2018年4月15日日曜日

池田センセイの「ご友人」

 池田大作は自らの声望を高めるために、世界各国の著名人との会談を重ねてきたが、池
田が利用してきた人物の中には、国家元首クラスの大物もいた。

 当然のことながら、そのような海外の要人と面会するのは容易なことでなく、金を積ん
だり、コネを使ったり、おべっかを使ったりと、様々な苦労があったようである。

 池田はルーマニアの独裁者・チャウシェスク大統領との会談を実現させたが、そこに至
るまでにも、駐日ルーマニア大使と面会して良い印象を与えるように努めるなどの下準備
が必要だった。

 池田大作と駐日ルーマニア大使、二コラエ・フィナンツ氏との会見は、昭和50年(1975
年)3月25日になされた。その席で池田は、チャウシェスク大統領を次のような歯の浮く
ような言辞で称賛している。


> 「チャウシェスク大統領は五十七歳の若さで国を治めておられる。若く、偉大なる指
> 導者であり、独自の哲学を持ち、また魅力をもった方であると認識しています。私は
> その大統領に将来見習っていかなくてはならないこともよく知悉しておるつもりです」
> 「大統領のような聡明な指導者をもったお国は幸せであると申し上げたい。私の直感
> では、お国は、今の閣下のあとの代になっても次の後継者はスムーズにいくように思
> います。大統領から見れば、私ごときは父と子、孫のような立場です。自分を知らな
> ければ、行動も失敗してしまいます」
 (『諸君』1990年3月号所収 内藤国夫著 月報「創価学会問題」第98部より引用)

 ※ この池田発言は、創価学会本部に秘匿されていた資料に記録されていたものである。
  当該資料は、元教学部長の原島嵩氏が造反した際に持ち出され、内藤氏の手に渡った
  とのこと。


 池田は「次の後継者はスムーズにいくように思います」と述べているが、実際のその後
の歴史では、ルーマニアでは流血の革命が起こり、チャウシェスクは公開処刑されている。
 池田センセイの直感は、どうもあまり当てにならないようである。

 さて、こうした事前工作が功を奏し、池田大作は念願かなってチャウシェスク大統領と
の会談を実現させた。昭和58年(1983年)6月8日のことである。『聖教新聞』はこれを
一面トップで報じた。


>  更にSGI会長は大統領の少年時代の夢について問うと、大統領は、我々は革命の
> ための活動を行ってきた。あくまでは夢はルーマニアの民族のため、労働の権利、教
> 育の権利のため、理想の社会建設を実現することであった。そのために働き、戦って
> きたと述懐。
>  SGI会長は「大統領は愛国主義者であり、平和主義者であり、民族主義者である
> ことがよく理解できました」と語った。
 (『聖教新聞』昭和58年〔1983年〕6月10日付より引用)


 チャウシェスクは、離婚や堕胎を厳しく制限して強権的に「産めよ増やせよ」政策を推
進し、その結果ルーマニアでは「チャウシェスクの子供たち」と呼ばれる浮浪児が出現す
る事態に至り、大社会問題となった。

 また、ルーマニア国内に数十箇所も宮殿を建て、飢餓輸出で獲得した外貨を使って贅沢
三昧の生活をしていた。その間、ルーマニア国民は飢えと貧困に苦しんだのである。

 「広宣流布のため」と偽って集めた金で自分専用の豪華別荘をいくつも建設し、豪遊を
続けていた池田大作とチャウシェスクとは、気脈が通じるところがあったのであろう。上
記の聖教記事によると、この会談は「和やかな友好的雰囲気の中で進められていった」と
いう。

 ところが、池田はチャウシェスクの運命が暗転すると、素早く態度を変えた。チャウシ
ェスクが処刑された翌年、ルーマニアの駐日大使と面会した際の池田の発言を、『聖教新
聞』は以下のように報じている。

 ※ この時、池田大作と面会した駐日ルーマニア大使・ブラッド氏は、革命前にも池田
  と会談しており、4年ぶりの再会だった。


>  民衆の総意による新生ルーマニアの誕生を、私は、もろ手を挙げて、祝福いたしま
> す。「民衆」が勝った。「人間」の叫びが勝った。私どもはもちろん、権力悪と戦う
> 世界の民衆勢力に、強い勇気を与えてくれました。
 (中略)
>  貴国の不幸は、指導者が、一族主義による「独裁」に、いつしか陥ってしまったこ
> とにあったといえます。権力の腐敗にどう対処していくか――ここに将来にわたって
> の大きな課題があると思うのですが。
 (『聖教新聞』平成2年〔1990年〕1月7日付より引用)


 独裁者と仲良く会談して誉めそやし、自己宣伝に利用しておいて、その独裁者が革命で
打倒されると、今度は「権力の腐敗」を批判する。まったく大した君子豹変ぶりである。
 また、この会談で池田は、再会したブラッド大使に対して、次のように述べたという。


>  時代や社会はいかに変わろうと、ひとたび結んだ友情が色褪せるようなことはあっ
> てはならない――それが、私の信念です。


 池田センセイのあからさまな手のひら返しを目の当たりにした上、上記のようなご立派
な「信念」の開陳まで聞かされたブラッド大使は、どのような印象を受けたことであろう
か……。

 チャウシェスクとは一回会っただけなので、「友情を結んだ」とまでは言えないのかも
しれない。そこで池田センセイの「ご友人」の中から、もう一人の運命の暗転に直面した
人物であるパナマの最高実力者・ノリエガ将軍についても述べる。

 パナマは大統領制の国であるが、ノリエガ将軍は軍隊を掌握することによって、実質的
に政府を支配していた。平和主義者として世界的に名高いらしい池田センセイは、その軍
事独裁者のノリエガ将軍と家族ぐるみでの親交を結んでいた。

 ノリエガ将軍の娘が病気になった際には、池田センセイがお得意の「数珠さすり」でそ
れを治したという逸話もあるほどである。

 池田センセイとノリエガ将軍とが友好関係を結ぶに至ったいきさつは、次のようなもの
だった。


>  池田大作のパナマ訪問は一九七四年、八一年、八七年の三回に及んでいるが、実は
> 池田はノリエガに大きな「借り」を作ったのは、一九七四年にブラジル・サンパウロ
> 市で開かれた第三回世界平和文化祭に出席するため、米国経由でブラジル入りしよう
> としたときのことである。
>  既に述べたように、日本で言論出版妨害事件を起こす前から、ブラジルでは「創価
> 学会はファッショ団体」とみなされ、池田大作を危険視していたため、このときはビ
> ザ発給を拒否され、立ち往生する羽目になった。そこで、困り果てた池田大作に救い
> の手を差し伸べたのが、当時はまだパナマの一政府高官でしかなかったノリエガ将軍
> だった。それで、池田は「パナマ政府招待」の装いをこらすことで、何とか無事ブラ
> ジルに入国することができたのである。
 (古川利明著『カルトとしての創価学会=池田大作』より引用)


 これを契機として、池田大作とノリエガとは関係を深めた。昭和62年(1987年)に池田
がパナマを訪問し、ノリエガ将軍と会談した際の模様を『聖教新聞』以下のように報じた。


>  同長官は、十三年前、SGI会長のパナマ初訪問の折以来の古い友人であり、これ
> までパナマ、日本、ハワイで友好と友情の語らいを重ねている。この日も旧交を温め
> ながらの和やかな会談となった。
 (『聖教新聞』昭和62年〔1987年〕2月20日付より引用)


 記事は会談後、池田はノリエガの案内で「ミラドール・イケダ(池田展望台)」を訪問
したと伝えている。「池田展望台」は1984年、「SGI会長の平和・文化・教育への幅広
い貢献をたたえ」るために命名され、銘板の除幕が行われたという。

 池田大作はこの訪問において、パナマでは最高位の「バルボア勲章」まで授与された。
 これに大いに気をよくしたのか、池田は静岡県富士宮市にある創価学会白糸研修道場内
の庭園を「ノリエガ庭園」と命名し、石碑を設置した。

