2017年3月27日月曜日

『週刊金曜日』の創価批判記事について

 遅まきながら、『週刊金曜日』2017年3月17日号の創価学会批判記事を読んだ。この記
事の執筆者は、創価大学の元非常勤講師で、現在も創価学会員だという氏家法雄氏、内容
は公明党が「共謀罪」を容認しようとしていることへの批判である。

 氏家氏は、現在国会で審議中の「共謀罪」は、内心の自由を奪うものであり、戦時中、
治安維持法で弾圧された経験を持つ、創価学会・公明党は反対するべきだと主張している。

 公明党の政策に異議を唱える氏家氏は、創価学会内部における反体制派と呼べるかもし
れない。しかし、その彼も学会において、「永遠の師匠」とされる、牧口常三郎、戸田城
聖、池田大作の初代から三代までの会長については、学会によって捏造された虚像を無批
判に受け入れており、骨の髄までマインドコントロールされているようである。

 その事を示すために、記事の一部を引用する。


> 過酷な獄中闘争でも節を曲げることなく、牧口は73歳で獄死。日本の宗教界の多くが、
> 聖戦遂行の精神的支柱たる国家神道に翼賛していく中で、思想・信教の自由の蹂躙に
> 憤然と反対し、平和実現への宗教的信念を断固として曲げなかった牧口・戸田の崇高
> な精神は、日本宗教史においては、稀有なる軌跡となっている。


 牧口常三郎が、治安維持法違反で逮捕され、転向することなく獄死したのは事実であり、
彼が日蓮正宗への信仰に殉じたことは疑いない。

 だが、「思想・信教の自由の蹂躙に憤然と反対し、平和実現への宗教的信念を断固とし
て曲げなかった牧口・戸田の崇高な精神」というのは、ただの世迷言である。

 牧口・戸田が逮捕されたのは、反戦平和を唱えたからではない。
 そもそも、戦時中の創価教育学会の座談会は、宮城遥拝、戦勝祈願から始められていた。
また、靖国神社に参拝していた牧口が、国家神道への反対を貫いたというのは無理のある
主張である。

 牧口・戸田が治安維持法違反に問われたのは、「国をあげて日蓮正宗に帰依しなければ、
戦争には勝てない」と主張し、当時、全戸に配布されていた神札の受け取りを拒否したた
めだったが、捜査を受けるに至った直接のきっかけは、学会員による強引な折伏を受けた
被害者が、警察に届け出たからだった。

 「思想・信教の自由の蹂躙」そのものである強引な折伏は、牧口以来、現在の創価学会
に至るまで、連綿と受け継がれている。

 引用を続ける。


>  牧口らの戦時下抵抗の意義は二つある。一つは、権力によって信仰そのものが歪め
> られてしまうことへの内在的抵抗である。そしてもう一つは、信仰が生命の尊厳を説
> く以上、信仰を受容しているしていないにかかわらず、生命を破壊しようという権力
> の魔性への必然的な外在的抵抗となっていることである。二つはともに信仰を源とす
> るが、人権という普遍的な視座を含んでいることに留意したい。戸田の地球民族主義
> や池田の平和思想も、これを原点としている。


〝人権という普遍的な視座を含む信仰を原点とする池田大作の平和思想〟とは、いったい
何を指すのであろうか。よもや「仏敵は野たれ死ぬまで攻め抜け」とか、「脱会者は自殺
に追い込め」といったアジテーションのことではあるまい。

 かつて、池田大作が創価学会の顧問に任じた、塚本素山という人物がいる。この人物は、
児玉誉士夫とも親交がある右翼の大物だったが、実はベトナム戦争当時、南ベトナムに軍
需工場を作って弾薬を供給していた〝死の商人〟でもあった。

〝死の商人〟を顧問に任命する平和思想家など、ブラックジョークでしかない。池田大作
の平和主義は、ノーベル平和賞受賞工作の一環としての偽装に過ぎないのだ。

 氏家氏や、『実名告発 創価学会』を出した三人組などは、〈今の学会は本来のあり方か
ら逸脱しているだけで、池田大作を師と仰ぐ、本来の姿に立ち返れば健全に団体になる〉
と考えているようだが、私に言わせれば、創価学会の本来の姿は、一貫した反人権団体、
エセ平和団体であり、邪教カルト以外の何ものでもない。

 学会内にも、現在の公明党・創価学会に批判的なグループもあるようだが、その連中に
しても、池田大作を崇め奉り、信教の自由という基本的人権を侵害する強引な折伏を正し
いことだと信じ込んでいることには変わりなく、こうした組織内の反体制グループが学会
を健全化させる自浄作用を担いうる存在になることは、まったく期待できない。

 そもそも創価学会には、かつて「健全な宗教団体」であった過去など、一度もないのだ
から、言わずもがなのことではあるが。

 やはり外部の人間が、「創価学会は異常で、反社会的なカルトだ」と、訴え続ける必要
があるのだ。そのことを再確認したこと以外に、この記事から得た収穫はなかった。

 読んでいない方のために助言するが、はっきり言ってこの『週刊金曜日』の記事は、お
金や時間を費やしてまで読む価値のある文章ではない。


補足 共謀罪等についての私見

 私自身は、共謀罪に反対しているわけではない。
 もちろん、人権を制約する可能性がある立法については、国会で慎重に審議されるべき
だが、〝犯罪の謀議を行う自由〟が擁護に値する人権だとは、私は思わない。

 また、戦時中、戦勝を祈った人々を、そのことだけで非難するつもりもない。
 先の大戦において、日本に疑う余地のない正義があったとまでは思わないが、一人の日
本人として祖国の勝利を祈ることは、ごく自然な感情として理解できるし、それ自体、目
くじら立てて批判するほどの問題ではない。

 だが、池田大作のように、創価学会が戦時中、戦勝祈願を行っていた事実を隠蔽して、
一貫して反戦団体であったかのように嘘をつき、自らの平和運動家としての声望を高めよ
うと画策するような輩は、詐話師と断ずるべきである。