2017年12月29日金曜日

書評『「人間革命」の読み方』

 本書の著者、島田裕巳氏は言わずと知れた著名な宗教学者であり、創価学会についての
著作も少なくない。

 この本では題名のとおり、表向き池田大作の代表作ということになっている『人間革命』
『新・人間革命』、戸田城聖著『人間革命』、丹波哲郎主演による映画版「人間革命」の
内容が紹介されているほか、それらの作品で語られている出来事について、別の資料に基
づいた観点からの考察も加えられている。

 ※ 以下、本稿で『人間革命』について言及する場合、池田大作版『人間革命』につい
  て述べる。

 特に『人間革命』については、全12巻のあらすじが書かれている。創価学会を理解する
上で『人間革命』は外せないが、その『人間革命』を未読の一般人にも配慮した構成とな
っている。

 また、『人間革命』の本当の著者は篠原善太郎氏であったこと、創価学会第二代会長で
あった戸田城聖が、酒を飲みながら講義や講演を行っていたことにも触れられている。

 中でも興味深かったのは、『人間革命』の「第2版」について論じられた箇所である。
創価学会は、平成3年(1991年)に日蓮正宗から破門されたが、『人間革命』の大部分は、
それ以前に執筆されているため、当ブログでも論じてきたように、現在の創価学会にとっ
ては不都合な箇所も少なくない。

 そうした箇所が第2版では、書き換えられているのだという。島田氏はこの点について、
「いったんは正史として記述された出来事が、後世において書き替えられるということは、
歴史の改竄にもなりかねない」と批判している。

 現在の創価学会では、『人間革命』『新・人間革命』について、「精神の正史」「信心
の教科書」と位置づけている。その「精神の正史」を、都合が悪くなったからといって平
気で改竄することが、創価学会員にとっては〝正しい信仰〟なのであろうか。

 これではインチキ宗教といわれて当然である。まあ、カルト信者に何を言ったところで、
カエルの面に小便であろうが。 

 それはされおき、私はこれまで島田氏の著書から多くのことを教えられてきた。本作か
らも学び得たことが少なからずあった。今後、当ブログでもそれを役立てたいと考えてい
る。

 上述のように、本書は『人間革命』を読んでいない者にも、理解しやすいように工夫し
て書かれているので、創価学会に関心はあるが、今まで『人間革命』を手に取ったことは
ないという方にとっても、一読の価値はあるのではないかと思う。

 私はたいへん興味深く読んだが、敢えて欲を言えば、もう少し批判的でもよいのではな
いかと思わないでもない。著者の宗教学者としての立場上、研究対象に対して過度に攻撃
的なスタンスはとりづらいことは十分理解できるが。


 ※ 『「人間革命」の読み方』(ベスト新書)は、2017年12月20日付で発行された。

2017年12月24日日曜日

書評『内側から見る創価学会と公明党』

 この本の著者である浅山太一氏は、題名のとおり創価学会の「内側」の人間、つまり創
価学会員である。帯にも「創価学会員の著者が、緻密な資料分析をもとに解き明かす」と
か、「称賛でも告発でもなく」などと書かれている。

 学会員の手による創価批判といえば、創価学会への不満について、池田大作の子息への
直訴を繰り返して除名処分された元本部職員三人による『実名告発 創価学会』において典
型的に見られるように、「池田大作は絶対に正しいが、今の創価学会は池田先生の思想か
ら離れているのでダメだ」という、いまだ洗脳から解放されていない者による、中途半端
な内容のものが時に見受けられる。

 実を言うと私は、この本も「称賛でも告発でもなく」という自称とは裏腹に、著者が洗
脳されているが故に、批判精神に欠け池田大作を礼賛する内容となっているのではないか、
という懐疑的な予断をもって読みはじめた。

 しかし、私の危惧はよい意味で裏切られた。この本には、現在の創価学会にとって、都
合が悪いと思われる池田大作の過去の言動も引用されている。例えば、次のような発言で
ある。


>  断固としてわが同志を国会へ送り出し、いままで三類の強敵にいじめられてきたけ
> れども、こんどは、日蓮正宗創価学会にをいじめるものを、こちらから反対におさえ
> ていく、力をもって反対にこんどは、弾圧していくというところまで、団結をもって
> すすんでいこうではありませんか。(p-167)

>  学会を離れれば、功徳がないといってもいいし、それから地獄に落ちる場合もあり
> ます。(p-223)


 また、近年、創価学会・公明党の矛盾を擁護するために、カルト丸出しの珍理論を振り
かざす内容の本を書いている創価学会の論客・松岡幹夫氏の主張に言及した箇所について
は、辛辣とまではいわないが、相当に批判的に書かれている。

 一読して、著者はかなり誠実な人物ではないか、という印象を受けた。誠実さが美徳で
あることは当然であるが、この美徳は、創価学会員の中にはまず見られることのない徳性
である。

