2018年1月14日日曜日

虚仏への供物

 創価学会は元来、日蓮正宗の在家信者団体だった。学会員たちは、間に創価学会をはさ
む形で、日蓮正宗の信徒にもなるという形をとっていたのである。

 日蓮正宗の教義では、日蓮こそが「末法の御本仏」であり、池田大作などは一信徒団体
のリーダーに過ぎない。

 しかし、巨大教団を率いて莫大な金を集め、公明党をも意のままに支配できることに慢
心した池田は、自らを日蓮の再誕として崇拝させることで、絶対的な権力をさらに確固た
るものとし、日蓮正宗をも支配下におこうともくろんだ。そのために「池田本仏論」なる
個人崇拝を、学会内部に定着させようとした。

 多くの日蓮正宗僧侶は、「池田本仏論」を重大な教義違反と見做し、創価学会と日蓮正
宗の間に抗争が生じた。昭和52年(1977年)頃から、創価学会は会員に対して「寺院には
行かないように、お布施もしないように」と呼びかけた。

 日蓮正宗側は末端の創価学会員に対し、「今の創価学会は謗法だから、創価学会をやめ
て寺院直属の信徒になるように」と働かけた。その結果、数十万人の学会員が脱会し、日
蓮正宗直属の信徒となった。

 この時は創価学会が日蓮正宗に屈服し、池田大作は会長を辞任(昭和54年〔1979年〕4
月24日)、日蓮正宗の細井日達法主に対して、「院政をしくようなことはしない」と確約
させられた。

 以上が、日蓮正宗と創価学会との第一次抗争のおおよその顛末である。
 だが、池田はこれで引き下るような男ではなかった。同年5月ごろから復権を画策しはじ
め、折あしく細井日達法主が同年7月21日に死去したこともあり、再び影響力を行使するよ
うになる。

 もっとも、学会内部での権力を完全に取り戻すまでには、集団指導体制を望む幹部との
確執などの紆余曲折もあったようである。

 また、山崎正友氏・原島嵩氏という大幹部が造反したことや、日蓮正宗の改革派僧侶た
ちが「正信覚醒運動」と称して、創価学会なかでも池田大作の教義違背に対して厳しい批
判を続け、学会員の中にも動揺する者が少なからずいたことから、こうした動きに対して、
創価学会としても敏感にならざるを得なかった。

 以前引用した「代々の会長を神格化などしてはなりません。とくに私は若くして第3代
会長の任に就きましたが私などを絶対視してはならない」(『聖教新聞』昭和55年4月2日
付)という池田大作の言葉は、日蓮正宗僧侶の批判に応えて「池田本仏論」を全面的に撤
回する、事実上の敗北宣言だったのである。

 『人間革命』も改訂を余儀なくされ、「池田本仏論」につながる記述は書き改められた。
 しかし、これで創価学会から、池田大作への個人崇拝が一掃されたわけではない。形を
変えた個人崇拝復活に貢献し、その功績で出世した人物がいる。現創価学会理事長・長谷
川重夫氏である。

 長谷川氏は、創価学会本部で第一庶務室次長を務めていた昭和60年(1985年)に、副
会長に抜擢された。当時の第一庶務室長は、同じく副会長であった鈴木琢郎氏だったが、
池田大作に重用されていた長谷川氏の方が、権勢は上だったという。

 ※ 創価学会本部の第一庶務室は、池田大作の身の回りの世話や、秘書業務を担う。学
  会本部において、一番のエリート部署である。池田のハーレムに囲われている女性も
  第一庶務に所属することが多いという。

 長谷川氏が抜擢されたのは、池田大作と末端の学会員とが、直接結びつく仕組みを確立
することに貢献したからである。元公明党都議・藤原行正氏の著書から、長谷川氏の実績
について述べられた一節を引用する。


>  長谷川は副会長になる前から、池田に気に入られるために頭を絞り、池田名誉会長
> 直結運動なるものを考え出した。
>  このゴマすりアイデアによって池田大作は学会員と自分を直結させ、池田崇拝の空
> 気をさらに強固なものとした。それまで地方の幹部にとって池田名誉会長は雲の上の
> 存在であった。その彼らが本部の長谷川を訪ねると、彼の手配で池田に会える。思い
> がけず池田先生に会え、激励の色紙までもらった幹部たちは感激して帰って行く。そ
> れがこの直結運動のまず第一段階であった。
>  地元に帰った学会員は「長谷川さんの口ぞえで池田先生にお会いできた」と胸を張
> って自慢した。それが口コミで広がり、その末に「池田先生への贈り物を持って、長
> 谷川さんのところへ行けば名誉会長に会える」という情報が学会全体に定着し、地方
> 幹部たちは先を争って長谷川詣でをはじめたのである。
>  噂はさらに広まり、やがてみんなが何か持って、池田先生を訪問するのが信心の上
> からも大事なんだという風潮が学会全体に徹底され、大した役職でもない地方支部長
> や一般学会員までが本部詣でを開始した。池田は長谷川に案内されてきた彼らとにこ
> やかに応対し、学会員が持参してきた貢ぎ物を受け取る。その貢ぎ物のなかから高価
> な品だけを自分の取り分とし、残りは「先生から」として、池田詣でををした別の学
> 会員たちへの〝プレゼント〟に使うのである。
>  学会員からの貢ぎ物を右から左へ流しただけで、池田は「江戸っ子で気前のいい名
> 誉会長」という一般会員からの尊敬を高めたわけである。
>  五十九年後半から活発化した、この池田詣で現象はあらためて学会における池田大
> 作の存在感を内外に宣伝する大きな効果を生んだ。その功績で長谷川は副会長ポスト
> まで引き上げられ、池田は何もしないで学会員と直結するシステムをつくり上げるこ
> とに成功した。その上で、池田は幹部全員の揃った場所で長谷川を褒める。
> 「長谷川は学会のことをよくわかっている。会員と私を直結させようというのはいい
> やり方だ」
 (藤原行正著『池田大作の素顔』より引用)


