2017年6月30日金曜日

藤井富雄氏について

 藤井富雄氏は、公明党について論じる上で、避けて通れない人物である。藤井氏は大正
13年(1924年)生まれで今年93歳を迎えるが、現在もなお、都議会公明党の顧問として、
隠然たる力をもつといわれる。

 自民党の内田茂都議が「都議会のドン」として、権勢を振るっているとマスコミで騒が
れたが、内田氏の先代の「ドン」は藤井氏であり、往時は「藤井先生に挨拶しなければ、
都の事業は一歩も進まない」と言われるほどだったという。

 藤井氏は『人間革命』第十巻に「富井林策」として登場し、池田大作(作中では「山本
伸一」)の「股肱」として描かれている。

 創価学会の中では、『人間革命』の登場人物となることは、極めつきの栄誉とされてい
る。〝公明党から立候補した△△さんは『人間革命』に登場した人〟となれば、学会員た
ちはより一層、選挙運動に熱を入れるのである。

 『人間革命』の記述により〝池田先生が「股肱」と頼む人〟との評判を勝ち得た藤井氏
は、平成17年(2005年)に引退するまで、東京都議会議員に11期連続して当選した。

 公明党には、在任中に66歳を超える者は公認しないという定年制があるが、藤井氏は81
歳まで議員を務め、その後も顧問として影響力を保ち続けている。

 藤井氏が異例の年齢まで議員を続けられたのも、その後も顧問として優遇されているの
も、池田大作の「鶴の一声」があったからだという。

 藤井氏は、昭和42年(1967年)に都議会公明党の幹事長に就任しているが、その当時の
彼は、「ぼくはカイライだから、いちいちおうかがいを立てなくちゃ、何もいえないよ」
と、しばしば語っていたという(内藤国夫著『公明党の素顔』による)。

 幹事長という地位にありながら、池田大作の「カイライ」だと平然と語っていた藤井氏。
『人間革命』に池田の「股肱」と書かれたのは、その忠節が認められたからこそであろう。

 都議会議員による、都政への不当な介入は現在でも問題視されているが、藤井氏もその
ような問題とは無縁ではなかった。その例の一つを、内藤国夫氏の前掲書から引用する。


>  逆に公明党ににらまれたらどうなるか。それを示す事例をつぎにあげよう。
>  それは一人のクリスチャン教師が「いまある宗教は自分の信ずるキリスト教をふく
> めていずれも独善的すぎる。宗教は本来、他教に対してもっと寛容であるべきだ。他
> 宗派をいっさい認めらないようなことではいけない」と信じ、また担当する社会・倫
> 理の授業でもそう説き続けたために降りかかってきた災難である。
>  すなわち、この教師は都議会公明党幹部から「創価学会を誹謗したもの」と叱責さ
> れたのをきっかけに、そういう政治権力からの干渉を防止することが役目のはずの都
> 教育庁からも〝授業停止〟を命じられ、それでも公明党にあやまらぬからと一年余に
> およぶ村八分ならぬ自宅待機処分の追い打ち、そしてついには長年住みなれた学校を
> 追われ、他校に転勤させられたという事例である。


 この教師は、昭和41年(1966年)のある日、都教育庁に呼び出され出頭すると、公明党
都議会議員である藤井富雄氏と小泉隆氏が現れ、叱責されたという。


> 「なんでこんなところに都会議員が……」とS教諭がいぶかしく思っているのも束の
> 間、初対面の小泉議員からはげしい叱責のことばをたたきつけられた。「あなたが担
> 任をしている定時制三年の社会、倫理の授業で、あなたは機会あるごとに創価学会を
> 誹謗してきた。このような授業は憲法違反である。こちらには生徒から連名で記名捺
> 印した投書もあり、証拠もそろっている。全部わかっているのだ」とのこと。
>  教育庁幹部からの注意ならともかく、都議会議員が直接、授業内容にまで干渉して
> くることに当惑したが、S教諭は事が事だけに反論した。「生徒の申し出をそのまま
> うのみにされては困るし、こちらからも釈明させてほしい」といい出すが、「その態
> 度がいかん」とふたたび叱られる始末。
 (中略)
>  この日を境に、それまでの平穏な一教師の生活が現実の政治、そして議員、とくに
> 公明党議員によわい教育庁官僚によってほんろうされるのである。まさにそのやり方
> は「弾圧」と批判されても仕方がなかった。


