※ 今回は日蓮遺文を引用するが、読みにくいものには大意を記すので古文が煩雑な方
は読み飛ばしても可。
日蓮の主張の中で最もよく知られているものといえば、「念仏無間、禅天魔、真言亡国、
律国賊」という「四箇格言」であろう。
『人間革命』第六巻には、日蓮の幼少時から、諸国での遊学を経て故郷の清澄寺に戻り、
そこで念仏を批判する説法をしたため、地元の地頭に追われることなるまでの略伝が記さ
れている。
その記述では、建長五年(1253年)、日蓮が32歳で立教開宗した際に、この「四箇格言」
を主張したことになっていた。過去形で記したのは、現在市販されている『人間革命』第
二版には、「念仏無間」は書かれているが、その他については削除されているからである。
『人間革命』第二版における記述変更の理由は、第一巻の巻頭にある「文庫版発刊にあ
たって」に記されている。
> 『人間革命』は、創価学会の精神の正史である。文庫版発刊に先立ち、『池田大作
> 全集』への収録・発刊にあたって、全集刊行委員会から問題提起がなされた。
> ――それは、この二十年ほどの間で宗開両祖に違背し、腐敗・堕落してしまった宗
> 門が、仏意仏勅の創価学会の崩壊を企て、仏法破壊の元凶となり果てた今、『人間革
> 命』を全集に収録する際にも、その点を考慮すべきではないか、ということであった。
> そうした経緯から全集刊行委員会が名誉会長に宗門関係の記述について再考を願い
> 出たところ、名誉会長は熟慮の末に、「皆の要請ならば」と、その意見を尊重し、推
> 敲を承諾してくれた。
> また、歴史の記述についても、原稿執筆後にあらたな資料が発見、公開されている
> ことなどから、再度、精察し、「五十年後の若い読者が読んでもよくわかるように、
> 表現や表記等も、一部改めたい」との意向であった。そして、それが、小説『人間革
> 命』第二版として、『池田大作全集』(第144巻~第149巻)に収録、刊行の運びとな
> ったのである。
> 聖教ワイド文庫には、この第二版を収め、新たな装丁で、順次、全十二巻が発刊さ
> れることになった。
(聖教ワイド文庫『人間革命』第一巻より引用)
第二版で歴史の記述が変更されたのは「原稿執筆後にあらたな資料が発見、公開されて
いることなどから」だそうだが、本当だろうか。
検証するために、日蓮の著述の中でも最も有名なものである『立正安国論』の一部を引
用する。
> 旅客来たりて嘆いて曰く、近年より近日に至るまで、天変・地夭・飢饉・疫癘遍く
> 天下に満ち、広く地上に迸る。牛馬巷に斃れ、骸骨路に充てり。死を招くの輩既に大
> 半に超え、之を悲しまざるの族敢へて一人も無し。然る間、或は利剣即是の文を専ら
> にして西土教主の名を唱へ、或は衆病悉除の願を恃みて東方如来の経を誦し、或は病
> 即消滅不老不死の詞を仰いで法華真実の妙文を崇め、或は七難即滅七福即生の句を信
> じて百座百講の儀を調へ、有るは秘密真言の教に因って五瓶の水を灑ぎ、有るは坐禅
> 入定の儀を全うして空観の月を澄まし、若しくは七鬼神の号を書して千門に押し、若
> しくは五大力の形を図して万戸に懸け、若しくは天神地祇を拝して四角四堺の祭祀を
> 企て、若しくは万民百姓を哀れみて国主国宰の徳政を行なふ。然りと雖も唯肝胆を摧
> くのみにして弥飢疫に逼り、乞客目に溢れ死人眼に満てり。臥せる屍を観と為し、並
> べる尸を橋と作す。観れば夫二離璧を合はせ、五緯珠を連ぬ。三宝世に在し、百王未
> だ窮まらざるに、此の世早く衰へ、其の法何ぞ廃れたるや。是何なる禍に依り、是何
> なる誤りに由るや。
『立正安国論』は、旅客と主人との問答という形式をとっている。上記は冒頭の一節だ
が、その大意を記すと「『西土教主の名を唱へ(南無阿弥陀仏を唱え)』たり、『東方如
来(薬師如来)の経を誦し』たり、『法華真実の妙文を崇め』たり、『秘密真言の教に』
よったり、『坐禅入定の儀を全う』したり、等々と仏道修行をする者は多いのに、なぜ疫
病などの災いが絶えないのだろうか、いかなる誤りが原因なのだろうか」と、旅客が主人
に問うている。
> 主人の曰く、御鳥羽院の御宇に法然といふもの有り、選択集を作る。則ち一代の聖
> 教を破し遍く十方の衆生を迷はす。
(中略)
> 而るを法然の選択に依って、則ち教主を忘れて西土の仏駄を貴び、付嘱を抛ちて東
> 方の如来を閣き、唯四巻三部の経典を専らにして空しく一代五時の妙典を抛つ。是を
> 以て弥陀の堂に非ざれば皆供仏の志を止め、念仏の者に非ざれば早く施僧の懐ひを忘
> る。故に仏堂は零落して瓦松の煙老い、僧房は荒廃して庭草の露深し。然りと雖も各
> 護惜の心を捨てて、並びに建立の思ひを廃す。是を以て住持の聖僧行きて帰らず、守
> 護の善神去りて来たること無し。是偏に法然の選択に依るなり。悲しいかな数十年の
> 間、百千万の人魔縁に蕩かされて多く仏教に迷へり。謗を好んで正を忘る、善神怒り
> を成さざらんや。円を捨てて偏を好む、悪鬼便りを得ざらんや。如かず彼の万祈を修
> せんよりは此の一凶を禁ぜんには。
旅客の質問に対する主人の答えは、「法然の『選択本願念仏集』に迷わされた人々が正
しい教えを捨てたために、守護の善神が去り、悪鬼にとっては都合がよくなった。『彼の
万祈』を修行するよりも、『此の一凶(法然の専修念仏)』を禁じるべきである」という
ものだった。以上が『立正安国論』における日蓮の主張の概略である。
『立正安国論』は、日蓮が39歳の時に著された。その中では真言密教や禅にも言及され
ているが、それらについて批判的な記述はない。日蓮が『立正安国論』において批判して
いるのは、法然の専修念仏だけである。
『立正安国論』の記述から推すと、32歳の時点での日蓮が、「念仏無間」はともかく、
「禅天魔、真言亡国」などと主張したとは考えにくい。
また『守護国家論』――『立正安国論』の前年の著述――には、「大乗に就いて又四十
余年の諸経は不了義経、法華・涅槃・大日経等は了義経なり」とあり、代表的な密教経典
である大日経を、法華経・涅槃経と並んで、了義経――真実の教えが解き明かされた経典
――とする見解が示されており、それ以前の日蓮が真言密教を批判したとは考えられない。
もっとも『清澄寺大衆中』――日蓮が身延隠棲後に故郷へ送った手紙――には、以下の
記述があるので、禅宗への批判は行ったのかもしれない。
> 禅宗・浄土宗なんどと申すは又いうばかりなき僻見の者なり、此れを申さば必ず日
> 蓮が命と成るべしと存知せしかども虚空蔵菩薩の御恩をほうぜんがために建長五年四
> 月二十八日安房の国東条の郷清澄寺道善の房持仏堂の南面にして浄円房と申す者並び
> に少少の大衆にこれを申しはじめて其の後二十余年が間・退転なく申す
『人間革命』第六巻の初版は、昭和46年(1971年)2月11日である。「四箇格言」につ
いての記述が変更された第二版の方の『人間革命』第六巻は、平成25年(2013年)6月6日
に刊行されている。
つまり、『人間革命』は日蓮の最も代表的な主張である「四箇格言」について、史実と
異なる説明をし、しかもそれを四十年以上も訂正することなく放置していたのである。
『立正安国論』は、近年になって新発見された歴史資料ではない。日蓮が在家の弟子で
あった富木常忍に委ね、日蓮没後に出家した彼が開山した中山法華経寺に、今にいたるま
で保管されてきた。現在は国宝に指定されている。
『守護国家論』や『清澄寺大衆中』(双方とも真蹟は身延曾存)にしても、古くから重
視されてきた遺文であり、新たに見出されたものではない。
「原稿執筆後にあらたな資料が発見、公開されていることなどから」歴史についての記
述を改めたというのは、ウソ八百である。
創価学会がのたまう「日蓮大聖人直結」とか「御書根本」というのは、所詮はこの程度
なのである。まあ、インチキ宗教なのだから、言っても詮無きことだが。
『人間革命』の欺瞞を見ても明らかなように、創価学会の出版物を読んでも、日蓮の思
想を正しく理解することなどできない。
もちろん浅学非才の私にも、日蓮の教えを正しく伝える能力などないが、それでも創価
学会のウソや、過剰な神格化等の欺瞞を暴くことならばできるつもりである。
今回から数回にわたって、日蓮を含めた鎌倉仏教の祖師たちの思想を紹介し、創価学会
がエセ仏教に過ぎないことを示したいと思う。
日蓮の主張は、彼が様々な経験をし、思索を重ねることによって変遷していった。『立
正安国論』についても、真言宗等への批判を加筆した「広本」を後に著わしている(ちな
みに創価学会版『日蓮大聖人御書全集』には、広本の方の『立正安国論』は収録されてい
ない)。
晩年の著述である『諌暁八幡抄』(真蹟 富士大石寺)には、「四箇格言」についての
記述もある。
> 我が弟子等が愚案にをもわく、我が師は法華経を弘通し給ふとてひろまらざる上、
> 大難の来たれるは、真言は国をほろぼす、念仏は無間地獄、禅は天魔の所為、律僧は
> 国賊との給ふゆへなり。例せば道理有る問注に悪口のまじわれるがごとしと云云。
日蓮は、なかなか良い弟子に恵まれていたようである。
日蓮のこうした主張については、5ch(旧2ch)で以下のアスキーアートを目にしたこと
がある方も多いと思う。
分かりやすく、なかなかよくできているが、いくつか不正確というか、誤解を招く部分
があるので、その点について解説したい。
まず、時代背景として、当時の仏教勢力は単に幕府から、庇護や統制を受けるだけの存
在ではなかったことを理解する必要がある。延暦寺や興福寺などの旧仏教勢力は、広大な
寺領と僧兵団を擁しており、幕府から一方的に支配されていたわけではない。
また、真言宗と天台宗を密教としているのは正しいが、鎌倉幕府が臨済宗を庇護した理
由も、臨済宗が相当に密教的だったからである。
臨済宗を伝えた栄西は密教僧でもあった。栄西には「千光法師」という尊称があるが、
それは彼が請雨の祈祷をした際に、全身から光を放って祈祷を成功させたとの伝説がある
ことに由来する。
真言宗・天台宗は、貴族との関係が深かった。それに対して臨済宗は、新興の武士階級
のために加持祈祷をしてくれる宗派として、幕府から歓迎されたのである。
加えて、この図の中に浄土真宗が入っているのは正確とは言い難い。浄土真宗の宗祖・
親鸞は、日蓮と同時代人であるが、浄土真宗が独立した宗派として成立したのは、室町時
代の蓮如の代になってからである。
最後に日蓮についてだが、上述したように彼が他宗を批判したのは事実である。しかし、
道元・栄西・親鸞・一遍について名指しで批判したことはない。
日蓮が名指しで攻撃したのは、先述した法然の他に、蘭渓道隆と大日房能忍――現存し
ない禅宗の一派「達磨宗」の祖――と、真言律宗の良観房忍性などである。
日蓮は何の根拠もなく、独善的な主張をしたわけではなかった。法華経を最高の経典と
する天台教学と末法思想――いずれも当時は権威があった――に基づいていた。
だが、他の宗派の祖師にも、信仰の正当性を主張する根拠はあったのだし、法華経を重
視したのも日蓮だけではない。道元は主著である『正法眼蔵』で、何回も法華経について
言及している。
次回以降、日蓮の思想を他の祖師と比較しながら論じていく予定である。
補足1 『人間革命』第二版における変更点
旧『人間革命』第六巻には、「四箇格言」についての解説も記されていた。その記述も
欺瞞に満ちたものだったが、第二版では削除されている(「創価学会は本当に『御書根本』
か?①」参照)。
また、旧『人間革命』には、日蓮がそう名乗る前、「是生房」と呼ばれていたとの誤っ
た記述があったが、それも第二版では改められている(「『日蓮』を名乗る前の日蓮」参
照)。
新旧の『人間革命』を読み比べ、精査すれば、他にもウソやゴマカシはたくさん出てき
そうだが、それは別の機会に論じたい。
補足2 旧『人間革命』第六巻の典拠
旧『人間革命』第六巻において、日蓮が立教開宗と同時に「四箇格言」を主張したとの
記述は、日蓮遺文とされてきた『本門宗要抄』によっている。
だが、この遺文は古くから偽書と見なされており、創価学会版『日蓮大聖人御書全集』
にも収録されていない。
日蓮遺文の中でも、『立正安国論』は三大部、『守護国家論』は十大部の一つに位置づ
けられ、特に重視されてきた。学会版『御書』にも収録されている。
旧『人間革命』が、なぜそれらの真蹟遺文ではなく、偽書とされる『本門宗要抄』に基
づいて日蓮について記述したのかはよくわからないが、「偽書根本」といわれる創価学会
の体質の一端が表れたのだと解してよいのではないかと思う。
2018年7月8日日曜日
2018年7月1日日曜日
これまでのまとめ
◎ 広宣部・教宣部と嫌がらせの実態
広宣部と教宣部
広宣部・教宣部が連携した嫌がらせの手口
教宣部創設の経緯
広宣部の実態
「脱会者は自殺に追い込め」①
「脱会者は自殺に追い込め」②
◎ 池田本仏論
池田本仏論について①
池田本仏論について②
「会長先生はお父様のような存在」
「700年ぶりだねぇ」の真偽
池田大作の食べ残しを食うと「福運」がつく!?