 長谷川氏はその後、第一庶務室長に昇進し、その職を長く務めた。
 『池田大作の素顔』が出版されたのは、平成元年(1989年)のことだが、創価学会員に
よる信濃町の本部詣では、今でも盛んに行われており、池田大作への貢ぎ物を扱う専門の
建物まで信濃町にはあるという。創価学会総本部「広宣流布大誓堂」の北隣にある「接遇
センター」がそれである。

 元公明党委員長・矢野絢也氏の著書から、比較的最近の状況を描写している一節を引用
する(矢野氏が創価学会を脱会したのは平成20年〔2008年〕であり、批判本の出版はその
翌年からなので、以下の情景は、少なくとも今世紀に入ってからも該当する出来事と思わ
れる)。


>  何かの記念日があれば、地方の会員は大挙して東京に馳せ参じる。
>  たとえば五月三日は池田氏の会長就任記念日でもあり、「創価学会の日」として何
> よりも大切な日である。こうしたとき、地方本部は会員に対して、
> 「東京へ行って池田先生にお礼を差し上げよう」
>  という呼びかけを何度も行う。何人東京へ送り出したかで県の幹部の「勤務評定」
> が決まるため、彼らとしても必死だ。自分の担当組織で一人一万円ずつ、といったよ
> うに寄付を集め、何人かを引き連れて上京する。
>  新宿区信濃町の学会本部周辺には、学会関連の会館が林立している。それらの会館
> の前にはテントが張ってあり、「接遇班」の人間がズラリと並んでスタンバイしてい
> る。上京してきた会員たちは集めてきた寄付に、手紙やお菓子などを添えて彼らに渡
> す。班員は彼らの名前を聞いて、一人ひとり記録する。「ご苦労様でした」というこ
> とで記念品が手渡される。
 (中略)
>  寄付を終えた地方会員は本部周辺の会館を案内され、各会館の仏間でお題目を唱え
> て、
> 「ああ今日はよかった。いい日だった」
> 「池田先生と気持ちが通じた」
>  と満足して帰っていく。実際に会ってはいなくとも、気分としては池田氏と身近に
> 接したも同然なのであろう。池田氏にお礼を差し上げ、記念品をもらったことで、心
> と心が触れ合った心地になる。
>  このようにあの手この手で、会員一人ひとりが池田氏との連帯感を持てるような仕
> 組みが構築されている。彼のカリスマ性を現場に浸透させ、根づかせるための、幾重
> ものシステムが築き上げられているのである。
 (矢野絢也著『私が愛した池田大作』より引用)


 本部詣でをする末端学会員に対し、池田大作が面会することは、現在では不可能だろう
が、それでも〝池田先生との絆〟を演出する工夫がなされ、池田大作は今なお一人ひとり
の学会員の心の中で、彼らの理想を体現する「偉大な指導者」として息づいているのだ。

 実は、この池田センセイへの貢ぎ物が、国の政策にも影響した例があるという。ジャー
ナリスト・古川利明氏は、著書で以下のように述べている。


>  学会員は、この接遇センターで数万円単位の献金をすると、その御礼という形で、
> 献金額に応じて、学会が発行する金券が渡される。そしてこの金券は、三色ステッカ
> ーの貼ってある信濃町商店振興会加盟の商店で利用できるというわけだ。
>  ちなみに、自民党から公明党に対する事実上の「国対費」として、十五歳以下の子
> 供を持つ世帯主と六十五歳以上で老齢年金の受給者などに一人あたり一律二万円支払
> われた「地域振興券」の発想の原点は、この学会発行の「金券」といわれている。
 (古川利明著『システムとしての創価学会=公明党』より引用)


 この地域振興券は、平成11年(1999年)に七千億円もの国費を投じて、対象となる世帯
に配布された。この政策は、当初から税金の無駄使いとの批判も多かったが、公明党との
連立を模索していた当時の自民党が、その要求を飲んだことにより実現した。

 「天下の愚策かもしれないが、七千億円の国会対策費だと思って我慢してほしい」とは、
連立実現のために工作していた自民党の野中広務氏の言葉である(魚住昭著『野中広務
差別と権力』による)。

 カルトのバカげた個人崇拝に付随する慣行を、国の政策として取り入れるなど、「天下
の愚策」どころの話ではない。言語道断の愚行である。

 現在の創価学会は日蓮正宗と縁を切り、誰はばかることなく「代々の会長を神格化」す
るようになった。現在の創価学会会則では、池田大作を含めた第三代までの会長を「永遠
の師匠」に祭り上げ、なかんずく池田については「先生は、仏教史上初めて世界広宣流布
の大道を開かれた」などと持ち上げている。

 「仏教が世界宗教として発展したのは池田大作の功績だ」と言わんばかりの文言であり、
こんな与太を真に受けるのは創価学会員だけであろうが、池田をあたかも釈尊や日蓮と比
肩しうる人物であるかのごとく宣揚し、「絶対視」することにつながりかねない表現であ
る。池田への個人崇拝を教義の中核に位置づけたものといえよう。