(『週刊文春』1988年3月17日号)

 ところがその後、ノリエガ将軍がアメリカの軍事侵攻によって逮捕されると、この石碑
は撤去された。池田は「古い友人」との友情の記念を、なかったことにしたのだ。

 先に引用した内藤国夫氏の月報「創価学会問題」第98部に、池田が友情を語る際の美辞
麗句と、実際の行動とのコントラストが鮮やかに示されているので再度引用する。


> 「私は生涯をかけて、パナマと日本の友好のために貢献していく」
> 「パナマは少年時代から私の憧れの地」
> 「貴国は国は小さいかも知れないが、指導者はあまりにも偉大であり、大きい」
>  等々とパナマ及びその指導者・ノリエガ将軍を誉め称えた池田大作言行録は、いっ
> たい何だったのかと思わずにいられない。
 (中略)
>  パナマへの熱烈な愛情、友情をこれだけ煽り立てられて、今さら「忘れろ」と命ず
> るのは無茶というものだろう。
>  ところが大作サン、チャウシェスク大統領やノリエガ将軍と懇談する写真が、品川
> 文化会館に大きく飾られているのを昨年末に見咎めて、ヒステリックに叱りつけた。
> 「まだこんなものを飾ってあるのか。わからん奴らだ。早く撤去してしまえ」
> 「逆境下の真の友人」という表現があるが、池田氏の付き合いかたは「順境下でこそ
> 友人、逆境下では即、見切りをつけて使い捨て」という冷酷・非情なものだ。


 「池田先生のお言葉」として『聖教新聞』等に載せられるご立派な高説は、口先だけの
ものに過ぎないことがよくわかる。

 池田とノリエガ将軍との関係についての醜聞は、これだけにとどまらない。もっとキナ
臭い話もある。


>  ノリエガ将軍は、ブッシュ氏がCIA長官時代には、その手先となって、キューバ
> のカストロ首相やニカラグアなど中米の革命グループ攪乱に協力した。そして、その
> 代償として、パナマを中継地として、時にはCIAの輸送機も使ってアメリカに南米
> コロンビア産のコカインを輸出(?)する暴挙を大目に見てもらっていた。このため
> にブッシュ氏の弱みを握ったとして、ノリエガ将軍は、ブッシュ氏が大統領となった
> アメリカを、好きなように操れると過信したのだ。
>  しかし、こんなノリエガを放置しておいたら自分の政治生命が危ないと知って、ブ
> ッシュ大統領は八九年就任早々に、米軍による電撃的なパナマ侵攻をやって、ノリエ
> ガ将軍を「戦犯」として捕らえ、アメリカのフロリダにさらって来た。そして、同将
> 軍を「アメリカへのコカイン麻薬供給の罪」もつけて秘密裁判にかけて有罪とし、特
> 別監獄の奥に閉じこめてしまった。
>  このノリエガ将軍が吐かされたものの中に、池田大作氏が創価学会の金をパナマで
> 運用し、ノリエガ将軍の麻薬取引の資金繰りにも使わせていたことと、このあがりか
> ら、池田氏は小沢氏へ相当な額を常時渡していた、というものがあった。ブッシュ氏
> はこの自白の証拠書類もがっちりと手に入れて、金丸、そして小沢の両氏を操作する
> ムチとして使っていた。
 (霍見芳浩著『アメリカ殺しの超発想』より引用)

 ※ 引用中の「ブッシュ氏」とは、第41代大統領だった父親の方のブッシュである。


 この本の著者である霍見氏は国際経営学者で、ハーバード大学、コロンビア大学等の名
門大学の大学院で教授を務め、執筆した時点ではニューヨーク市立大学教授だった。

 霍見氏がハーバード大学大学院で教えた学生の中には、後に第43代米国大統領となるジ
ョージ・W・ブッシュもいたという。

 これらのことから、霍見氏には失っては困る地位と名誉があり、しかも米国の支配階層
にアクセスできる立場にあったことが分かる。

 そのような人物が根も葉もないウソを本に書くとは考えにくい。引用の内容には、相当
の信憑性があるものと考えてよいだろう。

 池田大作に関する話は、どれもロクでもないものばかりだが、その交友関係にも池田の
下劣な人間性と、創価学会の反社会性とがよく現れている。

 池田にとっては、疑うことなく創価学会に金を貢ぎ続ける信者たちも、彼の「ご友人」
たちと同様、自分のために利用するだけの道具でしかないのだろう。

 こんなカルトに騙され続ける人生よりも、もっとマシな生き方はいくらでもあると思う
のだが、創価学会に洗脳され切って、反社会的行為に疑問を感じない人間のクズにまで堕
ちた輩にとっては、居心地がいいのかもしれない。

 知れば知るほど、調べれば調べるほど、関わりたくないという気持ちがより強くなる。
私にとって創価学会とは、そのようなカルト邪教である。

 世の中のほとんどの人にとっても、そうではないだろうか。当ブログを読んでくださっ
ている皆さまになら、同意いただけるものと思う。

2018年4月8日日曜日

名誉学位・名誉市民等について

 池田大作が世界各国から、様々な名誉称号や賞を授与されてきたことをご存知の方は多
いであろう。特に創価学会員であれば、聖教新聞の一面に頻繁に登場する「池田先生が×
×を受賞」といった記事には見慣れているはずである。

 今年1月4日付の聖教新聞は、イタリア・トゥルテ市および韓国・天安市が、1月2日――
この日は池田の誕生日である――名誉市民称号を池田に贈り、これで彼が得た名誉市民称
号は800になったと伝えている。

 800というのは、あくまでも名誉市民についての数であり、そのほかの勲章や名誉学位、
賞などを合計すると、池田大作への顕彰は軽く千を超えるものと思われる。

 池田の名誉称号あさりの嚆矢は、昭和48年(1973年)10月に日蓮正宗総本山大石寺で開
催された「世界平和祭」において、アメリカ創価学会代表のジョージ・ウィリアムズ氏か
ら「市民証」なるものを贈られたことだったという(古川利明著『カルトとしての創価学
会=池田大作』による)。

 その後、池田は創価学会会長を辞し、名誉会長に退かざるを得なくなったことをきっか
けとして、SGI会長(SGIとは「創価学会インタナショナル」の略)という肩書を用
いるようになったが、世界各国から勲章や名誉称号を本格的に集めるようになったのも、
それとほぼ同時期のことだった(前掲書による)。

 日蓮正宗法主という宗教的権威に敗れて会長の地位を失ったことから、世俗の権威で箔
をつけて失地回復を図ろうとしたのであろう。

 池田が外国から獲得してきたご立派な肩書の数々は、世間的にはあまり評価はされてい
ないものの、創価学会員たちを幻惑し「池田先生は世界的な偉人」と思い込ませるために
は、それなりに効果があったようである。

 その他にも、世界各国の知識人・政治家等と数多くの会談をこなしてきたことも、池田
に箔をつけるために、大いに役立ってきた。

 こうした華麗な池田の経歴に対しては、だいぶ前から疑惑が持たれている。「金で名誉
を買っているのではないか?」というのである。


>  創価王国の絶対君主として、「私が仏法の指導者だ」という傲岸不遜な池田が外国
> 知名士に会うために日本の在外大公使には平身低頭し、対談相手の知名士を拝み倒さ
> んばかりなのだ。キッシンジャー元米国務長官、ライシャワー元米駐日大使、イギリ
> スの歴史学者A・トインビー、フランスの作家、文化相A・マルローと、まことに錚
> 々たる顔ぶれには違いない。キッシンジャーとの対談では、二千万円の謝礼を含め、
> 来日の旅費、滞在費すべてで四千万円以上と噂される。
>  売名のため、虚名を得るためには金に糸目をつけず、世界的〝名声〟に札束積んで
> 便乗する、なりふり構わずスリ寄る様は、単なる有名病では必ずしもない。相手を利
> 用して虚名を手に入れんものと、これはもう、一種の売春精神なのだ。そういえば池
> 田は、モスクワ大学、北京大学をはじめ外国七大学から名誉博士、名誉教授の称号を
> 受けているが、いずれも多額の寄付で得たものといわれている。
 (藤原弘達著『創価学会 池田大作をブッた斬る』より引用)