 私がこれまでに実社会で知己を得た創価学会員は、相手の迷惑をかえりみない強引な勧
誘をしてきたり、それに応じなければ事実無根のウソ八百をいいふらして陥れようと画策
したりと、卑怯・卑劣そのものといっていい連中ばかりであり、誠実さなど毛ほども持ち
合わせてはいなかった。

 学会員の中にも、浅山氏のような方が稀にはいるのだろう。しかし、創価学会という組
織は、彼のような人間にとって、居心地がいいとは言えないと思うのだが……。

 とはいえ、著書の主張すべてに同意できるわけではない。浅山氏は、創価学会はカルト
ではない、と主張している。


>  もしここまでの議論を読んで、やはり創価学会は頭のおかしいカルト教団だったと
> 総括する人がいるのなら、それはこの社会運動をまったく理解していないと言わざる
> をえないと私は思う。カルトだファッショだと罵倒されながらも、新規の会員を獲得
> し、既存の会員のフォローアップを続けてきたからこそ、政権与党の一角を占める政
> 党を作りだすまでの影響力をもった巨大集団がいまもある。(p-189~190)


 先に引用したように、池田大作は〈国会に同志を送り込むことで、創価学会に対する反
対派を弾圧することを目指す〉という趣旨の発言をしていたのである。

 その池田を教祖として崇め奉る連中が、「政権与党の一角を占める政党を作りだすまで
の影響力をもった巨大集団」として存在していることは、一般の人々にとっては恐怖心を
抱かざるを得ない事態だし、そのような集団がカルト呼ばわりされるのは当然のことだと
私は思う。

 賛同できない点はあるにしろ、本書は学会員によって書かれたにしては、創価学会に対
して批判的な箇所も多く、有益な示唆を受けた部分も少なからずあった。率直にいって読
み応えがあった。

 著者はあとがきを「次回作にご期待ください」と締めくくっているが、私も一読者とし
て、浅山氏の次回作には大いに期待したいと思っている。


 ※ 『内側から見る創価学会と公明党』(ディスカヴァー携書)は、2017年12月15日
  付で発行された。
   著者の専門が社会学ということもあって、創価学会の発展を可能にした社会的背景
  への考察等にかなりの紙幅が割かれており、創価学会内部の不祥事や学会員による反
  社会行為の暴露などは一切ない。
   本稿をお読みになって、購読を思い立たれた方は、ご留意いただきたい。

2017年12月17日日曜日

数珠さすりと弟子分帳

 「御本仏」を気取る池田大作は、自分の食べ残しの回し食い強要のほかにも、バカげた
振る舞いをしばしば行った。今回はそれらの中から、代表的なもの二つを取り上げたい。

1 数珠さすり

 池田大作はかつて、「私が祈って死んだ人はいない」などと豪語しており、病気治しの
祈祷のようなことも行っていた。それがこの「数珠さすり」である。

 池田は、病気を治すためと称して、「南無妙法蓮華経」と唱えながら、病人の体を数珠
でさすったり、患部を叩いたりしていたという。

 池田は、この数珠さすりによって、自分の母親を死の淵から救ったと自慢していた。創
価学会の元教学部長・原島嵩氏が、著書にこのことを詳しく述べているので、該当する一
節を引用する。


>  池田は〝数珠さすり〟のマジナイを自分の母親にも行ないました。
> 「これは、ここだけの話にしてほしいのだが、私のおふくろは八十一歳になるが、実
> は一度死んだんだ。葬式まんじゅうも用意して葬儀屋も手を打った。弔辞も全部用意
> した。私も久しぶりだったが足を運んだ。するとみんな泣いている。そこで私は初め
> て数珠を持って題目を唱えながら、もう死の寸前のおふくろの体じゅうをさすってあ
> げた。足も全部冷たくなっていた。―中略―すると六月末に死ぬのが、死ななくなっ
> てねぇー。二千個の葬式まんじゅうも腐っちゃったんだ。医者も、もう一度医学を初
> 歩から始めるといっていた」(S51・8・22、内部文書)
 (原島嵩著『誰も書かなかった池田大作・創価学会の真実』より引用)


 原島氏はこの話を「ウソ」と断じている。
 また、原島氏自身も、心臓の具合がが悪くて休んでいた際に、池田から数珠さすりを受
けたことがあったという。原島氏は前掲書でその体験について、「私はかえって気持ち悪
くなりました」と述べている。

 数珠でさすっただけで、死にそうな病人が急回復するのであれば、こんな結構なことは
ない。そのような奇蹟を起こす教祖がいる宗教ならば、発展するのも納得できる。

 だが、当然のことながら、池田大作にそんな力などない。実際、後継者候補として期待
をかけていた実子すら救えなかったことは、以前述べたとおりである(「池田城久の死」
参照)。

 あきれたことに池田は、この数珠さすりを、日蓮正宗の高僧に対しても行っていたとい
う。こうした増上慢そのものの振る舞いが、宗門内部に創価学会なかんずく池田大作への
不満を鬱積させ、後に破門される一因となったのであろう。