 創価学会のような異常なカルトが、公明党を介して国政に影響力を保持している現状は、
どう考えても日本のために望ましいとは思えない。

 自民党には保守政党としての矜持を取り戻してほしいし、野党も「弱者を守る」という
革新政党としての理念を示し、創価学会のような搾取と人権侵害を行うカルトを国会の場
で糾弾してほしいものである。



補足

 本文中でもふれたように、創価学会は日蓮正宗の活動家僧侶たちの批判に屈し、聖教新
聞紙上で会長本仏論・池田本仏論を一度は否定した。
 だが、これで池田本仏論が創価学会から一掃されたわけではない。

 細井日達氏の次の日蓮正宗法主・阿部日顕氏は、就任当初、創価学会に対して融和的な
態度をとった。活動家僧侶たちはそれに反発し、昭和55年(1980年)7月「正信会」を結
成した。

 結果的に、この時は正信会の方が日蓮正宗から追われることになった。
 池田大作はこれに安堵したのか、再び増長し宗門をないがしろにするようになった。そ
して自らへの個人崇拝を創価学会内部に復活させたことは、本文に書いたとおりである。

 しかしその後、池田の暴言の数々が日蓮正宗首脳部の耳に入り、第二次抗争に発展する。
今度は、日蓮正宗・創価学会の双方とも引かず、ついに平成3年(1991年)11月28日、日
蓮正宗は創価学会に対して、破門を通告したのである(創価学会はこれを「魂の独立」な
どとうそぶいている)。

 本文中で引用した矢野絢也氏の『私が愛した池田大作』は、平成21年(2009年)に初版
が刊行されているが、その序章に「現在の創価学会は実質、池田氏個人を『末法の本仏』
と崇め奉る『池田大作一神教』である」と記されている。

 矢野氏が主張する様に、現在の創価学会では池田への個人崇拝が組織結束の要になって
いるのだろう。公式の位置づけでは、池田は「永遠の師匠」ということになっているもの
の、「池田先生は末法の御本仏」と信じる創価学会員は、今世紀に入ってもなお多いのだ。

 もちろん他人の迷惑にならないのであれば、誰が何を信じようが自由だが、連中は「唯
一の正しい宗教」を自称して、宗教などとは関わりを持ちたくない人にまで押しつけよう
とする。

 学会員の皆さんには、世間一般のほとんどの人は創価学会のような頭がおかしいカルト
になど入りたくないのだということをご理解いただき、特定の宗教の信者にならないこと
も、憲法が保障する「信教の自由」の範疇に含まれるのだということを、認識してほしい
ものである。

2018年1月7日日曜日

池田大作への個人崇拝の実態

 これまで述べてきたように、創価学会では池田大作名誉会長が〝末法の御本仏〟として
神格化され、信仰の対象に近い存在となっている。

 池田大作は、末端の学会員の前では理想的な指導者を演じてきた。創価学会の公式の教
義では、日蓮が〝末法の御本仏〟だが、実際に学会員たちが信奉しているのは、池田大作
というフィルターを通した日蓮の教えである。

 彼が外国の政府や大学から勲章や名誉学位を授与されると、聖教新聞では一面トップで
報じ、それを見た学会員たちはわが事のように喜び、誇らしく感じる。

 多くの学会員は池田大作の言葉を日蓮の言葉と同じように信じ、自らの理想像を彼に投
影し、心酔しきっているのだ。

 我が子が生まれた際に、男の子であれば「大作」や「伸一」、女の子であれば「伸子」
と名づける学会員も多い(池田大作が『人間革命』『新・人間革命』に「山本伸一」とし
て登場することから)。

 公明党の選挙運動を熱心にする創価学会員は多いが、それは政策への賛同や候補者の人
柄が信頼できるからというような一般的な理由からではなく、公明党が「池田先生が創設
した党」であり、その候補者は「池田先生が選んだ人」なので、投票すると「功徳になる
から」という者が大半である。

 このように創価学会員たちを熱狂させる池田大作への個人崇拝の実態について、関係者
が述懐している例をいくつが引用する。

 創価大卒の芸人、長井秀和氏の匿名での著作『創価学会あるある』には、学会員の信仰
姿勢が詳述されている。その中から折伏等の成果が上がらない時、学会員がどう振る舞う
か述べられた箇所を引用する。


> 第3代会長で名誉会長である池田先生が学会行事やイベントにくることは、学会では
> この上ない誉れである。そのため、日夜学会員が集まり、唱題をあげまくったり、折
> 伏に勤しんで通常より多くの成果を上げて、学会本部に報告するということをやる。
> 成果が上がらないときは、「先生と心が合っていないから、唱題もあがらないし、折
> 伏もできないんだよ。先生を求める気持ちが足りないんだ」とハッパをかけられ、鬼
> 気迫る勢いで活動をするというのが、学会員の思考、行動パターンである。現実的に
> は、地元の支部総会などに池田先生がくることはなかなかない。当日に池田先生のメ
> ッセージが届き、それを聞いて、会員はさらに活動に邁進するのである。


また、同書の別の箇所では、以下のように述べられている。


> 学会員は基本的な姿勢として、池田先生と心を合わせて、祈り、行動しようとする。
> 創価学会では、池田先生が大先輩であり、大先生であるので、先生の心と合わせて人
> 生全般に当たっていこうとするのだ。たとえば、女子部は子作りのときでさえ、「先
> 生のため、広布のために人材を産ませてください」と祈りながら営む……というのが
> 理想なのである。しかし、つい情愛に流されて学会内で不倫なんてこともある。宗教
> 者とはいえ、そこは人間。普通に楽しんでいる場合もあったりする。


