価学会への批判的意図に基づいて作成されたものであ
り、私としてはその心意気を高く評価している。

 ニコニコ動画やYouTubeの登場により、権力や財力を持たない普通の人々でも、自分の
主張を動画という形で発信出来るようになった。

 創価学会を揶揄するMAD動画には、それまで押さえつけられていた市井の人々による
巨大教団への異議申し立てという意義もあったと思う。

 しかしながら、批判のために作成されたものだったとしても、著作権を侵害していれば、
権利者の申し立てにより削除されてしまうことがあるのは、致し方ないことである。

 模範的な批判とは、明晰な論理により対象の輪郭・限界を描き出しすことで、その本質
や問題点を鋭く指摘しつつ、しかも法的にも道義的にも瑕疵のないものであるべきなのだ
ろう。

 だが、そのようなインテリ然とした非の打ち所がない批判は、ともすれば高踏的なもの
となり、「大衆の原像」から乖離したものとなってしまうきらいがあるのではないか。

 様々な欠点を内包しつつも、一面では正鵠を射ている、大衆の声とは本来そのようなも
のであるはずである。

 池田大作名誉会長は公明党の創立にあたり、その理念を「大衆とともに語り、大衆とと
もに戦い、大衆の中に死んでいく」と語ったという。

 正当な権利の行使とはいえ、権柄ずくで大衆の声を封じ込めようとするやり方を創価学
会が取るようになったことは、彼らが池田センセイから離れ、当初の志を失ってしまった
ことの現れなのかもしれない……。


動画紹介

 代表的なエア本MADをいくつか紹介する。
 未視聴の方は、この機会に是非一度ご覧いただきたい。

 ※ 最初の二つ「マチャリョシカ」「創価100%狂気」にはメッセージ性の強い歌詞が
  付されているので、予備知識がなくても楽しめるが、他は元ネタの知識がないと分か
  りにくいかも……。

マチャリョシカ
 今や国民的アーティストとなったハチ氏の初期の楽曲「マトリョシカ」の替え歌。

創価100%狂気
 人気アニメ「忍たま乱太郎」主題歌の替え歌(この作品はエア本MADではない)。

決戦!サルーイン Parn Battle With SGI All Stars
 人気RPG『ロマンシング サガ』を元ネタにした作品。

Q.Q.T.T.Q.T.T.
「すばらしきわが人生part4」に登場する杉並区の婦人部員、斉藤ふさ子さんの名言「ク
ンツォ!」をモチーフとした作品。

運営に消されてすぐ増える ~ 狂気の必須アモト酸
 人気STG『東方プロジェクト』を元ネタにした作品。「東方頭破七分」というジャンル
に分類される。

D.S池田先生は完成しているのか?最終鬼畜カルト教団・SGI
 東方頭破七分の一つ。

hrhr
 深遠より呼び覚まされし真なる恐怖。その正体は、南太平洋の海底都市に眠る邪神の眷
属とも、南極大陸狂気山脈に跋扈する不定形生物とも言われるが、実は「月のウサギ」な
のだとか……。

池田が膣から生えて来るんだw
 エアコーストを諷刺した作品。


補足
 リンク以外にも優れたエア本作品は多いので、興味のある方は検索していただきたい。
 また、エア本についてより詳しく知りたい方は、以下が参考になると思う。

 頭がパーン@wiki

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