> 「大作氏は、あの外遊に百五十億円つぎ込んだと言われています。一月二十四日に日
> 本を発ち、アメリカ各地と南米五カ国を五十六日間かけて訪問する外遊でした。各国
> のトップに会うのが目的で、とくに目玉はクリントン大統領。そのために、あらゆる
> ルートに金をばらまき、万全の準備をしたはずなんです。が、アルゼンチン、パラグ
> アイ、チリなどでは大統領に面会し、勲章を貰ったり、表彰されたりしたのですが、
> ホワイト・ハウスは相手にしてくれなかった。で、大作氏は腹立ちまぎれに行く先々
> で、クリントンを笑い者にしたのです」
 (『週刊新潮』1993年7月15日号より引用)

 ※ この記事は、平成5年(1993年)のアメリカおよび南米諸国への外遊における、池
  田大作の言行を取り上げたもの。


 このような外部からの批判に対して、創価学会内では「週刊誌に書いてあることは全部
ウソ」とか、「池田先生があまりにも素晴らしい方なので、嫉妬した人が悪口を言ってい
る」などと、信者を洗脳しているらしい。それについて、以下のような証言もある。


> 北京大学やモスクワ大学など世界の権威ある大学から厳正な審査を経たうえで称号を
> 得ているのだから、やはり先生はすごい。外野がうるさいのは逆に池田先生に対して
> 嫉妬しているからだ、金で称号が買えるなら買ってみろ、と思う学会員は多い。
 (創価学会ルール研究所 著『創価学会あるある』より引用)


 私個人としては、創価学会のようなインチキ宗教や池田大作のようなペテン師よりも、
藤原弘達氏や『週刊新潮』の方がよほど信頼できると思う。

 特に藤原氏は、権力による不当な圧力に屈せず、創価学会による言論出版妨害を暴いた
気骨ある政治評論家であり、池田大作のごとき愚物などとは比較すること自体、無礼千万
であろう。

 とはいえ、批判の根拠が「噂」や匿名の「事情通」による証言だけでは、心もとないと
思われる方もいるかも知れない(創価学会を批判すると、どんな目に遭わされるかわから
ないからこそ、情報の出所をぼかしたり、匿名で告発したりせざるを得ないのである。こ
のことについても、創価学会の悪しき体質が原因なのだ)。

 池田大作に対して名誉学位を与えた側の責任者による、創価学会から金を貰った見返り
としてそうしたという証言は、当然のことながら、そう簡単には出てこなかった。このよ
うな証言が出てきたのは、ようやく平成17年(2005年)のことである。

 韓国のテレビ局がSGI(創価学会インタナショナル)について特番を放送し、その中
で池田に名誉教授の称号を贈った大学の学長が証言したのである。

 その内容について『週刊新潮』が特集で伝え、「この番組の圧巻は何といっても、池田
氏が海外の大学等から贈られる名誉教授の称号や学位が、実は、多額のお金(寄付)の見
返りであることを始めて暴露した点にある」と称賛している。

 この記事には、池田に名誉教授を贈った忠清大学のチョン・ジョンテク学長の証言と、
背景となった事情についての説明が含まれている。


> 「私は(創価大学)から名誉博士号を受けたし、わが校を助けてくれたんだ。図書資
> 金を5000(万ウォン=約500万円)出してくれて、発展基金に2億出して、また文化祭
> で3億ウォン出してくれて、だから……」
>  忠清大学から池田氏に名誉教授の称号が贈られたのは、韓国経済がどん底にあった
> 98年のことだそうだ。この学校にとって5億5000万ウォンという援助がいかに有り難
> かったか、想像に難くない。
 (『週刊新潮』2005年10月6日号より引用)


 この証言から、池田への名誉称号授与は資金提供への見返りというだけでなく、創価大
学からも相手側へ名誉学位を贈る取引でもあったことが分かる。

 こうした面を見ると、「金の力だけではない」と言えるのかもしれないが、それでも問
題のあるやり方であることに変わりはない。

 池田の称号獲得については、このように金絡み以外の問題点も少なからず存在している。
 例えば、冒頭で言及した韓国・天安市からの名誉市民称号の授与式において、市長の具
本榮氏は以下のように述べたという。


>  具市長は「池田先生ご夫妻は、正しい歴史認識に基づき、韓日友好に多大な貢献を
> されました。お二人をわが市の名誉市民としてお迎えでき、大変に光栄です」と力を
> 込めて語った。
 (『聖教新聞』平成30年〔2018年〕1月4日付より引用)


 日本と韓国との間には不幸な歴史があり、日本側に小さからぬ非があったことには私も
同意するが、それでも韓国が主張しているような「正しい歴史認識」には事実とは認め難
い点が多く、そのまま受け入れることはとてもできない。

 日韓の歴史問題は当ブログのテーマではないので、この件について掘り下げることは避
けるが、韓国側の偏った歴史認識に迎合することにより、池田が名誉称号を得たのだとす
れば、それは売国行為以外の何ものでもないことは指摘しておかねばならない。

 また、聖教新聞が掲載した池田への顕彰を報じる記事の中には、相当に事実を誇張した
ものもあるという。

 平成21年(2009年)2月4日付の聖教新聞一面に、キング牧師の誕生日(1月15日)を記
念して、アメリカ連邦下院議会が池田大作を顕彰したと掲載された。発議者はハンク・ジ
ョンソン議員で、同議員が「連邦下院が池田を『平和と正義の使者』と命名した」との証
書を読み上げたと記事は伝えた。

 「平和と正義の使者」より「闘争と不正の使者」の方が、池田には似つかわしいと思う
のは、私一人だけではないと思うのだが。
 さて、この件について、『週刊新潮』がそのまやかしを暴いている。


> 「これにはいろいろカラクリがあるんです」
>  と、学会と対立する宗門系の新聞『慧妙』関係者がこう明かす。
> 「まず、聖教新聞で紹介している証書の翻訳がおかしい。正確に訳すと、顕彰してい
> るのは議会ではなく議員個人。証書の署名も議員ひとりだし、授与式も、議事堂にあ
> る議員の個人オフィスで行われている」
>  実はそのジョンソン議員、
> 「アメリカSGIの熱心な会員。ネット上の百科事典にも明記され、かつてワシント
> ン・ポスト紙でも30年来の会員だと報じられた」(同)
>  というから、要は、学会員が〝うちのセンセイはエライ!〟と宣言したという手前
> 味噌的なものらしい。
 (『週刊新潮』2010年3月11日号より引用)


 池田大作が獲得してきた数々の名誉称号等の顕彰は、確かに金の力だけによるものでは
ないのだろう。

 しかし、創価学会が用いた金以外の手段は、売国的な韓国へのすり寄りや、ただの一議
員(しかもSGI会員)に池田を誉めさせ、されにそれを「米国連邦下院の総意」による
ものであるかの如く誇張するなど、いずれもロクでもないやり方ばかりである。

 インチキ宗教らしいといえばそれまでだが、池田大作の如きペテン師を不正な手段で権
威づけているという事実は、創価学会が邪悪なカルトであることを証明する根拠の一つで
もある。

 学会員は、聖教新聞の与太記事を真に受けて、池田を偉大な人物と信じているようだが、
外部の世間ではそんなインチキは通用しない。

 池田大作の称号が千を超えようとも万に届こうとも、奴はインチキ野郎であり、創価学
会は反社会集団であるという評価を変えることなどできないのだ。

2018年3月31日土曜日

池田大作のぜいたく

 前々回、「池田大作個人のための支出は、創価学会の総支出額の二割強に上るとの説が
あるが、肝心の総支出額が不明なので、具体的な金額は算出できない」という趣旨を述べ
た(「清貧の人? 池田大作」参照)。