 お笑い芸人が書いた本ということもあり、冗談めかして書かれている。だから、いくら
か割り引いて考える必要もあるかもしれないが、それにしてもキチガイじみている。こう
いう頭がおかしいカルト信者が日本中に数百万人もいると思うと、暗澹たる気分にさせら
れる。

 ジャーナリスト・山田直樹氏の著書『創価学会とは何か』にも、池田大作への個人崇拝
に関する逸話が紹介されている。創価学会の元幹部に取材したという、その内容を以下に
引用する。

>  池田氏はよく会員の前でピアノを弾くが、これも鍵盤を叩くだけで、実際には自動
> 演奏のピアノだったり、うしろからメロディーを流しているのだそうだ。それでも女
> 子部員たちは感激で、涙、涙なのだという。
> 「池田が訪れる会場周辺の花を咲かせるという古典的な演出もあります。期日に合わ
> せ、地元の人が何週間も前からドライヤーで花の蕾を温めるのです。多くの会員が梯
> 子を持ち出して延々とその作業を行い、見事、満開の桜を咲かせたこともあります。
> 先生のお陰で一夜にして桜が咲いた、というわけです。池田は〝見事だ。よくやった
> ね〟と満足げに言い、それを聞いて会員達はまた涙を流すのです。魚など一匹もいな
> いドブ池に事前に鯉を放流して池田に餌を撒かせ、〝ここには魚はいないのに、先生
> が餌付けすると鯉まで現れてしまった〟と会員達を感激させた例もあります」


 私は創価学会について書かれた本を何冊も読んだが、それらの中に「創価学会にも評価
すべき点もある」という肯定的な印象を受けたものは、ただ一つとしてなかった。先に引
用したように「頭がおかしい」と思うようなエピソードばかりだった。

 学会員はなぜ、おかしいと思わないのだろうか。こうしたバカげた実態を、当事者とし
て目にして来たにも関わらず、「創価学会は唯一の正しい宗教」と信じていられるのか、
本当に理解に苦しむ。洗脳の恐ろしさの実例とも言える。

 注意していただきたいが、滑稽な話が多いからといって、創価学会を甘く見てはならな
い。彼らの狂信やそこからくる反社会性は、尋常なものではない。しかも、彼らは日本中
いたるところにいる。

 洗脳されて、常識的な判断力を失ったカルト信者は、気に入らない相手には卑劣な嫌が
らせを平気で行なう。創価学会に「仏敵」認定されたために、苦しめられている被害者は
相当数いると思われる。

 ほとんどの創価学会員は、常識とは相容れない異常な個人崇拝に疑問を感じず、反社会
行為も厭わない連中である。表面的には「いい人」を演じていたとしても、彼らの本質は
危険なカルト信者であることを、心していただきたい。

2018年1月1日月曜日

これまでのまとめ

◎ 広宣部・教宣部と嫌がらせの実態

  広宣部と教宣部

  広宣部・教宣部が連携した嫌がらせの手口

  教宣部創設の経緯

  広宣部の実態

  「脱会者は自殺に追い込め」①

  「脱会者は自殺に追い込め」②


◎ 創価学会 金満教団への道

  創価学会の金集め①

  金庫事件(金集め①-補足)

  創価学会の金集め②

  「牛乳ビンの念珠」とは?(金集め②-補足)

  創価学会の金集め③


◎ 収奪的な金集めの手口

  財務督促あるいは〝創価学会仏〟の金口直説

  財務をすれば万札が降ってくる?

  財務に苦しめられる末端学会員

  学会幹部に良心はないのか?

  創価学会・公明党と生活保護

  公明党による口利きの代価


◎ 『人間革命』の欺瞞

  創価学会の信心の現証について

  そもそも『人間革命』とは

  『人間革命』と結核

  紙を飲む宗教①

  紙を飲む宗教②

  紙を飲む宗教③

  〝狸祭り事件〟について

  セックス&バイオレンス

  創価学会常住の本尊について

  「日蓮」を名乗る前の日蓮

  『人間革命』の執筆体制と長期休載

  大阪事件

  「長男はツギオで、次男はダイサク」

  エレベーター相承のウソ

  池田大作と戸田城聖の〝遺品の刀〟


◎ 人物

  戸田城聖のビジネス(戦前・戦中編)

  戸田城聖のビジネス(戦後編‐①)

  戸田城聖のビジネス(戦後編‐②)

  戸田城聖のビジネス(戦後編‐③)

  アル中・戸田城聖

  池田城久の死

  福島源次郎氏について

  藤原行正氏について

  藤井富雄氏について


◎ 教義の矛盾(折伏の被害にあっている方はお役立てください)

  私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)①

  私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)②

  私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)③

  私説〝五重相対〟(創価学会の矛盾)④

  仏像を拝むのは謗法か?

  蔵の財、心の財

  創価学会は仏教ではない①

  創価学会は仏教ではない②

  創価学会は本当に「御書根本」か? ①

  創価学会は本当に「御書根本」か? ②


◎ 池田本仏論

  池田本仏論について①

  池田本仏論について②

  「会長先生はお父様のような存在」

  「700年ぶりだねぇ」の真偽

  池田大作の食べ残しを食うと「福運」がつく!?