2 弟子分帳

 「弟子分帳」とは、池田大作から忠実な弟子として認められた学会幹部の名を記した名
簿のことである。

 元公明党委員長・矢野絢也氏の著書、『私が愛した池田大作』によると、法華経の「五
百弟子受記品」にならって、池田は五百人の弟子を「永久名簿」に載せたという。

 ※ 矢野氏は「弟子分帳」という表現を用いず、「永久名簿」という呼称を用いている
  が、同様の名簿の存在については、脱会した元副会長である福島源次郎氏や、元教学
  部長の原島嵩氏も言及しており、福島氏や原島氏は、この名簿について「弟子分帳」
  という表現を用いていることから、そちらの方が正式な名称であったと考えられる。

 法華経の五百弟子受記品とは、釈尊の五百人の弟子が、釈尊から「授記」を受ける場面
を描いた章である。「授記」とは「将来、悟りを開いて仏になれる」という予言のことで
ある。つまり、池田は仏を気取って、弟子に授記を与えていたということになる。
 
 この弟子分帳に名前を載せられた者には、それぞれ「広宣流布の新弟子たるを証す」と
記した証書が与えられた。この証書には通し番号が記されており、第1号は原島嵩氏だっ
た。その原島氏が、証書を渡された際のことを以下のように述べている。


>  さらに「弟子分帳」の証書を手渡すにあたって、「私が、赤く〝背きおわんぬ〟
> (背いてしまった)と一度、朱線を入れてそう書けば、もうその人間は生々世々地獄
> なのである。もう二度と人間に生まれてこない、ということだ」という趣旨の話を何
> 回かしていました。
>  私は当時、厳粛な気持ちで聞いていましたが、いまとなって、池田の謗法の根の深
> さに身ぶるいがします。仏でなければ、このようなことは言えません。いや、たとえ
> 背いた人であったとしてもすべて救うというのが仏の慈悲の精神です。
 (原島嵩著『誰も書かなかった池田大作・創価学会の真実』より引用)


 また矢野氏も、この証書を池田からもらった当初は、「忠実な弟子」として認められた
という旗本意識を煽られ、より忠誠心・使命感が強まったと述べているが、その後、この
名簿に記載されたことが重荷になっていったという。


>  ただこの「永久名簿」、我々を縛る脅威として次第に厄介な存在になっていった。
> 何か池田氏の気に食わないことをしでかすと、
> 「名簿に『この者、背き了んぬ』と書くぞ」
>  というのが最大の脅し文句になってしまったのだ。「こいつは師に背いた」という
> わけで、名簿に赤線が引かれる。これでその者は地獄行きだ。言われた弟子は慌てて
> 地にひれ伏し、必死で許しを請うたものである。思えばあれほど畳に額をこすりつけ、
> 平謝りに謝る人間の姿というものを、学会以外で目にした覚えはない。
 (矢野絢也著『私が愛した池田大作』より引用)


 「師に背いた」として名簿に朱線を入れると脅された学会幹部が、「畳に額をこすりつ
け、平謝りに謝」ったのは、来世で地獄に堕ちるのが恐ろしかったからなのか、学会内で
の絶対権力者である池田大作から敵視されれば、学会での地位や学会から得ている報酬を
失うことになる(公明党議員であれば、次の選挙で公認されない)からであろうか。ある
いはその両方だったのであろうか。

 いずれにしろ、このような脅しで人を従わせようとする池田大作が、仏法など何も理解
しておらず、仏からは程遠い存在であることは、疑う余地なし、であろう。

 矢野氏は、上記に続く一節で「遅まきながら池田氏の呪縛から解かれて、何よりも大切
な精神の自由を得た」と述べている。

 池田大作の如き愚物を崇め、創価学会の支離滅裂な教義を信じて、精神の自由を失った
生き方をするくらいならば、「一人立つ」という心意気をもって、自由な生き方をした方
が、よほど幸福であろうと私も思う。

 まあ、たいていの学会員は「畜群」同然の連中であるから、池田大作の威光を振りかざ
して、やりたい放題やっている学会幹部に従う生き方のほうが幸せなのかもしれないが。



補足 「弟子分帳」が作られた時期

 矢野氏の前掲書によると、「永久名簿」が作られたのは昭和42年(1967年)のことだっ
たとされているが、原島嵩氏や福島源次郎氏は、「弟子分帳」が作られたのは昭和50年頃
と述べている(原島氏の証言は前掲書、福島氏については『蘇生への選択』による)。

 また、元創価学会顧問弁護士・山崎正友氏の著書、『創価学会と「水滸会記録」』には
山崎氏が受け取った弟子証書の写真が掲載されているが、その日付は昭和51年(1976年)
7月3日となっている(ちなみに山崎氏の証書の通し番号は「第三十三号」である)。

 この写真は決定的な証拠と思われるので、矢野氏の記述はあるいは記憶違いによるもの
ではないかと疑われるが、ひょっとしたら、公明党議員とそれ以外の学会幹部とでは、異
なる時期に「弟子分帳」を作成したのかもしれない。

2017年11月19日日曜日

池田大作の食べ残しを食うと「福運」がつく!?