 藤井氏らは、都議会議員の権力を笠に着て、倫理の授業で宗教的寛容の大切さを説いた
一教師に、「創価学会を誹謗した」などと難癖をつけ、都教育庁に圧力をかけて左遷させ
たのである。

 「宗教は寛容であるべき」という、ごくまっとうな主張が、創価学会への批判にあたる
のだというならば、態度を改めるべきなのは、創価学会の方であろう。

 しかも、藤井氏はこのような問題を起こしておきながら、その後数十年間、都議会議員
であり続け、ついには「都議会のドン」と呼ばれるほどの権勢を誇るまでになるのである。

 ジャーナリスト・古川利明氏の著書『シンジケートとしての創価学会=公明党』によると、
藤井氏は、都の清掃利権を握ったほか、建設業界等にも食い込んでいたという。
 同書には関係者の証言として、以下の記述がある。


>  「都知事選挙になると、知事の後援会なんかから、区議会議員に配る、いわゆるオ
> モテのカネが出るが、それとは別に業者からもちゃんとウラのカネが入る。『建設業
> 界からカネが来るんだが、それを藤井富雄と二人で山分けしたことがある』と、藤原
> 行正から直接、聞いたことがある。もちろん、その山分けした金額も知っているが、
> それを言うと、ネタ元が私であることがバレる恐れがあるので、それだけは勘弁して
> ほしい。でも、半端な金額ではない」
>  ちなみに、池田の信任の厚い藤井富雄は都議会公明党の幹事長を九二年まで務め、
> その後は議員団長(九四年―九六年)のほか、公明党が一時、分党し、国会議員を新
> 進党に合流させ、地方組織を「公明」として残した際の代表に就任。九九年十月現在
> の肩書きは「都議会公明党顧問」「公明党常任顧問」と一歩引いた形になってはいる
> が、都議会公明党だけでなく、都議会全体にも大きな睨みを効かせているのは、周知
> の通りである。


 藤井氏のスキャンダルとしては、後藤組の組長・後藤忠正氏との密会での会話を録音さ
れ、後にそれを野中広務氏に握られて、政治利用された件が有名である(具体的には平成
8年(1996年)の住専問題で、自民党との妥協を強いられた)。

 録音された藤井‐後藤会談の内容は、創価学会への批判を続けていた亀井静香氏らについ
て、藤井氏が後藤組長に襲撃を依頼したのではないか、と取り沙汰されたが、真偽は定か
ではない。

 しかし、藤井氏が都議会議員という公職にありながら、暴力団組長と何度も密会するよ
うな関係にあったことは事実である。後藤氏は著書『憚りながら』で、藤井氏とは「しょ
っちゅう〝密会〟してた」と述べ、「実に組織に忠実だった」と評している。

 藤井氏にしろ、池田大作にしろ、まともな組織であれば、とうの昔に失脚しているべき
人間である。彼らが顕職にあり続けていることこそが、創価学会・公明党の異常さを証明
しているともいえる。

 藤井氏のような人物が、池田大作から信任を受けているという理由だけで、要職に就き
続けている公明党は、どう考えても〝公明〟な政党ではない。

 小池都知事は、「都議会のドン」が陰で君臨し、都知事や国会議員以上の力を行使する
という旧態依然としたボス政治を批判し、都政の刷新を訴えているが、先代の「ドン」が
いまだに幅を利かせている公明党と手を組んで、その理想を実現できるのだろうか……。

 公明党は、悪質なカルトである創価学会と事実上、一体の政党である。池田大作の手先
として、過去には様々な問題を引き起こしてきた。

 創価学会員は、公明党議員を投票させるために「F取り」と称する選挙運動に励んでい
るようだが、有権者の皆さんには、公明党の見せかけだけは立派な政策に騙されないでほ
しい。創価学会の本質は、反社会的なカルトであることを忘れずに、投票に臨んでいただ
きたいと願う。