  数珠さすりと弟子分帳


◎ 創価学会 基礎知識

  2chスレ立て用テンプレ1~5(創価学会がカルトである理由①)

  2chスレ立て用テンプレ6~9(創価学会がカルトである理由②)

  創価用語の基礎知識①

  創価用語の基礎知識②

  創価学会の財力

  折伏大行進の実態

  折伏成果の水増しについて

  創価学会の実世帯数


◎ その他

  「はじめに」および2ch過去スレ

  憧れの池田センセイ

  創価学会とオウム真理教

  創価学会が社会から受け入れられない理由

  変わらない創価学会

  〝福子〟として育てられるということ

  池田大作在日説について

  誰が公明党に投票しているか?

  都議会選挙の結果について

  衆議院総選挙の結果について

  書評『内側から見る創価学会と公明党』

  書評『「人間革命」の読み方』

  平成29年をふりかえって


 明けましておめでとうございます。
 今年も当ブログでは、日本を蝕む邪悪なカルト、創価学会の実態を伝えていきます。

 ブログで取り上げるべきこととして、いくつか考えていることはあるのですが、何かと
忙しいことや資料の収集に手間取っていることもあり、頻繁な更新は難しい状況です。

 とはいえ、ブログをやめるつもりはありませんので、今後ともよろしくお願いします。

2017年12月31日日曜日

平成29年をふりかえって

 平成29年(2017年)も残すところ、きょう一日だけとなった。皆さまいかがお過ごしだ
ろうか。当ブログは今年3月に開設して以来、望外ともいえる多くの方に閲覧いただいた。
私の拙い文章を読んでくださった皆さまには感謝申し上げたい。

 さて、今年も国内外の様々なニュースが世上を騒がせた。主なものを思いつくままに挙
げると、北朝鮮の核・ミサイル問題、米国トランプ政権の混乱、国内に目を転じると、都
議会議員選挙、衆議院総選挙などの出来事が、連日のように新聞の紙面やテレビのニュー
ス・ワイドショーなどで取り上げられた。

 それらの出来事の中でも、問題の大きさの割には不自然に大きく報道されたのではない
か、と思われるニュースがある。森友学園・加計学園をめぐる報道である。

 この問題は、安倍首相夫妻と懇意にしている人物が経営する学校法人に対して、安倍首
相が便宜を図った、もしくは首相の意向を忖度した官僚が便宜を図ったのではないか、と
いう疑惑である。

 行政はすべての国民に対して公平でなければならない。首相との個人的関係によって、
〝えこひいき〟がなされるなど許されないことである。

 だから、こうした疑惑をマスコミが追求することじたいは、当然のことである。
 しかし、朝日新聞をはじめとする新聞各社や、テレビのワイドショーなどが、半年ほど
この問題を取り上げ続けたにもかかわらず、安倍首相の関与を裏付ける証拠は何もでてこ
ない。

 安倍政権がめざす憲法改正を何としも阻止したい左派メディアが、政権打倒を企て、事
実を歪めて報道したのではないか、と取り沙汰する向きもある。

 確かに賄賂をもらって便宜を図ったというような明白な不正があったわけでもないのに、
あたかも大疑獄のように報じるメディアの姿勢には、疑問を持たざるを得ない。

 私個人としても、左翼の活動家なのかジャーナリストなのか区別しがたい連中が、政治
的目的のために、火のないところに煙を立てるべく騒ぎ立てているだけなのはないか、と
いう印象を受ける。

 一方で、問題の大きさの割にマスコミの取り上げ方が過小ではないか、と思われる事象
もある。『文藝春秋』7月号に「都議選で生じた『自公亀裂』の行方」と題した記事が掲
載された(当ブログでは以前この記事を引用したが、再度引用する)。


>  ゴールデンウイーク明けの五月十日夕。皇居沿いのあるホテルの車寄せは高級車で
> ごった返していた。
>  スーツに身を包んだ男たちが、車を降りるや次々に上階のバンケットホールに向か
> っていった。
> 「ようこそおいでくださいました」
>  にこやかに出迎えたのは、公明党の石井啓一国土交通相だ。三十分近くも列をなし
> て待つ大小ゼネコンや建設会社の幹部ら一人一人とあいさつを交わした。
>  経世会の全盛期とは隔世の感があるとはいえ、大手ゼネコンは、いまだに自民党の
> 「選挙マシーン」の一つに数えられる。
>  そうはいっても、中央省庁再編で国交省が発足した二〇〇一年以降、のべ十年近く
> にわたって大臣を輩出してきた公明党の「動員令」に業界は逆らえない。まして現職
> の大臣が出迎え、名刺交換すると聞かされれば否も応もない。
>  会合を事前に耳にした自民党建設族の重鎮は露骨に嫌な顔をした。
> 「いくら必死の都議選だからといって、ちょっとやりすぎじゃないか」
>  許認可といいう、「生殺与奪」の権を握る所管官庁の大臣を投入するのは、本来で
> あれば禁じ手だ。


 平成29年度の国土交通省の予算は、一般会計と震災復興特別会計を合わせると、約6兆
3千億円にも上る。そして、その大部分が公共事業費である。

 巨額の予算と建設業の許認可権を握る国土交通大臣が、公共事業から利益を得ているゼ
ネコンの幹部を選挙前に呼びつけて、「名刺交換」を行う。「選挙ではよろしく」という
含みがあると考えるのは当然である。

 石井大臣が、この際に都議選での票の取りまとめを直接依頼したわけではないだろうが、
あたかも国民の税金で票を買ったかのようにみられても、仕方ないのではないだろうか。