数珠さすりと弟子分帳
池田大作への個人崇拝の実態
虚仏への供物
「娘に仏様の手がついた」
◎ 池田大作の人となり
憧れの池田センセイ
池田大作在日説について
ピアノと写真、そして執筆活動
池田センセイの話術
池田大作 唱題伝説
池田センセイのご指導
清貧の人? 池田大作
金満家・池田大作
池田大作のぜいたく
名誉学位・名誉市民等について
池田センセイの「ご友人」
池田大作は本当に平和主義者か?
創価学会員はなぜ池田大作を崇拝するのか?
池田崇拝の何が問題か
創価学会の「大勝利」
懲りない男・池田大作
池田大作はバカではない
◎ 創価学会 金満教団への道
創価学会の金集め①
金庫事件(金集め①-補足)
創価学会の金集め②
「牛乳ビンの念珠」とは?(金集め②-補足)
創価学会の金集め③
◎ 収奪的な金集めの手口
財務督促あるいは〝創価学会仏〟の金口直説
財務をすれば万札が降ってくる?
財務に苦しめられる末端学会員
学会幹部に良心はないのか?
創価学会・公明党と生活保護
公明党による口利きの代価
◎ 『人間革命』の欺瞞
創価学会の信心の現証について
そもそも『人間革命』とは
『人間革命』と結核
紙を飲む宗教①
紙を飲む宗教②
紙を飲む宗教③
〝狸祭り事件〟について
セックス&バイオレンス
創価学会常住の本尊について
「日蓮」を名乗る前の日蓮
『人間革命』の執筆体制と長期休載
大阪事件
「長男はツギオで、次男はダイサク」
エレベーター相承のウソ
池田大作と戸田城聖の〝遺品の刀〟
◎ 人物
戸田城聖のビジネス(戦前・戦中編)
戸田城聖のビジネス(戦後編‐①)
戸田城聖のビジネス(戦後編‐②)
戸田城聖のビジネス(戦後編‐③)
アル中・戸田城聖
池田城久の死
福島源次郎氏について
藤原行正氏について
藤井富雄氏について
第四代会長・北条浩氏について
幹部の本音
幹部の役得
◎ 教義の矛盾(折伏の被害にあっている方はお役立てください)
私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)①
私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)②
私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)③
私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)④
仏像を拝むのは謗法か?
蔵の財、心の財
創価学会は仏教ではない①
創価学会は仏教ではない②
創価学会は本当に「御書根本」か? ①
創価学会は本当に「御書根本」か? ②
日蓮と真言宗と池田大作
◎ 創価学会 基礎知識
5chスレ立て用テンプレ1~5(創価学会がカルトである理由①)
5chスレ立て用テンプレ6~9(創価学会がカルトである理由②)
創価用語の基礎知識①
創価用語の基礎知識②
創価学会の財力
折伏大行進の実態
折伏成果の水増しについて
創価学会の実世帯数
本部職員の待遇と創価学会の財力
◎ その他
「はじめに」および2ch過去スレ
創価学会とオウム真理教
創価学会が社会から受け入れられない理由
変わらない創価学会
〝福子〟として育てられるということ
誰が公明党に投票しているか?
都議会選挙の結果について
衆議院総選挙の結果について
書評『内側から見る創価学会と公明党』
書評『「人間革命」の読み方』
平成29年をふりかえって
書評『創価学会秘史』
おすすめの本
当面のテーマについて
池田大作の人物像を一通り描いた後、何を書くかについてはいろいろと考えていました。
創価学会の問題点については、まだまだ書くべきことは多いのですが、興味を持ってもら
えるように書くのは、私にとってはなかなかに難しいことであり、次のテーマを決めるの
にも知恵を絞らざるを得ないのです。
月刊『第三文明』での佐藤優氏の連載「希望の源泉・池田思想を読み解く」に触発され、
「狂気の妄言・キンマンコ思想を読み解く」と題して、池田の思想について考察しようと
か、前回少し言及した『旭日の創価学会70年』のような創価学会の出版物に焦点をあてて
みようとか、いくつかのアイデアを思いついたのですが、それらの企画を実現するために
は、相当量の池駄本を購入して読み込むという、気が滅入るような作業が必要なため、当
面は見送ることにしました。
次回からは、数回にわたって日蓮の思想について論じたいと思います。日本史や仏教に
ついての専門的な教育を受けたことがない私にとって、荷が重いテーマではありますが、
創価学会について考察する上では、避けられない論点であり、勇を鼓して挑戦することに
しました。今後ともよろしくお願いします。
広宣部と教宣部
広宣部・教宣部が連携した嫌がらせの手口
教宣部創設の経緯
広宣部の実態
「脱会者は自殺に追い込め」①
「脱会者は自殺に追い込め」②
◎ 池田本仏論
池田本仏論について①
池田本仏論について②
「会長先生はお父様のような存在」
「700年ぶりだねぇ」の真偽
池田大作の食べ残しを食うと「福運」がつく!?
数珠さすりと弟子分帳
池田大作への個人崇拝の実態
虚仏への供物
「娘に仏様の手がついた」
◎ 池田大作の人となり
憧れの池田センセイ
池田大作在日説について
ピアノと写真、そして執筆活動
池田センセイの話術
池田大作 唱題伝説
池田センセイのご指導
清貧の人? 池田大作
金満家・池田大作
池田大作のぜいたく
名誉学位・名誉市民等について
池田センセイの「ご友人」
池田大作は本当に平和主義者か?
創価学会員はなぜ池田大作を崇拝するのか?
池田崇拝の何が問題か
創価学会の「大勝利」
懲りない男・池田大作
池田大作はバカではない
◎ 創価学会 金満教団への道
創価学会の金集め①
金庫事件(金集め①-補足)
創価学会の金集め②
「牛乳ビンの念珠」とは?(金集め②-補足)
創価学会の金集め③
◎ 収奪的な金集めの手口
財務督促あるいは〝創価学会仏〟の金口直説
財務をすれば万札が降ってくる?
財務に苦しめられる末端学会員
学会幹部に良心はないのか?
創価学会・公明党と生活保護
公明党による口利きの代価
◎ 『人間革命』の欺瞞
創価学会の信心の現証について
そもそも『人間革命』とは
『人間革命』と結核
紙を飲む宗教①
紙を飲む宗教②
紙を飲む宗教③
〝狸祭り事件〟について
セックス&バイオレンス
創価学会常住の本尊について
「日蓮」を名乗る前の日蓮
『人間革命』の執筆体制と長期休載
大阪事件
「長男はツギオで、次男はダイサク」
エレベーター相承のウソ
池田大作と戸田城聖の〝遺品の刀〟
◎ 人物
戸田城聖のビジネス(戦前・戦中編)
戸田城聖のビジネス(戦後編‐①)
戸田城聖のビジネス(戦後編‐②)
戸田城聖のビジネス(戦後編‐③)
アル中・戸田城聖
池田城久の死
福島源次郎氏について
藤原行正氏について
藤井富雄氏について
第四代会長・北条浩氏について
幹部の本音
幹部の役得
◎ 教義の矛盾(折伏の被害にあっている方はお役立てください)
私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)①
私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)②
私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)③
私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)④
仏像を拝むのは謗法か?
蔵の財、心の財
創価学会は仏教ではない①
創価学会は仏教ではない②
創価学会は本当に「御書根本」か? ①
創価学会は本当に「御書根本」か? ②
日蓮と真言宗と池田大作
◎ 創価学会 基礎知識
5chスレ立て用テンプレ1~5(創価学会がカルトである理由①)
5chスレ立て用テンプレ6~9(創価学会がカルトである理由②)
創価用語の基礎知識①
創価用語の基礎知識②
創価学会の財力
折伏大行進の実態
折伏成果の水増しについて
創価学会の実世帯数
本部職員の待遇と創価学会の財力
◎ その他
「はじめに」および2ch過去スレ
創価学会とオウム真理教
創価学会が社会から受け入れられない理由
変わらない創価学会
〝福子〟として育てられるということ
誰が公明党に投票しているか?
