去る9月20日、日蓮正宗の第67世法主を務めた阿部日顕氏が逝去した(享年96歳)。
※ 誤解している方も少なくないが、日蓮正宗(総本山:富士大石寺)と日蓮宗(総本
山:身延山久遠寺)は別の宗教法人であり、教義も大きく違う。日蓮正宗は、日蓮系
宗派の中でも特に独善的な教義を持つ。創価学会はかつて日蓮正宗の傘下にあった。
阿部氏は法主就任直後、創価学会に対して批判的な僧侶を大量に除名処分するなど、あ
たかも池田大作の傀儡であるかのごとく振舞っていたが、後に面従腹背し続ける池田に見
切りをつけ、破門処分を下した。
それ以来、創価学会は、破門される前には「法主上人猊下」と呼んで表面的には敬って
いた阿部氏について、「先代から相承を受けていないニセ法主」と言いはじめ、「仏敵」
「天魔」などと罵り、撲滅唱題と称する呪詛まで行ってきた。
年齢から言えば、阿部氏は大往生だったと言っていいと思われる。当然のことではある
が、多数の学会員による撲滅唱題は何の効き目もなかった。私は日蓮正宗から直接被害を
受けたわけではないので、一応は「ご冥福をお祈りします」と述べて置く。
とはいうものの日蓮正宗が、創価学会・顕正会というカルトを2つも生み出したことは
否定できない事実である。両カルトが一般市民に迷惑をかけ続ける原因となっている独善
的な教義も、日蓮正宗に由来するものである。そこで今回は、日蓮正宗の教義、中でも彼
らの言う「信心の血脈」について検証したい。
日蓮正宗は、「末法の御本仏」である日蓮の教えを正しく継承しているのは、自派のみ
だと主張し、それを以下のように説明している。
> 日蓮大聖人は入滅に先立って、門弟のなかから日興上人を選んで、本門戒壇の大御
> 本尊をはじめとする法門のすべてを相承し付属されました。
> 大聖人の精神と法義を固く守られた日興上人は、時あたかも地頭の不法によって謗
> 法の地になりつつあった身延の地を去る決意をされ、〈中略〉日本第一の名山富士山
> の麓に一切の重宝を捧持して弟子たちと共に移られ、そこに大石寺を建立されたので
> す。
> その後、大聖人の仏法は第三祖日目上人、第四世日道上人と、一器の水を一器に移
> すように代々の法主上人によって受けつがれ厳護されて、現在御当代上人に正しく伝
> えられているのです。
(日蓮正宗布教研修会編『正しい宗教と信仰』)
※ これはあくまでも日蓮正宗の主張であり、他の日蓮系宗派は引用の主張を認めては
いない。
日蓮正宗や創価学会では、日蓮以来の法統が相承を経て受け継がれていくことを「血脈」
という(あくまでも比喩であり、特定の家系のみが法主になれるというわけではない)。
先に少しふれたが、現在の創価学会は、第67世法主を務めた阿部日顕氏は先代から相承
を受けていないので、信心の血脈は日蓮正宗から創価学会に移ったと主張している。
そもそも、日蓮の教えが正統な仏法と呼べるかについては、これまでに論じてきたので
繰り返さない。また、阿部氏が相承を受けたか否かについても、今回は措く。
日蓮正宗が主張する「血脈」は、果たしてどこまで史実の裏付けがあるのだろうか。
結論から言って、極めて胡散臭いものだと言わざるを得ない。
まず、日蓮正宗が第二祖と仰ぐ日興が、日蓮が指名した六老僧と呼ばれる高弟の一人だ
ったことは事実である。
だが、日興だけが後継者として指名されたという主張に、他の日蓮系宗派が同意してい
るわけではない(日蓮宗は、同じく六老僧であった日向を第二祖としている)。
また、日蓮正宗が教義上重視している古文書、『産湯相承事』『御義口伝』『百六箇抄』
『本因妙抄』は、後世に作られた偽書である(いずれも日蓮の口述を日興が筆記したもの
とされているが、日興直筆のものは存在しない)。
日興が日蓮正宗総本山大石寺を開いたことは事実だが、現在の日蓮正宗の教義が日蓮・
日興に忠実だとは信じがたいのである(当然、創価学会・顕正会も同様である)。
それに、日興が開山となった寺は大石寺だけではない。彼は北山本門寺(現在、日蓮宗
大本山)も開き、大石寺を日目に譲った後、晩年をそこで過ごした。「大石寺だけに日興
の法統が受け継がれている」という主張もまた信じがたい。
日興には数多くの弟子がいたが、その一人、日尊は京都に要法寺(現在、日蓮本宗本山)
を開いた。
実は江戸時代の大石寺法主には、要法寺から招かれた僧侶が少なくない。
第18世日精、第19世日舜、第20世日典、第21世日忍、第22世日俊、第23世日啓はいずれ
も要法寺で出家し、その後、大石寺に移っている(日精を第17世とする説もある)。
こうした経緯を見ると、要法寺に受け継がれた法統の支流が、大石寺にも伝わっている
と言った方がいいようにも思える。
明治以降には、さらに異常な出来事が起こっている。
先に引用したように、大石寺の法統は「一器の水を一器に移すように代々の法主上人に
よって受けつがれ」て来たものだという。要するに、先代法主が後継者を指名し、それを
相承の儀式によって宗内に周知してきたのである。これが守られてきたならば、後継争い
など生じようがないはずだ。
だが実際には、次期法主を誰にするかについて争いが生じ、選挙で選ぶ事態が二度も起
こったという。
大正15年(1926年)、第58世日柱を排斥する動きが宗内に起こり、後継者を選挙で選ぶ
ことになった。この時、堀日亨が選ばれている(堀氏は創価学会版『日蓮大聖人御書全集』
の編者ということになっている)。
第59世日亨の後任を決める際にも混乱が起き、昭和3年(1928年)、またしても選挙に
より阿部日開――阿部日顕氏の実父――が第60世法主に選ばれたという。
以上、述べてきたように、日蓮正宗の「信心の血脈」なるものは、相当にいい加減なも
のである。到底、唯一正統なものだとは言えない。
そして、こうした胡散臭さを「地涌」などの怪文書であげつらってきたのが、他ならぬ
創価学会である。
しかしそれは、天に向かって唾するが如き愚行ではないのか。
日蓮正宗の法統がマガイモノだというなら、そこから派生した創価学会も当然にマガイ
モノであろう。
阿部日顕氏に相承があろうとあるまいと、日蓮正宗は日蓮の仏法を正統に継承している
とは言えない。創価学会もまた然りである。