 この件に関して、テレビや新聞が疑惑追及を行ったという話は聞かない。創価学会とマ
スメディアとの癒着の話は、ずいぶん前から耳にタコができるほど聞かされているのだが。

 テレビで聖教新聞のCMを見ない日はないといってもいいほどだが、聖教新聞社という
会社が存在しているわけではない。「聖教新聞社」と独立した企業のごとく称しているが、
聖教新聞社は宗教法人創価学会の一部門に過ぎない。

 また、聖教新聞の印刷を大手新聞各社が請け負い、そこから少なからぬ収益を得ている
ことも周知の事実である。特に毎日新聞などは、それなしでは経営が成り立たないほどだ
ともいわれる。

 こうした事情がある以上、テレビや新聞各社は、創価学会から広告宣伝費や印刷委託費
などの名目で金をもらっているので、創価学会・公明党に対して及び腰になっているので
はないか、言うなれば「忖度」しているのではないかと、疑いを持たざるを得ない。

 創価学会の反社会行為に関する報道は、かつてより確実に少なくなっている。それは彼
らが社会と折り合いをつけられるようになったからではなく、潤沢な資金力でメディアを
掌握しつつあるからではないだろうか。

 私は創価学会には、現在もなお反社会的傾向が多分にあると考えている。ただ嫌がらせ
などの手口がより狡猾になったことや、メディアや権力に浸透したことで、批判的言説の
流布を食い止められるようになっただけだ。

 創価学会の問題点については、当ブログでまだ論じていないことが少なからずある。来
年も引き続き、この反社会的カルトの害悪を訴えていく所存である。

2017年12月29日金曜日

書評『「人間革命」の読み方』

 本書の著者、島田裕巳氏は言わずと知れた著名な宗教学者であり、創価学会についての
著作も少なくない。

 この本では題名のとおり、表向き池田大作の代表作ということになっている『人間革命』
『新・人間革命』、戸田城聖著『人間革命』、丹波哲郎主演による映画版「人間革命」の
内容が紹介されているほか、それらの作品で語られている出来事について、別の資料に基
づいた観点からの考察も加えられている。

 ※ 以下、本稿で『人間革命』について言及する場合、池田大作版『人間革命』につい
  て述べる。

 特に『人間革命』については、全12巻のあらすじが書かれている。創価学会を理解する
上で『人間革命』は外せないが、その『人間革命』を未読の一般人にも配慮した構成とな
っている。

 また、『人間革命』の本当の著者は篠原善太郎氏であったこと、創価学会第二代会長で
あった戸田城聖が、酒を飲みながら講義や講演を行っていたことにも触れられている。

 中でも興味深かったのは、『人間革命』の「第2版」について論じられた箇所である。
創価学会は、平成3年(1991年)に日蓮正宗から破門されたが、『人間革命』の大部分は、
それ以前に執筆されているため、当ブログでも論じてきたように、現在の創価学会にとっ
ては不都合な箇所も少なくない。

 そうした箇所が第2版では、書き換えられているのだという。島田氏はこの点について、
「いったんは正史として記述された出来事が、後世において書き替えられるということは、
歴史の改竄にもなりかねない」と批判している。

 現在の創価学会では、『人間革命』『新・人間革命』について、「精神の正史」「信心
の教科書」と位置づけている。その「精神の正史」を、都合が悪くなったからといって平
気で改竄することが、創価学会員にとっては〝正しい信仰〟なのであろうか。

 これではインチキ宗教といわれて当然である。まあ、カルト信者に何を言ったところで、
カエルの面に小便であろうが。 

 それはされおき、私はこれまで島田氏の著書から多くのことを教えられてきた。本作か
らも学び得たことが少なからずあった。今後、当ブログでもそれを役立てたいと考えてい
る。

 上述のように、本書は『人間革命』を読んでいない者にも、理解しやすいように工夫し
て書かれているので、創価学会に関心はあるが、今まで『人間革命』を手に取ったことは
ないという方にとっても、一読の価値はあるのではないかと思う。

 私はたいへん興味深く読んだが、敢えて欲を言えば、もう少し批判的でもよいのではな
いかと思わないでもない。著者の宗教学者としての立場上、研究対象に対して過度に攻撃
的なスタンスはとりづらいことは十分理解できるが。


 ※ 『「人間革命」の読み方』(ベスト新書)は、2017年12月20日付で発行された。

2017年12月24日日曜日

書評『内側から見る創価学会と公明党』

 この本の著者である浅山太一氏は、題名のとおり創価学会の「内側」の人間、つまり創
価学会員である。帯にも「創価学会員の著者が、緻密な資料分析をもとに解き明かす」と
か、「称賛でも告発でもなく」などと書かれている。

 学会員の手による創価批判といえば、創価学会への不満について、池田大作の子息への
直訴を繰り返して除名処分された元本部職員三人による『実名告発 創価学会』において典
型的に見られるように、「池田大作は絶対に正しいが、今の創価学会は池田先生の思想か
ら離れているのでダメだ」という、いまだ洗脳から解放されていない者による、中途半端
な内容のものが時に見受けられる。

 実を言うと私は、この本も「称賛でも告発でもなく」という自称とは裏腹に、著者が洗
脳されているが故に、批判精神に欠け池田大作を礼賛する内容となっているのではないか、
という懐疑的な予断をもって読みはじめた。

 しかし、私の危惧はよい意味で裏切られた。この本には、現在の創価学会にとって、都
合が悪いと思われる池田大作の過去の言動も引用されている。例えば、次のような発言で
ある。