都議会選挙の結果について
衆議院総選挙の結果について
書評『内側から見る創価学会と公明党』
書評『「人間革命」の読み方』
平成29年をふりかえって
書評『創価学会秘史』
おすすめの本
当面のテーマについて
池田大作の人物像を一通り描いた後、何を書くかについてはいろいろと考えていました。
創価学会の問題点については、まだまだ書くべきことは多いのですが、興味を持ってもら
えるように書くのは、私にとってはなかなかに難しいことであり、次のテーマを決めるの
にも知恵を絞らざるを得ないのです。
月刊『第三文明』での佐藤優氏の連載「希望の源泉・池田思想を読み解く」に触発され、
「狂気の妄言・キンマンコ思想を読み解く」と題して、池田の思想について考察しようと
か、前回少し言及した『旭日の創価学会70年』のような創価学会の出版物に焦点をあてて
みようとか、いくつかのアイデアを思いついたのですが、それらの企画を実現するために
は、相当量の池駄本を購入して読み込むという、気が滅入るような作業が必要なため、当
面は見送ることにしました。
次回からは、数回にわたって日蓮の思想について論じたいと思います。日本史や仏教に
ついての専門的な教育を受けたことがない私にとって、荷が重いテーマではありますが、
創価学会について考察する上では、避けられない論点であり、勇を鼓して挑戦することに
しました。今後ともよろしくお願いします。
2018年6月24日日曜日
おすすめの本
創価学会について書かれた本は数多い。今回は私が読んだことがあり、かつ比較的入手
しやすいと思われるものの中から、おすすめの本を紹介したい。
入手しやすさの判断基準は、私の独断と偏見なので、あまり当てにならないかもしれな
いが、その点についてはご容赦いただきたい。
・『池田大作「権力者」の構造』
著者:溝口敦
出版社:講談社(+α文庫)
初期の創価学会がいかにして飛躍的な発展をとげ、池田大作がどのようにして学会内
部での権力基盤を固め、第三代会長になりおおせたかが描かれている。
内容の大部分は戦後間もない時期のことなので、近年の事情については触れられては
いないが、批判本の中でも古典と言える良作。『人間革命』の内容をより深く理解した
い学会員にもおすすめ。
・『創価学会秘史』
著者:高橋篤史
出版社:講談社
戦前・戦中の創価学会(当時は創価教育学会)の実態が丹念に描かれている。
現在の創価学会が「なかったこと」として、封印した歴史を暴いた作品。
・『黒い手帳 創価学会「日本占領計画」の全記録』
著者:矢野絢也
出版社:講談社
元公明党委員長でありながら、創価学会から「仏敵」に認定されて不当な迫害を受け、
やむなく脱会した著者が、創価学会の反社会的実態を暴いた好著。広宣部や池田本仏論
など、創価学会が隠してきた恥部についても言及されている。
矢野氏は、他にも『「黒い手帳」裁判全記録』『私が愛した池田大作』『乱脈経理』
を著している。
・『創価学会とは何か』
著者:山田直樹
出版社:新潮社
『週刊新潮』に連載された特集記事を単行本化したもの。創価学会によるメディア支
配、NTTドコモ関連会社に勤務する学会員による通話記録窃盗事件、異様な選挙運動
の実態などについて書かれている。
この本を読めば、創価学会が危険なカルトであることがよくわかる。
・『システムとしての創価学会=公明党』
・『シンジケートとしての創価学会=公明党』
・『カルトとしての創価学会=池田大作』
著者:古川利明
出版社:第三書館
三部作ということもあって、その情報量はかなりのもの。創価学会が過去に起こして
きた事件の数々(悪質な選挙違反等)、公明党と警察との癒着、一般的な学会員の人間
像など、その内容は多岐にわたる。
・『創価学会あるある』
著者:創価学会ルール研究所
出版社:ビジネス社
本書の著者は「創価学会ルール研究所」なる団体ということになっているが、実際は
創価大卒のお笑い芸人・長井秀和氏が執筆したらしい。
創価批判を前面に出しているわけではないが、世間の常識からかけ離れた創価学会の
実態が描かれており、興味深い内容となっている。
・『創価学会』
著者:島田裕巳
出版社:新潮社(新潮新書)
創価学会に入りたいわけではないが、その実態を知りたい人に向けた入門書といった
内容。それほど批判的ではないが、戸田城聖が酒を飲みながら講演していたことや、創
価学会員があまりにも独善的なために、宗教学者にとってもつき合いづらい人々である
ことなどが書かれている。
・『創価学会と共産党』
編者:週刊ダイヤモンド編集部
出版社:ダイヤモンド社
『週刊ダイヤモンド』(2016年6月25日号)の特集に加筆修正して書籍化したもの。
全体の4分の3程が創価学会についての記述である(残りは共産党について)。
さほど批判的ではないが、創価学会の概要について詳しく述べられている。
・『旭日の創価学会70年』1~4
編者:秋谷栄之助
出版社:第三文明社
創価学会の創立70周年を記念して、聖教新聞紙上に連載された幹部による座談会を書
籍化したもの。
内容の大部分は、山崎正友氏、竹入義勝氏、阿部日顕氏らに対する悪口雑言であり、
通常の意味では読む価値などない。
このような内容の本に「旭日の~」と冠して出版するところに、創価学会の体質が如
実に表れており、その点では興味深いと言えないこともない。
創価学会がカルト以外の何ものでもないことを証明している迷著。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今回挙げた中から敢えてどれかを選ぶとすれば、『黒い手帳 創価学会「日本占領計画」
の全記録』か、『創価学会とは何か』を推したい。いずれも創価学会の反社会的実態がよ
く描かれており、個人的には学校教育の教材にしてほしいくらいだと思う。
創価学会の真の姿を知るためには、山崎正友氏や原島嵩氏の著書も読むべきだが、「入
手しやすい」とは言い難いことから、今回は紹介の対象から外した。
創価学会については、この他にも興味深い本は多い。別の機会に「おすすめの本」第二
弾を書きたいと思う。
しやすいと思われるものの中から、おすすめの本を紹介したい。
入手しやすさの判断基準は、私の独断と偏見なので、あまり当てにならないかもしれな
いが、その点についてはご容赦いただきたい。
・『池田大作「権力者」の構造』
著者:溝口敦
出版社:講談社(+α文庫)
初期の創価学会がいかにして飛躍的な発展をとげ、池田大作がどのようにして学会内
部での権力基盤を固め、第三代会長になりおおせたかが描かれている。
内容の大部分は戦後間もない時期のことなので、近年の事情については触れられては
いないが、批判本の中でも古典と言える良作。『人間革命』の内容をより深く理解した
い学会員にもおすすめ。
・『創価学会秘史』
著者:高橋篤史
出版社:講談社
戦前・戦中の創価学会(当時は創価教育学会)の実態が丹念に描かれている。
現在の創価学会が「なかったこと」として、封印した歴史を暴いた作品。
・『黒い手帳 創価学会「日本占領計画」の全記録』
著者:矢野絢也
出版社:講談社
元公明党委員長でありながら、創価学会から「仏敵」に認定されて不当な迫害を受け、
やむなく脱会した著者が、創価学会の反社会的実態を暴いた好著。広宣部や池田本仏論
など、創価学会が隠してきた恥部についても言及されている。
矢野氏は、他にも『「黒い手帳」裁判全記録』『私が愛した池田大作』『乱脈経理』
を著している。
・『創価学会とは何か』
著者:山田直樹
出版社:新潮社
『週刊新潮』に連載された特集記事を単行本化したもの。創価学会によるメディア支
配、NTTドコモ関連会社に勤務する学会員による通話記録窃盗事件、異様な選挙運動
の実態などについて書かれている。
この本を読めば、創価学会が危険なカルトであることがよくわかる。
・『システムとしての創価学会=公明党』
・『シンジケートとしての創価学会=公明党』
・『カルトとしての創価学会=池田大作』
著者:古川利明
出版社:第三書館
三部作ということもあって、その情報量はかなりのもの。創価学会が過去に起こして
きた事件の数々(悪質な選挙違反等)、公明党と警察との癒着、一般的な学会員の人間
像など、その内容は多岐にわたる。
・『創価学会あるある』
著者:創価学会ルール研究所
出版社:ビジネス社
本書の著者は「創価学会ルール研究所」なる団体ということになっているが、実際は
創価大卒のお笑い芸人・長井秀和氏が執筆したらしい。
創価批判を前面に出しているわけではないが、世間の常識からかけ離れた創価学会の
実態が描かれており、興味深い内容となっている。
・『創価学会』
著者:島田裕巳
出版社:新潮社(新潮新書)
創価学会に入りたいわけではないが、その実態を知りたい人に向けた入門書といった
内容。それほど批判的ではないが、戸田城聖が酒を飲みながら講演していたことや、創
価学会員があまりにも独善的なために、宗教学者にとってもつき合いづらい人々である
ことなどが書かれている。
・『創価学会と共産党』
編者:週刊ダイヤモンド編集部
出版社:ダイヤモンド社
『週刊ダイヤモンド』(2016年6月25日号)の特集に加筆修正して書籍化したもの。
全体の4分の3程が創価学会についての記述である(残りは共産党について)。
さほど批判的ではないが、創価学会の概要について詳しく述べられている。
・『旭日の創価学会70年』1~4
編者:秋谷栄之助
出版社:第三文明社
創価学会の創立70周年を記念して、聖教新聞紙上に連載された幹部による座談会を書
籍化したもの。
内容の大部分は、山崎正友氏、竹入義勝氏、阿部日顕氏らに対する悪口雑言であり、
通常の意味では読む価値などない。
このような内容の本に「旭日の~」と冠して出版するところに、創価学会の体質が如
実に表れており、その点では興味深いと言えないこともない。
創価学会がカルト以外の何ものでもないことを証明している迷著。
今回挙げた中から敢えてどれかを選ぶとすれば、『黒い手帳 創価学会「日本占領計画」
の全記録』か、『創価学会とは何か』を推したい。いずれも創価学会の反社会的実態がよ
く描かれており、個人的には学校教育の教材にしてほしいくらいだと思う。
創価学会の真の姿を知るためには、山崎正友氏や原島嵩氏の著書も読むべきだが、「入
手しやすい」とは言い難いことから、今回は紹介の対象から外した。
創価学会については、この他にも興味深い本は多い。別の機会に「おすすめの本」第二
弾を書きたいと思う。
2018年6月17日日曜日
池田大作はバカではない
当ブログでは池田大作について、散々その破廉恥な言動や笑止な逸話をあげつらってき
たが、池田という男は決してただのバカではない。
創価学会の教義は支離滅裂で、どのような巧言を弄したところで取り繕い様がない程に
