2017年6月5日月曜日

「日蓮」を名乗る前の日蓮

 日蓮は、建長5年(1253年)4月28日、故郷の清澄寺で立宗を宣言し、それを機に名を
改め、「日蓮」の名を用いるようになった。

 その前には、出家する際に付けられた「是しょう房蓮長」を名乗っていた。「しょう」
と平仮名で書いたのは、この部分については音のみ伝わっており、漢字でどう書くか、長
らく不明だったからである(「是生房」または「是性房」ではないかと考えられていた)。

 昭和10年(1935年)4月14日、当時は神奈川県立図書館となっていた金沢文庫に、調査
研究のために訪れていた立正大学日蓮宗史料編纂会の高瀬乙吉氏により、未発見の日蓮遺
文ではないかと思われる古文書が見出された。この古文書は、後日の鑑定により間違いな
く日蓮遺文だと確認された。

 ※ 金沢文庫は、金沢流北条氏によって開設された私設図書館である。北条氏滅亡後は
  その菩提寺である真言立宗別格本山称名寺により、長らく管理されていた。鎌倉期の
  貴重な古文書が数多く残されていることで知られる。

 この遺文は、『授決円多羅義集唐決』という仏教書を書写したもので、その奥書に清澄
寺での修業時代の日蓮によるものと、記されていたのである。
 以下に『昭和定本日蓮聖人遺文』第四巻から、当該の奥書を引用する。


> 一 授決円多羅義集唐決上奥書

>  嘉禎四年大歳戊戌十一月十四日
>  阿房國東北御庄清澄山 道善房
>  東面執筆是聖房 生年十七歳
>         後見人々是無非謗


 「東面執筆是聖房 生年十七歳」とある。この発見により、日蓮は、そう名乗る前「是
聖房」であったことが判明したのである。


 話は飛ぶが、『人間革命』第六巻には、日蓮が立教開宗するまでの略伝が記されている。
そこには以下のような記述がある。


>  鎌倉に大雨が降り、大洪水のあった年――嘉禎三年(一二三七年)十月八日、十六
> 歳の薬王麿は、師の道善房により、剃髪の儀式をすますと、名を是生房蓮長と改め、
> 独り立ちの僧侶として清澄山を去り、勉学の旅に出た。


 『人間革命』には「是聖房」ではなく、「是生房」と記されている。『人間革命』第六
巻は、昭和46年(1971年)に刊行されているのも関わらず、昭和10年の発見が反映されて
いないのだ。

 その理由は、創価学会版『日蓮大聖人御書全集』にある。この学会版御書には、日蓮正
宗の相伝書である『産湯相承事』が収録されている。以下にその一部を引用する。


>  御名乗りの事、始めは是生、実名は蓮長と申し奉る。後に日蓮と名乗り有りし御事
> は、悲母梅菊女は平の畠山殿の一類にて御坐すと云云。
 (中略)
>  日蓮の日は則ち日の神、昼なり。蓮は即ち月の神、夜なり。月は水を縁とす、蓮は
> 水より生ずる故なり。又是生とは日の下の人を生むと書きたり。日蓮天上天下一切衆
> 生の主君なり、父母なり、師匠なり。


 この文書は、日蓮の説法を大石寺開山である日興が記したものということになっている。
 しかし、日興直筆の古文書が現存しているわけではない。そして何より、日蓮が「是生」
と名乗っていたなどと書いてある。「是聖房」であった日蓮が、そのようなことを語るわ
けがないのであり、偽書であることは明白である。

 『人間革命』において、史料研究により明らかになった史実を無視して、日蓮が「是生
房」を名乗っていたと書かれているのは、創価学会版『日蓮大聖人御書全集』が、真蹟が
現存する遺文も偽書もクソミソに寄せ集めた、問題の多いシロモノであることを隠蔽する
ためだったのである。

 先に『昭和定本日蓮聖人遺文』から引用したが、この遺文集は、身延山日蓮宗が開宗七
百年の記念事業として、編纂したものである(学会版御書の編者である堀日亨氏も協力し
ている)。

 『人間革命』第五巻には、学会版御書の刊行時の模様が記されており、校正作業が終了
した際、戸田城聖が「聞くところによると、身延の方は、二、三冊に分割して出すとのこ
とで、しかも未だできていない。完全にわれわれの勝利です」と述べたと書かれている。

 だが、宗祖日蓮の名前も間違えるような様で、本当に「勝った」などと言えるのだろう
か(売上では勝ったと言えるかもしれないが……)。

 また、創価学会は「御書根本」「日蓮大聖人直結」などというが、そのような主張をす
る資格があるのだろうか。

 『人間革命』のいい加減な記述は、「是生房」に限るものではないが、この件は、創価
学会がいかに誠実さを欠いた宗教であるかを、証明するものといえよう。



補足1 『授決円多羅義集唐決』について

 『授決円多羅義集唐決』は第五代天台座主・円珍が著したものと仮託されているが、実
際には平安末期に別の人物が著したものだという。
 なお、金沢文庫所蔵の日蓮による写本は、現在では国法に指定されている。


補足2 『産湯相承事』について

 引用中に「日蓮天上天下一切衆生の主君なり、父母なり、師匠なり」とあるが、日蓮の
真蹟遺文には「主・師・親」の三徳を備えていることが、「本仏」の特性と述べられてお
り、『産湯相承事』は日蓮本仏論の根拠にもなっている(日蓮真蹟中で「本仏」とされて
いるのは、あくまでも釈尊である)。

 真蹟遺文の中に、日蓮が明確に「本仏」を自称しているものはなく、日蓮本仏論は『産
湯相承事』をはじめとする偽書にしか根拠がない教義である。