>  断固としてわが同志を国会へ送り出し、いままで三類の強敵にいじめられてきたけ
> れども、こんどは、日蓮正宗創価学会にをいじめるものを、こちらから反対におさえ
> ていく、力をもって反対にこんどは、弾圧していくというところまで、団結をもって
> すすんでいこうではありませんか。(p-167)

>  学会を離れれば、功徳がないといってもいいし、それから地獄に落ちる場合もあり
> ます。(p-223)


 また、近年、創価学会・公明党の矛盾を擁護するために、カルト丸出しの珍理論を振り
かざす内容の本を書いている創価学会の論客・松岡幹夫氏の主張に言及した箇所について
は、辛辣とまではいわないが、相当に批判的に書かれている。

 一読して、著者はかなり誠実な人物ではないか、という印象を受けた。誠実さが美徳で
あることは当然であるが、この美徳は、創価学会員の中にはまず見られることのない徳性
である。

 私がこれまでに実社会で知己を得た創価学会員は、相手の迷惑をかえりみない強引な勧
誘をしてきたり、それに応じなければ事実無根のウソ八百をいいふらして陥れようと画策
したりと、卑怯・卑劣そのものといっていい連中ばかりであり、誠実さなど毛ほども持ち
合わせてはいなかった。

 学会員の中にも、浅山氏のような方が稀にはいるのだろう。しかし、創価学会という組
織は、彼のような人間にとって、居心地がいいとは言えないと思うのだが……。

 とはいえ、著書の主張すべてに同意できるわけではない。浅山氏は、創価学会はカルト
ではない、と主張している。


>  もしここまでの議論を読んで、やはり創価学会は頭のおかしいカルト教団だったと
> 総括する人がいるのなら、それはこの社会運動をまったく理解していないと言わざる
> をえないと私は思う。カルトだファッショだと罵倒されながらも、新規の会員を獲得
> し、既存の会員のフォローアップを続けてきたからこそ、政権与党の一角を占める政
> 党を作りだすまでの影響力をもった巨大集団がいまもある。(p-189~190)


 先に引用したように、池田大作は〈国会に同志を送り込むことで、創価学会に対する反
対派を弾圧することを目指す〉という趣旨の発言をしていたのである。

 その池田を教祖として崇め奉る連中が、「政権与党の一角を占める政党を作りだすまで
の影響力をもった巨大集団」として存在していることは、一般の人々にとっては恐怖心を
抱かざるを得ない事態だし、そのような集団がカルト呼ばわりされるのは当然のことだと
私は思う。

 賛同できない点はあるにしろ、本書は学会員によって書かれたにしては、創価学会に対
して批判的な箇所も多く、有益な示唆を受けた部分も少なからずあった。率直にいって読
み応えがあった。

 著者はあとがきを「次回作にご期待ください」と締めくくっているが、私も一読者とし
て、浅山氏の次回作には大いに期待したいと思っている。


 ※ 『内側から見る創価学会と公明党』(ディスカヴァー携書)は、2017年12月15日
  付で発行された。
   著者の専門が社会学ということもあって、創価学会の発展を可能にした社会的背景
  への考察等にかなりの紙幅が割かれており、創価学会内部の不祥事や学会員による反
  社会行為の暴露などは一切ない。
   本稿をお読みになって、購読を思い立たれた方は、ご留意いただきたい。

2017年12月17日日曜日

数珠さすりと弟子分帳

 「御本仏」を気取る池田大作は、自分の食べ残しの回し食い強要のほかにも、バカげた
振る舞いをしばしば行った。今回はそれらの中から、代表的なもの二つを取り上げたい。

1 数珠さすり

 池田大作はかつて、「私が祈って死んだ人はいない」などと豪語しており、病気治しの
祈祷のようなことも行っていた。それがこの「数珠さすり」である。

 池田は、病気を治すためと称して、「南無妙法蓮華経」と唱えながら、病人の体を数珠
でさすったり、患部を叩いたりしていたという。

 池田は、この数珠さすりによって、自分の母親を死の淵から救ったと自慢していた。創
価学会の元教学部長・原島嵩氏が、著書にこのことを詳しく述べているので、該当する一
節を引用する。


>  池田は〝数珠さすり〟のマジナイを自分の母親にも行ないました。
> 「これは、ここだけの話にしてほしいのだが、私のおふくろは八十一歳になるが、実
> は一度死んだんだ。葬式まんじゅうも用意して葬儀屋も手を打った。弔辞も全部用意
> した。私も久しぶりだったが足を運んだ。するとみんな泣いている。そこで私は初め
> て数珠を持って題目を唱えながら、もう死の寸前のおふくろの体じゅうをさすってあ
> げた。足も全部冷たくなっていた。―中略―すると六月末に死ぬのが、死ななくなっ
> てねぇー。二千個の葬式まんじゅうも腐っちゃったんだ。医者も、もう一度医学を初
> 歩から始めるといっていた」(S51・8・22、内部文書)
 (原島嵩著『誰も書かなかった池田大作・創価学会の真実』より引用)


 原島氏はこの話を「ウソ」と断じている。
 また、原島氏自身も、心臓の具合がが悪くて休んでいた際に、池田から数珠さすりを受
けたことがあったという。原島氏は前掲書でその体験について、「私はかえって気持ち悪
くなりました」と述べている。