破綻しており、知的水準を疑いたくなる連中なのも確かだが、だからといって決して侮っ
ていい組織ではない。
池田に関するバカげた話だけに目を奪われ、創価学会を甘くみると痛い目に遭うことに
なりかねないのである。
当ブログをお読みになった方が、創価学会の危険性、狡猾さ、邪悪さを過小評価するこ
とのないように、今回は警戒を促したい。
創価学会の表も裏も知り尽くしていた元顧問弁護士・山崎正友氏は、造反後の人生を創
価学会と戦うために費やすことを強いられた。山崎氏は次のように述べている。
> 池田大作のことを〝バカ殿〟扱いして嘲笑する風潮が、一部マスコミにあった。
> 池田大作は、決してバカ殿なんかではない。現在の自民党の首脳など、束になって
> もかなわぬほど〝やり手〟であり、凄みを持った怪物なのだ。東大出身のエリートが、
> 赤子の手をひねるようにあしらわれ魂を喰らわれてしまう〝魔力〟の持ち主なのだ。
> 創価学会は、決してただの宗教団体ではない。
> 政治の世界で、経済の世界で、その他あらゆる面に手をのばし、世界に類を見ない
> 巨大で強力なコングロマリットなのだ。
> 強大な権力と、ずばぬけた財力を持ち、又東大、京大等の卒業者等で固めたエリー
> トの官僚機構を持っているのだ。
> その上、自前の情報機関を持ち、更に、合法、非合法にわたって〝特殊活動〟を任
> 務とする師団をかかえているのだ。
> 百名をこえる弁護団を擁し、その多くは、小・中・高校生の頃から、「ハイル池田」
> を骨のずいまでたたき込まれ、英才教育を受けて法曹界に入ったメンバーである。
> 彼らは、国法の秩序より、創価学会の利益を優先させる。
> とりわけ、池田大作を守る、ということになれば、自分の生命をも捨ててこれに当
> たる。
(山崎正友著『信平裁判の攻防―続々・「月刊ペン」事件』より引用)
上記引用は、信平レイプ裁判において、原告側(信平夫妻)の訴えが裁判で退けられた
理由を分析した記述の一部である。山崎氏は、信平氏側の弁護士が池田大作と創価学会を
侮り、十分な訴訟準備を怠ったことが敗因であるとし、警鐘を鳴らしているのである。
創価学会が頭がおかしいとしか思えない妙な集団なのは事実だが、山崎氏が指摘するよ
うに他に類を見ないほど、危険で反社会的なカルトであることも忘れるべきではない。
そして、創価学会をそのような集団として作り上げたのは、池田大作である。創価学会
は設立当初から、宗教を金集めに利用する組織だったが、信仰を追求しようとする人々が
皆無だったわけではない。
現在の創価学会の基礎を築いたのは第二代会長の戸田城聖だが、戸田は日蓮正宗の信仰
を金儲けに利用する一方で、狂信的な信仰も持っていた。ノンフィクション作家・溝口敦
氏は、彼を「投機的強信者」と評している(『池田大作「権力者」の構造』による)。
創価学会の教義は、極端なまでに現世利益を肯定するものなので、彼らの内面では信仰
と金儲けは相克するものではないが、敢えて言うならば、戸田の信仰面での後継者は石田
次男氏、事業面での後継者が池田大作であったと言えるだろう。
創価学会が宗教団体として健全とまではいかないまでも、よりマシな方向に発展するた
めには、石田氏の方が後継者として適任だっただろうが、池田は石田氏を追い落として第
三代会長におさまり、その後、長きにわたり権力を保ち続けた。
池田大作の独裁支配は、日蓮正宗との抗争や数々のスキャンダルなど、多くの問題を引
き起こしたので、学会内部でも比較的良識的な人々が池田独裁に抗おうとしたり、権力に
制約を課そうと試みたりしたが、池田は病魔に倒れるまでそのすべてを退け続けた。
自分名義で世に出した書籍のほとんどをゴーストライターに書かせていた池田に、そん
な能力があるのかと訝る向きもあろうかと思う。側近の一人として池田に長年仕えた元副
会長・福島源次郎氏は、池田の能力について以下のように評している。
> 名誉会長の能力は、いったい何なのでありましょうか。私達有志の結論は次の二つ
> です。
> 一つは、ずば抜けた人心収攬術です。恐らく当代随一かもしれません。歴史的にも
> 有数の部類に入るでしょう。各人の機微を知り、弱点・性癖・嗜好を察知し、その人・
> その時に応じて、その人の心をとらえていく能力と技は、他の追随を許さぬもので、
> 天才的ともいえます(勿論この術が通用しない人もいます。反感や軽べつで接してく
> る人には、当初から修羅界の気分で、下し軽しめる行為に出るため)。理想を求め憧
> れる青年や女性に対しては特にこの収攬術は威力を発揮します。
> もう一つは、自らを偉大に見せていく演出力と演技力が抜群です。修羅界の強い人
> は、誰しもそれなりにこの能力を持ち合わせていますが、名誉会長のこの能力は、こ
> れも天才的といえるほどみごとであります。これを巧まずして生地のように行なう迫
> 真の演技力がすばらしいのです。私も心からすばらしいと感激したことが数知れぬほ
> どありました。相当の目利きのジャーナリストやわが国有数の一流経営者さえ、生地
> そのものと信用するくらいですから、やはりたいしたものです。
(福島源次郎著『蘇生への選択』より引用)
池田の人心掌握と自己演出の見事さを、福島氏は称賛している。それらについての具体
的なエピソードを、別の書籍から引く。
> 池田が主宰する会食会で池田と同席したことがある非学会員の創価大OBは「これ
> だけ神格化された存在の人からプレゼントされたり、『お母さんを大事にね』と気さ
> くに声を掛けられたりすれば、コロッと落ちてしまう。希代の人たらしだ」と話す。
> 慶應義塾大学名誉教授の小林節は20年ほど前に池田を訪問した際、出迎えた池田か
> ら「あなたは戦っている男の顔をしています。私も戦っている男なんです」と声を掛
> けられ、「ハートをつかまれた気持ちになった」と振り返る。
(週刊ダイヤモンド編集部編『創価学会と共産党』より引用)
こうした能力に加えて、権力への飽くなき野望を持ち続け、そのためには労を惜しまず、
策を弄し続けたことが、池田が影響力を維持し続けられた理由であろう。
以前述べたように、池田は『聖教新聞』の記事、とくに自分に関する記事には必ず目を
通し、手を入れていた。また、金や人事については絶対に部下まかせにはしなかった。
> 組織権力の最たるものは、人事権(特に首脳人事)・資金運用権・最高戦略決定権
> の三つです。この三権、特に人事権を握っている人が、その組織体の権力者であり、
> 最高実力者であって、名目や役職とは無関係です。
> 名誉会長はこの三つをがっちりと握り続けてきました。「名誉会長」に退いても、
> この点はいささかも変わらず、むしろ北條会長逝去後は、「会長」時代よりも権力行
> 使は格段と強化されました。
(福島源次郎著『蘇生への選択』より引用)
それだけでなく、部下が結束して自分に刃向かうことがないように、お互いに忠誠心を
競わせ、出世競争をさせていがみ合うように仕向けることで、トップである池田が調停者・
裁定者として、常に存在感を示せる状況を維持し続けた。
元公明党代表・太田昭宏氏は、池田大作について「信仰心はゼロだけど政治家の資質は
百パーセント」と評したことがあるという。
山崎正友氏も、月刊誌で連載していた『昨日の師・池田大作への手紙』の中で、「どん
なすぐれた弁護士よりも貴方(注:池田)の方が事件処理は上手だと思ったことが、何回
もあります」(『諸君』1982年11月号)と述べている。
池田大作の権謀術数の手腕は、学会幹部の他の誰よりも抜きんでていたのである。
権力への強い執念と優れた手腕を抜きにして、池田大作が絶対的な指導者として創価学
会に君臨し続ることなどなかったであろうし、その池田がトップであり続けたからこそ、
一介の新興宗教でしかない創価学会が、宗教法人の中でも段違いに多い信者数を誇り、公
明党を擁して国政を動かすまでになったのである。
池田大作に「金と権力の亡者」として、抜きんでた資質があったのは事実であるが、彼
が普通の団体であれば――それが仮に企業であれ、政治団体であれ、宗教法人であれ――
とうの昔に失脚して当然のスキャンダルに何度も見舞われたこともまた事実である。
池田が権力を維持し続けられたもう一つの理由として、末端の創価学会員たちの性質を
見逃すことはできない。
創価学会員という連中は、「財務をすれば倍になって福をもたらす」「創価学会のため
につかったお金は、必ず戻ってくる」という何の根拠もない煽り文句に乗せられて、無理
してでも金を出し、「公明党に投票する人を増やせばご利益になる」と信じて、「F取り」
と称する選挙運動に邁進する人々である。
どう考えても、あまり頭の良い人たちではない。創価学会員の大半が愚昧な連中ばかり
だったからこそ、何人もの造反者によって醜聞が暴かれ、週刊誌等であれだけ叩かれたに
もかかわらず、池田大作は創価学会に君臨し続けられたのである。
池田大作は権力亡者ではあっても、決してバカではない。彼が欲望のおもむくままに愚
劣な騒動をひき起こし続けたのは、大半の創価学会員が愚かな連中だと見抜き、『聖教新
聞』等でのプロパガンダで容易に操ることができると見切っていたからであろう。そして、
これまでは池田の思惑通りだった。
だが、インターネットの普及は、情報の収集を格段に容易なものとした。限られた情報
源に依存するように仕向けることで、無知な連中を操作できる時代は、もう終わりを告げ
るべきなのだ。
何度でもいうが、学会員の皆さんもそろそろ目を覚ましてもいいのではないか。創価学
会のような異常なカルトのために人生を浪費するのは、もう止めにすべきだ。
お知らせ
池田大作を焦点とした記事は、本稿をもって一区切りとします。
もちろん、創価学会の実態が池田大作を崇める「池田教」である以上、今後も池田の人
となりについては言及せざるを得ないでしょうが、当面は別のテーマで書くつもりです。
たが、池田という男は決してただのバカではない。
創価学会の教義は支離滅裂で、どのような巧言を弄したところで取り繕い様がない程に
破綻しており、知的水準を疑いたくなる連中なのも確かだが、だからといって決して侮っ
ていい組織ではない。
池田に関するバカげた話だけに目を奪われ、創価学会を甘くみると痛い目に遭うことに
なりかねないのである。
当ブログをお読みになった方が、創価学会の危険性、狡猾さ、邪悪さを過小評価するこ
とのないように、今回は警戒を促したい。
創価学会の表も裏も知り尽くしていた元顧問弁護士・山崎正友氏は、造反後の人生を創
価学会と戦うために費やすことを強いられた。山崎氏は次のように述べている。
> 池田大作のことを〝バカ殿〟扱いして嘲笑する風潮が、一部マスコミにあった。
> 池田大作は、決してバカ殿なんかではない。現在の自民党の首脳など、束になって