 創価学会における池田大作への個人崇拝の異様さを物語るエピソードの中でも、外部の
一般人にとって、最も不気味さ、もっとありていに言えば気持ち悪さを感じさせるものは、
池田の食べ残し、飲み残しを学会員たちが有難がって口にするという話であろう。

 生前、代表的な学会ウォッチャーだったジャーナリスト・内藤国夫氏の著書から、この
逸話を述べた一節を引用する。


>  池田会長は、自分で口をつけたものを、よく、「食べなさい」とか「飲みなさい」
> といって、側近に下げ渡すという。
>  たとえば、学会本部で、職員たちと一緒に勤行したあとなど、仏壇に供えてある水
> を、グイと一口飲み、それから、
> 「さあ、いただきなさい」
>  と、側に控えている者にまわす。会長が口をつけたのだから、これを飲めば功徳が
> あるよ、といわんばかりの、ごうまんさと、ひとりよがりの親切心たっぷりに。まわ
> されたものは、たとえ気持が悪かろうと、ありがたそうに口をつける。もし、少しで
> もためらったら、忠誠心、尊敬心が足りない、と疑われはしないか、ヒヤヒヤしなが
> ら。
>  同じように、タバコの〝下げ渡し〟もよくする。池田会長、タバコはあまり吸わな
> いが、それでも気が向くと口にくわえる。それも一口か二口吸っただけで、側にいる
> 者に、例の調子で、
> 「さあ、吸いなさい」
> 「イヤです」とはいえないから、ありがたそうに、おしいただく。
>  ある幹部が、カオをしかめて告白するには、
> 「あの人、わざとツバをつけたりして、こちらの反応をみているんではないか、との
> 底意地の悪さも感じられて、ありがたそうにいただきはしますが……」
>  熱心、かつ盲目的尊敬を寄せる学会員の多くは、「会長先生の吸われたタバコを口
> にして、これで福運が」と恐懼、感激する者もあり、みんな競うようにして、ありが
> たがるふりをするという。
> 「つらいところです」というわけだ。
> 「メロンの下げ渡し」もある。メロンのおいしいところを、会長が食べたうえで、
> 「さあ、口をつけなさい」
>  肉親ならいざ知らず、人をバカにしたような、お下がり強要であるのだが、「いえ、
> 結構です」と言えない、言わさない、それが創価学会と池田会長の体質である。
 (内藤国夫著『創価学会の野望』より引用)

 ※ 『創価学会の野望』が出版されたのは、昭和53年(1978年)であり、その時点では
  池田大作はまだ創価学会の会長職にあった。池田が日蓮正宗との抗争で一敗地に塗れ、
  会長を辞任せざるを得なくなり、名誉会長に退いたのはその翌年、昭和54年(1979年)
  のことである。


 佐高信氏とテリー伊藤氏の共著『お笑い創価学会 信じる者は救われない』に収録され
ている元学会員の手記「池田学会 イニシエーションの恐怖」にも、上記と同様の記述が
ある。

 それによると、池田大作が創価大学で講演した際、話し終わった後に演壇に置かれてい
た水を一口飲んだ後、そのコップを一番前にいた学生に「はい、飲みなさい」といって渡
した。学生たちは有難がって、そのコップを次々とまわして中の水を飲んだという。

 池田が健在なころは、こうしたことはよく行われていたのであろう。
 また、上記引用にある「メロンの下げ渡し」については、元学会員で女優の杉田かおる
氏が著書で述べている。

 昭和60年(1985年)、聖教新聞社をアメリカ大使館の一行が親善訪問した際に、杉田氏
ら学会の芸術部に所属していた芸能人たちも、「花を添える」ために動員された。
 その後の食事会で、問題の出来事は起こった。以下、引用。