 先日、創価批判本を読み返していたところ、池田のために使われる金額について具体的
に言及した箇所を見つけた。


>  その一方で、実質的な権限はがっしりと独占して離さず、池田一人が使う年間経費
> が百億円から二百億円。四十人以上もの個人秘書を手足のごとく使い、全国六百ヵ所
> を数える創価学会会館に自分専用の豪華な私部屋がある。毎年池田が出かける外国旅
> 行は医師団や警備陣まで随行させてまるで王侯貴族なみ。数年前のタイ訪問時、何を
> 思ったか、金ピカの専用椅子を飛行機で現地へ運び込みヒンシュクを買ったこともあ
> る。
 (藤原行正著『池田大作の素顔』より引用)

 ※ 「その一方」とあるのは、この記述の前に、池田大作が名目上は名誉職に過ぎない
  立場である「名誉会長」になったことで、組織運営上の責任を負わなくてよくなった
  ことが述べられていることを受けたもの。


 これまでに使った金額の累計が、百億円から二百億円なのではない――それでも十分に
巨額だが――池田は一人で一年間にその金額を使っていたというのである。

 『池田大作の素顔』が出版されたのは平成元年(1989年)で、当時の日本はバブル絶頂
期だったとはいえ、このような巨額を一人で使っていたのは、さすがに池田大作くらいだ
ったのではないだろうか。

 さて、いったい何をどうすれば、一人で年に百億円以上も使うことができるのか、創価
学会の元顧問弁護士・山崎正友氏らの著書に基づいて述べたい。


1、豪華専用施設

>  全国の約一千か所の会館・研修道場には、いずれも池田専用施設がある。
>  例えば本部横の白雲寮(第二別館)。約二十年前、都心の一等地に建築費約五億円
> をかけて造られた和風総ヒノキ造り、庭園つきの邸宅。池田が東京にいる時は、たい
> ていここにいる。渋谷研修所も豪勢だ。また、創価大学近くの加住研修所はやはり十
> 数年前、三、四億をかけた専用施設。熱海研修所に至っては、数万坪もある池田の別
> 荘である。東北墓園、鎌倉、渋谷区等々の会館一覧にも載っていない秘密の池田専用
> 施設はまだ他にたくさんある。さらに、池田が役員にもなっていない「学校法人創価
> 大学」や「学校法人創価学園」内にも専用施設がある。そのうえ、一九八九年、伊豆
> の温泉地にも、約一万坪の池田専用別荘が建てられた。
 (山崎正友著『懺悔の告発』より引用)


 創価学会の他を圧するような大きさの会館等を見たことがある方も多いだろうが、そう
した建物には、いずれも池田専用施設があるのだ。

 しかも池田専用施設は、その調度品も贅を尽くした高級品ばかりだった。くるぶしまで
埋まる分厚い絨毯を敷き詰め、壮麗なシャンデリアや高価な絵画が飾られていたという。

 山崎氏は、別の著書でこうした施設を建設するために、どの程度の金が費やされていた
かも述べている。


>  余談だが、創価学会の施設の建設を請け負う業者は、まず、
> 「仏間に三分の一、一般施設に三分の一、そして池田大作専用施設に三分の一」
>  という割合で建設費が配分されるということを知らされる。
>  調度品となると、一対三の割合で専用施設に金が注ぎ込まれる。
>  総工費三億円とすると、結局、そのうち一億二千万円くらいが、池田大作一人のた
> めに費やされるのである。
>  その池田大作は、一年のうち数日しか利用しない。
 (中略)
>  これらの施設も、飽きると使用しなくなる。また、惜し気もなく大金をかけて改築
> する。あとからあとからより豪華な施設が作られ、古いものは〝お下げ渡し〟したり、
> 一、二回使っただけで取り壊され、改築される。
 (山崎正友著『「月刊ペン」事件 埋もれていた真実』より引用)


 巨費を投じて建設した施設を、たった数回使っただけで作り直していたのでは、金がい
くらあっても足りないのは当然である。しかも、そんな施設が日本各地に何カ所もあるの
だから、常人の想像を超えている。

 こうした施設を、池田は家賃などを払うことなく使っていた。完全な組織の私物化であ
る。ただ、創価学会に税務調査が入った際には、池田は白雲寮の家賃について過去に遡っ
て支払い、体裁を繕ったという(矢野絢也著『乱脈経理』による)。


2、海外旅行

 健康な頃の池田大作は、毎年のように海外に出かけていた。お気に入りの女性をはじめ
とする大勢の取り巻きを引き連れての大名旅行で、これにも相当な金がかかっていたはず
である。


>  池田氏の外遊については、これは贅沢三昧。専用のコック同伴とか、宿泊先もホテ
> ルは一流のスイートルームで、一フロアをまるごと借りることもある。いつも莫大な
> 費用で、元幹部の証言によると、
> 「池田氏に随行して海外に行ったとき、日本から出国する際に、なぜか現金を分散し
> て持たされた」
>  と言う。
 (「学会マネー」研究会著『創価学会財務部の内幕』より引用)


 池田が海外旅行の際に、現金を持ち出していた件についてだが、スイス等の銀行に秘密
口座をつくり、蓄財していたのではないか、との疑惑も持たれている。

 池田の大名旅行は、現地の人にも奇異な印象を与えたようである。フランス在住のジャ
ーナリスト・広岡裕児氏が以下のように述べている。


>  80年代中ごろのある晩、パリ中心部の最高級ホテル「リッツ」の前で、通りがかり
> のフランス人から「あれは日本の大統領か?」と聞かれたことがある。指をさす方向
> を見上げると、2階にある最高級のスイートルームのベランダで、手を振っている池
> 田大作の姿があった。
 (別冊宝島『池田大作と暴力団』より引用)


 池田の態度が、尊大そのものに見えたから「あれは日本の大統領か?」と、通りすがり
の人が驚いたのであろう。一日本人としては、あまり有難くない話である。

 創価学会員の独善的で、他人の迷惑を顧みない独りよがりの姿勢はつとに知られている
ところだが、そうした態度を海外でもとって、日本人の評判を悪くしていたのではないか
と懸念される。

 バブルの頃の日本人は、金にモノを言わせる思い上がった態度で、海外から顰蹙を買う
こともあったが、そのうちのいくらかは、池田大作及び創価学会によるものだったのかも
しれない。


3、美術品購入

 池田大作は、美術品の収集も趣味としていたが、これにも創価学会の資金をつぎ込んで
いた。まさに公私混同である。


>  池田氏は自分好みの絵画などの高価な美術品を世界中から買い集めていた。個人の
> 趣味なら本来、池田氏が自分の財布から払い、個人資産として所有するのが筋だ。と
> ころが池田氏の絵画購入費用はほぼすべて学会持ちだった。美術品は学会系の美術館
> や学会の関連施設などに飾られたり、倉庫に保管されたりしていたが、飾られた絵に
> ついて池田氏は「どうだ。いい絵だろう。俺の絵だ」と、私に自慢した。こうした絵
> が、いつの間にか池田氏の自宅に飾られていたことも私は目撃した。
 (矢野絢也著『乱脈経理』より引用)