> もかなわぬほど〝やり手〟であり、凄みを持った怪物なのだ。東大出身のエリートが、
> 赤子の手をひねるようにあしらわれ魂を喰らわれてしまう〝魔力〟の持ち主なのだ。
> 創価学会は、決してただの宗教団体ではない。
> 政治の世界で、経済の世界で、その他あらゆる面に手をのばし、世界に類を見ない
> 巨大で強力なコングロマリットなのだ。
> 強大な権力と、ずばぬけた財力を持ち、又東大、京大等の卒業者等で固めたエリー
> トの官僚機構を持っているのだ。
> その上、自前の情報機関を持ち、更に、合法、非合法にわたって〝特殊活動〟を任
> 務とする師団をかかえているのだ。
> 百名をこえる弁護団を擁し、その多くは、小・中・高校生の頃から、「ハイル池田」
> を骨のずいまでたたき込まれ、英才教育を受けて法曹界に入ったメンバーである。
> 彼らは、国法の秩序より、創価学会の利益を優先させる。
> とりわけ、池田大作を守る、ということになれば、自分の生命をも捨ててこれに当
> たる。
(山崎正友著『信平裁判の攻防―続々・「月刊ペン」事件』より引用)
上記引用は、信平レイプ裁判において、原告側(信平夫妻)の訴えが裁判で退けられた
理由を分析した記述の一部である。山崎氏は、信平氏側の弁護士が池田大作と創価学会を
侮り、十分な訴訟準備を怠ったことが敗因であるとし、警鐘を鳴らしているのである。
創価学会が頭がおかしいとしか思えない妙な集団なのは事実だが、山崎氏が指摘するよ
うに他に類を見ないほど、危険で反社会的なカルトであることも忘れるべきではない。
そして、創価学会をそのような集団として作り上げたのは、池田大作である。創価学会
は設立当初から、宗教を金集めに利用する組織だったが、信仰を追求しようとする人々が
皆無だったわけではない。
現在の創価学会の基礎を築いたのは第二代会長の戸田城聖だが、戸田は日蓮正宗の信仰
を金儲けに利用する一方で、狂信的な信仰も持っていた。ノンフィクション作家・溝口敦
氏は、彼を「投機的強信者」と評している(『池田大作「権力者」の構造』による)。
創価学会の教義は、極端なまでに現世利益を肯定するものなので、彼らの内面では信仰
と金儲けは相克するものではないが、敢えて言うならば、戸田の信仰面での後継者は石田
次男氏、事業面での後継者が池田大作であったと言えるだろう。
創価学会が宗教団体として健全とまではいかないまでも、よりマシな方向に発展するた
めには、石田氏の方が後継者として適任だっただろうが、池田は石田氏を追い落として第
三代会長におさまり、その後、長きにわたり権力を保ち続けた。
池田大作の独裁支配は、日蓮正宗との抗争や数々のスキャンダルなど、多くの問題を引
き起こしたので、学会内部でも比較的良識的な人々が池田独裁に抗おうとしたり、権力に
制約を課そうと試みたりしたが、池田は病魔に倒れるまでそのすべてを退け続けた。
自分名義で世に出した書籍のほとんどをゴーストライターに書かせていた池田に、そん
な能力があるのかと訝る向きもあろうかと思う。側近の一人として池田に長年仕えた元副
会長・福島源次郎氏は、池田の能力について以下のように評している。
> 名誉会長の能力は、いったい何なのでありましょうか。私達有志の結論は次の二つ
> です。
> 一つは、ずば抜けた人心収攬術です。恐らく当代随一かもしれません。歴史的にも
> 有数の部類に入るでしょう。各人の機微を知り、弱点・性癖・嗜好を察知し、その人・
> その時に応じて、その人の心をとらえていく能力と技は、他の追随を許さぬもので、
> 天才的ともいえます(勿論この術が通用しない人もいます。反感や軽べつで接してく
> る人には、当初から修羅界の気分で、下し軽しめる行為に出るため)。理想を求め憧
> れる青年や女性に対しては特にこの収攬術は威力を発揮します。
> もう一つは、自らを偉大に見せていく演出力と演技力が抜群です。修羅界の強い人
> は、誰しもそれなりにこの能力を持ち合わせていますが、名誉会長のこの能力は、こ
> れも天才的といえるほどみごとであります。これを巧まずして生地のように行なう迫
> 真の演技力がすばらしいのです。私も心からすばらしいと感激したことが数知れぬほ
> どありました。相当の目利きのジャーナリストやわが国有数の一流経営者さえ、生地
> そのものと信用するくらいですから、やはりたいしたものです。
(福島源次郎著『蘇生への選択』より引用)
池田の人心掌握と自己演出の見事さを、福島氏は称賛している。それらについての具体
的なエピソードを、別の書籍から引く。
> 池田が主宰する会食会で池田と同席したことがある非学会員の創価大OBは「これ
> だけ神格化された存在の人からプレゼントされたり、『お母さんを大事にね』と気さ
> くに声を掛けられたりすれば、コロッと落ちてしまう。希代の人たらしだ」と話す。
> 慶應義塾大学名誉教授の小林節は20年ほど前に池田を訪問した際、出迎えた池田か
> ら「あなたは戦っている男の顔をしています。私も戦っている男なんです」と声を掛
> けられ、「ハートをつかまれた気持ちになった」と振り返る。
(週刊ダイヤモンド編集部編『創価学会と共産党』より引用)
こうした能力に加えて、権力への飽くなき野望を持ち続け、そのためには労を惜しまず、
策を弄し続けたことが、池田が影響力を維持し続けられた理由であろう。
以前述べたように、池田は『聖教新聞』の記事、とくに自分に関する記事には必ず目を
通し、手を入れていた。また、金や人事については絶対に部下まかせにはしなかった。
> 組織権力の最たるものは、人事権(特に首脳人事)・資金運用権・最高戦略決定権
> の三つです。この三権、特に人事権を握っている人が、その組織体の権力者であり、
> 最高実力者であって、名目や役職とは無関係です。
> 名誉会長はこの三つをがっちりと握り続けてきました。「名誉会長」に退いても、
> この点はいささかも変わらず、むしろ北條会長逝去後は、「会長」時代よりも権力行
> 使は格段と強化されました。
(福島源次郎著『蘇生への選択』より引用)
それだけでなく、部下が結束して自分に刃向かうことがないように、お互いに忠誠心を
競わせ、出世競争をさせていがみ合うように仕向けることで、トップである池田が調停者・
裁定者として、常に存在感を示せる状況を維持し続けた。
元公明党代表・太田昭宏氏は、池田大作について「信仰心はゼロだけど政治家の資質は
百パーセント」と評したことがあるという。
山崎正友氏も、月刊誌で連載していた『昨日の師・池田大作への手紙』の中で、「どん
なすぐれた弁護士よりも貴方(注:池田)の方が事件処理は上手だと思ったことが、何回
もあります」(『諸君』1982年11月号)と述べている。
池田大作の権謀術数の手腕は、学会幹部の他の誰よりも抜きんでていたのである。
権力への強い執念と優れた手腕を抜きにして、池田大作が絶対的な指導者として創価学
会に君臨し続ることなどなかったであろうし、その池田がトップであり続けたからこそ、
一介の新興宗教でしかない創価学会が、宗教法人の中でも段違いに多い信者数を誇り、公
明党を擁して国政を動かすまでになったのである。
池田大作に「金と権力の亡者」として、抜きんでた資質があったのは事実であるが、彼
が普通の団体であれば――それが仮に企業であれ、政治団体であれ、宗教法人であれ――
とうの昔に失脚して当然のスキャンダルに何度も見舞われたこともまた事実である。
池田が権力を維持し続けられたもう一つの理由として、末端の創価学会員たちの性質を
見逃すことはできない。
創価学会員という連中は、「財務をすれば倍になって福をもたらす」「創価学会のため
につかったお金は、必ず戻ってくる」という何の根拠もない煽り文句に乗せられて、無理
してでも金を出し、「公明党に投票する人を増やせばご利益になる」と信じて、「F取り」
と称する選挙運動に邁進する人々である。
どう考えても、あまり頭の良い人たちではない。創価学会員の大半が愚昧な連中ばかり
だったからこそ、何人もの造反者によって醜聞が暴かれ、週刊誌等であれだけ叩かれたに
もかかわらず、池田大作は創価学会に君臨し続けられたのである。
池田大作は権力亡者ではあっても、決してバカではない。彼が欲望のおもむくままに愚
劣な騒動をひき起こし続けたのは、大半の創価学会員が愚かな連中だと見抜き、『聖教新
聞』等でのプロパガンダで容易に操ることができると見切っていたからであろう。そして、
これまでは池田の思惑通りだった。
だが、インターネットの普及は、情報の収集を格段に容易なものとした。限られた情報
源に依存するように仕向けることで、無知な連中を操作できる時代は、もう終わりを告げ
るべきなのだ。
何度でもいうが、学会員の皆さんもそろそろ目を覚ましてもいいのではないか。創価学
会のような異常なカルトのために人生を浪費するのは、もう止めにすべきだ。
お知らせ
池田大作を焦点とした記事は、本稿をもって一区切りとします。
もちろん、創価学会の実態が池田大作を崇める「池田教」である以上、今後も池田の人
となりについては言及せざるを得ないでしょうが、当面は別のテーマで書くつもりです。
2018年6月10日日曜日
幹部の役得
これまで当ブログで取り上げてきたように、創価学会については何人もの脱会した元幹
部が、金にまつわる問題や、池田大作のスキャンダルなどの内情を暴いてきたが、学会側
もそれらの告発に対して『聖教新聞』などで反論を行ってきた。その一例を以下に示す。
部が、金にまつわる問題や、池田大作のスキャンダルなどの内情を暴いてきたが、学会側
もそれらの告発に対して『聖教新聞』などで反論を行ってきた。その一例を以下に示す。
(『聖教新聞』平成19年〔2007年〕1月22日付)
この記事は原田稔会長らが出席した座談会を収録したもので、山崎正友氏、原島嵩氏、
竹入義勝氏、竜年光氏、大橋敏雄氏、藤原行正氏らを「忘恩の退転者」と呼び、金・酒・
異性に狂って転落したと一方的に決めつけ、断罪している。一部引用する。
> 正木 退転し、清浄な学会にいられなくなった連中は、必ず「金」と「酒」と「異
> 性」で狂う。「転落の方程式」だ。
> 西口 まったくだ。坊主を誑しこんで金儲けを狙った山崎。その山崎に、まんまと
> 金漬け、酒漬けにされて、ますます狂った原島。
> 竹内 それにまた忘恩の悪党議員ども! 竹入、竜、藤原、大橋等々。全部が全部、
> 金、酒、女で破滅じゃないか。
> 原田 学会は清浄無比の団体だ。戸田先生が「戸田の命よりも大事な学会の組織」
> とまでおっしゃった、仏意仏勅の広宣流布の団体だ。
> 正木 その尊い、偉大な学会の組織を利用して遊ぶ! 儲ける!
> 異性問題を起こす!
> 言語道断中の道断だ。そんなやつは見つけ次第、手厳しく断罪する。断固、追放す
> る!