>  発行元の玄関先にわたしは、ほかの部員とともに並んだ。中央に最高指導者の夫人
> がいた。一行が到着する前のちょっと緊張する時間に、
> 「××先生は上行菩薩の再来で……」
>  と、誰かが話している声が耳に入った。ぼんやり聞きながら、えーっ、最高指導者
> が、上行菩薩、つまり大地から出現した菩薩だって……。それはいくらなんでも畏れ
> 多いんじゃないかしら。神、いや、仏をも恐れぬ言葉ではないか……。厳しい修行を
> 積んだわけでもない生身の人間が、菩薩の生まれ変わりだなんて……。
>  やがて、一行が到着して、歓迎行事はつつがなく進行した。その後、上行菩薩の再
> 来といわれる最高指導者を囲む食事会が開かれた。わたしは二十人ほどの芸術部員と
> ともにそこに呼ばれた。ちらとよぎった疑問は消えていなかったが、これはこれで言
> 葉にならないほど名誉なことである。
 (中略)
>  食事が始まった。その席上、最高指導者が、「男はうそつきだから気をつけろ」と
> か「先々代の最高指導者は金儲けが下手だった」とか、あまりにも俗っぽい話題を出
> すので、わたしは自分の耳を疑った。何かの間違いだろうとまで思った。
>  が、そんな疑問など吹っ飛ぶような出来事が続いて起こった。デザートにメロンが
> 出たのである。一皿に半月型に切ったメロンが載っていた。なんの変哲もないメロン
> だと思って見ていた。すると、最高指導者がいった。
> 「このメロンは天皇陛下と私しか食べられない」
>  はあ? という目でわたしはメロンを見た。そんなに貴重なメロンなんだ。と、彼
> はそのメロンをひとさじすくいとって口に含んだ。そして、「みんなにも食べさせて
> あげたい」といった。わたしは、同じメロンがみんなの前にも出てくるものと期待し、
> 貴重なメロンをみんなと分かち合おうという彼の思いやりに心が動かされた。
>  ところが、彼はその食べかけのメロンを隣の席の人に渡した。うやうやしく受け取
> った人は、同じスプーンで同じようにすくって口に入れた。そしてまた隣の人へ。ス
> プーンをしゃぶるようにする中年の幹部もいた。
>  悪夢のようだった。最高指導者にすれば、善意かもしれないが、わたしにはただ気
> 持ち悪さが背筋を走った。その順番がわたしにも近づいてくる。どうしよう、どうし
> よう。動揺が顔に出てしまったらしい。隣の女性がわたしを睨みつけた。そうこうす
> るうちに、ついにわたしのところへ恐怖のメロンが来た。もうほとんど食べ尽くされ
> て、皿には果汁がどろんとよどんでいた。
>  わたしは覚悟を決めて、皮に近いところを少しだけすくった。ところが、スプーン
> がすべって、ほんの少しのつもりが、結構な量がすくえてしまった。うまくいかない
> ものだ。周囲は注目している。わたしは目をつぶって、味わわないように素早く飲み
> 込んだ。
>  お下げ渡しと称して、こんなばかげた不潔なことをさせるのが、最高指導者なのか。
> わたしの中で少しづつ不信感が芽生えていく。
 (杉田かおる著『杉田』より引用)

 ※ 『杉田』では、「創価学会」や「池田大作」といった固有名詞の使用は避けられて
  いるが、文中にある「最高指導者」とは池田大作のことである。


 引用中に「××先生は上行菩薩の再来」という言葉があるが、上行菩薩とは法華経に登場
する「地涌の菩薩」の筆頭であり、創価学会の教義では、この上行菩薩こそが「末法の御
本仏」であり、またその再誕が日蓮ということになっている。

 もちろん、そんなことは法華経のどこにも書いてはない。この件に関しては、当ブログ
で以前詳しく書いたので、関心のある方はそちらをご覧いただきたい(「私説〝五重相対〟
(創価学会の矛盾)①」参照)。

 つまり、杉田氏は他の学会員が「池田大作は日蓮の生まれ変わりで御本仏」だというの
と同然のことを話しているのを聞いて、「えーっ」と思ったと述べているのである。

 杉田氏は、生まれながらの創価学会員、いわゆる「福子」ではなかったので、創価学会
内部で「当たり前」のように行われていること、語られていることと、世間の常識とのギ
ャップに気づき、洗脳から解放されて脱会することができたのだと思われる。

 創価学会は外部に対しては、「池田大作は御本仏」などとは主張していない。だが、内
部では表向きに語られるおためごかしとまったく違うことが、信じられているのだ。

 ほとんどの創価学会員が、池田大作は「御本仏」であり、「福運の当体」であると思い
込んでいるからこそ、池田の食べ残し、飲み残しを口にすることで、「福運」が得られる
というバカげた〝理論〟というか、狂信が成立するのである。

 池田大作の如き、女狂い、金狂いのごうつくばりの一体どこが「仏」だというのだろう
か。仏教をバカにし、冒涜するにも程があるというものである。

 まして、その池田が口をつけた残りものを回し食いすることにより、「福運がつく」と
言うのはあまりにも異常であり、杉田氏も述べているのように「ばかげた不潔なこと」と
しか言いようがない。

 ネット上には、今もって「創価学会はカルトではない」と言い張る学会員が少なからず
存在するが、今回述べた逸話だけでも、創価学会が異常なカルト集団である証拠として、
十分ではないだろうか。

 まともな神経を持った者が、こんな不衛生で狂った教団に入りたがる訳がないことは、
考えるまでもないことだと思うのだが、「創価学会は唯一の正しい信仰」だと洗脳された
学会員には、それが分からないのだ。