 池田センセイは、創価学会の金で買った絵を「俺の絵だ」とのたまっていたとのことだ
が、創価学会そのものを「俺のもの」と思っていたからこそ出てくるセリフであろう。

 残念ながら、池田センセイご自慢の美術品の中には、費やした金額に見合わない物も相
当数含まれていたらしい。


>  最近、各地に富士美術館を開設し、会員の教養を高める、というのが財務の趣旨に
> 加えられている。
>  ところが、富士宮市と八王子市にある富士美術館の所蔵品の七五%はニセ物だとい
> うのである。池田は、自分では鑑識眼に絶対の自信を持っているらしく、外国旅行の
> 際など、よくギャラリーや骨董店をのぞくのであるが、壁面にかかっている絵の端か
> ら端まで全部買ってしまうといったやり方をする。後で美術館の方に荷物がどっさり
> と届き、「支払いは館の方でやっておけ」と命ぜられる。ところが、これを専門家に
> こっそり見てもらうと「全部が全部ニセ物、でなければ二、三流品。かといって処分
> もできず、池田センセイに面と向かって報告もできず……」(富士美術館元館員)と
> いうていたらく。池田には美術品に対する鑑識眼はない。
 (山崎正友著『懺悔の告発』より引用)


 海外の画廊で、展示されている絵画を端から端まで〝大人買い〟するというのは、いか
にもな成金趣味というか、バブリーな話だが、大部分が偽物か二、三流品というのは、困
りものである。

 大金を投じて偽物を摑まされていたのでは、「会員の教養を高める」どころの話ではあ
るまい。ただの無駄遣いである。

 池田センセイは、まずご自分の鑑定眼を鍛えられるか、その道のプロを頼られるべきだ
ったのだろうが、センセイに意見できる者など創価学会の中にいるはずもなく、このよう
な「裸の王様」を地でいく醜態を晒してしまったのであろう。


 末端の創価学会員の大部分は、上述の実態を何も知らず「池田先生が広宣流布のために
ご自分の印税収入等を寄付してくださり、海外での布教もしてくださっているのだから、
その池田先生に使っていただくために財務をするのは当然だ」と信じ込まされてきた。

 しかし実際には、豪華施設を作っては壊す、偽物の美術品に大枚をつぎ込む等の無意味
な贅沢に、池田大作は莫大な金を使ってきたのだ。真実を知った者が、詐欺呼ばわりする
のは当然である。

 池田の個人的な奢侈は、創価学会の巨大な資金の使途の一部でしかない。他にもロクで
もないことに金を使ってきたであろうことは、容易に想像できる。

 創価学会の資金とその使い道については、今後も折に触れて、当ブログで言及していき
たいと考えている。

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2018年3月25日日曜日

金満家・池田大作

 国税庁は平成17年(2005年)まで、前年の高額納税者を公表していた(いわゆる「長者
番付」)。

 池田大作は、毎年そこに名を連ねていた。昭和50年(1975年)から平成16年(2004年)
までの、池田の納税額(昭和58年以前は所得額)は、以下のとおりである。

(山田直樹著 別冊宝島『「新宗教」興亡史』より引用)


 『「新宗教」興亡史』には、納税額から推定される所得について、次のように述べられ
ている。


>  1984年度以降の数字は納税額なので、普通はその2.5倍~3.5倍程度の数字が「推定
> 年収」と考えられる。ただ、税制上の利点を考慮すれば、実質的には4倍から5倍の
> 金額でもおかしくない。


 これに基づけば、池田大作は平成に入ってからは、毎年、数億円の年収を得ていたこと
になる。

 もちろん、まっとうな方法で稼ぎ、それに応じた納税をすることは、立派な社会貢献で
あり、何ら非難されるようなことではない。

 しかし池田大作は、その高額の所得を「まっとうな方法」で稼いでいたといえるだろう
か。池田の所得の大部分は、著書から得られる印税収入だったと考えられる。

 そして、当ブログでこれまで見てきたように、池田名義の著作のほとんどは、実際は学
会本部の「特別書籍」に所属するゴーストライターたちが執筆したものだった。

 しかも、創価学会では『人間革命』等の池田の著作を購入すれば、それだけで「功徳に
なる」とされ、事実上、学会員にノルマを課して買わせていた。

 池田の印税収入は、違法な手段で得られたとはいえないが、お世辞にも誉められた方法
で稼いだものではない。

 池田の収入に関する問題点は、これだけにとどまらない。
 創価学会の元顧問弁護士・山崎正友氏は、池田には無申告の所得が相当額あったのでは
ないか、との疑惑を著書で述べている。


>  池田は、各地の地域の代表と頻繁に会食する。参加者はプレゼントを持参したうえ、
> 食事代として一人三千円ないし五千円が徴収される。一か所で九十万円から百五十万
> 円になる。しかし、会場は学会の施設、料理は本部職員がつくる。材料費は聖教新聞
> の食堂会計で落とされ、まるまる一回の食事代・百五十万円は池田のフトコロに入る
> 仕組になっている。池田は、ほとんど一年中といっていいほど、各地域の代表と会食
> を行なっている。それだけでも、年間数億円の個人収入になるはず。いってみれば、
> 池田の「会食」は集金旅行なのである。その他、これらの贈物を本部職員に売りつけ
> るバーゲンもバカにならない。
>  一方、池田が四谷税務署に申告しているのは、聖教新聞社の社主としての給料、著
> 作物の印税、原稿料であり、昭和五十年代以降、三千万円~八千万円台にとどまって
> いる。池田は、P代、会食費など、贈与税は払っているのだろうか。加えて池田は、
> 海外に隠し資産をもっているといわれる。今後の調査を待たなければならないが、事
> 実とすれば、外為法違反などの刑事事件に問われる可能性もある。
 (山崎正友著『懺悔の告発』より引用)


 上記引用中の「P代」とは、いわゆるP献金のことである。ご存じの方も多いだろうが、
P献金とは、公明党議員が池田大作に納める上納金のことをいう。

 P献金については、元公明党参議院議員・福本潤一氏が、公明党では当選時に参院議員
は6百万円、衆院議員は3百万円を上納することになっていたこと、創価学会の記念日には
高額な贈り物をすることが求められたことなどを明かしている(『創価学会・公明党「金
と品位」』による)。

 また、池田の脱税疑惑については、元公明党委員長・矢野絢也氏が著書『乱脈経理』で、
国税の調査が学会本部に入った際、当時、公明党の顧問になっていた矢野氏が窓口になっ
て、国税当局や竹下元首相と折衝し、事なきを得たいきさつを詳しく述べている。

 山崎氏も矢野氏も、池田大作の尻拭いに奔走させられた挙げ句、その後「仏敵」に認定
され、広宣部などの創価学会の非公然活動部隊の手により、陰湿な嫌がらせを受ける破目
になったことがきっかけとなり、批判活動に転じた。

 池田大作以上に金に意地汚く、しかも恩知らずな人間は、そうそういるものではない。
このような邪悪な人物を、生き仏のように崇めている連中も異常だと思う。

 池田大作及び創価学会の不透明な金についての疑惑は、現在も払拭されていない。
 当然のことだが、税は公平が大原則である。宗教団体を隠れ蓑にしたり、政権与党の政
治力を利用して税務当局に圧力をかけたり、といった手法で脱税を図るなど許されない。

 前回の衆院選挙の結果からも明らかなように、創価学会・公明党の力は衰え始めている。
そういつまでも、権力を利用して不正を隠蔽することなどできない。

 池田大作が生きている間に、その悪行の報いを受けさせることは難しいだろうが、池田
の死がきっかけとなって、マインドコントロールから解放された学会員たちが、これまで
の搾取について怒りの声を上げ始めた場合、現在の学会幹部たちが、その矛先をかわすの
は難しいだろう。

 もちろん、創価学会の不正は金に関することにとどまらないが、金の恨みが彼らの鉄壁
の守りを突き崩し、広宣部等による人権侵害など、他の問題点も暴く端緒になるかもしれ
ない。私としては、そうなってほしいと願っている。

2018年3月18日日曜日

清貧の人? 池田大作

 創価学会は、財務や広布基金などの名目で莫大な金を信者から集めている他、聖教新聞
や大白蓮華などの定期刊行物、『人間革命』『新・人間革命』に代表される池田大作名義
の書籍でも多額の売上金を得ている。