「学会の組織を利用して儲けるやつは、断固、追放する!」と息巻いておられるのは、
先年、理事長職を解かれ、参議会副議長に降格された正木正明氏である。
降格の本当の理由は何だったのかも気になるところだが、それよりも「広宣流布のため」
といって集めた財務により、莫大な資産を築いたと噂される某センセイは追放しなくてよ
いのだろうか。いろいろとツッコミどころの多い座談会である。
さて、原田会長らは池田センセイが乱脈の限りを尽くしてきた創価学会を、「清浄無比
の団体」だと主張しておられるが、この言葉は何らかの実質を伴うものなのであろうか。
前回に引き続き『聖教新聞』記者による内部告発、『小説 聖教新聞』から学会幹部の行
状を描いた一節を引用する。
※ 前回も述べたとおり『小説 聖教新聞』の内容は実話がもとになっており、池田大作
が「沼田太作」として描かれるように、実在の幹部たちが本名とそう違わない仮名で
描かれている。
> 原本実は、沼田のおぼえがよく、そのため若くして出世したエリート中のエリート
> なのだが、虚栄心が強く、沼田と同じように下の者にいばりちらす。そのため職員に
> も一般会員にも人気がなかった。
> こんな男だから、原本には職権や地位を利用しての女性関係も少なくなかった。
> 七、八年前に北海道担当の責任者だったときの話だが、原本は、東京の港区に住む
> 元宝石商と手を組んで、学会関係の利権をあさり、大いにうまい汁を吸っていた。そ
> して、その宝石商から利権の見返りとして女性を世話され、札幌のすすきのに囲った。
> また、函館でも、学会員の女性と深い仲になり、その女性との間で子どもを「堕ろせ」
> 「生む」の大騒ぎになったことがあった。
(中略)
> 「結局、あの連中はみんな、みごとにPのコピーなんだ。小型の沼田太作……いや、
> 小作ってわけさ。考えてみれば、Pの側近はみんなそうだよ。いまや沼田、夏目に次
> ぐナンバー3にのしあがった広報担当副会長の川崎久美、北海道担当の丸山一郎副会
> 長、野川勇総合青年部長、関西の西目昭蔵副会長、日蓮正宗国際センターの市村直平
> 国際局長……。われわれ職員の間で、とかく後ろ指をさされながら、Pの側近として
> 大手をふっている連中は、そろいもそろってP好みの〝沼田コピー〟だもんな」
※ 「P」とはプレジデントの略で、池田大作のことである。
創価学会の幹部におさまっているお歴々は、池田大作を矮小化したコピーのような連中
ばかりであるらしい。
引用中の「原本実」が誰のことを指すかは推して知るべしだが、原田会長が池田名誉会
長との「師弟不二」の忠実な実践者であったのは事実なのであろう。
「広宣流布のため」と称して貧しい者が少なくない末端信者から集めた金で、自分専用
の豪華施設をつくらせ、数多くの女性と関係を持つなどの乱脈を重ねていた池田大作の行
状を間近で見聞きし、しかも、その彼を師と仰いできた連中が、同じように教団組織を私
物化し、私腹を肥やしたり女性問題を起こしたりしたのは、当然の成り行きと言えよう。
以前述べたように、創価学会の成り立ちには戸田城聖が経営していた高利貸し・大蔵商
事が大きく関係している(「戸田城聖のビジネス(戦後編‐③)」参照)。
池田大作が第三代会長に就任できたのも、大蔵商事で営業部長として辣腕を振るい、創
価学会の金の流れを掌握していたからだと言われる。
創価学会幹部に金にまつわる醜聞が多いのは、彼らの行動原理が信仰者のものというよ
り、高利貸しのものに近いからではないか。
> 例えば、金融業にとっては、未回収金の取り立てが生命線であるが、その際にカネ
> の取り分というのは、取り立てた人間がその一部を、その割合が7対3か、6対4か、
> 5対5か、比率はそのときどきによってまちまちであろうが、回収したカネの一部を
> フトコロに入れるというのは、よくある話である。
> つまり、現場の人間は、取り立てたカネすべてを会社に入れるわけではない。一部
> をマージンとしてこっそりピンハネできるわけである。それゆえ、多くの金額を回収
> し、営業実績のある社員に対しては、こうしたピンハネを大目に見る。このピンハネ
> のシステムをそのまま学会内部でのカネの流れにも応用したのが、池田だった。
(古川利明著『システムとしての創価学会=公明党』より引用)
『小説 聖教新聞』にも、金にまつわる不始末を雑誌記者にかぎつけられた幹部に対して、
池田大作が激怒したという話が出ているが、池田の怒りは不祥事を起こしたことではなく、
雑誌記者にそれをつかまれたことに対して向けられたのだという。
池田は側近幹部たちが、地位を利用してピンハネをするのを大目に見ていたのである。
もっとも、池田の表に出せない悪事の共犯者である彼らに対しては、裏切られないように
相応の見返りを与える必要があったのであろうが。
創価学会は、信仰を利用して金儲けをする組織として戸田城聖がつくり、池田大作がそ
れをさらに阿漕なものとし、集金ビジネスを拡大してきた。
そのような汚濁に塗れた体質に骨の髄まで染まり、しかもそれを恬然として、「清浄無
比」と言ってのけられる人々が、幹部として創価学会を動かしているのである。
池田大作と比べれば小物ぞろいには見えるが、それでも彼らの厚顔無恥さ腹黒さは、冒
頭で引用した『聖教新聞』を読めば明らかなように、相当なものである。
池田大作がいなくなれば、創価学会の悪しき体質も少しはマシになるのではないか、な
どと楽観するわけにはいかない。
学会幹部の良心・良識にはまったく期待できない以上、創価学会という巨大なカルトが、
国政をも左右する力を持っているという現状を変えるためには、一人でも多くの学会員に
目を覚ましてもらうよりほかに道はない。
本稿をお読みなった学会員がいらっしゃるのであれば、財務、特別財務、広布基金の他
にも、マイ聖教、民音のチケット、『新・人間革命』などの池田本購入など、何かにつけ
て金がかかる創価学会が、本当に「清浄無比」と言えるかどうか、是非ご自分の頭で考え
ていただきたいと思う。
2018年6月3日日曜日
懲りない男・池田大作
創価学会の幹部だった山崎正友氏・原島嵩氏が造反し、告発を開始した昭和55年(1980
年)からの数年間は、池田大作にとって守勢を余儀なくされた期間だった。
搾取的な金集めや教団組織を私物化して贅沢三昧の生活を送っていること、異常な個人
崇拝などについて、山崎氏や原島氏らが週刊誌や月刊誌に書き立てたので、創価学会に対
しては、それまで以上に冷笑的な好奇の目が世間から向けられることになった。
山崎氏らの告発は以上にとどまらず、共産党への盗聴や集団替え玉投票などの旧悪の暴
露にまで及び、池田大作の国会への証人喚問を求める署名運動まで展開された(残念なが
ら、この喚問は実現しなかったが)。
週刊誌等での暴露が一通り出尽くし、創価学会に対する世間の注目が薄らぎ始めていた
昭和59年(1984年)、『週刊サンケイ』に「内部告発実録ノベル 小説 聖教新聞」と題し
た連載が開始された。執筆者は「グループS」を名乗る匿名の聖教新聞記者複数名で、連
載終了後に単行本化された。
この連載は小説の体裁をとってはいたが、その内容はほぼ事実であり、登場人物にも実
在のモデルが存在している。例えば池田大作は「沼田太作」として登場する。
この内部告発により、あきれた事実が明らかになった。池田大作がまたしても、という
だけでなく、それまで以上に豪華な専用施設をつくらせたというのである。当該箇所を単
行本から引用する。
> 学会本部とともに、この〝学会村〟の中核をなす聖教ビルの最上階七階が、聖教新
> 聞社社主でもある沼田太作専用の〝貴賓室〟として生まれ変わったのは五十八年八月
> のことだった。
(中略)
> わざわざイタリアから取り寄せて、壁一面に張りめぐらした大理石は、重厚な光沢
> をたたえている。
> 欧風の執務室と大会議室には、壮大なシャンデリア。フロア全体には、思わず体が
> 沈みこんでしまうような感触をおぼえる、ぶ厚いペルシャ製のシャギーとジュウタン
> がしきつめられている。
> 特注のテーブル、椅子、サイドボード、記帳台……すべてが〝一流〟好みの沼田の
> 趣向によるものばかりだ。
> 記帳台ひとつとってみても、皇居で天皇がお使いになっているものを「はるかにし
> のぐもの」というふれこみの、一千万円もしたという高価なものだ。
(中略)
> 当初、この改装工事の見積もりは七億一千六百万円だったが、沼田好みの贅をつく
> すうちに、追加追加で二億円もオーバーし、たった一フロアを改装するために総額九
> 億円が投じられたのである。
> いつか、週刊誌が、全国各地の学会の会館にあった沼田太作専用室のことを、「ラ
> ブホテルのようだ」と表現したことがあったが、此のフロアの威容を週刊誌記者が見
> たら、いったいなんと表現するだろうか。「迎賓館なみ」とでもいうのだろうか。
池田大作は、あれだけ痛烈な批判を加えられたにもかかわらず、まったく懲りていなか
ったのである。
また、実際に記事の執筆や編集に携わっている記者が執筆しただけあって、この小説に
は、聖教の記事がどのようにつくられているかも述べられている。
それによると池田大作は、自分に関する記事の原稿には必ず目を通し、手を入れるのだ
という。
『小説 聖教新聞』には、その具体例として、聖教新聞に掲載された婦人部座談会の一
部が挙げられている。当該記事は以下のとおり。
> 原田 そうでしたね。この数年間、山崎や原島や、御法主上人猊下に逆らう正信会
> やそれにつながる週刊誌の影響で、何が何だかさっぱり分からなかった(笑い)。魔
> 力というものが、こんなに恐ろしいものかを、これほど痛感したことはありません。
> 田口 その皆が、なんとなく心の奥でモヤモヤしていた時に、決然と名誉会長が疾
> 風のごとく来てくださり、それから全国に飛んでくださった。そして、御法主上人猊
> 下の御もとに、宗門も学会も、大きく信心と広宣流布の目的が明確になり、力強く転
> 換されていきましたね。
> 柴田 先生に、また私達を、学会を守ってもらったわけです。私達が先生を守るな
> どと大それたことをいってきたがとんでもない。大事な時はつねに、先生お一人が、
> 犠牲となって私達一人一人を守ってくださっていますね。
(『聖教新聞』昭和57年〔1982年〕11月11日付より引用)
※ 上記引用中の「御法主上人猊下」とは、現在の創価学会が「天魔」「ニセ法主」と
呼んで罵倒し続けている阿部日顕氏のことである。
『小説 聖教新聞』でこの記事を示した一節には婦人部担当記者が登場し、以下のよう
な池田批判を繰り広げる。
> 「僕も婦人部担当ですから、この座談会にも出ていましたがね。これなんかも、やっ
> ぱり先生が自分で全面的に書きかえた部分ですよ。よく自分で自分のことをこういう
> ふうに表現できますよね。恥ずかしいという感情が先生にはないのかなぁ。〝決然と