 数珠でさすっただけで、死にそうな病人が急回復するのであれば、こんな結構なことは
ない。そのような奇蹟を起こす教祖がいる宗教ならば、発展するのも納得できる。

 だが、当然のことながら、池田大作にそんな力などない。実際、後継者候補として期待
をかけていた実子すら救えなかったことは、以前述べたとおりである(「池田城久の死
参照)。

 あきれたことに池田は、この数珠さすりを、日蓮正宗の高僧に対しても行っていたとい
う。こうした増上慢そのものの振る舞いが、宗門内部に創価学会なかんずく池田大作への
不満を鬱積させ、後に破門される一因となったのであろう。


2 弟子分帳

 「弟子分帳」とは、池田大作から忠実な弟子として認められた学会幹部の名を記した名
簿のことである。

 元公明党委員長・矢野絢也氏の著書、『私が愛した池田大作』によると、法華経の「五
百弟子受記品」にならって、池田は五百人の弟子を「永久名簿」に載せたという。

 ※ 矢野氏は「弟子分帳」という表現を用いず、「永久名簿」という呼称を用いている
  が、同様の名簿の存在については、脱会した元副会長である福島源次郎氏や、元教学
  部長の原島嵩氏も言及しており、福島氏や原島氏は、この名簿について「弟子分帳」
  という表現を用いていることから、そちらの方が正式な名称であったと考えられる。

 法華経の五百弟子受記品とは、釈尊の五百人の弟子が、釈尊から「授記」を受ける場面
を描いた章である。「授記」とは「将来、悟りを開いて仏になれる」という予言のことで
ある。つまり、池田は仏を気取って、弟子に授記を与えていたということになる。
 
 この弟子分帳に名前を載せられた者には、それぞれ「広宣流布の新弟子たるを証す」と
記した証書が与えられた。この証書には通し番号が記されており、第1号は原島嵩氏だっ
た。その原島氏が、証書を渡された際のことを以下のように述べている。


>  さらに「弟子分帳」の証書を手渡すにあたって、「私が、赤く〝背きおわんぬ〟
> (背いてしまった)と一度、朱線を入れてそう書けば、もうその人間は生々世々地獄
> なのである。もう二度と人間に生まれてこない、ということだ」という趣旨の話を何
> 回かしていました。
>  私は当時、厳粛な気持ちで聞いていましたが、いまとなって、池田の謗法の根の深
> さに身ぶるいがします。仏でなければ、このようなことは言えません。いや、たとえ
> 背いた人であったとしてもすべて救うというのが仏の慈悲の精神です。
 (原島嵩著『誰も書かなかった池田大作・創価学会の真実』より引用)


 また矢野氏も、この証書を池田からもらった当初は、「忠実な弟子」として認められた
という旗本意識を煽られ、より忠誠心・使命感が強まったと述べているが、その後、この
名簿に記載されたことが重荷になっていったという。


>  ただこの「永久名簿」、我々を縛る脅威として次第に厄介な存在になっていった。
> 何か池田氏の気に食わないことをしでかすと、
> 「名簿に『この者、背き了んぬ』と書くぞ」
>  というのが最大の脅し文句になってしまったのだ。「こいつは師に背いた」という
> わけで、名簿に赤線が引かれる。これでその者は地獄行きだ。言われた弟子は慌てて
> 地にひれ伏し、必死で許しを請うたものである。思えばあれほど畳に額をこすりつけ、
> 平謝りに謝る人間の姿というものを、学会以外で目にした覚えはない。
 (矢野絢也著『私が愛した池田大作』より引用)


 「師に背いた」として名簿に朱線を入れると脅された学会幹部が、「畳に額をこすりつ
け、平謝りに謝」ったのは、来世で地獄に堕ちるのが恐ろしかったからなのか、学会内で
の絶対権力者である池田大作から敵視されれば、学会での地位や学会から得ている報酬を
失うことになる(公明党議員であれば、次の選挙で公認されない)からであろうか。ある
いはその両方だったのであろうか。

 いずれにしろ、このような脅しで人を従わせようとする池田大作が、仏法など何も理解
しておらず、仏からは程遠い存在であることは、疑う余地なし、であろう。

 矢野氏は、上記に続く一節で「遅まきながら池田氏の呪縛から解かれて、何よりも大切
な精神の自由を得た」と述べている。

 池田大作の如き愚物を崇め、創価学会の支離滅裂な教義を信じて、精神の自由を失った
生き方をするくらいならば、「一人立つ」という心意気をもって、自由な生き方をした方
が、よほど幸福であろうと私も思う。

 まあ、たいていの学会員は「畜群」同然の連中であるから、池田大作の威光を振りかざ
して、やりたい放題やっている学会幹部に従う生き方のほうが幸せなのかもしれないが。



補足 「弟子分帳」が作られた時期

 矢野氏の前掲書によると、「永久名簿」が作られたのは昭和42年(1967年)のことだっ
たとされているが、原島嵩氏や福島源次郎氏は、「弟子分帳」が作られたのは昭和50年頃
と述べている(原島氏の証言は前掲書、福島氏については『蘇生への選択』による)。

 また、元創価学会顧問弁護士・山崎正友氏の著書、『創価学会と「水滸会記録」』には
山崎氏が受け取った弟子証書の写真が掲載されているが、その日付は昭和51年(1976年)
7月3日となっている(ちなみに山崎氏の証書の通し番号は「第三十三号」である)。

 この写真は決定的な証拠と思われるので、矢野氏の記述はあるいは記憶違いによるもの
ではないかと疑われるが、ひょっとしたら、公明党議員とそれ以外の学会幹部とでは、異
なる時期に「弟子分帳」を作成したのかもしれない。