 創価学会を長年にわたり取り仕切ってきた池田大作は、いったいどれほどの収入を得、
どのような暮らしぶりをしてきたのだろうか。
 このことについて、池田本人はかつて週刊誌の取材に対して以下のように答えていた。


> 「私の月収は、聖教新聞社主としての月給ですが、昨年の三月まで十五万円(手取り
> 約十二万円)で、家には八万円を渡しておりました。
>  多少きゅうくつでしたが、昨年の四月から月給二十万円(手取り十五万七千円)を
> もらうようになり、家には十万円を渡すようにしております。
>  金と人事の面が乱れるのは間違いのもとだと私は考えていますから、金銭について
> はもっとも潔癖にしています。
>  このほかの私の収入は原稿料だけで、昨年は五冊の単行本を出して印税六百万円を
> いただきました。
>  しかし、この六百万円の使いみちは、①公明党への寄付、②海外旅行の費用、③遺
> 族の生活保護(注・幹部や理事室遺族への仕送りと、会員の交通事故死などの場合の
> 見舞金)などでございます。
>  これで、いっぱいでございます……。忘れておりましたが、たとえばインドの救ラ
> イ援助の五十万円、北海道の丹頂ヅルに十万円(注・天然記念物の保護資金)の寄付
> ……といったものもございます」
 (『週刊現代』1965年9月30日号より引用)


 引用が事実ならば、当時の池田は手取り十数万円で、妻と三人の息子を養っていたこと
になる。この記事から15年後、池田大作は当時はまだ毎日新聞の記者だった内藤国夫氏の
インタビューに応じ、同様の質問を受けている。


> 内藤 (前略)ただ、学会の現状をきびしく批判している宗門僧侶の中には、「創価
> 学会は宗教団体ではない。ネズミ講と同じ金集め集団である」と極言する人もいるの
> ですよ。池田大作さんは宗教人ではなく、金儲けの上手な人だ、とまで酷評して。も
> っともそういうご僧侶も、創価学会のご供養をなんらかの形で受けているのを思えば、
> 矛盾も感じますけど。どうですか。反論があれば、どうぞ反論を。
 (中略)
> 池田 それから金儲けということですけれども、私個人の財産としては、家が一軒あ
> るのみです。創価学会のお金を私的に使った覚えはまったくございません。学会員か
> らいただいた、寄せられたお金は、すべて学会員のため広宣流布のために使わせてい
> ただきました。ネズミ講と同じといわれようとは思ってもみませんでした。無念です。
> もし、本当にそうであるといわれるなら、どこに根拠があるのか、むしろお教えいた
> だきたいくらいです。
 (月刊『現代』1980年4月号より引用)


 また、同じインタビューで内藤氏から著作の印税について訪ねられた際、池田はこう答
えている。


> 池田 計算してみないとわかりませんが、相当な額にはなると思います。これは私の
> 力で、というよりみなさんが買ってくださるおかげですから。したがって聖教新聞社
> からの出版物の印税は、いっさいいただいておりません。それ以外の出版社の場合は、
> いちおういただきますが、税金を払った残りは大学や学園に寄付しております。


 こうした池田の述懐がすべて事実なのであれば、まさに清貧の指導者として称賛される
べきであろう。

 だが、これまで当ブログでみてきたように、池田大作という男は、何から何までウソと
インチキで塗り固めたような化け物じみた俗物である。

 著作による収入について「私の力で、というよりみなさんが買ってくださるおかげ」な
どと殊勝げなことを言っているが、そもそも他人に書いてもらったものを自分の名前で世
に出しているのであり、池田の力で書いたものではないのだから、白々しいにも程がある。

 しかも池田は元々、戸田城聖が経営していた高利貸しの営業部長として実績を上げたこ
とから成りあがってきた男である。そんな人間が、金銭についてだけは潔癖ということな
ど、あろうはずがない。

 池田大作は「みんなは公私混同、公私混同と言うが、私は公私混同で全部公だよ。仏法
に私はないよ」と、語ったことがある。

 これは無論、池田が悟りを開いて無我の境地に至ったという意味ではない。その言わん
とするところは、創価学会という「公」はすべて池田の「私」と一体のものだ、という意
味なのである。

 実際、池田大作による教団の私物化は、相当ひどいものだったらしい。上記のインタビ
ューについても、内藤氏は続報で以下のように書いている。


>  池田大作氏自身は、私のインタビューで「個人の財産としては、家が一軒あるのみ。
> 創価学会のお金を私的に使った覚えはまったくない」と強調した。私は裁く立場にな
> く、答弁のありのままを原稿にした。しかし、内情を知る学会幹部から「ウソ八百も
> いいところ」と、新たな極秘情報が、多数寄せられるのである。
>  創価学会は宗教法人として税制面でかずかずの優遇措置を享受している。その有利
> な立場を最大限に利用して、用地の取得、墓地造成や会館建設、施設拡充と、巨万の
> 富を成しもした。しかし、免税などの優遇措置だけではあきたらず、税務署の摘発を
> 免れるため、会計帳簿や財産台帳のつくり直し、改ざんが、しばしば行なわれてとい
> う。それも千億円を超す巨大なやりくりとか。池田大作氏にしても、美術品そのほか
> の創価学会財産の私物化は目に余るものがあるそうな。
 (月刊『現代』1980年7月号より引用)


 内藤氏が池田にインタビューを行った昭和55年(1980年)は、創価学会の元教学部長・
原島嵩氏と元顧問弁護士・山崎正友氏という二人の大物幹部が造反して、池田大作への批
判を開始した年だった。

 原島氏は他の6人の同志とともに、『週刊文春』1980年6月19日号から「創価学会最高
幹部七人の内部告発」と題した連載を開始した。

 この連載は当初、執筆者全員が匿名だったが、創価学会が名誉毀損で告訴したことを受
けて、代表者の原島氏が名乗り出たのである。

 原島氏は、他の6人が匿名のままである理由について、内藤国夫氏との対談で「残念な
がら学会は非民主的体質。累が家族や親族、友人に及ぶので」と答えている(『週刊文春』
1980年7月24日号)。

 その内部告発の第2回は、「池田大作はこれだけ学会財産を私物化している!」と題さ
れたが、その中に先に引用した『月刊現代』での内藤氏によるインタビューでの、池田
の受け答えを意識して書かれたと思しき記述がある。


>  学会出版物の印税は、全額聖教新聞社に寄付され、外部の出版社から出した書籍の
> 印税は、池田名誉会長の個人収入になる、とのことである。しかし、池田名誉会長は、
> 人に会った折りに、
> 「今日は、私が印税でおごってあげる」
>  といわれる。しかし、〝おごってあげる〟といわれた折りのツケの大部分は、聖教
> 新聞社に、たまには外部会社の交際費にまわされていることを私達は知っている。
 (『週刊文春』1980年6月26日号より引用)


 聖教新聞社は、独立した法人でなく創価学会の一部門である。宗教法人でも、出版事業
のような収益事業は法人税の課税対象になる。

 池田大作の個人的な支出を経費に計上し、会計上の利益を少なくすることで、法人税の
納税額を減らしていたのであれば脱税である。

 また、このような池田個人への金銭的な便宜供与は、本来所得税の課税対象となるべき
「所得」とみなされるべきであろう。

 この記事には、池田大作個人のために使われている金額は「実質的には支出の二割強で
はないか」と、学会本部の経理担当者が分析したとの記述もある。

 多額の「財務」で潤う創価学会は、間違いなく日本一の金満教団である。その支出の二
割とは、いったいどれほどの金額になるのであろうか。

 残念ながら創価学会は、経理に関する情報を一切公表していないので、「支出の二割」
を算定することはできないが、常人の理解を超えた巨額であろうことは想像がつく。

 冒頭で引用したような池田の清貧ぶりを強調する話は、創価学会内部での口コミでも広
められ、多くの学会員は「池田先生がたくさんのお金を広宣流布のために寄付してくださ
っているのだから、自分たちも当然、できる限りのお金を出さなければならない」と思い
込まされている。