> 疾風のごとく来てくださり〟なんて、まるで鞍馬天狗か月光仮面みたいだ」
> 「……」
> 「それに、〝信心と広宣流布の目的が明確になり〟とはどういうことですか。裏を返
> せば、それまでは明確じゃなかったということじゃないですか。要するに先生は〝自
> 分が表舞台からひっこんでいた間は、学会は目的を見失っていた。自分が復権して目
> 的も明確になり、学会員を守った〟といいたいわけでしょうけど、これじゃ東條さん
> は浮かばれませんよ。それに、山村弁護士らの批判から必死に先生のことを守ってき
> たわれわれのことだって全否定してることになる」
※ 「東條さん」とは北条浩氏、「山村弁護士」とは山崎正友氏のことである。
この批判は、『小説 聖教新聞』を執筆した聖教記者の心の叫びでもあるのだろう。
『聖教新聞』紙上にたびたび掲載される池田名誉会長礼賛記事が、実際には池田本人に
よる自画自賛であることをバラされた上、子飼いの部下からこれほど辛辣な言葉を投げつ
けられたのでは、さしもの池田センセイといえども赤面し、以後、同様の愚行は自重され
たのではないかと思われる方もおられるかもしれない。
だが、池田大作という男は、この程度のことを気に病むような神経など持ち合わせてい
ない。「心臓に毛が生えている」とか「厚顔無恥」といった言葉は、彼のためにあるよう
なものである。
『小説 聖教新聞』の出版から15年後にあたる平成11年、聖教新聞に「旭日の創立70周
年を迎えて 創価学会の歴史と展望を語る」と銘打った幹部座談会が連載された。その第
一回の冒頭を引用する。
> 和泉最高指導会議議長 わが創価学会も、ついに来年は、創立七十周年を迎えるこ
> とになったね。
> 辻参議会議長 今日の大発展は、牧口先生の当時は、まったく考えもつかなかった。
> 牧口先生も、戸田先生も、心から喜んでおられるでしょう。
> 秋谷会長 何といっても、池田先生の大功績は、我々は感謝しても感謝しきれませ
> ん。ただ一人、嵐の中、陣頭に立って、あらゆる三障四魔、三類の強敵、敢然と戦い、
> 私たちを守り、大道を開いてくださった。
> 谷川総合青年部長 池田先生の弟子として、私たちは立派に後継の退任を果たした
> い。
> 池田先生こそ、御聖訓のままに「死身弘法」「不惜身命」の方であられた。
(『聖教新聞』平成11年〔1999年〕10月7日付より引用)
和泉氏や辻氏は初代牧口会長以来の重鎮幹部でありながら、池田大作に屈従を強いられ、
本部幹部会で童謡に合わせてタコ踊りをさせられるなどの屈辱的な扱いを受けていた。
秋谷氏も、池田が引き起こす騒動の尻拭いをさせられてきた。「池田には早く死んでほ
しい」という本音を漏らしていたことは以前述べた(「幹部の本音」参照)。
その彼らが、本心から上記のようなことを言うとは思えない。ありがちな賛辞から推測
するに、この座談会の記事も池田本人の意向によるものであろう。
創価学会という組織は、池田大作が何かやらかす度に幹部が造反して告発し、世間が注
目する騒動になるというパターンを繰り返してきたように見える。
元公明党委員長・矢野絢也氏が、池田の脱税などの創価学会の不正を暴いた『乱脈経理』
を世に出したのは、池田大作が脳梗塞で倒れたとされる平成22年(2010年)の翌年だった。
池田は病に倒れるまで、学ぶことなく同じような失敗を繰り返し続けた。愚昧な学会員
たちの信仰心を利用して自身の天下取りを実現するという池田の野望は、彼自身の愚かさ
によって潰えたのである。
池田大作が最高権力者になるという悪夢が実現することはないであろうが、彼が野望実
現のために作り上げた反社会組織――創価学会――は当面の間は惰性で動き続け、罪なき
人々を苦しめ続けるだろう。
だから、私も繰り返し主張し続けなければならない、池田大作は邪悪な俗物であり、彼
のような人物を「永遠の師匠」として仰ぐことは間違ったことなのだと。
年)からの数年間は、池田大作にとって守勢を余儀なくされた期間だった。
搾取的な金集めや教団組織を私物化して贅沢三昧の生活を送っていること、異常な個人
崇拝などについて、山崎氏や原島氏らが週刊誌や月刊誌に書き立てたので、創価学会に対
しては、それまで以上に冷笑的な好奇の目が世間から向けられることになった。
山崎氏らの告発は以上にとどまらず、共産党への盗聴や集団替え玉投票などの旧悪の暴
露にまで及び、池田大作の国会への証人喚問を求める署名運動まで展開された(残念なが
ら、この喚問は実現しなかったが)。
週刊誌等での暴露が一通り出尽くし、創価学会に対する世間の注目が薄らぎ始めていた
昭和59年(1984年)、『週刊サンケイ』に「内部告発実録ノベル 小説 聖教新聞」と題し
た連載が開始された。執筆者は「グループS」を名乗る匿名の聖教新聞記者複数名で、連
載終了後に単行本化された。
この連載は小説の体裁をとってはいたが、その内容はほぼ事実であり、登場人物にも実
在のモデルが存在している。例えば池田大作は「沼田太作」として登場する。
この内部告発により、あきれた事実が明らかになった。池田大作がまたしても、という
だけでなく、それまで以上に豪華な専用施設をつくらせたというのである。当該箇所を単
行本から引用する。
> 学会本部とともに、この〝学会村〟の中核をなす聖教ビルの最上階七階が、聖教新
> 聞社社主でもある沼田太作専用の〝貴賓室〟として生まれ変わったのは五十八年八月
> のことだった。
(中略)
> わざわざイタリアから取り寄せて、壁一面に張りめぐらした大理石は、重厚な光沢
> をたたえている。
> 欧風の執務室と大会議室には、壮大なシャンデリア。フロア全体には、思わず体が
> 沈みこんでしまうような感触をおぼえる、ぶ厚いペルシャ製のシャギーとジュウタン
> がしきつめられている。
> 特注のテーブル、椅子、サイドボード、記帳台……すべてが〝一流〟好みの沼田の
> 趣向によるものばかりだ。
> 記帳台ひとつとってみても、皇居で天皇がお使いになっているものを「はるかにし
> のぐもの」というふれこみの、一千万円もしたという高価なものだ。
(中略)
> 当初、この改装工事の見積もりは七億一千六百万円だったが、沼田好みの贅をつく
> すうちに、追加追加で二億円もオーバーし、たった一フロアを改装するために総額九
> 億円が投じられたのである。
> いつか、週刊誌が、全国各地の学会の会館にあった沼田太作専用室のことを、「ラ
> ブホテルのようだ」と表現したことがあったが、此のフロアの威容を週刊誌記者が見
> たら、いったいなんと表現するだろうか。「迎賓館なみ」とでもいうのだろうか。
池田大作は、あれだけ痛烈な批判を加えられたにもかかわらず、まったく懲りていなか
ったのである。
また、実際に記事の執筆や編集に携わっている記者が執筆しただけあって、この小説に
は、聖教の記事がどのようにつくられているかも述べられている。
それによると池田大作は、自分に関する記事の原稿には必ず目を通し、手を入れるのだ
という。
『小説 聖教新聞』には、その具体例として、聖教新聞に掲載された婦人部座談会の一
部が挙げられている。当該記事は以下のとおり。
> 原田 そうでしたね。この数年間、山崎や原島や、御法主上人猊下に逆らう正信会
> やそれにつながる週刊誌の影響で、何が何だかさっぱり分からなかった(笑い)。魔
> 力というものが、こんなに恐ろしいものかを、これほど痛感したことはありません。
> 田口 その皆が、なんとなく心の奥でモヤモヤしていた時に、決然と名誉会長が疾
> 風のごとく来てくださり、それから全国に飛んでくださった。そして、御法主上人猊
> 下の御もとに、宗門も学会も、大きく信心と広宣流布の目的が明確になり、力強く転
> 換されていきましたね。
> 柴田 先生に、また私達を、学会を守ってもらったわけです。私達が先生を守るな
> どと大それたことをいってきたがとんでもない。大事な時はつねに、先生お一人が、
> 犠牲となって私達一人一人を守ってくださっていますね。
(『聖教新聞』昭和57年〔1982年〕11月11日付より引用)
※ 上記引用中の「御法主上人猊下」とは、現在の創価学会が「天魔」「ニセ法主」と
呼んで罵倒し続けている阿部日顕氏のことである。
『小説 聖教新聞』でこの記事を示した一節には婦人部担当記者が登場し、以下のよう
な池田批判を繰り広げる。
> 「僕も婦人部担当ですから、この座談会にも出ていましたがね。これなんかも、やっ
> ぱり先生が自分で全面的に書きかえた部分ですよ。よく自分で自分のことをこういう
> ふうに表現できますよね。恥ずかしいという感情が先生にはないのかなぁ。〝決然と
> 疾風のごとく来てくださり〟なんて、まるで鞍馬天狗か月光仮面みたいだ」
> 「……」
> 「それに、〝信心と広宣流布の目的が明確になり〟とはどういうことですか。裏を返
> せば、それまでは明確じゃなかったということじゃないですか。要するに先生は〝自
> 分が表舞台からひっこんでいた間は、学会は目的を見失っていた。自分が復権して目
> 的も明確になり、学会員を守った〟といいたいわけでしょうけど、これじゃ東條さん
> は浮かばれませんよ。それに、山村弁護士らの批判から必死に先生のことを守ってき
> たわれわれのことだって全否定してることになる」
※ 「東條さん」とは北条浩氏、「山村弁護士」とは山崎正友氏のことである。
この批判は、『小説 聖教新聞』を執筆した聖教記者の心の叫びでもあるのだろう。
『聖教新聞』紙上にたびたび掲載される池田名誉会長礼賛記事が、実際には池田本人に
よる自画自賛であることをバラされた上、子飼いの部下からこれほど辛辣な言葉を投げつ
けられたのでは、さしもの池田センセイといえども赤面し、以後、同様の愚行は自重され
たのではないかと思われる方もおられるかもしれない。
だが、池田大作という男は、この程度のことを気に病むような神経など持ち合わせてい
ない。「心臓に毛が生えている」とか「厚顔無恥」といった言葉は、彼のためにあるよう
なものである。
『小説 聖教新聞』の出版から15年後にあたる平成11年、聖教新聞に「旭日の創立70周
年を迎えて 創価学会の歴史と展望を語る」と銘打った幹部座談会が連載された。その第
一回の冒頭を引用する。
> 和泉最高指導会議議長 わが創価学会も、ついに来年は、創立七十周年を迎えるこ
> とになったね。
> 辻参議会議長 今日の大発展は、牧口先生の当時は、まったく考えもつかなかった。
> 牧口先生も、戸田先生も、心から喜んでおられるでしょう。
> 秋谷会長 何といっても、池田先生の大功績は、我々は感謝しても感謝しきれませ
> ん。ただ一人、嵐の中、陣頭に立って、あらゆる三障四魔、三類の強敵、敢然と戦い、
> 私たちを守り、大道を開いてくださった。
> 谷川総合青年部長 池田先生の弟子として、私たちは立派に後継の退任を果たした