 だからこそ学会員たちは、「折伏」とか「仏法対話」とか称して、迷惑この上ない勧誘
活動を続けているのである。

 創価学会員の皆さん方に目を覚ましてもらうことが、社会のためにも当人のためにも一
番良いことだと私は信じるが、それが無理なのであれば、彼らだけで思う存分、池田セン
セイの食べ残しの回し食いを堪能していただき、外部の一般人には構わないでいただきた
いものである。


補足

 池田大作の食べ残しを、創価学会員たちが有難がって食っているという話は、原島嵩氏
や山崎正友氏らの脱会した元幹部や、内藤国夫氏ら外部のジャーナリストにより、昭和50
年代に何度も週刊誌等で取り上げられていた。

 杉田かおる氏が著書で述べている出来事があったのは、昭和60年(1985年)のことであ
る。つまり、「人をバカにしたような、お下がり強要」をさんざん批判され、世間の多く
の人びとから「創価学会は気持ち悪い」と思われるようになっても、彼らはこのバカげた
慣行を改めなかったのだ。

 以前も指摘したが、外部からいくら批判され、彼らの信仰は世間の常識とは相容れない
のだと説得されても、創価学会は変わらない。カルトの狂信とは、そのようなものなので
ある。

 何度でも言うが、普通の人生を送りたいならば、創価学会のような異常なカルトとは関
わるべきではない。

 もし、知り合いに学会員がいるならば、可能な限り早く縁を切るか、それが無理ならば
必要最低限のつき合いのみに留め、深く関わらないようにすることを強くお勧めしたい。

2017年11月6日月曜日

衆議院総選挙の結果について

 去る10月22日、衆議院総選挙の投開票が実施された。結果は与党の大勝だったが、公明
党の獲得議席は、前回の35議席から29議席に減少した。まことに喜ばしいことである。

 公明党の議席減の要因としては、衆議院の総議席数が475議席から465議席に減らされた
ことも影響しているだろうが、やはり最大の原因は比例での獲得票数の減少であろう。

 参考までに、過去五回の衆議院総選挙での、比例での公明党の獲得票数を表にまとめて
みた。

過去五回の衆議院総選挙における公明党得票数(比例区)

 平成17年(2005年)9月11日実施の衆議院総選挙では、公明党は比例で900万票近くを
得票している。これは過去最多得票であるが、自民党との選挙協力がうまくいき、創価学
会票に大幅な上乗せができたことが、その一因と考えられる。

 今回の選挙結果における公明党の獲得票数は、前回の選挙と比較して30万票以上減って
いる。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられたことで、有権者総数が200万以上増え、投
票率も僅かとはいえ、前回を上回ったにも関わらず、公明党は票を減らしたのである。

 また、過去最多得票であった平成17年(2005年)と比較すれば、200万票以上という大
幅な減少となっている。これは創価学会の組織力の衰えを反映しているのではないだろう
か。

 無論、今回の選挙に限った特殊要因による部分も無視はできないと思う。そこで、公明
党の獲得票数が減少した理由を、私なりに考察してみた。


1、都議会議員選挙で生じた自民党との軋轢
  今年7月の都議選で、公明党は自民党等の協力関係を解消し、小池都知事率いる都民
 ファーストの会を支援した。そのために今回の選挙戦では、自民党との選挙協力がうま
 く機能しなかったと考えられる。

2、公明党議員の不祥事
  選挙の直前に、長沢広明復興副大臣が愛人を議員宿舎に宿泊させていたことが週刊文
 春の取材により発覚し、参議院議員を辞職したことと、公明党の青年部長を務めていた
 樋口尚也前衆院議員についても女性問題が発覚し、今回の選挙での出馬辞退に追い込ま
 れたこと、これらの立て続けに発覚した公明党議員の女性スキャンダルにより、最強の
 集票マシーンと評される創価学会婦人部も、F取りへの意欲が削がれたのかもしれない。

3、立憲民主党に票が流れた
  民進党分裂により新たに結党された立憲民主党は、憲法9条擁護を掲げた。安倍政権
 の現実主義的な安保政策には賛成できないが、さりとて共産党にも投票したくない一部
 の創価学会員にとって、立憲民主党はかっこうの票の受け皿となったのかもしれない。

4、創価学会の弱体化
  創価学会は、社会全体を上回るペースで高齢化が進んでいると言われる。また、現世
 利益を前面に打ち出した布教方法も、高度経済成長期のようには効果を上げられず、新
 規会員の獲得も上手くいっていないようである。こうしたことから、創価学会の組織力
 は、年々、低下しているのではないだろうか。

5、自民支持層・無党派層の離反
  公明党は中道路線を掲げ、ソフトなイメージ作りに努めてきた。それに騙されて投票
 してきた無党派層や、自民党からの選挙協力依頼に応じて投票してきた自民支持者達が、
 インターネットやマスコミでの報道等を通じて、創価学会と公明党が事実上、一体の組
 織であることや、創価学会の反社会的な実態を知り、公明党に投票することをためらう
 ようになったのではないだろうか。