 末端の学会員たちが、生活を切り詰めて貯蓄した金を差し出した財務や、「マイ聖教」
と称して新聞を一世帯で何部も取ることにより実現されている聖教新聞社の売り上げは、
実際には、池田大作をはじめとする本部の幹部たちの贅沢な暮らしの原資になっているの
にである。

 外部の人間には理解しがたいことだが、学会員の中には、無理してでも多額の財務をす
ることにやりがいを感じる者もいるという。他の学会員と金額を競いあって、勝つことを
目指す者もまでいるらしい。財務で潤っている本部職員の思う壺ではないのだろうか。

 誰がどう考えてもインチキ宗教だと思うのだが……。
 信教は自由なので、当人が幸せなのであれば、私が口出しすべきことではないのかもし
れない。だが、このような銭ゲバカルトに私は入りたくないので、くれぐれも勧誘だけは
しないでいただきたい。


補足

 創価学会が、外郭出版社の一つ鳳書院から出版した書籍に『宗教はだれのものか』とい
うものがある。

 この本の主な内容は、週刊誌等による報道や山崎正友氏らの脱会者による批判に対して
の自己弁護であるが、その中に本文中で触れた『週刊文春』での連載「創価学会最高幹部
七人の内部告発」について言及した箇所がある。


>  告訴された山崎は、学会を牽制するため同年六月から九月にかけて、週刊誌上に
> 「創価学会最高幹部七人の内部告発」と題する〝覆面手記〟を装う記事を連載させた。
> むろん、現実に七人の最高幹部が存在するわけではなく、山崎がひとり芝居を演じた
> のである。

 ※ 「告訴された山崎」とは山崎正友氏のこと。山崎氏は、創価学会を脅迫して金を脅
  し取ったとして恐喝罪で告訴されていた。後に実刑判決を受け、服役している。
   なお山崎氏は、この件について「創価学会の集団偽証による冤罪」と主張していた。


 本文中でも述べたが、当該連載は当初は覆面手記という形をとっていたが、連載中に執
筆陣の代表者である原島嵩氏が名乗り出ており、『宗教はだれのものか』の記述は嘘であ
る(原島氏の同志であった匿名の六人の中に、山崎氏が含まれていた可能性は高いと思わ
れる)。

 このように、創価学会による自己弁護には欺瞞が多い。裁判で勝った時だけ聖教新聞で
大きく書き立て、負けた時は一切その記事を載せないインチキ団体なのだから、当然のこ
とではあるが。

2018年3月11日日曜日

池田センセイのご指導

 マハトマ・ガンジー、キング牧師と並び称される偉大な宗教家である池田センセイ。今
回はその池田センセイがなされてきた、数々のご指導の一端を紹介したい。

 学会員から「永遠の師匠」「末法の御本仏」と崇拝されるセンセイが発せられた、珠玉
の名言ばかりである。刮目してご覧いただきたい。


1、センセイご自身のこと

 「私の話が高尚で、そしてわかりやすくて、そいで哲学的で、そいで文学調で、そいで
 詩的で、そいで会話的である。頭が相当聡明でないと追っついていけないんです!」
                    (『週刊現代』2000年5月27日号より引用)

 「私は人が喜ぶことしか考えていない。文化財のような人間だ」
                   (松本勝弥 編著『池田大作言行録』より引用)


 世間広しといえども、ここまで臆面もない自画自賛を言ってのけられる人間はなかなか
いない。さすがは池田センセイというべきか。


2、池田流師弟論

 「師匠は絶対なのだ。戸田先生、牧口先生もそういう関係であった。バカだろうがなん
 であろうが師匠は絶対だ」

 「師匠というのは弟子を煮ても焼いても食ってもいいのだ」
                (いずれも『週刊現代』1988年9月24日号より引用)

 自分が手をつけて飽きた女性を、幹部の妻として下げ渡したり、あるいは既婚女性に性
接待を強いたりしていた池田センセイらしい発言である。

 それにしても「バカだろうがなんであろうが」とおっしゃっているあたり、少しはご自
覚がおありだったのだろうか。


3、女性

 「ある学者が言うには、男の健康には処女の入った後の風呂がいいらしい」

 「処女と関係すると寿命が延びる」
      (いずれも小多仁伯・小川頼宣 共著『池田大作の品格 PARTⅡ』より引用)

 往時の池田大作は、多くの女性学会員にかしずかれる生活を送っていた。お気に入りの
女性に膝枕をしてもらいながら、部下の報告を聞くこともしばしばあった。

 池田は、気にいった若い女性を新たにハーレムに加える際に、上記のようなことを取り
巻きの女性たちに言っていた。「指導」というよりは「言い訳」である。

 はっきり言って酔っ払いのたわ言以下だが、取り巻きの女性たちは神妙に拝聴するだけ
で、非難がましいことをいう者は誰もいなかったらしい。まったく、結構なご身分である。


4、仏法は勝負

 「仏法には敵がなければ本物でないし伸びない。ある新聞記者が公明新聞に書かれるの
 はまだいい。読者に理性がある。しかし聖教は恐ろしい。気違いだからと言った」
                   (松本勝弥 編著『池田大作言行録』より引用)

 「『仏法は勝負』にどれほど深い意義があるのか、皆わかっていない。物事は正邪では
 ない。勝つか負けるかなんだ。全員が『勝つ』と強く決めていけ。勝つか負けるか。や
 られたらやりかえせ。世間などなんだ。私は恐れなど微塵もない。勇者は私だ。私だけ
 戦っている。強気、強気、強気、でいこう。どこまでもしぶとくいくんだ。(中略)な
 んでもいいから、言い返すんだ。こわがったり、ひるんだりしてはいけない。怒鳴って
 いけばいいんだ。(中略)反逆者には、この野郎、馬鹿野郎でいいんだ」
       (言論の自由を守る会 編『「創価学会を斬る」41年目の検証』より引用)


 池田大作の考える「仏法」は、敵をつくってそれを打ち倒すことでしか、正当性を示す
ことができないものらしい。

 創価学会員という連中は、こうした異常な勝他思想で洗脳され切っているから、勝つた
めならば何でもやるのだろう。


5、護符

 「しばらく体の具合が悪かったが護符をいただいて元気になった。護符は本当に威力が
 あるね」

 「創価高校でも風邪が多い護符をいただかせて休ませなさい。熱は下がる。完全に直る
 には自然の時間が必要だが熱は必ず下がるよ」

 「肺病を癒すのは護符を戴き、夫婦生活をやめて、十一時以内に帰る。これをやれば癒
 るよ、やりすぎだ。諸法実相で姿を見ればわかるよ」
                     (いずれも『池田大作言行録』より引用)

 「護符」とは創価学会で用いられるマジナイのことで、日蓮正宗から破門される以前は
「大石寺の大御本尊を拭った和紙を切り刻んだもの」という触れ込みだったが、破門後は
「池田先生が拝んでいる御本尊を拭った紙を切り刻んだもの」に変更されている。

 『池田大作言行録』に収録されている発言は、昭和42年から44年までのものなので、こ
こで池田が言及しているのは、「大御本尊を拭った和紙」についてであろう。

 このマジナイは由緒あるものでも何でもなく、創価学会が勝手にデッチ上げたインチキ
なものだが、上記の発言を見ると、どうも池田本人はこの護符に効果があると信じていた
らしい。

 言うまでもないことだが、風邪であれ肺病であれ、病を得たのなら良い医者にかかって
静養するのが適切であろう。

 創価学会は、21世紀に入った現在もなお、こういう非科学的なマジナイを続けているよ
うだが、他の宗教を「科学的根拠がない」などと批判する前に、我が身を振り返って見た
方がよいのではあるまいか。

 ※ 護符についての詳細は「紙を飲む宗教①」参照。


6、弔電=祝電!?