> い。
> 池田先生こそ、御聖訓のままに「死身弘法」「不惜身命」の方であられた。
(『聖教新聞』平成11年〔1999年〕10月7日付より引用)
和泉氏や辻氏は初代牧口会長以来の重鎮幹部でありながら、池田大作に屈従を強いられ、
本部幹部会で童謡に合わせてタコ踊りをさせられるなどの屈辱的な扱いを受けていた。
秋谷氏も、池田が引き起こす騒動の尻拭いをさせられてきた。「池田には早く死んでほ
しい」という本音を漏らしていたことは以前述べた(「幹部の本音」参照)。
その彼らが、本心から上記のようなことを言うとは思えない。ありがちな賛辞から推測
するに、この座談会の記事も池田本人の意向によるものであろう。
創価学会という組織は、池田大作が何かやらかす度に幹部が造反して告発し、世間が注
目する騒動になるというパターンを繰り返してきたように見える。
元公明党委員長・矢野絢也氏が、池田の脱税などの創価学会の不正を暴いた『乱脈経理』
を世に出したのは、池田大作が脳梗塞で倒れたとされる平成22年(2010年)の翌年だった。
池田は病に倒れるまで、学ぶことなく同じような失敗を繰り返し続けた。愚昧な学会員
たちの信仰心を利用して自身の天下取りを実現するという池田の野望は、彼自身の愚かさ
によって潰えたのである。
池田大作が最高権力者になるという悪夢が実現することはないであろうが、彼が野望実
現のために作り上げた反社会組織――創価学会――は当面の間は惰性で動き続け、罪なき
人々を苦しめ続けるだろう。
だから、私も繰り返し主張し続けなければならない、池田大作は邪悪な俗物であり、彼
のような人物を「永遠の師匠」として仰ぐことは間違ったことなのだと。
2018年5月27日日曜日
創価学会の「大勝利」
創価学会はカルトの通例に漏れず、訴訟沙汰が極めて多いことで知られている。
当ブログでこれまで取り上げてきた雑誌記事の中にも、創価学会から名誉棄損で告訴さ
れてきたものがある。
『週刊文春』1980年7月17日号に掲載された「創価学会最高幹部七人の内部告発」第5回
である。この号が発売された同年7月10日、創価学会は刑事告訴に踏み切った。タイトル
があまりにセンセーショナルだったために、もしこれを看過すれば、末端会員が動揺する
のではないかと恐れたのであろう。
当ブログでこれまで取り上げてきた雑誌記事の中にも、創価学会から名誉棄損で告訴さ
れてきたものがある。
『週刊文春』1980年7月17日号に掲載された「創価学会最高幹部七人の内部告発」第5回
である。この号が発売された同年7月10日、創価学会は刑事告訴に踏み切った。タイトル
があまりにセンセーショナルだったために、もしこれを看過すれば、末端会員が動揺する
のではないかと恐れたのであろう。
(『週刊文春』1980年7月17日号)
※ この記事の内容は、当ブログでもこれまでに取り上げてきた池田大作専用の豪華施
設や強引な金集めについてが主である。
『週刊文春』は、全国紙や電車の中吊りに広告を掲載している。「特別財務六百億円で
全国各地につくられた池田大作専用〝ラブホテル〟」という文言は、週刊誌を読まない人
を含め、日本中が目にしたのである。無論、多数の創価学会員も見たことであろう。
この連載は同年6月19日号から開始されており、創価学会も『聖教新聞』に「事実無根」
との反論を掲載するなどの対応をとっていた。
しかし、学会側が告訴の対象としたのは、この回の「ラブホテル」というタイトルにつ
いてだけだった。この連載の他の記事については、裁判で争いたくなかったということで
ある。
これは推測だが、創価学会の幹部はこの連載に元教学部長・原島嵩氏や元顧問弁護士・
山崎正友氏らが関与しているであろうことに気づいていたと思われる。
どんな証拠を握っているかわからない原島氏や山崎氏を相手に、刑事告訴という手段を
とることはヤブ蛇になりかねない。できれば訴訟は避けたかったであろうが、弱腰の対応
をとれば、「やはり連載の内容は本当なのでは」という疑念を招くことになる。
「池田大作専用〝ラブホテル〟」は虚偽の事実だとして、名誉棄損で告訴したのは苦肉
の策だったのであろう。
告訴から三年後、『週刊文春』1983年6月16日号は、以下のような「謹告」を掲載した。
(『週刊文春』1983年6月16日号)
巻末近くの目立たない小さな囲みではあったが、一応は非があったことを認めている記
述である。
創価学会が「特別財務」と称して信者から集めた金を使って、キングサイズのベッドや
豪華な浴槽などをしつらえた池田大作専用施設を建造し、池田がそこでお気に入りの女性
たちと色事に耽っていたのは事実である。そのような施設を「ラブホテルのような」と形
容するのであれば、正鵠を得た表現だと言えよう。
だが、池田はそれらの施設の利用に際して、宿泊料などの対価を支払っていたわけでは
ない。そして、当該記事のタイトルは「池田大作専用〝ラブホテル〟」と断定調だった。
『週刊文春』が「一部不適切」と認めざるを得なかったのは、こうした理由からではな
いかと思われる。
「謹告」の掲載を受けて『聖教新聞』は、「『週刊文春』が学会に謝罪」と書き立てた。
(『聖教新聞』昭和58年〔1983年〕6月8日付)
この記事の一部を引用する。
> もとより、各地の文化会館(会館)は会員の尊い浄財で建設された信仰活動の聖域
> ともいえる拠点であり、虚偽の事実をもって、意図的に中傷、冒とくすることは断じ
> て許されるべきではない。そのため、学会としては全学会員並び名誉会長の名誉を著
> しく棄損するものだとして刑事責任を追及して告訴し、併せて謝罪広告等を求める民
> 事訴訟を起こしていたものである。告訴に当たっては、捜査当局に対し法的責任の追
> 及だけが必ずしも本意ではなく、文芸春秋側が心からその非を認めて謝ってくるので
> あれば考慮の余地あることは表明していたが、文春側の対応に十分なる反省の色が見
> られないため、今日に至っていたものである。
> その間、「最高幹部七人」ということで氏名不詳者数名として学会側が告訴してい
> たが、捜査当局の調べによって、氏名不詳者数名とは山崎正友並びに堤尭(当時「週
> 刊文春」の副編集長)の二名であることも判明したが、このほど文芸春秋側が問題の
> 記事及びその広告文に関して非を認めて反省し、全面的に謝罪してきたため、刑事告
> 訴を取り下げることにしたものである。
しかし、真相は創価学会の主張とは大きく異なるものだった。『週刊文春』は、上記の
記事について「事実をねじまげた報道」だとし、事実関係を詳らかにした記事を同年6月
23日号に掲載した。
この記事によれば、先の「謹告」は東京地検の勧告を受けて和解が成立したことにより
掲載されたものだという。『週刊文春』の記事は和解の成立過程、双方の弁護士が出席し
ての交渉の模様などを丁寧に説明し、示談書まで掲載しており、十分な説得力と信憑性を
備えたものであった。一部引用する。
> 繰返しになって恐縮だが、小社は『週刊文春』五十五年七月十七日号の一部の不適
> 切な表現――端的にいえば〝ラブホテル〟というタイトルに遺憾の意を表しているだ
> けであって、記事内容全体について遺憾に思っているわけではないし、また「謝罪」
> という表記は、いっさいしていない。
(中略)
> 学会が言うように小社が謝罪していたのなら、「謹告」ではなく「お詫び」に、当
> 該記事は「遺憾」どころか「取消し」ないしは「削除」されていなければならないは
> ずである。
(『週刊文春』1983年6月23日号より引用)
確かに「一部不適切な表現がありましたことにつき遺憾の意を表します」という文言を、
「全面的に謝罪してきた」というのは誇大表現であり、『聖教新聞』よりも『週刊文春』
の主張の方に理があるのは明らかである。
文春の記事の内容が本当に事実無根であり、それを書いたのが池田大作の天敵・山崎正
友氏だったのなら、創価学会が検察の勧告を受け入れて和解したとは思えない。
裁判で争って、山崎正友氏や原島嵩氏に記事の内容を証明する証拠を持ち出されたり、
証言をされたりすることを、学会幹部は恐れたのではないか。もしそうなら、和解は創価
学会にとって渡りに船だったことになる。
この件は実際には裁判では争われず、和解に至ったものであったが、創価学会は他の訴
訟沙汰でも同様に事実をねじまげ、「勝利宣言」を『聖教新聞』などに掲載しているのだ
という。
> 〈学会は今、旭日の勢いだ。裁判でも連戦連勝。『正義』と『真実』を堂々と証明し
> ている〉
> 〈創価の正義はすべて証明 全裁判で連続勝利〉
> 〈学会が当事者となっている裁判は、ただの一つの例外もなく、全て学会の勝利だ〉
>
> 創価学会の機関紙・聖教新聞には、絶え間なくこんな勝利の宣言が登場してくる。
> ある時は大見出しで、ある時は最高幹部による座談会で、これらの文言は繰り返され、
> 学会員の頭の中に刷り込まれている。
> 「わが創価学会は、裁判所でその〝正義〟を揺るぎなく認められている」
> 創価学会員にとって、これは絶対的な拠り所の一つといっていいだろう。創価学会
> は、司法=裁判という俗世の権力を利用して、その〝権威〟を保っているのである。
> しかし、創価学会側が裁判で連戦連勝というのは、本当だろうか。
> 答えを先に言って申し訳ないが、実はこれはまったくの虚報である。例えば不倶戴
> 天の敵である宗門(日蓮正宗)との訴訟結果を見ると、連戦連勝どころか、勝率は二
> 割ほどで、八割近くが敗北を喫している。
(山田直樹著『創価学会とは何か』より引用)
裁判に負けた時は『聖教新聞』には何も載せず、勝った時だけ盛大に書き立てる。本当
のことを知らない学会員たちは、「創価学会は裁判では常勝無敗」と信じ込んでいるので
あろう。
実際に裁判で勝訴した例があるにしても、「末法の御本仏・日蓮大聖人」という至高の
存在にまでさかのぼるという「信心の血脈」を継いでいると自称する創価学会が、世俗の
権威から正しさの承認を受けて喜ぶというのも奇妙な話である。
創価学会が裁判沙汰を好むのは、相手を訴訟疲れに追い込むという戦術なのだろうが、
一面では自信のなさの現れなのだろう。
創価学会は「日蓮大聖人直結」を称しているが、彼らは実際には、日蓮の「聖遺物」―
―真蹟の遺文や十界曼荼羅――を何一つとして保有していない(それらのほとんどは、彼
らが「邪宗」と呼ぶ日蓮宗寺院が保有している)。
創価学会にとって裁判での勝利は、信仰の正統性を証明するものを持たないことの「補
償」なのかも知れない。インチキ新興宗教の悲哀といったところであろうか。
さて、創価学会の裁判沙汰については、他にも論ずるべきことは少なくない(信平レイ
プ裁判や東村山市議の不審死など)。いずれ資料を集めて取り上げたいと思っている。
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