 1~3については、多くの方に同意いただけるものと思うが、4・5については、私の
希望的観測という面も多分にある。
 しかし、願わくば今回の選挙結果が、創価学会瓦解の前兆であってほしいものである。

2017年10月22日日曜日

「700年ぶりだねぇ」の真偽

 これまで述べてきたように、創価学会内部に「池田本仏論」を定着させるために、池田
大作は〝創価学会の会長は本仏と同等の存在〟という考え方を、『人間革命』等の書籍や
口コミを通じて、学会内部に定着させてきた。

 口コミで広められた逸話の中には、「ある寺院に秘蔵され、信者にも公開されてこなか
った日蓮大聖人の御影像が、池田先生とそっくりだった」などというものもあったらしい
が、特に有名なのは、日蓮が幼少から成人するまでの期間に修行した寺として知られる、
千葉県の清澄寺に池田が訪れた際の言動であろう。

 この伝説的な逸話は、2ch等でもコピペとして広まり、清澄寺の千年杉の前で池田大作
が、「久しぶりだね。700年ぶりだねぇ」と述べたとされているが、実際にその通りのこ
とを言ったかまでは分からない。

 この話の出所は、平成2年(1990年)に刊行された『崩壊する池田創価学会』(継命新
聞編著)だと思われるので、当該部分を以下に引用する。


>  昭和四十九年二月十六日のことである。この日、日蓮大聖人生誕の地、千葉・小湊
> に蓮生寺が建立された。午前中、池田は初めて付近にある遺跡をめぐり、大聖人が法
> 難で受けた傷を洗ったとの言伝えのある井戸までくると、側近のまえで、「たしか、
> あの時もこのメンバーだったなあ」とのたまわった。そして十二時ちょうど、立宗宣
> 言の午の刻と同じ時刻に、清澄寺に登るのである。境内にある千年杉という老木のま
> えまでくると、やおら、「なつかしいなあ!」と声をあげた。側近達はびっくり、
> 「これはすごい。やはり池田先生は日蓮大聖人の生れ変りに違いない」と吹聴して歩
> いた。


 この逸話は、創価学会における池田大作への個人崇拝のバカバカしさを物語る代表的な
ものである。だからであろうか、ネット上には、この逸話を確たる根拠のないものとして
否定する、学会員によるものと思われる言説が見られる。

 だが、元公明党委員長・矢野絢也氏は、著書『私が愛した池田大作』に先に挙げた『崩
壊する池田創価学会』の一節を引用した上で、「これは私自身が実際に見たわけではない
が、その直後に聞いた話だ。当時、学会や公明党内部では『やっぱりそうか』『すごーい』
といった調子で語られていた」と証言している。

 池田大作が、清澄寺の千年杉の前で「700年ぶりだねぇ」と言ったとは断定できないが、
それに類する発言をしたのは事実なのであろう。

 そして、多くの学会員がそれを真に受けて、池田大作への個人崇拝を強めたのである。
 つくづく、頭のおかしい連中だと思う。


補足 千年杉の樹齢について

 清澄寺の千年杉については、その樹齢が「250年」だとか、「400年」だとか、取り沙汰
されているが、当の清澄寺のウェブサイトには「およそ800年」と記載されている。

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2017年9月11日月曜日

「会長先生はお父様のような存在」

 創価学会内部に池田本仏論が定着する上で、『人間革命』が大きな役割を果たしたこと
をこれまでに述べたが、今回は創価学会員が池田本仏論を盲信していたことを示す資料を
紹介する。