>  大阪ではね、昭和五十一年の区会議員選挙のとき、今は転任してしまいましたが、
> 当時、創価女子学園の牧野校長先生の奥さんが、配下の婦人部長三人と選挙の応援
> にきて、帰りに交通事故に遭ったんです。牧野さんの奥さんともう一人が即死、一
> 人は入院後一週間で死んで、運転していた一人は今も半身不随で寝たきりです。
>  このとき、池田会長の素晴らしい指導が出た。
> 「牧野家というのはもともとクリスチャンの出である。この法戦のさ中に交通事故
> で死んだということは、宿命転換の兆である。非常に福運の瑞相として喜ぶべきこ
> とであります。牧野家の奥さんのご冥福を祈ります」
>  という〝祝電〟が池田会長先生から入ってきた。それを、京阪圏の婦人部は歓喜
> の涙を流してその指導を喜んだんですよ。
                  (『週刊サンケイ』1980年2月28日号より引用)


 何とも言いようがないというか、交通事故で死んでしまったのでは、宿命転換も福運
の瑞相もへったくれもないのではないか、と私は思うのだが、創価学会員の皆さんの受
け取り方は違うらしい。

 こんな弔電だか祝電だか分からない、人をバカにしているとしか思えないような「ご
指導」を聞いて、歓喜の涙を流すというのは、いったいどういう精神構造をしているの
だろう。それこそ「頭破作七分」ではないのか。


 気をつけなければならないのは、創価学会員という連中は、池田大作を「理想的な人
格者であり、見習うべき模範」と、本気で信じ込んでいる点である。

 普通の人間が「人格破綻者の所業」と感じるようなことを、「立派な振る舞い」だと
考えるのが創価学会員なのだ。

 困ったことに、彼らは現在の日本に数百万人も存在している。「君子危うきに近寄ら
ず」を実践したくても、完全に接触を避けることは難しい。

 しかも公明党が政権与党でいる間は、創価学会にとって不利な法律――例えばカルト
宗教への規制を可能にするような法律――の制定は不可能だろう。

 一般人にできることは、創価学会がいかに異常なカルトかを正しく認識し、非学会員
どうしでの連携や情報共有を図り、適切に身を処すことくらいなのかもしれない。

2018年3月4日日曜日

書評『創価学会秘史』

 著者の高橋篤史氏は、フリーのジャーナリスト。本書の「あとがき」によれば、高橋氏
が創価学会について継続的な取材を始めたのは、平成24年(2012年)に宝島社のムック本
にライターの一人として加わったのがきっかけとのこと。

 高橋氏はその本の題名を「あとがき」では明かしていないが、当該のムック本は『池田
大作と暴力団』をさすと思われる(同書には、高橋氏が執筆した記事が掲載されている)。

 本書のプロローグには「まったく感心できないことだが、創価学会は過去の歴史を正し
く伝えていない。それは対外的な宣伝だけでなく組織内の学会員各層に向けたものでも同
じである」とある。

 高橋氏はそれを、戦前・戦中に創価学会――当時は「創価教育学会」――が発行してい
た機関誌『新教』『価値創造』などの史料を読み解き、丹念に調査を重ねて実証している。

 創価学会は長年にわたり、「戦前・戦中から一貫して反戦平和団体だった」というパブ
リックイメージを作りだそうとしてきた。その欺瞞を徹底的に暴き、打ち砕いているのが
本書『創価学会秘史』である。

 戦時下の日本では、言論統制・思想統制が布かれ、共産主義や反戦的な言動は、取り締
まりの対象となっていた。

 当時、大卒者は現在よりもずっと少なく、地方では学校教員などのごく限られた人しか
いなかった。そして、体制や経済情勢への不満を正当化する理論を提供していた共産党は、
教員等のインテリを介して、地方への浸透を企てていた。

 政府は、共産主義に感化された教員を取り締まったが、それだけでなく共産主義から転
向させた彼らが、再び共産主義に向かうことがないように、別の思想で再教育することも
目指した。

 その時局に迎合したのが、当時の創価教育学会であった。初代会長・牧口常三郎は、持
論の「創価教育学」と日蓮正宗への信仰により、「赤化青年の完全転向」を実現できると
検察や内務省に働きかけたのである。

 牧口は「赤化青年の完全転向は如何にして可能なるか」と題した論文を、創価教育学会
の機関誌『新教』(1935年12月号別冊)に発表していた。この論文について『創価学会秘
史』には、以下のように言及されている。


>  牧口の論文のなかで特に興味をそそられるのは、長野行きにあたりあらかじめ内務
> 省から長野の警察部に電話をかけてもらっていたという記述だ。牧口の論文タイトル
> がまさにそうであるように、このことは当時、国がとっていた転向政策と創価教育学
> 会が乗り出した折伏による会員拡大とが軌を一にしており、そのため連絡を密にして
> いたことを意味する。当局からすれば左翼思想にかぶれた本来優秀な元教員たちを転
> 向させてくれる団体は好ましい存在であり、牧口らからすれば弾圧で心に傷を負った
> そうした元教員たちは折伏するのに格好の相手だった。


 牧口ら創価教育学会は、戦争反対を叫んでた共産主義者を取り締まる側の、官憲の尖兵
として活動していたのである。

 ただ、こうして折伏を受けて創価教育学会の会員となった元教員たちのほとんどは、そ
の後信仰から離れ、残ったのは矢島周平氏――戦後、戸田城聖が事業に失敗して身を隠し
ていた一時期、理事長を務めた――くらいだったという。

 牧口をはじめとする創価教育学会の会員たちも、当時の一般の日本人と同じく、太平洋
戦争での日本の戦勝を願っていた。再び『創価学会秘史』から引用する。


>  一九四二年八月に出た『大善生活実証録』のなかには牧口常三郎による「大善生活
> 法実験証明の指導要領」という一文が載っている。その書き出しはこう始まっていた。
> 「『皮を切らして肉を切り、肉を切らして骨を切る』といふ剣道の真髄を、実戦に現
> はして国民を安堵せしめられるのが、今回の日支事変及び大東亜戦争に於て百戦百勝
> の所以である。それは銃後に於けるすべての生活の理想の要諦でもある」
>  これは一例だが、この頃の牧口の文章から反戦思想を読み取ることは不可能で、や
> はり浮かびあがってくるのは庶民が抱いていたごく平均的な戦争観である。


 牧口・戸田らは、反戦平和を訴えたから逮捕されたのではない。創価学会が、設立当初
から平和を志向する団体だった、というのは大ウソである。

 当時の創価教育学会もやはり、現在と同じように問題を引き起こしていた。
 折伏の標的とした者を、軟禁してまで入信を強いたり、日蓮正宗の僧侶に対し、集団で
吊し上げを行ったりしていたのだという。こういうところは、戦後とあまり変わらない。

 このような無茶なことを続けていれば、社会秩序を乱す存在として、当局から目をつけ
られるのも当然であろう。

 当時は全家庭に伊勢神宮の神札が配られていたが、牧口らはこれも「謗法払い」の対象
として焼き払っていた。そして無体な折伏や謗法払いに遭った被害者が、警視庁に訴えた
ため、牧口・戸田らは治安維持法違反容疑で逮捕されたのである。

 本書で取り上げられている出来事の大部分は、戦前の創価教育学会創成期から、戦後の
昭和20年代にかけて起こったことである。しかし、現在の創価学会について理解する上で
も重要である。

 なぜなら創価学会が、不都合な歴史をなかったことにして、自分たちをあたかも無謬の
存在であるかのごとくみせようとする歴史の捏造・改竄を、いま現在も行っているという
証拠だからである。

 本書は創価学会の本質を理解する上で、重要な文献だと思う。
 創価学会という悪質なカルトの欺瞞を暴く、労作をものした高橋氏に敬意を表したい。
 

 ※ 『創価学会秘史』(講談社)は、2018年2月27日付で発行された。