2018年10月21日日曜日

創価批判コピペ集‐⑦(「創価学会と法華経」他)

創価学会と法華経

鎌倉時代の僧侶・日蓮は、法華経こそが仏教のすべての経典の中で最も優れたものと考え、
「南無妙法蓮華経」と唱えれば救われると説いた(法華経の正式名称は「妙法蓮華経」)。

創価学会は、日蓮の教えを正しく受け継ぐ唯一の教団と自称し、その教義では、学会員は
法華経を広める「地涌の菩薩」とされている(これが学会員の選民意識の根拠でもある)。

しかし、ほとんどの創価学会員は、法華経の内容について知らない(興味も持ってない)。
法華経は大乗仏教の重要経典であり、日蓮系だけでなく多くの伝統宗派で重視されている。

その教えも、仏像を供養すると仏道を成じる、修行すれば来世で阿弥陀仏の浄土に生れる、
観音菩薩を拝むとご利益があるといった、多くの仏教徒にとって、なじみ深いものである。

創価学会は、上に挙げた法華経の教えをすべて否定している。日蓮は「善に付け悪につけ
法華経をすつるは地獄の業」と説いた。日蓮が正しいなら、学会員の堕地獄は確定である。

 ※ 「善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業」の出典は『開目抄』(創価学会版
  『日蓮大聖人御書全集』232ページに当該の記述あり)。



創価学会の「御書」

創価学会では『日蓮大聖人御書全集』を出版し、聖典としている(単に「御書」と呼ぶ
ことが多い)。その一番最初に収録されている『唱法華題目抄』に、以下の記述がある。

「仏の遺言に依法不依人と説かせ給いて候へば 経の如くに説かざるをば 何にいみじき
人なりとも御信用あるべからず」(『日蓮大聖人御書全集』9ページ)

「依法不依人(法に依って人に依らざれ)」とは、涅槃経にある教えで、仏教であれば、
国・宗派を問わず重視されている(日本の伝統宗派だけでなく、上座部仏教でも同様)。

創価学会では、名誉会長の池田大作を生き仏のように崇めているが、池田は搾取的な金
集めを実施して贅沢三昧の生活をし、女性学会員に手をつけまくった醜悪な俗物である。

池田は「うんと人を誤魔化して、警察に捕まらないように」と述べたが、そんな反社会
思想を説いた経典など存在せず、池田への個人崇拝は日蓮の教えに明白に違背している。

 ※ 「創価学会の『御書』」は「池田崇拝の何が問題か」後半部分の要約。



解説

 たいていの創価学会員は、「法華経こそが唯一の正しい経典であり、法華経のとおりに
信仰を実践しているのは、創価学会だけだ」と思い込んでいながら、法華経にどのような
教えが説かれているか知らないという、奇妙な人々である。

 当ブログで何度も取り上げてきたが、創価学会の教義は法華経の教えと大きく違うし、
日蓮の教えに忠実だとも言い難い(創価学会が日蓮正宗から受け継いだ日蓮本仏論は、大
石寺26世法主・日寛が体系化したもので、本来の日蓮の教えではない)。

 法華経についての知識は、創価学会員のマインドコントロールを説くためにも、しつこ
く折伏されて迷惑している方にも有用ではないかと思われる。
 法華経は岩波文庫に収録されており、誰でも気軽に読むことができる。

 岩波文庫版法華経には、漢訳(白文)とその書き下し文だけでなく、サンスクリット原
典からの翻訳も収録されているほか、注解も充実しており、予備知識がない読者にも配慮
されている。

 「創価学会と法華経」で挙げた創価学会の教義との矛盾点が、岩波文庫版法華経のどこ
に該当するかを参考までに以下に記す。


 ・仏像について
  仏像を礼拝供養すると仏道を成じるという記述は方便品にある。
  岩波文庫『法華経(上)』114~117ページが該当する。
  なお、当ブログでも「仏像を拝むのは謗法か?」で、一部を引用した。


 ・阿弥陀如来の浄土について
  法華経では薬王菩薩本事品に説かれている。 
  岩波文庫『法華経(下)』204~205ページが該当する。

  漢訳法華経では「極楽浄土」ではなく、「安楽世界」と訳されているが、どちらも原
 語はサンスクリット語の「スカーヴァティー」である。


 ・観音菩薩について
  東アジアの仏教の特色とも言える観音信仰であるが、その根拠となった経典は法華経
 である。観音菩薩の功徳を説いたお経といえば観音経だと思っておられる方もいらっし
 ゃるであろうが、観音経は独立した経典ではなく、法華経の観世音菩薩普門品の通称で
 ある。

  観世音菩薩普門品は、岩波文庫『法華経(下)』242~271ページに収められている。
  観音菩薩は、勢至菩薩とともに阿弥陀如来の脇侍とされ、法華経サンスクリット原典
 の観世音菩薩普門品にも極楽浄土についての記述がある。


 「創価学会の『御書』」で引いた『唱法華題目抄』の一節、「仏の遺言に依法不依人と
説かせ給いて候へば 経の如くに説かざるをば 何にいみじき人なりとも御信用あるべから
ず」と、上述の法華経の記述とを組み合わせれば、ほとんどの創価学会員は論破できるの
ではないだろうか。

 ただし、学会員の中には議論に負けると嫌がらせしてくる者も少なくない。創価学会は
危険なカルトであり、学会員とは最初から関わりにならない方が無難であることは、十分
に留意していただきたい。


追記

 創価学会員の中には、宗教の論理で言い負かされそうになると、今度は「科学的根拠を
示せ」と言いだす者もいる。

 「創価学会は法華経に基づいているから正しい宗教だ」と主張しておきながら、創価学
会の教義と法華経の記述とが矛盾していることを指摘されると、「(法華経の教えには)
科学的根拠がないから認められない」と言うのは、ダブルスタンダード以外の何ものでも
ない。創価学会員というのは本来、卑怯な連中なのである。

 結局のところ、創価学会にとっては、日蓮にしろ法華経にしろ、宗教としての正統性を
粉飾するためのアクセサリーに過ぎず、「勝つためなら手段を選ばない」という常軌を逸
した勝他思想こそが本質なのであろう。

 さて、実際に学会員から「科学的根拠うんぬん」言われた場合、どう切り返すべきかだ
が、これが存外に難しい。

 もちろん「南無妙法蓮華経と書いてあるビニールシート製のインチキ本尊に、南無妙法
蓮華経と唱えれば『願いとして叶わざるなし』という、おまエラの教義の一体どこに科学
的根拠があるのか」等の指摘をするのは簡単なことだが、そうした場合、連中は高確率で
嫌がらせをしてくるので避けた方がいい。

 「科学的根拠がないことは認められないという、あなたの言い分はよく分かった。また
法華経、つまり妙法蓮華経の教えに科学的根拠がないということも認めざるを得ない。だ
から、南無妙法蓮華経と唱えるような宗教には、たとえ何があろうと絶対に入らない」と
いった言い方で、言いくるめた方がいいかもしれない。

 しつこいようだが、創価学会の教義は矛盾しているので、ある程度の知識がある者にと
って、それを指摘するのは簡単なことだが、学会員には常識など通じないことが多いので、
関わりにならないのがベストである。

 たとえ勝てる自信があったとしても、学会員との議論に応じるのは、ほかに選択肢がな
い場合に限るべきだと思う。