 前回に述べたように、昭和40年代に『人間革命』を通して「師への帰命論」なる考え方
が、創価学会内部で広められた。

 「師への帰命論」とは、「〝師〟つまり初代から三代までの創価学会会長は、御本仏と
同等の存在として帰命すべき対象である」という思想である。

 そして、この思想が広まった時点での会長は、第三代の池田大作であった。会長本仏論
が池田本仏論の母体だったのである。

 内藤国夫著『公明党の素顔』(昭和44年〔1969年〕刊行)に、昭和40年代の学会内の雰
囲気がうかがえる一節があるので引用する。


>  公明党の控室でわれわれはよくお菓子をごちそうになる。「これは会長先生がわざ
> わざ買って、いま届けてくださったものです。食べませんか」といってセンベイやま
> んじゅうなどを差し出される。彼らはこれをほんとうにありがたそうに、そしておい
> しそうに頬張る。いい年をした男たちがニコニコとセンベイやまんじゅうを食べ、食
> べ終わるといっせいに「ああおいしかった」「もう一ついただいてもいいですか」な
> どと声をあげる。
> (中略)そして池田会長賛辞が競争するようにして続く。
> 「会長先生はわれわれのお父さんのような方です」「会長のご指示に従っていれば絶
> 対にまちがいはない。先生のご判断はいつも的確です。あとになってみると、いつも、
> なるほどなと感心してしまうのです」
>  ちなみに、池田会長は現在、ようやく四十一歳、賛美し続ける議員のほうがおおむ
> ね年長者だ。時には会長の父親のような年齢の議員から「会長先生はお父様のような
> 存在」ということばを聞くこともある。
>  これだけ無条件に一人の人間を尊敬し、あがめたてることのできる人たちは幸福で
> ある。うらやましいとも思う。そしてこれが宗教の場に限られているなら、われわれ
> ヨソモノが何も外から文句をいったり、注文をつけることことはない。しかし、そう
> いうオールマイティな一人の人間に率いられた人々が政治の場に登場し、ある程度の
> 力を持ち、われわれの生活を左右するようにさえなった以上は、われわれ部外者とし
> てもいろいろ注文をつけたくなる。疑問もぶつけたくなる。

 ※ 引用中の「公明党の控室」とは、都議会公明党の控室のことである。内藤氏は当時、
  毎日新聞の記者として、東京都政の取材を担当していた。


 民意の信任を得て議席を得たはずの人達が、選挙の洗礼を受けておらず、有権者のうち
の一人に過ぎない池田大作を無条件に崇め奉り、判断を委ねている異様さを、内藤氏は指
摘している。そして、この異様さは現在の公明党・創価学会にも引き継がれている。

 それはさておき――創価学会が政治権力に介入しているという問題は、詳細に論ずべき
重要なことだが、今回の主題ではないのでこの件については別の機会に譲りたい――引用
中にある「会長先生はお父様のような存在」という表現にどのような含意があるかを、考
えたい。

 この点について、著者である内藤氏は特に論考を加えていないが、前回までに論じたよ
うに、「本仏」とは「主・師・親」の三徳を備えている存在である。
 つまり「会長先生はお父様のような存在」という表現には、以下の意味がある。

 「会長」である。 → 〝主〟である。
 「先生」である。 → 〝師〟である。
 「お父様」である。 → 〝親〟である。

 公明党の議員、特に国会議員や都議会議員は、ほぼすべて熱心な創価学会員である。
 当然のことながら、教義にも精通しており、主・師・親の三徳を具備していることが、
「本仏」の特性であることは承知している。

 上記引用中に「池田会長は御本仏」という表現はないが、それと同じ意味のことを、当
時の公明党議員たちは、口を揃えて述べていたのである。
 「池田本仏論」は、昭和40年代前半には学会内部に定着していたのだ。

 実は、上述の公明党議員の言動を彷彿とさせる記述が『人間革命』にもある。
 昭和23年(1948年)元旦、学会本部に集まった学会員たちが、戸田城聖を囲んで乾杯す
る場面の一部を以下に引用する。


>  一同は乾杯した。そして、なんとうまい酒だろうと思った。カストリ焼酎より、う
> まいというのではない。彼らはこの時、戸田の愛情を飲む思いがしたのである。彼ら
> にとって、戸田はつねに師であったが、ひとたび彼に会うと、いつか彼らは子となり、
> 戸田は父となった。そしてこの間柄は、年齢にはなんの関係もなかったのである。
 (『人間革命』第三巻より引用)


 この記述も、「本仏」が「主・師・親」の三徳を備えていることを踏まえてのものでる。
 『人間革命』第三巻は、昭和42年(1967年)3月に刊行されたが、上記引用部分が聖教
新聞に掲載されたのは、その前年の昭和41年(1966年)だったと思われる。

 また、内藤国夫氏が毎日新聞記者として、東京都政を担当していたのは昭和39年~43年
(1964年~1968年)だったとのことなので、『公明党の素顔』にある「会長先生はお父様
のような存在」という都議会公明党議員の異様な言動は、『人間革命』の記述を範とした
ものだったのだろう。

 池田大作は表向きは「私などを絶対視してはならない」など述べて、創価学会には会長
への個人崇拝など存在していないかのように世間体を取り繕っていたが、その実、『人間
革命』を通じて、創価学会内部に会長本仏論=池田本仏論を定着させるように仕組んでき
たのは、池田本人だったことに疑う余地はない。

 そして、その池田を生き仏のように敬う創価学会・公明党が、政治に小さからぬ影響力
を持つ以上、池田の人となりに世間の関心が集まったのは当然であろう。

 池田大作は、平成22年(2010年)に病に伏したために、社会からも学会からもフェード
アウトしつつある。

 しかし、創価学会が池田を「永遠の師匠」と規定している以上、学会員たちは池田の生
死にかかわらず、今後ともその言動や思想を規範とし続けるものと考えられる。

 創価学会と直接かかわりを持たない人であっても、政治や権力を介してその影響を受け
ることになる以上、池田大作がどのような人物であったかを知ることには意義がある。

 そこで当ブログでは、今後、池田大作について、より詳しく論じていく予定である。